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ユニバース☆ツアラーズ  作者: 霜樹
第一章
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レニータ = バルカザール-トゥール = アクセルソン

「あんな力を不用意に出すものじゃない」



 帰投後、僕に抱きつく勢いで勝利を喜ぶレニータの元にヴァルターが訪れている。


 格納デッキから廊下に出たところでヴァルターは軽く僕の肩に手を当ててレニータにも目配せしてきたのだ。着いてこい、という意味と察する。ほどなく着いた先は展望デッキだった。


 天蓋と視界の約三分の二がクリアの強化セラミックになっているかなり広い空間にベンチが配されているが、この船は一応戦闘艦だ。普段はレクリエーションに使われても有事の際は有視界監視にでも使われるのだろう。



「えっ? 私、訓練ではサイコチャーオプション付きダマンの操縦が同期で一番だったんです。自信はあったけど実戦経験はないからちょうどいいと思ったんですけど。ヴァルターさんはともかく他のダマンパイロットより動けたと思いますし……」


 

「今回の戦闘は追い詰められたものじゃなかった。敵に攻め切られて乗艦されればそれこそ奴らを瞬殺だ。足を止めるための攻撃で船を破壊されるのを嫌ったからダマン部隊を繰り出したが、最初から負けはなかったんだ」



 ヴァルターは真面目な無表情を保ちながら言う。



「そんな中であんな圧倒的な戦闘力を示せば無用に目をつけられる。隊長を信じる理由なんてどこにも無いんだぞ」


「うん? 敵に、ではなく隊長に目を付けられるのですか?」



 僕は素直な疑問を放つ。



「君に有用性を感じた隊長がトゥール君と引き離して君を部隊に入れる算段をしろと言い出すかもしれない。俺も雇われている以上それが命令ならあまり無碍にも出来ないしな。そういうことさ」


「どういうことですか?」


「傭兵部隊なんていうのは出入りが激しい。出て行くのは構わないが入りが問題だ。自己宣伝を真に受けても実際の戦闘力は実戦で見るしかない。試合形式の戦いで無敵に見えても実戦では全く役に立たないなんて当たり前すぎるから入隊試験に実技が無いくらいだ」


「傭兵の入隊試験に実力を試さずになにを見るんですか」



 思わずまたもや素朴な疑問を投げかける。ヴァルターのセリフは僕の記憶に無い事に満ちている。



「妙な薬の常習者では無いか、あとは意思の疎通が平均以上に出来るか、だな」



 大丈夫か傭兵さん。最低限すぎて言葉もない。



「だから優秀な戦闘員はいつも募集状態だ。首にしなくても立ち寄った港で戻ってこない場合もるしな。一時停泊の下艦が給料日直後の予定だったら給料の支払いを延ばしてボーナスと言う名の小遣いを与える。まとまった金を手にして野に放ったら、帰る気が有る者も飲んだくれたあげくにどこかにしけこんで時間通りに戻らないかもしれないからだ」



 傭兵という人種は駄目の見本であることは良く分かりましたからもう許してあげて下さい。



「そこにスレイムルの正当な旅行者である君が圧倒的な戦闘力を示す。金で縛れる前置きもある。隊長がなんとか手に入れようと考えるのはむしろ自然だ」


「手に入れてどうするんですか? 愛玩動物? 慰み者にでも?」


「話を聞いていたのか? 君のような子供の身体をした女の子に色目を使うほどあの隊長は腐っていない。純粋な、戦闘員としてだ」



 レニータから負のオーラがゴゥッという音を上げて噴出するのを感じる。



「あのっあのっヴァルターさん、声をかけてくれた意味はわかりました。僕も気をつけますからこの辺で」



 レニータがめちゃくちゃ怒ってる。手を拳に握りしめ、フルフルフルフルフルワナワナワナワナしている。顎を引き強く目を閉じた顔は真っ赤だ。



「どうしたレニータ。具合でも悪いのか」



 ヴァルターさん、あなたの発言に怒っているのですよ。わからないのですか?


