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ユニバース☆ツアラーズ  作者: 霜樹
第一章
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ヴァルター = エクスナー-試射

 ヴァルターは少なくともアディラードというパーソナルをそんなに知っているのだろうか? ウルンガがアディラードだとしたら、マザーが何も答えなかったというウルンガの素性を知っているとしか思えない口ぶりだった。



「では、依頼すればウルンガを殺す自信があるということですね? この星の文明レベルの範囲の装備で。隊長が躊躇した相手だったとしても」


「ああ、そうだ」



 そう呟くように言葉を搾りだすヴァルターは普段の飄々とした彼とは別人のように闘気を発散させている。



「もちろん私もお手伝いしますけどね」



 マリムさんも口を添える。マリムさんの文字どおり人間離れした力を持ってしてならともかく、著しく制限された条件下では敵うと限らない相手ではないだろうか。制限されていてでもさえ並の兵士よりは高い戦闘力があるのだろうが。



「わかりました。ちょっとザネン伯と相談します」



 僕はヴァルターの積極性になにがしかの不安を抱きながら、一度ヴァルターたちとは別れることにする。



「トゥールちゃん、ヴァルターの助けを借りるつもり?」



 すっかり暗くなったタンバリクの街は喧騒がたけなわだ。


 むしろこの街のワクワクエリアは夜が本領のようだ。



「でもさ、お腹すいたよトゥールちゃん、とにかく何か食べようよ」



 マリムさんに声をかけられて高級そうな食事何処に連れ込まれたが、結局話しだけでなにも食べてはいない。ヴァルターも来たばかりのこの街でとりあえず見つけた密談場所だったのだろう。


 お腹が空くのも、もっともな話だ。時間も遅くなってしまったし、今日は食べて帰ろう。僕は決して食にこだわる人生を送っている訳ではないけれども、レニータ共々食べ盛りには違いない。


 黄色い看板においでおいでされて近づいてみる。



「羅麺? たしかパスタの一種だったかな。ここでもいいかな?」


「うん、美味しければなんでもいいよ」



 いや、一度も食べたことが無い店の、一度も食べたことの無い料理が美味しいかどうかわかりませんが。



「いらっしゃいませぇい」



 店内に入ると複数の声が出迎える。



「あの、すいません、このお店は美味しいのでしょうか? もし美味しくないとこの娘にボコられるのですけど。正直に教えて欲しいのです」



 おどついた、おどおどキャラで聞いてみる。計算ずくだ。さすがにここまで言えばレニータも多少不味かろうともそれ以上の文句は言うまい。



「そおね。不味かったらトゥールちゃんがとりあえず元の顔の形がわからないくらいボコられるわ。貴方達にその責任を負う覚悟があるかしら?」



 のるなよ? 僕は逃げるよ? つか、初めて来たお店にどんだけ挑戦的なの?


 羅麺なるものは正直分からないけど、店内の匂いは素晴らしく食欲を誘う。


 しかし携行食料はグレードと値段にもよるけど‘宇宙一美味しい’がキャッチフレーズだ。


 僕自身いくつかの惑星を回って、時に振る舞いとされた食事でもなかなかレーションを上回ることはなかった。味覚というより僕の経験の問題かも知れないけど。



「はい、当店はタンバリクの街でもおかげさまで上位の評判を得ています。お好みにはよりますが、コッテリ系が苦手な方で無ければ美味しいと思っていただけるかと」



 ごつい顔と体に似合わずニコリとする店員さん。あきらかに低い声音を一オクターブ高い接客モードで展開している。コッテリ系ってなに? とレニータに聞きつつ、少なくとも食べられない事は無いだろうと注文する。


 結果から言うと実に美味しかった。こんなの全宇宙レベルでも滅多に無いだろう。脂の浮いたスープは挑戦的ですらある。しかししつこい感は最小限に、旨味が凝縮して、むしろさっぱりした印象すら残す。麺類はスープの無いパスタしか食べた事がなかったので口に運びすすり食べるのに少し苦労したけれど、慣れてしまえば問題にならない。



