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ユニバース☆ツアラーズ  作者: 霜樹
第一章
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収束-帰還

「トゥール殿、いや、正直これほどの力を発揮されるとは予想しておりませんでした。ありがとうございます」



 タンバリク城の広場では先発の連絡役の情報を聞いて、勝利の凱旋を果たした僕らをザネン伯爵が先頭に立って迎えてくれた。


 広場は人でいっぱいだ。タンバリクの街そのものは襲わないまでも、血のつながった身内や友人の住む街がいつ襲われるか戦々恐々としていたであろう市民が喜びも露わに集まっていた。



「おや、ヴァルター殿と相棒の女の姿が見えませんが」



 伯爵が帰還部隊を見ながら言う。



「女の方、名をマリムさんと言いますが、この国を守る過程で禁を侵した。誰ぞやが来ているのでしょう?」



 ザネン伯には集音装置の類が仕掛けられていたのだろう、僕が言い終ると同時に五人ほどが人垣から歩み出る。



「賢者トゥール様、私は星間連邦直属機動憲兵隊、第七十六班班長補佐のグリン・アルケイドと申します。対象個体、通称マリムと管理者ヴァルターが同道していないのは本当ですか?」


「何を今さら。あなたがたには分かっていたし簡単に追跡可能でしょう。ビーコンを切ったくらいで個体を見失うのですか?」



 ヴァルターに教えられていた。連邦の能力をもってすれば地下にでも籠ってじっとしているでもしない限り地表のどこを移動していても発見されるはずだと。



「まあ、心配することはありません。宙港にまっすぐ向かうそうです。『よほど問題視してるのでは無ければ音便な対処を考えるように。俺の戦闘力はマリムより上だ』 というのがヴァルターからの伝言です」



 マリムの協定違反が厳密に犯罪になるかは審議次第だ。


 ザネン伯を始めとするこの星の重鎮からの意見、ヴァルターが語る事実、相手が悪名高きガリアック・アボー旅団の生き残りであること、そしてミルサス最高評議会よりの申し入れ、これだけ揃えばマリムさんの放免はもちろん、ガリアック・アボー旅団の欠片を捕縛した功績でヴァルターは表彰すらされかねない。


 そう、ウルンガがアディラードで有ることはヴァルターの首実検とマザーによって確定していた。アディラードで有る以上、連邦のお尋ね者であり拘束は当然だ。


 ヴァルター達が早々に立ち去った現場でしばらく待機すると、連邦のパトロール挺が飛んできてアディラードの身柄を搬送していった。マザーもアディラードであることを確認したとのこと。四肢を失って赤黒い肉と白い骨がむき出しの傷口は何かを吹き付けるだけで簡易的に固められる。彼らの任務はあくまでもアディラードの回収らしく、立ち去っていたヴァルターについては何も問わない。


 考えてみればウルンガ改めアディラードもすごい生命力だ。意識こそ失っていたが簡単な検査では命に別状はない、このまま死ぬことはない、ときた。失った肉体を強力な機械体で補強するような事がないようにしてもらわねば。


 そしてしかし、それを功績と認める前の杓子定規な初期対応に、マリムさんもヴァルターも耐えるつもりが無いそうだ。


 ありていに言えば逆切れするのが面倒とか。


 ヴァルター、ちょっと変わっているだけでなく面白い人だ。


 マリムさんが切れるという事はヴァルターがそれを禁じる命を出さないという事。マリムはヴァルターに決して逆らわないのだから。


 だからこの星では他星に比べ薄い監視網も合わせて、非常に高度な隠密スキルを使って、しかし自由気ままに宙港に戻るとか。それまでに連邦の態度を柔らかいものに出来るのならそうしておいて欲しいと言うのがヴァルターの希望だった。



「ミルサスの賢者トゥールが今回の作戦行動の指揮官として意見する。マリムの働きは僕自身をも救ってくれた。加えてあくまでも自衛であった。自衛と言ってもマリム自身の己の身ではない。ヴァルターはもちろんこの僕と、僕の仲間の身を守る働きでもあったこと、この場で、明言する。十二分に考慮するように」