 その一言は火に油どころか火事に爆弾ですよ?



「まっいい。そもそもお前らに深くかかわる気もない。今後の参考になればと思っただけさ。レニータさんよ、確かにいい腕だな」



 クルリと踵を返して立ち去るヴァルターを見送りながらサイコチャーで同調出来たことは話題にしていない事に気付く。彼にとっても衝撃的な出来事だったはずなのに。


 それでも、いつも表情が固く取り付き難そうだが実はやさしいのかも知れない、とは思う。彼なりにレニータを心配してくれたのは伝わった。最後の最後で台無しになっているけど。



「なんなのあいつは。私はもう十六よ。子供には違いないけど男なら振り向くでしょう。そんな男に振り向いてほしくないけど相手しないほど子供じゃないでしょう」


「ヴァルターはなにか勘違いしているんだよ。ほら、レニータって若く見えるからもっと年下だと思っているんじゃないかな」


「あの男、子供の身体って言った。確かに言った。なに? 胸の発育が悪いのはそんなに罪なの? それしか女の子を見る判断基準はないの、男って?」



 いやそんなことヴァルターだって一言も言ってません。でも、そういうことなのかもしれません。



「ぼっ僕はレニータの胸、好きだから。絶対小さい方が好きだから。大きいのって気持ち悪いから」



 僕は僕で混乱していた。



「なんなの? ロリコンなの? 大人の女性が怖いの?」



 僕が同い年を好きになれば定義ロリコンですが、それに問題が? てかどうでもいいよ僕のことは。



「もう私の胸のことは放っておいて。もうすぐ成長期が始まって大きくなるのは確定しているの。ちょっと遅いだけでそんな責め立てられても合わないわ」



 だれも責めていませんし気にもしていません。一番問題意識が強いのはあなたです。



「それはそうと隊長に警戒? あの人は私たちをどうにかしようとは考えていないわ。むしろ少しボッタくり過ぎたかとすら考えてる。私をいたずらに留めておこうなんて考えもしていないわよ」



 彼女は読む気が無くてもそこに相手がいる限り、その思考がながれこんで隊長が何を考えていたのかわかっているのだ。ヴァルターの心配は分かるがレニータには無用だったのかもしれない。



「トゥール様、この苦しみがわかりますか? 失礼ながら私はあなたが今何を思われているのか分かります。今は読もうと思って読んでいます。でも、思わなくても分かる時は分かるのです。スレイムルの、宿命です。いい加減、胸の話題はやめていただけますか」



 レニータが申し訳なさそうにつぶやく。だけど胸のことは考えていないよ?



「なるほどね。ヴァルターさんが善意で言ってくれたこと、隊長の本当の心意に触れていた確証がある訳ではないこと、それだけわかっていれば良いんじゃないかな。それと様は勘弁してほしい。そしてそんなこと考えていないこと信じてほしい」


「ごめんねトゥールちゃん。意地になったよ」



 いや君でいいのよ? ちゃんはないよ? 僕の心で思ったがそういう事は読んでくれないようだった。



 それからほぼ三十時間後、惑星ガリアウトの宙港はるか上空に位置する静止軌道ターミナルへ着岸する。


 ボリウス号は大気圏を降り上り出来る性能を持つ機体だったが、降りるのはともかく上るのは大変なのだ。技術的には事故率ゼロコンマ数桁の安全性が確立されているが、マスドライバーの利用料が高い。今回は僕を送るために立ち寄っただけなので余計な出費を避けたようだ。


