試射-出撃
「トゥールちゃん、ヴァルターはアディラードの事をよく知ってるよ。良く知っていて、しかも憎んでいる」
「隊長が知っていたんだからヴァルターが知っていて不思議はないけれど。ならなぜはっきり知己だと言わないのかな」
「知っているとかいないとかの次元じゃない。イメージが飛び込んでくるの。大きい、文字どおり巌が動いているような筋骨隆々の男の額に第三の目が光っている。私たちはそこまでウルンガの体格まで知らないし、もちろんヴァルターさんに教えられるわけもない。なぜそんな鮮明にイメージ出来るのかしら。しかも宮殿の舞踏広間のような空間で、上がる火の手を背に大きな銃を乱射している。腰には大振りな剣。その光景が、恨みに満ちている」
レニータはヴァルターから放たれた強烈な意識を受け止めていたらしい。心が読めないと言っていた相手だから、むしろ意識に襲われた、とさえ言えるだろう。
昨日から時々ヴァルターの前で挙動不審に見えたのはそういう事だったのだ。普段が普段だから寝落ちの言い訳を信じてしまっていた。
「イメージは映像だけど、いろいろな情報も内包しているの。ヴァルターは元々アディラードを知っているだけでなく憎んでいる? この街に来たのも奴の情報を掴んでいたから? そこによりにもよってトゥールちゃんが持ち込んだ話に乗った」
つじつまは、合う。少なくとも僕の困りごとを知って協力を積極的に持ちかけてくるよりずっとあり得る話だ。隊長に相談したことでヴァルターの目的に近づけたのなら結果としてはオーライだし、おかげでこちらも行動の指針が出来る。
わずかに出来すぎ、の感覚を覚えたが、今のところヴァルターの何らかの理由による目的達成が結果として僕に利することになりそうだ、という以外誰とも利害関係はない。
誰かが僕に罠を仕掛ける理由も無い。
常に考えることはマイナスではないが、差し当たりこれ以上の深慮は必要無しと結論した。
その夜。
「やはり、初期の略奪行為にはウルンガ自身がかかわっているとの証言を得ました。なにしろ巨漢ですから見た者も多く忘れられるものでも無いでしょう。徐々にゴロツキが集まって数が揃うと出てこなくなったようです」
ザネン伯爵は間諜を含む様々な情報員からウルンガの悪と定義出来る行為を集めに行っていたのだった。
「なるほど。そして討伐軍に逆らい大量殺戮。この国にとっては排除対象、でしょうね」
僕は岩山でのヴァルターが見せた力を説明する。試射に同席した執事も呼ばれていた。
「と、言うことで卓越した戦士の力を借りてウルンガ一味を再起不能に解体します。伯爵にお聞きしたいのは武器と兵の調達、資金の援助が可能かというところです」
「本当にその破壊力を他星文明の利器無しに出せるというのですか? 超技術を使うのでは問題が全く変わってしまうし、ウルンガに超兵器使用の口実にもなりかねない。そんなことになれば最終的には連邦軍が討伐するのでしょうが、我が国を焦土にして逃げられては割に合いませんぞ」
「ヴァルターは昼間にその力を僕らに披露しました。連邦が動きをキャッチして、必要ならヴァルター拘束に動くには十分な時間が経っています。もちろん同席した僕にも事情くらいは聞きに来るでしょう。何の動きも無い以上、彼のヒューマンとしての能力です」
「うむ…… わかりました。ヴァルター殿とやらへの報酬、望む武器はなんなりと手配しましょう。兵隊はいかほどの規模をお考えか?」
「ウルンガ始め主だった連中はヴァルターとその相棒だけで行動不能にする予定です。ですから兵士の皆さんは、もとよりこの国の者だった連中を抑えられれば。五十程度で良いのではないでしょうか。ゴロツキに負ける兵もいないでしょう」
「無論です。ウルンガが桁違いなだけだ。そう考えるとヴァルター殿とやらの力も理解できる部分もありますな。ウルンガは魔法使いですらないのに、屈強な兵の百と対峙できる。宇宙は広いということでしょうかな」
伯爵が電位操作能力者のことを魔法使いと呼称していることは、すぐに察しがつく。
それにしても確かにそうだ。宇宙でも最強とされているレベルは一惑星の一国でいくら強いと評価されても比べられないだろう。ヴァルターの力も最強の評価にふさわしいものであり隊長すら認める強さのウルンガもまた最強、宇宙の最強と最強の戦いは真の最強を決めるのかもしれない。そして宇宙にはさらに上の最強が存在するのかも知れないのだ。
