初体験
ここは奴隷売買が行われている闇の市場。
そこに場違いな幼い女の子がうろうろと物色していた。
あるショーケースを目にしたとき、彼女は足を止めた。
その中には一人の青年が入っていた。
外の様子に気づいた彼は彼女のもとへと近づく。
「何ですか? 僕より小さな女の子が僕を買い取るつもりですか?」
窓越しに尋ねたが、彼女の耳に入っていないようだった。
何か考え事をしているらしい。
いや、正確には物思いにふけっている様子だった。
「……?」
青年が首をかしげていると、彼女はふと我に返った。
「すまない、少しぼうっとしていた」
見た目とは似合わない口調だった。
外見だけで、実際はれっきとした大人なのかもしれない。
「……あの、どうしたんですか?」
「君」
青年の質問は無視し、彼女は口を開いた。
「私のもとに来ないか?」
「……」
突然の誘いに戸惑う青年。
しかし、すぐに切り替えて頭を働かせる。
神妙な面持ちで彼は答えを返す。
「条件があります」
「なんだ?」
「――――」
「――――」
彼らは慎重に話し合った。
その話し合いの末に、
「では交渉成立だな」
「はい」
契約が交わされた。
*
ここは町はずれにある旅館。
豊かな自然には恵まれてはいるが、一方で交通の便が悪く、それほど多くのお客さんがいるわけではなかった。
そんな旅館の食事を行う広間で、朝早くから掃除をしている男の子がいた。
白黒混ざった髪の色を持つ彼の名前は湯本カケル。
見た目は幼く見えるが、実際の年齢は18歳だ。
彼は掃除をしながら、スマホのニュースアプリを開いていた。
(今月もまた奴隷の闇市場が破壊されたのかあ)
カケルは他人事のようには思えなかった。
現代の世界は半世紀前とは全く違う。
半世紀前に起きたバイオテロをきっかけに世界はガラリと姿を変えてしまった。
バイオテロにより、あらゆる生き物の特性をもった人類が誕生した。
新人類とも呼ばれるそれらは旧人類よりも圧倒的なスペックを誇っていた。
当時は旧人類に対する、目を覆いたくなるような差別があったが、今ではなくなりつつある。
しかしながら、いまだに軽蔑する人たちがいることを忘れてはならない。
(僕のような人間はどっちの味方をすればいいのかなあ)
彼の一番の悩み、それは新人類と旧人類のハーフであるということだった。
二種の人類から新たな生命が誕生することは可能なのだが、そのようなカップルはめったにいない。
だからこそ、一人で抱え込み大きな悩みとなっていた。
「はあ」
「どうしたカケル?」
大きなため息をつく彼のもとに一人の青年が声をかけた。
「あっ、ノブ。おはよう!」
「おう、おはようさん」
彼の名前はノブ。
新人類である獣人に苗字はない。
彼はくしゃくしゃの髪型をしていて目つきが非常に悪い。
旅館に宿泊した客に笑顔で挨拶を交わしても、「え、なに、にらまれてる? やだこわい」と言われるほどだった。
彼はカラスの遺伝子を持っていた。
雑用としてこの旅館で働いている。
「んで、そうしてそんなに大きなため息をついたんだよ?」
「うーん、僕は人なのか獣人なのかどっちなんだろって」
「お前は間違いなく獣人だぜ! 人のように極悪じゃないからな!」
「う、うん」
ノブは大の人嫌いだ。
その昔にひどい出来事を経験しており、人のことを悪魔だと毎度罵っている。
「僕はそんなにひどいとは思わないけどなあ」
「いいや、あいつらは悪魔だぜ!」
「そんなことないわよ」
「お、おう、ヒメ。お、おはよう」
「おはよう!」
「おはよう」
彼らの会話に参加してきたのは、カケルやノブと同じくこの旅館で働いている女の子、ヒメだった。
彼女は男勝りな性格でよく僕たちの話に参加してくる。
彼女も同じく獣人でキツネの特性を持っており、普通の耳とは別に頭からぴょこんとキツネの耳を生やしている。
それにかつ綺麗な見た目をしているので、お客の接待担当である。
ちなみに、ノブはヒメに恋心抱いている。
しかしながら……。
「私は良い人もいると思うわよ? 実際お客さんの中には人もいるじゃない」
「いいや、あいつらもきっと本性は悪だぜ!」
「もうそんなことないってば!」
「ある!」
「なーい!」
「あーる!」
「まあまあ二人とも落ち着いて」
彼らのケンカは日常茶飯事だ。
ケンカするほど仲がいいと言うが、それを止めるカケルは毎度ため息をつきたくなるのだった。
「ねえねえヒメ姉ちゃんたち、なにをしてるのー?」
「けんかはダメだよー? 仲よくしよーよ!」
彼らの騒ぎに気づいたらしい幼い子供たちが集まってきた。
