救助-要求
「やあやあ。賢者様というからどんな世捨て人かと思えばかわいらしいお客様ですな」
ゴルス・グリンと名乗った隊長兼艦長は豪快な男に見えた。しかし僕が十二歳であることは救難信号に混ぜたプロフィールで把握出来ているはずである。
「救助行為に感謝します。公的な捜索は行われなかったのですか?」
「俺が把握している限りでは今までないな。この辺りはタチの悪い連中がでる。戦闘が仕事の俺たちでさえ水先案内を雇うくらいだ。あのコロニーの爆発も原因不明と発表されたがそんな宙賊の類の占拠要求を蹴ったとたんになにかをブチ込まれたとしても驚かんね。コロニー自体の捜索隊は出ているだろうが、外部宇宙からは動くとしても様子を見てあと二日は必要だろう」
宙賊はごく限られた星間連邦の力が非常に強力な宙域以外はどこにでも出没するギャングだ。狙いは様々だが銀河クルーズの豪華客船などは護衛艦を一ダースで従えるのは珍しくないし艦自体が戦艦並の態勢を持つことすらある。駐留軍のいないコロニーの方がよほど狙いやすいのだ。その分コロニーは大きく丈夫で硬いはずだが原因は違えど現実に崩壊してしまった。
「運が悪いコロニーだな。反応ミサイルでもぶち込まれない限りそうそう壊れないはずだが。情報を検分するかぎり小規模だが効果的な爆発が起こったようだ。構造を熟知した攻撃だったんだろう」
またガッハッハッと豪快に笑う隊長をみながら確かにその通りと首肯する。内部からのテロ的攻撃による感じがしたことは黙っている。この船が警察機構の類でない限り意味がない。
「まあ助かったんだから運の悪さと同じくらいの幸運をかみしめることだ。ところで手間賃なんだが……」
そらきた。しかし当たり前の事ではある。わずかに既定の航路を外れても燃料だって余計に食うのだ。艦員である部隊を雇っている立場からすれば過酷な任務をさせても寄り道に無為を過ごさせてもお金はかかってくる。
しかし提示された金額は常軌を逸していた。中期文明の小規模国家の年間予算なみだったのだ。レニータは完全にフリーズしている。反論しようにも相場もないし、それは自らの命の値段なのだ。
「………………。お支払いはおばあちゃんに相談してからじゃダメかな……」
祖母様はそんなにお金持ちなんだ?
「わかりました。掛ける二で二人分、払わせていただきます。しかし高額だ。まずは半金、結果として一人分だがあくまでも二人分の半分を即金でお支払いして残りは惑星ガリアウトまで送っていただいて、ではいかがでしょうか」
ゴルス隊長は金額が一人分とは言っていない。しかしいざ払うと言えば翻弄して楽しむことは明らかだ。だから先手を打ってみた。同時にミルサス人であることを確かめた意味も分かった。
予想はしていた事だがミルサスなら金持ちだ。全宇宙から寄進が集まるが何しろストイックなどと表現するのもおこがましい程金銭的物質的な欲望に薄い。ただひたすら国家予算は貯まる一方であり公式な旅行者はその金に自由にアクセスできる。個人個人が惑星ごと買い取れる金額を自由意思で使える。これは伝説化しているが列記とした事実だ。
なにしろ惑星ミリリウスのミルサス国は電気すらまともに通っていない地域がいくらでもあるけどそれで生活には事欠いていない。国家統治委員会は有っても全体の政治を取り仕切る訳でもないから国家運営に金があまりかからない。未開なのではなく一人一人が国家なのだ。その卓越した頭脳はそれで集団の必要性を認識し運命共同体としての体をなす。
他の民族では考えられない統治スタイルは運営に予算を必要としないのだ。社会インフラという意味では未開国並だが移動手段があれば誰も困らない。だから公共工事に予算を割くことも少ない。基本的に一年を通して涼しい気候で暑くも寒くもないのもインフラ整備を必要としない理由かもしれない。
もっとも今使う金は僕のポケットマネーだけだ。冒険の支度金に支給された額だけでも提示の一人分を超えている。すでに半年程度過ぎた旅行中に得た報酬を合わせれば足りることは足りる。ミルサスとはそういう存在なのだ。もともと惑星ガリアウトへ向かう船旅の途中で寄ったコロニーだ、それだけ払うなら送ってもらおう。
