同行者-ドリアゲール
そうこうしている内にグリ車はグロデニア公国、タンバリクの街に近づく。
ザネン伯の直轄地にしてバーロン地方屈指の都とのことだ。高い城壁に囲まれたタンバリク砦の外にも街並みが形成されており、近づくにつれて街道を往来する者も増えてくる。砦の城壁からある程度の距離までタンバリクと呼ばれるようだ。
グリ車が珍しいのかこちらに気づくと慌てて道を譲られる。考えてみればレニータの容姿は少し異様に感じることもあるかもしれない。しかしどうやらグリ車自体が恐怖の対象となっている事に気づく。
「なんだろう。他星人がそんなに珍しいのかな? レニータが怖いのかな?」
久しぶりに、本当に久しぶりにボケをかましてみる。
「トゥールちゃん、落ち着いたら稽古付けてあげるわ」
口元に満開の笑みを浮かべながら目からはどろどろとした何かを放ってくるレニータ。後悔した。
「いえ、間に合ってます」
しかし道端の女の子はまるで蛇に睨まれたカエルの如く凝固してグリ車を目だけで追う。レニータが睨んでいるのではない。
「トゥールちゃん、マジぶっとばす」
読まれた!
「いや、おかしいと思わないかい? 僕たちはそれほど脅威には見えないと思うのに、あんな小さな子まで警戒するなんて」
「そお。あくまでも私が悪いと言うのね?」
「いやそうじゃなくて何か理由が……」
「私が大声でも出せば満足かしら? なに見てんのっ! 子供っ! とか?」
うむ。小娘っ! って叫んでも自分も小娘だしね。
「小娘っ! って叫んでも私だって小娘ですからねっ」
「いやもう勘弁してください」
もう心を読むの止めてくださいなにも考えられません。
それでも僕は女の子を少し過ぎた辺りでグリ車を止めて降りる。
「ねえ君、タンバリクに向かうのはこの道でいいんだよね?」
グロデニア公国の公用語はグロア語だ。学習済みであり基本的な会話には困らないはずだ。
僕は現時点で九十二の言語が使用可能になっていたけれど、グロア語は未習得だったので宙港で言語パックを脳にダイレクトチャージした。広大な宇宙の無数の言語を自由に操る手段は確立されて久しい。どうやら記憶にも無く、祖先も含めてこの地域への訪問は初めてのようだった。
「グロデニアの言葉…… あなたたち、フォレシス教団の人ではないの?」
「少なくともフォレシス教団の名前を初めて聞いたくらい関係ない人だよ。でも、なぜその教団信者と違うと分かるんだい?」
「タンバリク人が何人もフォレシス教団に入る為へ東に向かった。でもたまにグリで来るフォレシス教団の他星人は絶対グロア語は使わない。汎宇宙語なのは分かるけど、意味はわからない。それなのに大きな声で怒鳴るの」
一種の差別主義者に見られる行動だ。汎スペースランゲージすら理解出来ない者をヒューマン系と認めない。
しかし僕はそれはそれでいいと思う。宇宙は文字どおり広いのだからいろいろな考え方があるのだ。問題はそんな輩がなぜこの星に一大勢力を築こうとしているか、だ。
流石に他星人が一つの国を乗っとれば連邦やマザーも問題視する。ストレートに超文明を使わなくても準用があったと考えられるからだ。
「僕たちフォレシス教団じゃないどころか、実は教団の実態を調べに来たのさ。この国の王様の部下に頼まれてね」
「王様はまだ私たちを見捨ててはいないのね…… 助けてもくれないけど」
「助けるって、そんなに教団にいやな思いをさせられているの?」
「あいつらは人殺しはしないけど気分次第で全てを壊す。私の家も突然やってきた何人かが振るう大きなハンマーで粉々になった。やっと直したけどボロ家が超ボロ家になっていかにも壊れそうになった」
なにやってんだ教団?
