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境界線を超えて

かぽーんっ


人工的に生み出された音でありながら、日本の豊かな自然を体現しているような、心地の良い音色が響き渡る。


ここは女湯の露天風呂。

そこにヒメ、いちと、彼女たちに呼ばれた花の三人が温泉に浸かっていた。


「ここは本当に広い露天風呂ですわね」

「そうだね。なんでも世界一らしいよ」

「そうでしたか。通りですごいわけです」


ここに来た本題に入る前に、彼女たちは緊張をほぐすかのように会話していた。


しかしながら、すでに結構な時間が過ぎてしまっている。

ここまで花を連れてきたのはいいが、そこからが大変だった。


まるで本当に告白しているような気分になるのだ。


((うう、本題にまったく入れないよ~))


二人は同じような心境に陥っていた。


そこに一人の天使が舞い降りる。


「あれ、ヒメ姉ちゃんたち。先に入ってたんだ」

「ヨ、ヨリ~ッ!!」


現れたのは、今回の問題の渦中かちゅうにいる兄の妹であるヨリだった。


彼女はかけ湯を浴びてからヒメたちのもとで身を沈めた。


「なになに? 三人でなに話してるの?」

「「え、えっと……」」


ヨリの質問に思わず詰まってしまうヒメといち


二人のぎこちない様子を見て、ヨリはこの状況を察した。


「ふ~ん。もしかして兄さんのこと?」

「「ギクッ」」


ずばり言い当てられ、ヨリから目線を外すように遠くを眺める二人。

ヒメなんか出来もしない口笛を吹こうとしている。


ヨリは頭に手をあて、しょうがいなあっといったばかりの表情で花に話しかける。


「花さん。うちの兄さんのことどう思いますか?」

「もちろん大好きですわ!!」

「そ、そうですか……」


秒速で答えが返ってきて、少しペースが乱れるヨリ。

しかし、彼女はそのまま続けて言う。


「でも、花さんのように兄さんのことが好きな人がここに二人ふたりいます」

「ちょっ! ヨリ!」

「ヨリちゃんっ!」


ここで唐突に言われるなんて思ってもみなかったヒメといちが、顔を真っ赤に染めながらあわあわと慌て出す。


「どうか、そこのところを考えて行動してくれませんか?」

「「……」」


ヨリの真剣な声色に、二人は静まりかえった。


想いの込もったお願いを、花はまっすぐと受け止め、こう返した。


「ええ、二人がトモ様を好きなことくらい知ってますわ。それを承知の上で行動していましたもの」

「「「ええっ!!?」」」


花の衝撃的な発言に、ヨリを含めた三人の女の子が驚いた。


ヨリが恐る恐る花に尋ねる。


「えっと……知ってたんですか?」

「ええもちろん。でも、彼女たちがトモ様になにもアピールしていなかったものですから。『このままだとわたくしが奪っちゃいますわよ☆』という意味でトモ様にくっついていましたわ」

「そ、そうだったの? 欲望のままに行動していたんじゃなく?」

「それは否定できません」

「それは否定できないんか~い!」

「ぷっ。あはははっ! ヒメちゃん、キャラが崩壊してるよっ」

「いや~、つい……」


どこか一線を引いていた会話が、気づかぬうちに自然体へと変わっていく。


この場にいる全員が満開の笑顔になった。


「じゃあ、これからは私たちも頑張らないと、トモが花に奪われちゃうってことだね?」

「そうですわ! 早くしないとわたくしがもらっちゃいます!」

「負けないよっ!」

「うちの兄さん、幸せ者だなあ」


わいわいと女の子たちの会話が盛り上がる。

そんな中、ヒメが何かを決意したような表情で立ち上がった。


「私、今から告白してくる!」

「「ええっ!?」」


思わぬ発言にいちとヨリは開いた口がふさがらなかった。

しかし、花だけはにこっと不敵な笑みを浮かべている。


「その調子ですわ。わたくしのライバルとなるならこれくらいしてもらいませんと」

「うん! 行ってくるね!」

「えっ、ちょ、ちょっとヒメ姉!」

「待ってっ!」


走り出したヒメを追いかけるため、残りの三人もお湯から出たのだった。







お風呂から出たヒメ以外の三人の女の子は、物陰からヒメの様子を覗いていた。


「ほ、ほんとにするのかな……」

「どうですかね……。でも現に今、ヒメ姉ちゃんの目の前には兄さんがいるし……」

「ドキドキですわ……」



今、ヒメの前にはトモがいる。


彼女は奇妙な感覚にさらされていた。


二人のいるこの場所だけが世界から切り離されてしまったかのようだ。


酸素があるはずなのに息が苦しい。

空調が効いているはずなのに、顔の周りが焼けるように熱い。


「……あっ……」

「……?」


声がかすれて思うように言葉をつむげない。


それでも。


それでも今の自分を変えるために。


今の自分の世界を変えるために。


彼女は彼女だけの勇気をふりしぼる。


「あっ、あのっ! トモっ!」

「なに?」


勇気のつるぎを、さやから引き抜く。


「私ね、トモのことが好きですっ!!」

「……」


(かああああっ!! 言っちゃったああああああああっ!!)


