真正面から
あくびする残念なイケメン、トモの姿を見た新人のコマと花はポツリとつぶやく。
「「……か、かわいい。一目惚れしてしまった(わ)……」
「「「……うそん」」」
カケルたちは強烈な衝撃を覚えた。
「なに? どったの?」
当の本人は相変わらずぽかんとしている。
そんな彼のもとに、白いワンピースを着た花がひょこっと近づく。
「初めまして! わたくし、湯ノ沢花と申します! これからよろしくお願いしますわ!」
そう自己紹介を交わした後、彼女はトモにギュウッとハグした。
「フレンドリーなやつだな。オレはトモ! こちらこそよろしく!」
「はいですわ! (ギュウッ)」
「「「ッ!?」」」
彼の胸元で幸せそうに頬ずりする花の姿を見て耐えきれなくなったのか、トモに想いを寄せるヒメ、一の二人は彼女を止めに入る。
「ダメだよ花! この人変態なんだから!」
「なっ!? ひどくね!?」
「そうですよ! トモくんは変態さんなんです!」
「一まで!?」
「むうう……」
不機嫌そうに頬を膨らませながら、花はしぶしぶトモから離れた。
理不尽にも変態扱いされたトモは、しょぼーんっとうなだれている。
そんな彼に眼鏡をかけた知的ボーイのコマが話しかける。
「や、やあ。ボクはこれから君たちと働くことになったコマというんだ」
「おうコマ! よろしくな!」
そう言って、トモはコマに握手の手を差し伸べた。
コマは一瞬硬直し、そのあと握手に応じた。
「……こ、こちらこそよろしく」
「なんで顔が赤いんだ? 風邪か?」
「い、いやいやいやッ!! なんでもないんだッ!! 気にしないでくれッ!!」
「……?」
突然あわてだすコマに、首をかしげるトモ。
「いい、花? トモはケダモノだから注意が必要だよ?」
「トモ様になら食べられてもいいですわ! トモ様~!!」
「あっ! 花さんダメですよ~!!」
「コマくん、ボクはカケルっていうんだ!」
「ああ。よろしく」
「ところでコマくん、どうしてさっきは顔が赤くなってたの?」
「ッ!? い、いやあ、本当に何もないよ?」
「そう? もしも風邪を引いてるんだったら我慢しちゃだめだよ?」
「「……」」
よりいっそう騒がしさが増し、それを傍から見ていたしっかりものの吉成と、いろんな意味で残念な兄を持つ妹のヨリは、二人してため息をこぼした。
「「はあ……。先が思いやられる……」」
*
新人を迎え、新たな仕事ライフが始まった。
知的メガネのコマはカケルと一緒に設備の点検を。
お嬢様のような花は、三ツ星シェフ顔負けの料理の腕を厨房でふるっていた。
花の料理スキルは別格だ。
初めてこの旅館にやってきた当日の朝ごはんをカケルたちにふるまったのだが、みんなほっぺたを落としていた。
トモの次に料理が上手い吉成なんか「これ……僕クビなんじゃ……」とガタガタ震えていたくらいだ。
案の定、吉成は厨房での業務から外され、ノブや秀吉とともに雑用をこなすこととなった。
ちなみに、トモと一緒に客室の整理をするのは変わらない。
「「はあ……」」
エントランスで受付・案内を担当しているヒメと一は大きなため息をついていた。
「ねえ、花のことどう思う?」
「いい人ではあるけど……ちょっとトモくんにくっつきすぎかなあ」
「だよね~。私もそう思うかな……」
「「はあ……」」
彼女たちは再び大きく息を吐いた。
それから少し経った後、一がポツリとつぶやく。
「今頃二人で料理とか作ってるんだろうなあ……」
「……っ!」
一のつぶやきに、ヒメが妙に大きな反応を示した。
不思議に思った一はヒメに尋ねる。
「どうしたの?」
「あのさ……」
「うん……」
ヒメの異様な様子に、一は思わず生唾をゴクリと飲んだ。
「花ってすごく積極的だったじゃない?」
「う、うん」