艦長は喜びに満面の笑みを浮かべるかと思ったが逆に目を細める。最初から愛想はよかったが仮にも傭兵団の隊長なのだ。その迫力は普通ではない。
「俺は一人分とは言っていない。提示額が二人分の料金とは考えないのか?」
「なら提示の半金を即払う。それでも大金だ」
僕は自身意識せずに鷹揚な態度になっていただろう。とても十二歳には見えないだろうがそれがミルサスであり賢者の称号だ。
「ふむ、大したもんだ。いっぱしの大人だってこうは相手にできないだろうよ。確かに金額は一人分だ。すぐに手続き出来るか?」
僕は必要な情報を聞き広げた画面を操作して送金をかける。この端末は極めて高性能であり保存している情報データと共に僕そのものと言える。もちろん単なる物体に過ぎないので無くす壊すもあるだろうし奪われる拾われるもあるだろう。基本的に持ち主が操作することによる数種類の生体認証以外ではどの操作も出来ないのと、万一無くしたら即座に機能を停止させると共に身体に直接プリントしてあるコードバーをショップで読み取ることですぐ同じ情報が詰まった端末を入手できる。ただ僕のそれは機械としてはあまりにも特別製なので普通に売っていることはなかったが。
操作を終えて数分もしないでノックの音が響く。ちなみにノックは二回ではなく三回、これが正式な礼儀なのだ。唸るような艦長の返事で入ってきた若い男は隊長の目前で軽く再敬礼したあと隊長の耳に口を寄せて報告を始めた。レニータがそっと僕の手を握る。さっきまで抱き合っていたとはいえ女の子に手を握られると緊張するが、それより金が入った事でいきなり僕らが殺されるかもしれない怖さを考えたのだろう。彼らが本当に宙賊ではないという保証はどこにも無いのだ。半金とはいえ船が買えるほどの額なのだから。
「受け取ったよミルサスのトゥール君。しばらくは本艦ボリウス号の客人だ。くつろいで過ごしてくれたまえよ」
「ところで隊長。僕らを助けてくれた男の人の名前は教えてもらえるでしょうか。彼は礼を欲していないようですが、機会があれば感謝を示したいのです」
「あいつはヴァルター = エクスナーという、流れ者の用心棒さ。結局何事も起こらないからまだ腕を試したことは無いが間違いなく強いだろう。さっき言った水先案内の臨時雇いが奴だ。評判を聞いて依頼したときはかなり高額の報酬だったはずなのに一言で断りやがった変わりモンさ。あんた方へのアプローチも文句ない動きだったしセットで着いてきた相棒は相当高度なサイボーグのようだ。問題がデカければデカいほど能力を発揮するタイプ、だと思っているんだがな。ま、あんたら以外のイレギュラーは今のところ無いし無いに越したことはないんだが」
相棒? 仲間連れとは思わなかった。何となく彼はあくまでも一人で行動するタイプに思えたからだ。高度な戦闘スキルを記憶したメモリ型サイボーグユニットだろうか。支援AIが接続出来るマシンでは確かに部類の能力アップが見込めるはずだ。それでも違和感はあった。
僕らはかなり良いキャビンを与えられた。男女であることを考慮したのか二室の申し出もあったが丁重に断り同室にした。警戒は怠れないし警戒しているポーズが身を守るだろう。
食堂に行くと食べ放題の特権が待っていたが久しぶりの食事で無理はできない。さすがに粥では物足りないので超濃厚なリハビリ用スープを頼むが三杯もおかわりしてしまう。負傷者のメニューも充実しているのでそんな選択も出来たのだ。
シャワーも浴び放題、宇宙船においてこれはかなり贅沢だ。部屋に帰ってほっと落ち着く。
「トゥール君、ありがとう。私ではあの金額は払えないよ。もし払えなかったら今頃どうなってたのかな」
「気にすることはないさ。立場が逆で僕が払えず君が払えたのなら僕の分も払ってくれていただろ?」
「ええっ! そうなのっ?」
いやいやあなたの事ですけど。
「うん……そかな……ごめん、ちょっとわかんない。今は眠い。やっとトゥール君と一緒にベッドで寝られるんだね。よかった、私、生きてる」
「いや生きてるけど一人で寝てね?」
同室だが二人部屋だ。当然ベッドは二つあるから一緒に寝る必要はない。
「すごいお金を借りているんだからご奉仕しないと?」
「いや、本当に気にすることないから」
ミルサスの賢者であり若干十二歳の僕になにを言ってるんだ。最初の警戒心はどうした?