この旅館にはカケルたち三人以外に、この幼い女の子たち二人と小学六年生のヨリという女の子が住んでいる。
いや、あともう一人いるのだが。
「フウ、セン、おはよう」
「おはよーカケル兄!」
「おはよー!」
カケルが挨拶をかわすと、気持ちよく挨拶を返すフウとセン。
彼女たちは双子でカニの特性を持っている。
彼にとってこの子たちが唯一の癒しだった。
「あれ、ヨリちゃんは?」
「もう来るよー!」
「来るよー!」
「……何? 私のこと呼んだ?」
噂をすればなんとやら。
小学六年生のヨリがやってきた。
彼女はイルカという珍しい遺伝子を持っている。
「おはよう、ヨリちゃん」
「……ん」
(六年生になったあたりから冷たい態度のような気がするなあ)
ここ最近、カケルはこのことについても少し頭を悩ませていた。
獣人は人とは違い頭がよくない。
また思春期などの心の変化もない。
みんな純粋な心を持ち続けながら成長していく。
しかし、獣人であるはずのヨリはカケルに対し思春期のような態度を示していた。
彼はそれを思春期ではなく、ただ単純に嫌われ始めたのだと誤解している。
そう、彼女はもっとシンプルに、彼に恋心を抱いているだけなのに。
カケルは、ぼそりとノブとヒメに尋ねてみる。
「ねえ、僕ってヨリちゃんから嫌われてるのかな?」
「ヨリはカケルの前だとすぐに顔を赤くして怒ってるもんな。……なんか悪いことでもしたのか?」
「え!? いやあ、心当たりないけどなあ……」
色恋沙汰に疎い男どもだった。
「あんたら、バカね」
呆れたといわんばかりにヒメは、はあとため息をつく。
「あんたも大変ね、ヨリ」
「ヒメ姉ちゃんもこんな男たちに囲まれちゃって。お互い様だよ」
彼女たちは再びため息をついてしまった。
「あれ、兄さんはまだ起きてないの?」
ヨリがヒメに尋ねる。
「あんたの兄ちゃんならまだ来てないよ」
「はあ。また寝坊か、あのバカ兄さん」
「うちの男性はろくなのがいないね」
ガラッ
そんな他愛のない会話をしていると、唐突に玄関の扉が開かれた。
食堂に集まった従業員が玄関に移動する。
そこには着物姿の小さな女の子がいた。
「おかえりなさい、トキさん」
「「「おかえりなさい」」」
カケルに続き、全員が挨拶する。
迎え入れられた彼女は笑顔で答える。
「おう、ただいま!」
彼女の名前はトキ。
この旅館の経営者であり、女将を務めている。
幼い外見だが、れっきとした大人である。
「おかえりー!」
「えりー!」
「おう、フウ、セン! いい子にしてたか~?」
よしよし、と幼い女の子が幼い女の子たちの頭をなでている。
(((癒される~!)))
この光景に誰もが心安らいだ。
「おっ、そういえばお前たちにお土産があるぞ?」
「え、マジですか! さすがトキさん太っ腹!」
「おうおう、いいこと言ってくれるね! ほらこれが今回のお土産だ!」
ガラッ
半分しか開いていなかった扉を全開にし、そこに隠れていたものが獣人たちの視界に入った。
「どうだ、すごいだろ!」
「「「……」」」
その場にいた全員が唖然とする。
「紹介する! 今日からお前たちと一緒に働く人々だ! 仲良くな!」
扉の向こう側にいたのは獣人とは異なる『人』だった。
男性が二人、女性が一人、そして性別が分からない幼い子供が一人。
ぎこちなさそうにお辞儀する。
「き、今日から働くことになった木賀吉成です」
「ひ、人おおお!?」
やっとのことで我に返った僕たちの中で、初めにノブが驚きの声を上げた。
「トキさんどういうつもりですか! 『人』をこの旅館で働かせるって!? 冗談じゃない!」
「まあまあ、落ち着けよ」
「落ち着いていられません! 人と働くくらいなら死んだほうがマシです!」
「そうカッかするなよ。ほらカケルも言ってやれ!」
「え、ええ……?」
カケルたちが、わあわあぎゃあぎゃあと騒いでいると二階から一人の青年が下りてきた。
寝坊助で、ヨリの兄であるトモだ。
彼は寝癖をつけたぼさぼさの髪をかきながら、眠そうな顔つきでこちらへと歩んでくる。
「なに騒いでんのさ~。ふああ」
もとは端正な顔立ちなのだが、大きく口を開けたあくびのせいで、大変なマヌケ面が出来上がった。
そんな顔を見て、『人』の女の子が突然ぽつりと呟いた。
「かわいい……。私、ひとめぼれしちゃったかも」
「「「………うそ?」」」
騒ぎがぴたりと止み、その場にもう一度唖然とした空気が訪れた。
「……なに? どったの?」
ここにもう一人どうしようもない男がいたのだった。