「あの人たちは石を集めている。ドリアゲ-ルよ。きれいだけど別に珍しい石じゃない。でもドリアがとれる所を知っていると教団に入れるのは有名な話よ」
「ドリアゲールは宝石なの?」
「うん。確かに少し高価だけど、お守りや手金にするために持ち歩いたりするわ。教団が占領している地域はガドリウム鉱山だけど、何年も前に閉鎖されている。また掘っているのかな? ドリアはけっこうどこでも採れるみたいだし」
「ふうん。そのドリアゲールってどこに行けば見られるのかな?」
「私も持ってるわ。困ったときの財産なの。だからあげないよ?」
「いらないいらない。でも、もしよければ見せてほしいんだけど」
「そんなこと言って力ずくで取り上げるつもりでしょ」
「そんなことしないよ」
「ねえ、お嬢ちゃん?」
いつのまにか隣に立っていたレニータもグロア語はマスターしている。旅行者として真面目で前向きなのは間違いない。
「この子供があなたを襲ったら、私は全力であなたを守るわ。私はこの子供より強い。あなたに危害は加えさせない」
ひどい言いぐさだ。抗議の声は少女の態度の変化に遮られる。レニータがどうやらなにか力を使ったようだ。表情が従順になりコクリとうなずく。もちろん何もする気はないのだから穏便に事が進むにやぶさかではない。
「うん、わかった。これだよ」
彼女は首にかかっていた紐をたぐり、その先に結わいた透明度の高い石を取り出す。
「すっごく固いから穴も開けられないんだ。だから縛っている」
十字に紐で縛られ保持されている、透明な石。かろうじて曲玉のような形状に整えられている。
「もっと見せてもらっていいかな」
僕はしゃがみ込んで彼女の胸元に顔を寄せ、石を観察する。驚いた。これは間違いなくダイヤモンドの原石だ。大きい。
この星ではダイヤモンドがたいした価値を持たないらしい。惑星テラからこそ今でも産出するけれど、その星の組成に関わるから全く発見されない星の方が多い。その輝きは全宇宙の心を捉える最高の貴石であり言うまでもなく高価だ。
炭素の圧縮によって生産される人工ダイヤモンドは組成式こそ天然物と百パーセント同じだが、産出地域固有の原子振動までは再現しない。工業用にそこまでする意味が無いし意味が薄いから研究もなされていない、と記憶している。実際、技術的にもそこまで再現するのはかなり難しいはずだ。だから天然物は確実に判別できるし希少性も維持されていた。
この星では加工技術がしれている。カットどころか形を整えることさえできないのだ。その石が教団にかかわっている?
どうやら教団を率いる者の目的はその辺りにありそうだ。
「なるほど、参考になったよ。僕はトゥールというものだ。困った事があったらトゥールの感謝を得た、と言ってみるといい。約束は出来ないけれど、なんとかしてくれる事があると思う。あと何日かしたあとでね」
レニータがジト目で睨みながら
「トゥールちゃん…… どんだけ大物なの……」
とつぶやく。
「それがミルサスなのさ」
僕はこの問題を解決する。そして得るのは報酬だけではない。
ミルサスのトゥールの介入は何事も解決する、その評判だ。その為に膨大なバックアップで宇宙を旅するのだ。
そのバックアップを使わなければミルサスの中での評価が多少上がるが、使わずに結果を出せなければ致命的なほど下がる。出せる力を惜しんだということになる。
「ありがとう、お嬢ちゃん。教団とやらは、任せて」
僕は少女の頭に軽く手を置いて礼を言う。
「そんな安請け合いを」
「いいのさ」
グリ車に戻り少女と別れていくらも経たない時間でタンバリクの街に入る。この場合、街に入るとはタンバリク砦の城壁の内側に入るということだ。
教団の脅威があるにもかかわらず検問のようなチェック体勢は皆無であり、フォレシス教団の問題がどう体制に影響しているのか判断に迷う。あくまでも直接の脅威ではないのだろう。
「あれ? ヴァルターさんとマリムさん? てか早くない?」