心の中にあるベッドにダイブして布団にもぐりこみ、ゴロゴロゴロっと溢れ出す気持ちを発散させる。


心臓の鼓動がおさまること知らない。

気を抜けば、大爆発してしまいそうだ。


しかし、彼女は無理やりにでもねじ伏せ、相手の答えに耳を傾ける。


彼がその口を開く。


「オレもだ」

「……え?」


耳に入ってきた言葉が理解できず、ばっと顔を上げ、想い人の顔を見つめる。


「オレも好きだぞ?」

「……ほんと?」


信じられないとばかりの表情を浮かべる。


「なに驚いてるんだよ?」

「……やった~~~~~~!!!」

「ッ!?」


人生で一番大きな声を出したんじゃないかと思えるほどの歓声をあげ、ヒメは飛び上がった。


「そ、そんなに喜ぶことか……?」

「そうだよ~~!! トモは私に好きって言われて嬉しくなかったの?」

「いやあ、嬉しかったけど……」

「……けど?」


ヒメはここにきて少し違和感を覚えた。


その違和感は明確なものへと変わっていく。


「どうせなら、ヨリに言われたかったかなあ。「大好き、兄さんっ!!」ってさ」

「……はい?」

「いや、まあ好きって言われて嬉しいことに変わりないんだけどな!」

「……トモ?」

「ん?」

「……カケルのことは好き?」

「おう!」

「吉成くんは?」

「好きだぜ! あいつはオレの相棒みてえなもんだからな!」

「……花ちゃんは?」

「すごいフレンドリーなやつでさ、これまた料理も絶品なのよ! あいつ好きだな~」

「……」

「ん? どったの?」

「……この……ばかああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

「とうとつにッ!!?」


バシコーーーーーーンッ!!