 グリン班長補佐に賢者の証であるメダルを掲げながら宣言する。


 背は小さくても威厳はでている、だろう。証拠にグリンはかしこまり



「賢者トゥール様のご意向は賜りました。ヴァルターという男の素性がどうもはっきりしないのですが、マリムは考えられる限り最高の亜ヒューマンです。簡単に粗相をする機体では無いとは私も考えます。連邦の対応を私が軽々しく申せませんが、良い方向に成るよう進言するつもりです」



 そして五人は人混みへ引き返し姿は見えなくなる。


 程無くジェット音が響くとどこかの広場にでも降ろしていたのだろう小型パトロール艇が垂直離陸していく。



「すまないトゥール殿。本来であれば彼らの来訪を真っ先に告げるべきだったのだが」


「気にする必要はありません。マリムさんが禁を侵して、しかも逃げたのは事実なのですから。この件はヴァルターに任せましょう」


「あのきれいな女性がサイボーグというものだったとは。要するに機械人形でしょう? とても見えませんでしたな」


「あなたに違いを説くつもりはありませんが、宇宙基準で当代最高の人工外科美容技術と攻撃、防衛システム、下手な生身のヒューマンなど比べることの出来ないほど高度な倫理観を有するシステムAIを備えた亜ヒューマンです。少なくとも僕には生身か機械かの差はありません」


「うむ、もう会えないのだから何を聞く機会もありません。それならそういう相手としてじっくり話をさせていただきたかった。まあトゥール殿もゆるりと休まれよ。お約束の報酬とは別に、ご招待したい件もありますし」



 そのザネン伯の別邸である僕らの宿に戻り、部屋に入るとレニータがむくれていた。



「なにさ。トゥールちゃんは帰ってきたら真っ先に私と勝利を喜ぶと思っていたのにさ。みんなに迎えられて英雄気取りですか? そうですかおめでとうごさいますお疲れ様でしたおやすみなさい」



 おいおい。なんなのこの子。拗ねる要素が僕の行動にあったかな。



「タンバリク城に帰ったとたんに歓待されたんだ。無視してここに帰ることは出来なかったよ」



 確かにやっとの体で帰りついた彼女は負傷兵扱いで早々に広場を離れどこかに消えていた。手当てをされているのかと思っていた。



「そうですか英雄さん。私がどれだけ待っていたか関係無しですかそうですか」


「いや、そんなに待っていたとも思えないけど。その爪はなに?」



 レニータの指先がラメの入った鮮やかな赤色に染まっている。ネイルアートというやつだろう。帰ってくるなり遊びにでも行ったのだろうか。



「こっこれはお洒落でしょ。愛しいダーリンが死地から帰還して、喜んでくれるように、みたいな」


「誰がダーリンですか」



 しかし次にレニータがウルッとした瞳で僕を無言で見つめたのには参った。



「まっまあ僕もヴァルターもマリムさんも無事に任務を全うしたさ。無事にね」


「それはおめでとうごさいます。私は役立たずだったけどね」



 まだ拗ねてる。なんなんだいったい。



「ねえレニータ、聞きたいんだけど。僕は弱すぎるかな」


「何を今さら。元々戦闘力はゼロじゃない」



 うん。まあそうなんだけど。



「まだ…… 子供だからとか……?」


「確かに子供ね。でも、賢者様としての力は確かに認める。そして賢者様って攻撃力の部分では弱すぎるほど弱い人なんでしょ?」



 間違いではない。理由も有る。


 過去何世代もの記憶に戦いを肯定するものは、ない。


 争いをいかに収めるか、それこそが歴史に学ぶ唯一の事実でありそれ以上もそれ以下もない。



「マリムさんにさ、言われたんだ。僕は弱すぎるって。確かに事実なん……」


「あの戦闘機械ビッチ、ぶっ壊す」


「いやそこまでレニータが怒らなくても」


「トゥールちゃんに余計なこと言ったのもムカつくけど私のセリフ盗ったのはもっとムカつくわ。無駄に高級なだけのガラクタ人形が」


「ねえレニータ。レニータがなんとなくマリムさんを嫌っているのは分かるよ。けどそもそも宇宙漂流から救ってくれたヴァルターの相棒だし、今回はもっと直接的に守ってもらったんだ。そりゃ僕だけなら神絶で防御可能だったけど、彼女のおかげで皆助かった。せめて彼女をヒトとして見られないかな。少なくとも僕は無骨なロボットとは見ていないよ」