「もしかして……料理を作ってる今頃も抱きしめてたりするのかな……?」
「あっ!」
しまったとばかりに、口に手をあて驚く一。
「……い、いやあ。で、でもさすがにないよね? だって仕事中だもん!」
「そ、そうだよねっ! きっとないよね!」
「「あ、あはははは~……」」
不安をかきけそうと必死に否定する二人。
「「……」」
しかし、一度気になり始めたら、もう止めることはできなかった。
宿泊客がやってきても、
「花……じゃなくて! お名前ををお教えいただけますかっ?」
「に、荷物はこちらになります……トモく……じゃないっ! ノブくんたち、これよろしくねっ!!」
という感じに、彼女たちは花とトモのことで頭がいっぱいになっていた。
仕事が落ち着いて、二人は思い切って話し始める。
「あ、あの。このままじゃモヤモヤして集中できないね」
「そうだね~……」
「わたしに提案があるんだけどいいかなっ?」
「なになに?」
ヒメが一の話に耳を傾ける。
「これからさ交代交代で二人の様子を見に行かない? 花ちゃんが何かしそうになったら止めるのっ!」
「ナイスアイデアだよ! 今週は宿泊客の予約も少ないし、エントランスの仕事は一人でなんとかなるもんね!」
「うんっ!」
「じゃあ、『花からトモを守るぞ作戦』開始だ~!」
「お~っ!」
こうして、意中のあの人を守るために、彼女たちの戦いは幕を開ける。
*
エントランスを出て厨房にやってきた一はこっそりと物陰からトモと花の様子をうかがっていた。
見たところ特に問題はなく、二人とも真面目な顔つきで仕事に取り組んでいる。
(わたしたちの思い過ごしだったのかなあ……)
しばらくトモと花の働きっぷりを見た一は、そっと背を向けて自分の持ち場へ帰ろうとした。
その時だった。
「ト~モ~さ~ま~!! わたくしの料理を味見してくださいまし~!!」
「っ!?」
恐れていた事態が起こってしまい、一は慌てて厨房へ引き返した。
バッと物陰から顔を出し中の様子を見てみると、そこには美味しいそうな一品を片手で持ちながら、トモの胸元で頬をすりすりしている花の姿があった。
「ト~モ~さ~ま~!!」
「わかったわかった。……ん。ってこれめっちゃ美味いな!! すげえぞ花!!」
「え、えへへ……」
面と向かって褒められ、顔を赤くしデレデレする花。
「これはほんとにすげえな……」
「……」
「ん? なに?」
「あ、あの……」
顔をうつむけ、もじもじとしている花。
(いったいどうしたのかな……?)
物陰で一が疑問に思っていると、花が口を開いた。
「ご褒美に頭をなでてくださいませんか……?」
「え、突然? 別にいいけど……」
「ッ!?」
(それはダメ~~~~~~ッ!!)
容認しきれない事態が起こり、一は迷わず物陰から飛び出した。
「ト、トモくんっ!!」
「お、おう一。どうした?」
「トモくんっ!! 用事があるからついてきて!!」
「い、いいけど……。すごい形相だな……」
彼女はトモの手を引き、その場から去っていく。
強引だが、一はなんとか頭なでなでを防ぐことに成功したのだった。
「……」
花はその背中を、残念だなあといった表情で見送っていた。
*
「そ、そんなことがあったんだ……」
「うん……。本当に大変だったよ」
任務を終え、エントランスに戻ってきた一は疲れきっていた。
そんな彼女の表情を見て、ヒメが気合いを入れる。
「よっし! じゃあ今度は私が行ってくる!!」
「すごいやる気だね」
「一が頑張ったんだもん! 私も頑張らなくちゃ!」
「ふふっ。ファイト!」
「うん! じゃあいってきま~す!」
「いってらっしゃいっ!」
一の温かい声援を受けながら、ヒメは戦場へと赴いた。
*
「だっこしてくださいまし~!!」
(ちょっ!!)