「では必要な武器のリストを作成します。伯爵も兵の準備をお願いします」
「あい賜りました。しかし流石ですな。そんな屈強な戦士すら数日とたたず調達するとは。失礼ながらお年を鑑がみればそれすら伝説級ですぞ?」
「今回はちょっとした偶然の積みかさねですから」
そうなのだ、偶然とは必然ではなく起こることを指す。一つの偶然なら毎日何かしら起こりうるだろう。しかし隊長がウルンガを知り、解雇したヴァルターに伝え、ヴァルターが同じ街を訪問しており、理由は分からないがウルンガがアディラードだとすれば憎んでいるらしい、などと幾重の偶然は本来ありえない。
どこかに必然が有れば納得の余地もあるが、全ては成り行きで進んできた事だ。やっぱり都合が良すぎる。順調に進む準備のプロセスに熟考を重ねながら、僕の冷静な部分が首をかしげていた。
二週間後、タンバリクの街の入り口にある石畳の広場に五人を小隊とし、二十五人を中隊として二中隊を一大隊とした計五十名の兵士と、大隊長及び副大隊長合計五十二名が整然と並んでいた。
伯爵と相談した日、相談の後に両替を依頼したけれど原則連邦通貨を保有する事はないと聞かされ慌てかけると、仕事の前金としてグロデニア貨幣を出してくれた。
羅麺の代金が、と素直に話すと
「羅麺ですか・・・・・・。今度ごちそうさせて下さい。そんな理由でもないと王族たる私が食べにいけない下賤な食事とされているのです。あんなに美味しいのに、です。私が実権を握る世が来たら、羅麺店集中出店地帯を街に造って羅麺の地位を向上させます」
伯が言うには、昨日食べた羅麺は動物の骨を煮出したスープを基調とした『コッテリ系』とされるカテゴリであり、他に『あっさり、さっぱり系』『コッテリさっぱり』『味噌』『塩』『昔ながらの醤油』などいろいろな分野があるらしい。伯爵がめちゃくちゃ熱く語り続ける部屋からなんとか逃げだす。王族にも大変な部分があるものだ。
その次の日、朝から打ち合わせに追われて昼を大幅に過ぎた、というタイミングで代金未払いの店に向かう。
口約束から一日が過ぎてしまっていたが、相変わらず愛想MAXモードの強面店員さんはなんの咎めもなくいらっしゃいませぇい、と威勢を上げる。
礼儀として約束を守れなかった事を詫び、レニータが大きな声で目的の赤いスープの羅麺を注文、僕も習い・・・・・・ 辛さに絶叫しながら完食せずにはいられない味を堪能したのだった。
数日、準備に日は流れた。歓迎の宴は出陣の勝利を願う前祝いを兼ねて、ヴァルターとマリムさんも呼ばれる。ヴァルターが将校たちに挨拶をしないことで場が険悪になりかけるが、マリムさんが
「申し訳有りません。彼はとても照れ屋なのです。本来このような席にお呼ばれしたら緊張のあまりゲロ吐きまくってぶっ倒れるのです。今日は緊張を抑える薬を飲ませていますので大人しくさえしてくれればと。替わりに私がお相手させていただきます」
マリムさんは機械仕掛けの亜ヒューマンだがその作りは異常ななでに精巧で、例えば顔の皮膚は人工培養された生体と変わらない組織を持っているそうだ。
その下には外郭があるが、さわってもわからないほどらしい。きっとプニプニしているのだろうし、「どうぞお確かめください」 と頬を差し出されたけれど、普通に恥ずかしいのとレニータから明らかに何かが放出されるのを感じて辞退した。髪の毛もゆっくりとだが伸びるそうだ。そんなテクノロジーは僕の記憶に、ない。
そんなマリムさんだったからマシンだとバレることはなく、おっさん揃いの将校たちは溜飲を下げるどころかちょっとキモいほど目をギラつかせ、杯を持って酒をつがれる順番を待つ。
ちなみに全く意外にも場を察したレニータが、本当に全く意外にもよく気の利く一面を見せてマリムさん同様酒瓶を持って列の後ろから回り始めたが、注がれる方がチラリとレニータの胸元に視線を落とすと
「あっありがとう」
とつぶやきながらマリムさんへ視線を戻すのを見て、数人でやめてどっか行ってしまった。追いたかったがなにしろ僕は主賓なのでそうもいかず、夜部屋に戻って合流すると、
「この国、場合によっては私が潰すわ」