「分かってるよそんなの。アレは亜ヒューマンとしての最高級機体で、多分私たちが知らないレベルのシステムAIが極めて高レベルな機体に搭載されている、世界の夢の結晶のような存在でしょ。下手なヒトよりヒューマンでしょうよ。でもムカつくのよ。トゥールちゃんを軽んじているところとかがね」



 うむ、僕を軽ろんじているのは彼女ではない。むしろ君だと思うぞ? 僕は気にしていないけど。


 確かにマリムさんにもその傾向が無くは無いかもしれないけど、だからってレニータが怒ることじゃない。



「まあ、今回のマリムの行動は私も見ていたし。結局、あの女らしい行動だわね。で、マリムに何か言われて気にしてるの?」


「うん。僕はもっと戦闘的な意味で強くあるべきだって。ヴァルターもそうだけど今回の隊長や副隊長、兵士達も屈強な戦士だった。彼らを指揮する者としてはもっと強くあるべきだと」


「全くその通りね。貴方は人に指示する者、それはいいわ。使われる者は皆信じられない程の訓練を経てきた兵士や戦士、その者達に勝てる必要はない。あなたは直接的な格闘で勝てない。でも、それはいいの。それ以上の特別な力を持っているんだからね。でもあまりに弱いとさすがにちょっとよね。絶対聖域で身は守れてもあくまでも自分だけ、これじゃちょっとちょっととは思うわよね」



 ううん宇宙に散っている賢者達は皆どうしているんだろう。ごく稀に体術や武器の扱いに優る者がいるのは聞いた事がある。でも一般的には自ら戦闘力を高める賢者はいないはずだ。



「レニータも、僕はもっと強くあるべきだと思うかい?」


「ん、そうね。私は宇宙に出る為に凄まじい訓練と優秀な成績を要求されてクリアした。だから私のそばにいる限り私が攻撃して防御してそれでもダメなら自分を守ればいいとも思う。でも…… 確かに戦う者としての姿勢じゃないよね。ううん、そもそも戦う者じゃないんだ、とも思うけど」


「僕は僕を格闘をする者ではないと思うけど、やっぱり戦う者ではありたいと思う。子供であることが言い訳にならないとしたら、せめて戦闘力を高める努力をするべきだろうか。いつもオートアタックアーマーを着ているとか?」


「うんっ、それはキモいだけじゃなく臆病者臭がするよ…… 。いつも殻に籠ってちょっとした敵にもミニミサイルや粒子レーザー射ちまくりとか、なんかカッコ悪いよ……」



 はい、僕もそう思います。



「この星じゃ持てないけど、誘導レーザーガンの達人とかならそれはそれでいいと思う。銃くらいは撃てるでしょ? それにあれって誰でも名撃手なんて謡い文句だけど嘘よ。そりゃ射撃場でしっかり狙う余裕があって使うなら確かに初めてでも凄い命中率だけど、実戦じゃぜんぜん役に立たない。でも戦士でも使っている人はいる。銃をチューンしてしっかり使いこなしてね。その辺から練習したらどうかな? 私にも教えてあげられるよ?」


「レニータは火薬式のマシンガンが得意なんだよね。そうだね、これからの行動にもよるけど教えて欲しい、かな。先生、よろしくお願いします」



 僕はペコリと頭を下げた。レニータが恐縮するかと思ったけど甘かった。大甘だった。腕を組んで尊大に背を反らし



「うむ。教えてあげよう。射撃のなんたるかを、ね」



 いやそこまで威張らなくても。


 うんうんと首を振りながら自分のベッドに座ってニヤニヤし始めたレニータを見ながら僕はため息をついた。





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