 ゴルス=グリン隊長という傭兵部隊の経営者は、ちょっとせこいかもしれない。



「ミルサスのトゥール様、艦長室へ」



 艦内放送で呼び出しがかかる。ゴルス隊長は艦長でもあるから艦長室にいる。なぜ隊長室にしないのかは謎だ。



「なお、お一人でくるように、という隊長のご指示です」



 さっそく集金の算段だろう。機体固定が終わっても検疫や、なにより武装艦であるボリウス号は武器の封印を施さなければならない。だから時間が出来る訳だ。


 傭兵部隊の武装艦といっても犯罪組織でない限り正規軍と同じ扱いであり、寄港したどこかの星の正規軍艦も特別な許可を得ない限り同じように封印される。封印といっても例えば砲口のハッチに黄色いテープを渡すだけだ。もし出港時に破れていたら犯罪者扱いで二度とこの宙港は使えないし星間連邦全体で情報を共有する。宇宙船は補給なしではガラクタ以下だ。捨てるにも手間がかかる。 



「隊長、トゥールです」


「どうぞ」



 インターフォン越しの声はいつもの紳士然としたノーマルバージョンだ。僕を一人に指定した意味はあるのだろうか。


 二度目になる艦長室。前回は救出直後で混乱していたこともあり内装の印象は薄い。かなり広い室内はソファが対面で置かれその後ろに執務デスクがある。ソファにテーブルはセットされていないけど、壁際に小さな据え付けのデスクとパイプ椅子がある。いかにも書記かなにかの専任官が会話をまとめるために使うようだ。


 写真などの飾り付けはほとんど無いけれど、執務デスクからも隊長が座っている位置のソファからでも一足飛びで手が届く壁にマシンガンを始めとした個人持ちの武器がディスプレイされている。


 宇宙船内で銃は撃たないだろうし撃つとしてもパラライザーのような物理的破壊力の弱い得物を使うはずだから、一種の脅しだろう。傭兵らしいといえばらしい。



「トゥール君、いよいよゴールだ。約束の半金をもらえるかな」


「もちろんです」


「ところで相談なんだが」



 短刀直入なのが本気っぽい。



「連れのレニータ嬢なんだが置いていってはもらえないだろうか。あれだけの器量だから男として興味があるのは否定せんが、それよりあの戦闘力は希少だ。リアルな地上戦闘も出来るらしいしぜひ我が部隊にスカウトしたい」


「僕と彼女は友達ですらない。事故に巻き込まれた犠牲者仲間に過ぎません。彼女が承諾なり望むなりするなら止めることはありませんよ」



 驚いた。ヴァルターの警告的中だ。



「彼女が承諾すると思うかね?」


「さあ? 彼女の目的は冒険です。それが果たされるなら検討するのではないですか」


「俺たちと一緒なら冒険は出来るだろうな。しかし彼女の自由に移動するわけでは無いし慈善事業など絶対にしない。戦闘という偏った冒険になる。だからもっと確実に説得したい。どうだろう、彼女の分の半金はいらない。しかし払ったことにして、その返済の為の割りのいい仕事先として隊に入ることを持ちかけてくれないか? なんならもらっている半金も返す事にしてトゥール君一人分は支払い済みとしともいい」



 意外にも隊長からはさわやかな印象を受けて美少女を金で買うようなドロつきは感じず、ストレートにレニータというパーソナルに惚れたから手元に置いておきたいという純粋な独占欲を感じる。



「まあ、その、彼女が素直に承諾するならば僕が反対する理由はありません。しかし拒否するようなら……」


「そこで助け賃の建て替えを盾に説得してもらいたいわけよ」


「オ・コ・ト・ワ・リです」



 突然レニータの声が僕から響く。声の源は僕の懐にあった情報端末だ。レニータは持ち前の勘で隊長が僕一人を呼んだことを怪しんでいた。回線オープンで会話は筒抜けだったのだ。向こうから喋れるとは思っていなかったけども。