「冗談よ、冗談。助けてもらってお金まで出してもらって感謝してます。明日はいい日になりそうね。おやすみなさい」
お金はちゃんと返してね? と言う前に寝息が聞こえてくる。体験した事を考えれば当たり前だ。とにかく、寝よう。
翌朝、といっても宇宙に日の出はない。艦内標準時計による時間で午前七時に僕は目を覚ます。寝たのは午後十時頃だと思うから十分寝たといえる。
「おはよトゥールちゃん。朝ごはんもらってきたよ」
レニータはすでに起きていて食堂を往復したようだ。おそらく部屋への持ち帰りはイレギュラーだと思うが特権の一つらしい。もっとも払う金額からすれば感謝するほどのことじゃない。
「聞いてよ。食堂行ってメニュー見てもサンドイッチなかったのね。んでサンドイッチがいいんだけど、って粘ってたらキッチンからこの前の男がでてきたの。なにを挟むんだ? って聞くからベーコンとチキンとスクエグとあといろいろいろいろってリクエストしたらきっちり作ってくれたのよ。それも明らかに高級なレシピだわ。ニコリともしなかったけど意外じゃない?」
この艦に何名乗っているのか分からないが操艦専門スタッフと傭兵専門部隊がいるだろうから百人はいるだろう。下界と違い朝から晩まで働くのではなく二十四時間態勢で活動しているはずだ。
その胃袋を預かる食堂は部隊の要と言っても過言ではない。部署による時間制限はあるのだろうけど、常に食欲を満たすおいしい食事を十分に作るのは過酷とさえ言える仕事場のはずだ。そこに彼がいたのは単に彼が料理好きなのかそういう契約で乗り込んでいるのか興味深いことだ。僕の見るところ彼は間違いなく「戦う者」だからだ。
「あとはトゥールちゃんのぶんだよ。私はもう食べたから」
「いや起きぬけに肉々し過ぎるんじゃないかな。ベーコンとチキンのスライスってヘビーだよ」
「そう? すごくおいしかったよ」
確かにレニータはダイエットとは無縁のスタイルであり全体的に細すぎるほどだ。ひっこみはあっても出っぱりはない。
「ちょっとトゥールちゃん?今とても失礼なこと考えなかった?」
レニータはスレイムル人だ。スレイムルは人の心に入り愛を語りその氷をも溶かす。だがそれ以前にテレパスとして人の心を読むなど造作もないようだ。
「あっ勘違いしないで。常にトゥールちゃんの心を読もうとなんてしていないよ。気持ち悪いだろうし本気でそんなことしてたら凄く疲れるし。今のはむしろトゥール様の方からの情報です。私のスタイルに関して余計な感想を抱かれましたか?」
朝起きたら君がちゃんになっていたのは気になっていた。ミルサスをちゃん付けで呼ぶものは宇宙中探してもいない、と思う。実際、親が子を呼ぶときもない。それがミルサスなのだ。
タイミングをみて注意しようとしていたけど今度は過剰な敬語攻撃がきた。変わっているだけでなくむずかしい人なのかもしれない。
「ごめんなさい、胸がないんだなあって考えたけど僕はむしろその方がいいというかレニータさんはきれいだしそんなの関係ないというかですから」
ポカンと僕を見るレニータ。言い過ぎたろうか。もっと怒らせてしまったろうか。
「本当にトゥールちゃんは素直だね。ミルサスの人ってみんなそうなの? スレイムルはみんな嘘をつかない。当たり前よね、その気になったらわかっちゃうんだから。だから宇宙に上がって驚いたんだ。人は百パーセント嘘をつく。ううん、いい人だったら嘘でも気を使った結果だったり悪く騙そうとした嘘じゃないのはわかる。それはむしろ当然のことなのかも知れないけど慣れるのに二年はかかったわ。でもトゥールちゃんには嘘がない。言い訳もごまかしもない。それもミルサスの特性なの?」
「悪事を働くミルサス人は多分いないけど常に自らに嘘をついている人はいるよ。ミルサスの威厳を保つためだったり自分をより大きく見せるためだったりするみたいだけど。僕はまだそんな必要ないからね」
「ううん、トゥールちゃんはトゥールちゃんだから素直なんだね。こんな人、初めて。ありがとうね」
涙ぐむ勢いで僕を褒めるレニータだったが
「でもね、大きなお世話よ。私の胸がツルペタでも迷惑はかけてないしねっ」
しっかり怒ってはいたようだった。
「でもさ、」
レニータは目を伏せぎみな表情をしながら
「あの人、あの男の人はあまりにもわからないんだ。人の心を常に読もうとしてる訳じゃない。でも自然とわかってしまうのよ。でもあの人は全く流れ込んでくるものがない。私にとっては悪いことじゃないんだけど……」
「なんか彼の事をみて驚いていたけど?」
「それは私の錯覚だと思う。行方不明の兄に雰囲気が似ていたの。いくらなんでも偶然ね。彼は私を見てもなんの反応も無かったんだし」
「ふうん」
その時、艦内に警報が鳴り響く。