厨房が視界の先に見えた途端、信じられないセリフが聞こえてきた。
ヒメはダッシュで厨房に突撃する。
「んっ? ヒメ、どうした?」
「なっ……! なにしてんのっ!?」
「なにって……。だっこだけど?」
今、ヒメの瞳に映っているもの。
それは厨房で花を正面から抱きかかえているトモの姿だった。
ヒメはわなわなと震える。
焦りなのか怒りなのか、はたまた驚きなのか。
よくわからない感情が彼女を襲う。
「なんでこんなことしてるの!?」
「いやあ、さっきすごく大きいマグロをさばいたんだけどさ。それってどのくらいの重さだったのかなって話になって」
「……はい?」
「それで花が「わたしと同じくらいですわ」って言うもんだから、だっこしたわけよ。いやあ、案外軽いもんなんだな!」
「まあ、トモ様ったら。嬉しいことおっしゃいますわ!」
「……」
「どうしたヒメ?」
ヒメがプルプルと肩を揺らす。
今度こそ、どの感情に支配されているか彼女は理解した。
このバカのバカに対する怒りだ。
「このバカ~~~~~~~~ッ!!」
「ひでぶっ!?」
すべての想いを右手に込め、目にもとまらぬ速さでトモの左頬に強烈なびんたをさく裂させる。
ちなみに、だっこされていた花はうまいタイミングで彼から離れた。
「ふんっ! バカトモ!」
赤い手形を頬につけ、ぴくぴくと倒れているトモを一瞥してから、彼女はその場をあとにした。
「……」
花はその背中を、興味深そうな表情で見送っていた。
*
「「はあ、はあ……」」
こんな日々が数日間続いた。
身体的にさほど苦痛はないのだが、彼女たちは精神的にやられていた。
「ダメだねこりゃ……」
「そうだね……。花ちゃんは強敵だよ……」
仕事終わりの二人はロビーにあるソファでぐったりとうなだれている。
「「……」」
二人の間に静寂が訪れる。
しばらくしてから、その空気を断ち切るかのように一が口を開いた。
「……ヒメちゃん」
「なに?」
「……わたしたちも花ちゃんと話し合おう」
「え……?」
一の提案を耳に入れ、身体を起こすヒメ。
その正面には、同じように身体を起こしてこちらを見据えている一がいた。
「秀吉くんとノブくんがそうしたように。わたしたちも真正面から話し合おうよ」
「一……」
見たことのないまっすぐな一の瞳に、ヒメは吸い込まれそうになった。
しばらく考え込みーー
ーー彼女は決意を固める。
「そうだね……。うん、そうしよう! このままじゃなにも変わらないもんね!」
「うん! わたしたちもトモくんが好きだってことを伝えよう!」
「じゃあ、今から花を温泉に誘おっか!」
「お~っ!」
彼女たちの戦いは佳境を迎えようとしていた。
*
同時刻、男湯にて。
「いやあ、ここの温泉は実に素敵だな……。特に、露天風呂なんて最高じゃないか」
ここに来て一週間も経っていないコマは、いまだこの旅館の名物に感動を覚えていた。
初めて入浴したときなんか、何時間も浸かっていたくらいだ。
チャポンッ
身体の隅々の汚れを落としてから、お湯に浸かる。
「ふううう。生き返るなあ……」
夜空を見上げ、輝きを放っている星々を眺め、幸せを感じる。
トレードマークの眼鏡を外しているため視界はぼやけているのだが、それがまた星が小さな花火のように見えて綺麗だった。
彼は小さく吐息を吐く。
「この風景を……。好きな人と眺められたら、どれだけ幸せだろうか」
遠い記憶の世界に浸るように、コマは静かに目を閉じる。
しばらく経って彼が目を開くと、隣に誰かがいることに気がついた。
(いつの間に入ってきたのだろう)
そう思って、ぼやける人物を知ろうと顔を近づけたとき、向こうからも顔を近づけてきた。
「よっ! コマ!」
「ト、トモくん!!?」
鼻先と鼻先がぶつかりそうになった。
男同士のあぶな~い夜が訪れる。




