イィーシヤアァーキイモオォ
「ひとつください」
「あいよ。百グラム四百円ね」
「ヨオォンヒャアァァクウエェェェエン!?」
焼き芋屋台のおっちゃんがびくっとした。
「じ、じゃあ、この中くらいので」
「お、おぉ。これは三百グラムだから千二百円な」
「シェェエンニィヒャアァァクウエェェェエン!?」
再度おっちゃんの肩がびくっと揺れた。
「それなら……一番小さいので……」
「こ、これは二百グラムで八百円……」
「ハ、ハッピャアッ!」
「す、すまんな、うちは大中小、五百グラム、三百グラム、二百グラムしか置いてねぇんだ」
なぜだ。なぜ焼き芋一個でこの価格。
俺は屋台を隅から隅まで見回し、貼り紙をみつけた。
これだ。「国産一級さつまいも使用」。
そりゃあ高い。高いわけだ。一級品を使われちゃあ仕方ない。
だがしかし引き下がるわけにもいかない。曇り空の日曜の夕方四時半に、丸眼鏡、半纏、ジャージのズボン、下駄と、苦学生の焼き芋スタイルでビシッと決めてきたからには。
それに立ち昇る湯気と甘い香り、俺の口はすぐにでも焼き芋を貪らんとしている。焼き芋口だ。準備万端だ。
しかし一個でこの価格。焼き芋一個にかける金額として釣り合うのだろうか。けれど冬にしか来ない石焼き芋屋の相場がわからない。高そうに思えるが実際こんなものなのかも知れない。だとしたら恥ずかしい。たかをくくってワンコイン握りしめて来た自分が恥ずかしい。
「それで買うの? 買わないの?」
見かねたおっちゃんがじれったそうにしている。
まあ待て、慌てるな。おっちゃんのペースに飲まれてはいけない。
新聞を読み始めた。切ってあるので一面が四分の一面ぐらいの大きさになっている。それは焼き芋を包むための新聞じゃないのか! しかも日付欄を見たら八月。夏じゃないか! そんなに前から準備していたのか! おっちゃんの熱意に感激する! なお食べたい! おっちゃんの情熱が込められた一級品を貪り食らいたい!
「五百グラムください」
「はいよ。二千円ね」
「ゴ、ゴヒャッ、二イィィシェェエンウエェェェエン!?」
いつの間にか隣にいたうら若きお嬢さんがびくっとした。
「勘弁してくれよ……」
明らかに嫌そうな顔でおっちゃんは五百グラムのどでかい焼き芋を新聞に包む。
二千円!? 焼き芋ひとつに二千円だと! いや、違うそこじゃない。五百グラム。この女、細いなりしてやりおる。
いや待てよ、こいつ、もしかして誰かと分ける気か? とすると誰だ?
男しかおるまい。
焼き芋で結ばれた石焼きカップルの片割れに違いない! こやつ焼き芋を持ち帰りふーふーして食べさせるつもりだ! ちくしょううらやましい! 末長くお幸せに!
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、なんでも、お恵みが欲しいとかそういうんじゃ、なくて」
ははぁなるほど。そういうと彼女は手にした焼き芋を半分に分け、俺に差し出した。
「暖かいうちに、どうぞ」
なんということだ。彼女の名前はきっと伊藤に違いない。超能力的な意味で。
「そんな、頂けません! 石焼きの彼が……」
「石焼き?」
「あ、彼氏さんの分を頂くわけには」
「はぁ? 彼氏?」
あっはっは、と口を大きく開けて笑う。細いくせに豪快な人だ。
「こんな人目も気にせず焼き芋買ってる女なんかに興味のある男はいないって!」
「え、で、でも」
「……繊細さに欠ける女は嫌いなんだってさ」
瞬間、伊藤さんの頬に涙が一筋流れーー
「ナァァァミィィィダアァァァア!?」
電線にとまっていた数羽のカラスもびくっとして飛び去った。
「だからなんなのさそれ! さっきから! いーしやーきいもー、よりずっと家の中まで響いて来たんだから! まぁでもそのおかげで美味しそうな焼き芋に出会えたんだけど……あーあ。あなた見てるとなんか色んなことどうでもよくなってくるわぁ」
伊藤さんは可笑しそうにしている。
「ねね、よかったらこれからうち来ない? 寒い中食べる焼き芋もいいけど、こたつで食べるのも格別だと思うんだよねー。すぐそこだし、どうかな?」
「ええっいいんですか!」
「もちろん。でもうちの中では叫ばないでね。そうだ、コーヒーでも淹れようかな。あ……焼き芋には合わないか」
「牛乳とかが合うかと……ああでもなんでも構いません! ありがとうございます伊藤さん!」
「伊藤? いや私佐々木だけど」
「シシャッ、シャシャキシャン!」
あっはっは、と豪快な笑い声が寒空に響き渡る。ラッキーなんて案外なんでもない所に転がってるもんだ。青春はこの歳からでも遅くない。俺の中で何かが始まる音がしたようだ。
「いやー、若いねぇ。こんなとこで芽生える恋もあるもんだねぇ」
「ほんとですねぇ。おじさんの焼き芋のおかげですよ」
それと叫び声ね、などと言いつつ俺の肩をバシバシ叩く佐々木さん。
「いやぁこんな産地がどこかも分からないやっすい芋なんかで人の恋路がうまくいくなんて……」
「は?」
おっちゃんが一瞬、やべっ、って顔になったのを、俺は見逃さなかった。
ま、いいさ。彼女は豪快な人だから。