ついさきほどの歓声で、人生一番の叫び声をあげたものの、数十秒後すぐさま更新してしまった。


吹っ飛んでいくトモなんかに目もくれず、ヒメは物陰から見ているみんなのもとへと戻っていった。


「みんなもう今日は寝よっ! ふんっ!」

「あはは……。そうだね……」

「おやすみなさいですわ」

「兄さん、相変わらずバカなんだから……」


ぴくぴくしながら倒れているバカを放っておいて、女の子たちはそれぞれの部屋に戻り夢の世界へと入っていった。


彼女たちの戦いは一時休戦だ。







花やコマがこの旅館にやってきてから一カ月が経った。


カケルたちは楽しくも苦い、それはそれは素晴らしい毎日を繰り返してきた。


そんなときの、ある朝のこと。


今日は出かけているトキが帰ってくるので、カケルは早起きしてエントランスで帰りを待っていた。


眠たいまぶたをこすりながらあくびしているカケルのもとに吉成がやってきた。


カケルは挨拶をかわす。


「おはよ、吉成!」

「おはよう。他のみんなは?」

「もうじき来ると思うよ。……ってほら、言ってるそばから来た」

「はよーっす!」

「おはよー!」


二人のもとにノブと秀吉が現れた。


それに続くかのように、あとからヒメといち、さらにヨリまでやってくる。


「おはよーみんな! ……相変わらずトモは起きてこないね」

「兄さんは寝ることがほんとに好きだから……」

「あはは……」

「そこが魅力的なんですわ!」

「ボクもそう思う」

「ふーもー!」

「せんもー!」

「……」


突然会話に参加してきた花とコマに驚くカケル。


幼いフウとセンはただなんとなくその場の流れで言ったらしい。

乗り遅れた勝はもじもじと下を向いていた。


ここにきて、爆睡しているトモ以外のメンバーが全員そろった。


カケルを含む獣人しかいなかった頃と比べるとすごくにぎやかになったものだ。


「ところでみんな」


と、不意にカケルが声を出し、全員の視線がカケルに集まる。

カケルは続けて言った。


「トキさんが早朝に帰ってくる時ってさ……新しい人が来そうでドキドキしない?」

「確かに~! いちや花がやってきた時はすごくドキドキしたもん!」

「わたしも、花ちゃんやコマくんが来たときはびっくりしたなあ」

「……僕は色んな意味でドキドキしたけどね」

「わたしもです……」


はあっと、大変だった記憶を思い出しため息をつく吉成とヨリ。


カケルはなにがなんだか分からず不思議に思ったが、それは置いておき、本題に入ろうとする。


「それでさ。もし次に新人さんが来たときは、こっちからびっくりさせない?」

「……例えば?」

「うーん。ほら、みんなでかけ声を合わせて『いらっしゃいませ!』みたいな……」

「それはいい案だけど~。なんか味気なくない?」

「え……そうかな?」

「私もそう思います……」

「そ、そっか……」


なぜだかすごく否定されたような気がして落ち込むカケル。


すると次にノブが提案する。


「これはどうよ! 『寄ってらっしゃい見てらっしゃい!』ってのは!?」

「いやいや、ここは八百屋じゃないよ!」

「じゃあ、『粋の良いやつ、仕入れてるよー!』でいいんじゃない?」

「魚屋だったらいいってわけじゃねえよ!」


ノブと秀吉が投げかけるボケに、間髪入れずツッコむ吉成。

彼のツッコミスキルはここに来てから日に日にキレを増している。


「ふわあ~。なにやってんの~?」


ぎゃあぎゃあ騒いでいるところに、寝起きのトモが枕を抱きしめながらこちらに来た。


「トモ様~! その抱き枕の代わりにわたくしを抱きしめてくださいまし!」

「なっ、ダメだよ花! ずるいよ~!」

「そうですよ! わたしだってしてもらいたいのにっ!」

「じゃボクはその使用済み抱き枕をもらうことにしよう」


きゅんきゅんするトモの姿を見た女の子たち(?)がわあわあと声をあげる。


当の本人はその様子を不思議そうに眺めて、それから吉成に視線を戻す。


「んで、なんで騒いでたのさ」

「いやカケルがさ、もし次に新人が来たらみんなでかけ声を合わせて何か言わないかって」

「そうなんだよ。トモ、何かいい案ない?」

「うーん……。じゃあさ、ーーーーーーでどうよ?」

「「「……ん???」」」


トモの案を聞いた一同は皆、頭にはてなマークを浮かべた。

それを察したトモは説明を補足する。


「いや、ここにいるオレたちにピッタリじゃないかなと思うんだけど」

「「「あーっ! なるほど!」」」


少しの補足で全員が理解したようだった。


「いいねそれ!」

「確かに僕たちにピッタリかも」

「うんうん! なんかいいフレーズだしっ!」

「さすがトモ様!」

「いやあ、そこまで言われるとなんか照れるな……」


みんなから絶賛され、褒め慣れないトモは恥ずかしそうに頭をかいた。


ーーちょうどそのとき。


ガラッ


「ただいま~っ! 今帰ったぞ~っ!」

「「「おかえりなさい!」」」


タイミングよくトキが帰ってきた。


玄関は半開きである。


「お~っ、今日も全員揃ってるな! 感心感心っ!」

「兄さんは今起きたばかりだけどね……」

「よ~しみんな、ここで重要なお知らせがあるっ!」

「「「ッ!?」」」


トキの発言に全員が身構えた。


全員が円になって打ち合わせをし始める。


「みんな準備は良い?」

「うん」

「ドキドキしますわっ!」

「わたしもっ。心臓がきゅうってなる」

「わかる~!」

「でも頑張ろう! よしみんな、いくよ!」

「「「お~っ!」」」

「……なにをやってるんだお前ら?」


突然円陣を組み、ひそひそと話し始めるカケルたちに眉をひそめるトキ。


「い、いえっ! なんでもないんですっ!」

「そ、そうか? ……では気を取り直して!」


トキはごほんっと咳払いをしてから半開きのドアを全開にして大きな声をはる。


「紹介しよう! 今日からはここで働くことになった二ノ平亀にのひらかめだ! よろしく頼む!」


扉の向こうにはきっちり髪を整えた、もじもじして顔をうつむけている少年がいた。

ヨリと同じくらいの歳の少年は、ほっぺたを真っ赤にして挨拶する。


「に、二ノ平亀にのひらかめといいますっ! よろしくお願いしますっ!」


緊張してがちがちになっている亀の姿を見たカケルたちは、お互いに顔を見合わせたあと、ふっと優しい表情を作る。

そして高らかに声を合わせ、全員で迎え入れた。



「「「ようこそ! 温泉戦争へ!」」」

最後まで作品にお付き合いいただきありがとうございましたm(__)m

これにて完結となりますが、みなさまお楽しみいただけたでしょうか?

時間があればちょっとしたアフターストーリーなんかも書いてみたいなと思っております。

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