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交わる男女

「かわいい……。私、ひとめぼれしちゃったかも」

「「「えっ!?」」」

「……なに? どったの?」


突然の新人登場に騒然とした中、さらにそれすらも上書きしてしまうようなインパクトのある状況が生まれた。

当の本人は顔を赤らめてボーッと自分の世界に入っているようだ。


そんな彼女に対し、ぼさぼさ頭で目つきの悪いカラスの獣人、ノブが怒りを爆発させる。


「なにが『かわいい』だ。なにが『ひとめぼれ』だ。悪意の塊の『人』が意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

「え……」


自己の世界に浸っていた彼女は強引に現実へと引き戻される。

彼女の瞳からは涙があふれ出した。


そんな彼女に獣人の女の子、ヒメがよしよしと慰めながら寄り添う。


「ノブ、言い過ぎだよ? 『人』の中にも心がきれいな人間はたくさんいるんだから」

「でもよ……」


少し言い過ぎたと感じたのか、彼はばつの悪そうな顔を作る。


そこに今まで黙っていた『人』の吉成とは違うもう一人の青年が、もう我慢できないといった表情を浮かべ口を開く。


「おいぼさぼさ頭のカラス野郎、そんなにうちの女の子を泣かせて楽しいか? あって間もない女の子を、何も知らない女の子を、なんでそんなに否定できるんだよ!」

「……なに?」


張り巡らせた緊張の糸に一本でも触れてしまえば、言葉の銃弾が飛び交ってしまうような一触即発の空気が流れる。


しかし、その間は長くは続かなかった。


「まーまー諸君! その辺にしときたまえ!」


ゴチンゴチンッ


「痛ッ!?」「ッ!?」


小気味のいい音とともに、二人の頭のてっぺんに丸いたんこぶが膨れ上がる。

まるでお餅を焼くとふくらんでいく様子を連想させた。


「ケンカもいいが、その前にお互いを知ろう。な?」

「「……はい」」


半ば力づくではあったが、旅館のオーナーであるトキのおかげで、この場の緊張の糸はほぐれた。

幼い見た目とはいえ最年長の風格はやはり別格だなとカケルは思ったが、一方で彼らの間には大きな大きな壁ができたようにも思われた。


「さーて、自己紹介を始めようか。私はトキ。この旅館のオーナーであり、君たちの『親』だ! これからよろしくな! はい、拍手!」


パ、パチパチパチッ


小さな外見でありながら、彼らの親の役割を担うトキ。旅館を創設以来、様々なことが起こったが、トキの存在がなければ今のカケル達はないだろう。


そんな彼女は楽しそうに笑顔を浮かべながら事を進める。


「さて次はお前たちだ! まずはノブから!」

「えっ、え!? あっ、えっと……」


突然、挨拶を促されたノブはいつもの彼らしくテンパる。

さきほどまで険悪ムードであった彼を、一瞬でいつもの彼へと戻すトキはさすが親といったところであろうか。


調子を崩されたノブはぼさぼさ頭をかきむしり、ぶっきらぼうに自己紹介を始める。


「オレはここで雑用係を担当しているノブだ。雑用といっても立派な仕事だからバカにすんなよ? この際はっきり言っておくが、オレは『人』が大嫌いだ!」

「「「……」」」

「ごめんね、こんなやつで! これでも根はいいやつなんだよ」


ノブから一線引こうとした『人』になんとかフォローをいれるヒメ。

彼女は『人』ことを軽蔑しておらず、むしろ少し好感を持っていた。


「よし、じゃあ次はヒメの番な!」

「はーい!」


気持ちの良い返事の後、ヒメの順番となった。


「私はキツネの獣人、ヒメっていうの!」


ショートカットの金髪美人はフレンドリーに話しかける。


「私は『人』のことが好きだから仲よくしたいなって思ってる。よかったらよろしくね!」

「ありがとうございます!」

「あっ、わたしも『人』の友達っていないから仲よくしてほしいかも」

「フウもー!」