門をくぐるとかなり広い広場状の空間があった。噴水が配され一見華やかだが敵を迎え撃つ時は尖鋭を集めて最終防衛ラインを形成するのだろう。
グリ車を降りて体を伸ばす僕らの目線の先に二人の姿があった。
どこかで仕入れたらしい地図を眺めながら二人で石畳と石造りの建物で構成される街を観察している。
こちらに気づいたヴァルターは
「よう、偶然だな。グリを飛ばしてきただけさ。トロいのは性に合わないからな」
ヴァルターがぶっきらぼうに言う。いつ宙港を出たのか分からないけど、僕らのように車を引かせるのではなく、グリに直接乗って早駆けでもしてきたのだろう。
「でも、マリムさんって良く入国出来たわよね。完全代体だけじゃなく人工ニューロン搭載機でしょ? サイボーグ、でいいのかわからないけど」
「私は戦闘特化型亜ヒューマン機体です。登録番号TSHQQ六八〇〇〇一、ヴァルターに付けてもらった称号がマリム。これが免罪符でこざいます」
指を指した先は首輪だ。黒くて少し厚みがあり金属製のようだ。
「ここからの制御電磁波で力が大幅に制限されます。力づくで外すことは可能ですが、連邦から重い重い重い重いペナルティを課されるでしょう。もちろん私だけでなくヴァルターにも」
「なるほどね。今は弱っちいんだ?」
すかさずレニータが茶化す。
「あなたをくびり殺す程度の微力は残っています。お気遣いなく」
なんだかこの二人は仲が悪そうだ。なんでだろう。似たもの同士だと思うけど。同士だからだろうか。
「ヴァルターさん、街には何用で来たのですか?」
「キミには関係無いさ」
「まあ、そうですけど」
「きみこそ何をしにきたんだい?」
「ヴァルターさんには関係ないです…… なんて言い方はしません。もともとこの国のとある要人を訪ねる為に宇宙を旅していたんです」
「ほう、さすがミルサス族だな。俺たちは物見遊山さ。隊長との契約は切れた。壊れたダモンを修理するために予定の航路を変更するそうだ。金も入ったしな。そうするともう危険な宙域からは離れるだけだ。移動の前に連中も降りてくるつもりらしいが、地上での護衛が必要な連中じゃあない」
静止軌道上の宇宙ステーションからは日に数本、あるいは需要があれば臨時にも着星挺が出る。僕らもそれで降下してきたし、ヴァルター達もそうだろう。完全にプログラミングされた航路を辿るので安全性抜群であり、専用のマスドライバーでまた軌道にもどる、地上と宇宙を往復するバスのようなものだ。
「じゃあ、無職になってしまったんですか? あの隊長のことだからヴァルターさんなら簡単に正規の隊員になれる気がしますけど。マリムさんの力もあるんだし」
「俺はもともと傭兵が嫌いなのさ。今回は特別に参加したが、傭兵家業に足を漬けるつもりはない」
こちらも暇な訳でもないので立ち話しを切り上げることにする。ヴァルターにダメ元で連絡先を聞くとあっさり情報端末のパーソナルアドレスを教えてくれる。通信機器はオーバーテクノロジーでも端末の類は別であり、武装が付加されたタイプでない限り必要性や緊急性を鑑みて旧文明世界にも持ち込める。
市販の通信端末にもレーザー射出装置まで搭載された機種もあるが、まともな旅人には人気がないのはそういう事情だ。
マリムさんは持っていないとの事だった。ヴァルターとなら体内実装の機能で通信可能なのだろう。
しばらくグリ車にゆられると目的地が見えてくる。
ザネン公の邸宅は街道沿いに植えられた背の高い並木の奥に造られた石造りの高い塀に囲まれていて、さらに崖を背負った立地だった。門前から眺めると立派な三階建てのやはり石造りの建物が建ち、その建物の前に外周の石塀よりもう一段低い塀を巡らせて防衛力を高めている。
城壁の外に本宅があり、それ自体が小さいながら立派な城らしい。タンバリク城も砦である以上戦乱で落とされることも有るだろうし、その時に可能なら臨時の本部にもなるのだろう。今はフォレシス教団対策で本部に雪隠詰であり、この砦内の別宅とタンバリク城を往復する生活だとの事だった。