「隊長、どういうつもりでそんなことトゥールちゃんに言うんですか? 私に直接言えばいいじゃないですか?」


「いや、その、嫌だと言われると思ってな。その、謝るよ」


「もう遅い。私は艦を降りて隊長の愚行を一生忘れません」


「まあまあそう言わずに。トゥール君の負担も減るナイスなアイデアなんだがな。仕事が無いときでも報酬ははずむから」


「うっ……。トゥールちゃん、お金……払ってもらって本当にいいの?」


「ああ。君の分まできっちり払うつもりはある。君は君の意思をはっきり言うだけでいい」


「隊長は……決して私を馬鹿にして申し出ている訳じゃない。本当に私を艦に残して仲間にしたいみたい。それはいいんだけど……」


「なら確かにやり方を間違えましたね。面と向かってレニータに頼めばよかったのに。こうなっては僕はあなたの部隊を敵に回してもレニータを説得するつもりはありません」



 後で考えても僕の言い方は少しまずかった。ミルサスの賢者である前に未熟なのだろう。それでも賢者の称号は伊達ではない。



「こら小僧。俺の部隊相手にテメェが喧嘩になると思ってんのか? 撃たれるのがどれほど痛てぇか教えるぞオイッ」



 僕は情報端末を素早く懐から取り出してかざす。横にデフォルトで付いているボタンに指をかける。



「これはミルサスの冒険者に与えられた緊急救援要請です。全宇宙が要請に答えるべく行動する。あなたの部隊がどれほど強くとも、もし僕の死があなたのせいだと確認されればこの戦艦を中心とした十万キロ四方に反応ミサイルが撃ち込まれるかもしれません。報復とミルサスの存在をより強く知らしめる為にね。攻撃者を殲滅するためなら惑星どころか星系の一つくらい消滅させるのも躊躇いません」



 それは本当だった。惑星ミリリウスにアルザス聖国を構えるミルサス人は、神にも等しい価値を有する事を力を持って示す手段として用意されている。



「くそっ……それは知っているさ。所属部隊や惑星を問わずアルザスの要請を絶対としてその成就の為に行動するってやつだな。なにしろ俺も登録済みだ。お前の死が宣言されれば何十光年先からでも亜空間AD原子破壊砲が撃ち込まれるんだろう。この前の宙賊殺しの艦砲がおもちゃに見えるくらいの代物がな」



 大口径で光速に近い弾速のエネルギー砲でも遠距離から撃たれれば到達に数分かかるから回避も可能だ。しかし亜空間AD原子破壊砲はゲートと呼ばれる空間法則をねじ曲げる施設を使い、座標を固定できれば宇宙のどこにでも瞬時に撃ち込める。原子破壊砲は文字通り物体を原子レベルで粉々に分離させる破壊力を持つ。座標設定は僕の端末で十分だ。


 決して戦闘を得意としないミルサスの英知を結集して製作されたもので宇宙最強の兵器と名高い。もちろん一戦艦相手に不釣り合いなほど強力な破壊力は、一撃で一つの惑星の機能を全て不全に追いやると言われている。原子破壊砲もゲートの技術も公開されたことは無く一度も撃たれたことはない。


 それでもそんな超兵器に狙われ続ける恐怖は計り知れない。それこそがミルサスの狙いだ。



「わかったよ。どうやら俺が間違ったようだ。詫びに嬢ちゃんの残金はいらん。宙族退治の報酬もあるしな。それでチャラにしてくれ」



 半金と言っても天文学的金額だ。主張すれば僕が払う事は明白なのだからこれはこれで大胆な話といえた。



「僕が水に流すのは構いませんが、彼女が何と言うか……」


「私も異存はないわ。戦闘の功績が認められたと理解します」



 かくして、一件は落着した。意外にもこの件で隊長の印象が致命的に堕ちた感じもない。根はかなり真面目な人なのだろう。一人分の半金の支払いを済ませて確認が終わる。


 僕らは、ボリウス号を下艦した。



ここまでを第一章とします。ご閲読、ありがとうございます。

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