「センもー!」


ヒメに続き、ヨリ、さらには幼いフウとセンまでもが『人』と仲良くしたいと言い出した。人種を超え、はやくも女の子たちは立ちはだかる壁を壊したのだった。


「わたしはヨリといって、イルカの珍しい特性を持ってます。よろしくお願いしますね」


小学校高学年にしては幼い顔立ちをしたセミロングの黒髪の女の子、ヨリは年上の『人』に丁寧な自己紹介をした。


「フウはフウっていうの!」

「センはセンだよ!」


ヨリに続き双子の女の子、フウとセンもかわいい自己紹介をした。

ちなみにフウがお姉ちゃんで、センが妹である。


「私は塔之沢一とうのざわいちです。不器用だけど精一杯頑張るからよろしくお願いしますね!」

「いっちゃんって呼んでいい?」

「うん!」


ふふふっと、女の子たちの間に華やかで和やかな空気が生まれる。

そんな中、ヨリが少し真剣な表情に変わる。


「ところで一さん、あの眠そうなぼさぼさ頭の男に一目ぼれしちゃったって……ホント?」

「……はい」

「「あっちゃあ……」」


顔赤らめ答える一に対し、惚れた人物のことをよ~く知るヒメとヨリは顔に手をあて、天井を仰ぐ。


「……なにかまずかったでしょうか?」


少し不安そうな表情を浮かべながら、彼女は恐る恐る質問した。


それを聞いたヒメとヨリは声をそろえて、


「「うん、非常にまずい」」


と答えた。


「あの男はね、やめたほうがいい」

「うん、あれはねえ……」

「ど、どうしてでしょうか?」

「それは、見てればわかるよ」


そう言って、ヨリは兄であるトモに声をかける。


「ねえ、今度は兄さんが自己紹介してよ」

「おー、おーけー」


いまだに眠そうなまぶたをこすりながら、寝癖だらけの残念なイケメンが自己紹介を始める。


「オレはイヌの獣人、トモ。仕事は料理とか客間の整理とかいろいろかなー。よろしくなー」

「あっ、はい。よ、よろしくお願いします!」


そう言ってヨリが差し出してきた手を、緊張し震えながらも握り返した琴美。

握手を交わしたあと、彼女はあわあわとしながら女の子たちの会議へと戻る。


「あ、あのっ、今のって……私のことに、少しでも気があるってことでーー」

「「ない!!」」


一の言葉を遮って、ヒメとヨリが口をそろえる。

ガーンとショックを受けながらも、一は勇気を振り絞って尋ねてみた。


「……ど、どうしてですか?」

「「それはあいつがバカでマヌケで天然で残念な男だから!!」」


二人ともグッと彼女に顔を近づけ警告する。


「……要するに、すごく鈍感なんですか?」

「「そう!!!」」


超鈍感男をよく知る二人はこれほどかというばかりに強く頷く。

恋する乙女は苦笑いを浮かべながらも、決意を新たにする。


「たとえ憧れの男性が超鈍感でも、わたし頑張ります!」

「「おお~」」


パチパチパチ


尊敬と応援の念を込めた拍手が送られた。

ガールズトークから外れていた男性陣は頭をはてなマークで埋め尽くしていた。


「じゃあガールズトークは終了! お待たせ!」

「「「は、はあ……?」」」


男性陣の思考はまったく働いていなかった。

そんな彼らをシャキっとさせるために、ヒメが進行を促す。


その姿をにこにことトキは見ていた。


「じゃあ次はあなたたちのことを知りたいな!」

「あっ、じゃあ僕からいきますね」


そう言って次の番となったのは、『人』のリーダーのような役割の青年、吉成だった。


「改めまして、僕は木賀良成きがよしなりっていいます。自分でいうのもなんだけど器用なのである程度のことなら何でもこなせると思います」

「よっちゃんはすごいもんね」

「よしてよ、照れるじゃん」

「ツッコミがね……」

「って期待させてからの裏切りかよ! 一番恥ずかしいわ!」

「「「え……」


その場に冷たーい空気が漂う。

吉成は顔を赤くしながら小さな声でつぶやく。


「そ、そういうわけでよろしく……」