と明らかイラつきながら物騒につぶやいており、なだめるのにずいぶん夜更かししてしまった。
そして今日、ヴァルターとマリム、レニータに僕も出陣を待っている。グロデニア公国正規軍の有志から募られた兵士達には柄の長い槍を持つ者も多い。
ウルンガの部隊の下級兵は、この国の言わば犯罪者に過ぎない。それもウルンガと共に行動している他は、極悪人とまでは言えない盗賊や博徒といった連中だ。各兵士には奴らと同郷人も多く、槍の柄を使うことで出来れば殺す事なく捕えたいと申し出を受けており拒否する理由もなく承諾している。
ウルンガを含め直系の手下と思われる数名を殺すことはいとわないが、後はこの国の問題だ。第一ウルンガも殺すのではなく連邦に犯罪者として突き出す方針であり、この戦闘はあくまでも殺し合いが前提ではなかった。
もちろん相手はこちらを殺しにくるであろうから、後は出たとこ勝負だ。なにしろ実戦がないので兵士達は経験不足だとは聞いていたが、皆選ばれた者として、あるいは志願した者として伝統に基づく鍛錬はかかしていないのであろう、屈強な体格と覚悟のある視線は印象的だ。
「では傍若無人の限りを尽くすウルンガ討伐隊に出撃を命ずる。ウルンガが我が国のルールから逸脱した攻撃を始めれば諸君らに勝目はない。だがそんな事態になれば連邦が乗り出すから目的は達成する。間違っても意地を張って命を落とすな。ウルンガの戦闘力は桁違いであることが先の戦闘でわかっている。奴との直接戦闘はこの顧問として参加してもらうヴァルター殿に任せるんだ。同じ我が国の武器で戦う以上、思うところがある者もいると思うが、これは勅命である。トゥール様とヴァルター殿に任せよ。無理をして一人足りとも命を無駄にすることは、私が許さない」
「作戦参謀のトゥールです。年端のいかぬ子供と思う向きもあるとは思いますが、僕はミルサス族という他星人。幾百の戦闘を記憶し幾千の戦術を操る者。皆、申し訳ないが従って欲しい」
下手に出るのは作戦だ。実戦経験がないとはいえ日々激しい訓練に励むチームの指揮管にいきなり子供が立つのだ。リーダークラスはまだいい。ザネン伯爵の勅命に逆らうこと自体考えないだろうが、しかし下の兵は違う。
自ら慕う上官を差し置いてよそ者が登場しただけでも反発ものなのに、子供では収拾がつかない。僕に戦闘に関する特別な能力があって、せめて並以上の戦闘力でも披露出来ればまだしも、争いを放棄したとさえ言えるミルサス人の本能も相まって見方によっては本当にただの子供なのだ。
戦闘域に入れば信頼を得るチャンスは有るだろう。ここで意地を張る意味はない。
「それでは、出陣。良き戦果を。神のご加護を」
「『凌駕の光矢』 作戦を開始する。全員、ウルンガ本拠地、タリセスの鉱山跡へ、出撃っ!」
凌駕の光矢とは、僕が伝えたヴァルターの放つ光る矢を表すのだろう。
討伐隊隊長のヤンスが指揮棒で門の外を振り指す。
部隊長と副隊長を先頭に続く二個小隊、次にヴァルターがグリにまたがり、マリムさんは駆け足で続く。僕とレニータは荷台の付いたグリ車で、残りの兵はしずしずとグリに跨りながら整然と進む。ウルンガの拠点までは荒野を渡るとは言え半日程の距離だ。
マリムさんは亜ヒューマン、高度な、マリムさんクラスになると高次元な、とさえ言えるかもしれないけど突き詰めて有り体に言えばロボットだ。
たぶん体重が重くてグリ単騎では保たないのだ。
いや、気づいてもこれはスルーだ。
マリムさんは女性だ。それがフルメタルアーマーじみたこの国の甲冑を身につけた屈強な兵でも悠々と運べる力持ちのグリがいるのに、マリムさんのウエイトでは許容オーバーなの? なんて聞いたらたぶん彼女は連邦ルールを破ってでも、怒るだろう。
いや、違う。
僕なんてルールを破らなくても瞬殺されるだろう。恐ろしいことだ。
レニータにも小声で伝える。普段がどうあれネタにすべきではない、と。
この国で何故かそれだけは進んでいる気球による飛行技術で投石などの陽動も検討されたが、搭載出来る岩では石造りの建物に大した影響を与えることは出来ない。着陸も出来ず、出来たところで多くて四人程度の兵士を送るのがやっとだ。
ゴロツキ改め下級兵士の迎撃にすら耐えられないと却下され、こうして正面から陸路で乗り込むこととなった。