新人の中で一番しっかりもののはずなのに、意外と打たれ弱いのだった。


「じゃあ次に、吉成君の後ろに隠れている小さな君! 自己紹介してくれないかな?」


ヒメはずっと吉成の後ろに隠れていた小さな男の子を指名した。

指をさされた男の子はバッと吉成の後ろに隠れたが、少しするとひょいっと半分だけ顔を出し、恥ずかしそうに、


「ぼ、ぼくは塔之沢勝とうのざわかつです。よ、よろしくおねがいします!」


と一生懸命小さな声で自己紹介した。


「カツくんかー! わたしたちとあそぼー!」

「ぼー!」

「えっ!? わわっ!」


勝のことを知ったフウとセンは、自分たちと年齢が近い子がいたことに喜びを感じ、今すぐにでも友達になりたいという衝動から隠れる恥ずかしがり屋を引っ張り出した。


「わたしたちのおへやにねー、いっぱいおもちゃあるからあそびにいこー!」

「いこー!」

「わわわっ、ま、まって!」


フウとセンに腕を引っ張られ、ぐずぐずとする暇もなく連れていかれたのだった。


「塔之沢勝くんだよね? もしかして一の弟なの?」

「はい! かわいい私の弟です!」

「「「おお~」」」

「その割には、吉成さんに懐いてませんでしたか?」

「ええ、よっちゃんとは昔からの付き合いですから。勝にとってはお兄ちゃんのようなものです」

「なるほど」


仲睦まじい雰囲気が漂う中、いまだに馴れ合おうとしない男たちがいた。


「けっ、勝のやつ獣人の子供たちと仲よくしやがって」

「そういうお前は自己紹介がまだじゃん」

「ちっ」


ノブとケンカ腰になっていた青年は、忌々しそうに舌打ちした。


「……底倉秀吉そこくらひでよし。俺も獣人とは馴れ合うつもりはない」

「そ、それだけ?」

「ごめんね、こいつも根はいいやつなんだけど。獣人のこととなると人が変わっちゃってさ」


そっけない挨拶しか交わさなかったショートヘアの小柄な青年、秀吉をフォローする吉成。


人種差別が根付いた壁は、女の子たちのようにそう簡単には壊せないのだった。


「えーっと……最後はボクの番かな?」

「白黒の髪の男の子ですか。何て名前なの?」


ようやくこの旅館で働いている最後の一人、カケルの自己紹介となった。


「ボクは湯本ゆもとカケル。中学生のように見えるけど実はみんなよりも年上なのです!」

「え!? すいませんカケルさん、てっきり年下なのかと思っちゃって……」

「あはは……慣れっこだから気にしないで」


苦笑いを浮かべるカケル。


「それと、ボクは獣人でもあり『人』でもあります」

「そ、それって……?」

「つまりハーフです。獣人と『人』の親から生まれてました」

「「「……」」」


この話を初めて聞く新人はみんな唖然として一言も発せずにいる。

いらいらとしていた秀吉でさえ、驚きを隠せずにいる。


「えっと、だからなんだって話かもしれないけど。とにかくこれからよろしくね」

「「「……は、はい」」」


彼らはただ一言返事するだけで精一杯だった。


しんと静まり返り、ぎこちない雰囲気がその場を支配する。

誰もが言葉を発せない中、よしという掛け声とともにトキが口火を切った。


「これで少しでも相手のことを知れたな! さっそくだが仕事に取り組んでもらおうと思う!」

「現在宿泊されているお客様もいらっしゃるからね」

「そうなんですか」

「その通り! ここは旅館だ! お客様が起床するまでに仕事に取り組め!」

「「「はい!」」」


トキの号令により、一同の背筋がのび、頭を切り替える。


「では、さっそく新人にも働いてもらう! 一はヒメと接客を!」

「はい!」

「吉成はトモと朝食の準備を!」

「分かりました!」

「そして、秀吉はノブと! 以上、解散!」

「「……え?」」


ノブと秀吉は信じられないといった表情でお互いの顔を見る。


春一番の大嵐がやってくる。


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