「美味しい…… ちょっとこれなに……? こんなの、食べたことないよ……」



 ズルズルズルズル麺をすすりながらレニータは感動すらしている。まっ、僕にも近い感じはある。


 ごちそうさま。スープも飲むものと聞いて、二人とも全て飲み干した。


 そして困ったのが代金だ。



「羅麺を知らねえし、見慣れねぇ雰囲気だと思っていたら他星の人かい。まあ、ねぇちゃんはこの地域のモンにしちゃちょっと目の色が違い過ぎるし、ミルサス族は聞いたことがある。偉いんだろう? ザネン伯爵様邸にお泊まりなんて嘘をつくようにも見えねえ。わかったいいさ。今回はツケにしておくよ。また来て下さいよ」



 ごつい顔の本領をちらりと覗かせる口調ではあったが、ありがたいことを言ってくれた。



「来ます来ます来ます来ます、明日来ます。こっちの赤いスープも興味ありますし」



 レニータがむしろ目を輝かせて宣言する。



「そりゃ辛いよ? まっ早いところで支払いに来て下さいよ」



 連邦通貨はもちろん、端末払いもクレジット払いも出来ないのを忘れていた。


 この星の、というかこの国の通貨を持ち合わせていなかったのだ。ザネン伯に両替を頼まなければならない。



「おいしかったぁ。うんうん、合格よぅトゥールちゃん。なかなか出来る男だったのね」


「ただの偶然だよ。でも、このレシピは全宇宙で売れそうだね。情報のお礼に隊長にでも教えてあげようか」



 もちろん冗談だ。自分の味は門外不出だろう。ゴルス隊長が本気でさっきの店員さんを脅かす光景は見たくない。


 屋敷に戻ると執事から歓迎の準備をしようと思ったら姿が見えないので保留、結局明日以降に仕切り直しを決めたところとだと聞かされ恐縮する。


 グロデニア公国のような文明レベルにとって、ましてミルサス相手となれば、もてなしは国家をあげたイベントとさえ言える。気づかなかった訳ではなかったが、フラフラと出かけてしまって、マリムさんに捕まってしまったのだから仕方ない。


 それに問題解決の太い糸口は見つかったし、羅麺なる未知の食事にも出会えた。おそらくジャンクフードの類だろうから、この屋敷のメニューにはないだろう。


 同時にかなり広めの部屋に移るように提案された。元の部屋も一人には広すぎる大きさだったが、レニータから僕と同室を主張していたのでさらに三倍くらい広い部屋を指定されたのだ。その部屋の両端にベッドが既に配されている。二部屋与えてもいつも同室で一緒にいる僕らに対する、この国の貞操観念との妥協点なのだろう。


 僕が常識と節操の共有結合体、ミルサスであっても男と女には違いない。


 僕に異存はなくレニータも



「作戦本部に出来るね」



 と、はしゃぐ。確かに悪くない発想だ。部屋の真ん中に大きなテーブルが置けないか相談してみよう。


 次の日、実際にテーブルを設置してもらいウルンガが拠点としている付近の地図をペーパーで用意してもらう。


 ヴァルターに連絡をとり屋敷に来てもらうことにした。ベッドには天蓋が付いており、完全に隠す事が出来る。ベッドであることはわかるのかもしれないけど、露骨に恥ずかしい部屋ではない。


 街で落ち合ってもマリムさんはどうしても目を引く容姿で目立ち過ぎて、ウルンガの一味に目を付けられかねない。伯爵邸を監視されていれば出入りした時点で疑いを通り越して敵認定されるかもしれないが、向こうからこちらに攻め入る戦いでもないようなので気にする程でもないだろう。それに疑われても話しそのものが自由に出来る環境こそ好ましい。



「こちらでございます」



 執事に案内されてヴァルターとマリムさんが到着する。



「立派なお屋敷には不釣り合いな娘さんがいるわねえ。トゥール様はさすがの貫禄だけど、レニータはメイド服とか着た方がいいんじゃない? 貴賓客の素質ゼロよ? どうにも胸元がさみしいメイドさんでしょうけど」


「本当はあんたの様な戦闘機械がおいそれと入れる場所じゃないんだからね。セキュリティがあったら入ったとたんにレーザーで穴だらけよ。だいたいヴァルターさんに用があるだけであんたは来なくて良かったのよ?」


「マリム、止めないか。だいたいこの屋敷のメイド服は俺たちの衣服と素材が違う。宇宙基準でいえは超高級アイテムだ」



 ヴァルターのボケたフォロー。いやそういう問題でもないだろうけど。



「トゥール、さっそく呼び出したって事はウルンガに対する処置は決まったのか? ザネン伯爵とやらの考えは?」


「いえ、ザネン伯は今朝早くから出かけて夕方遅くに戻るらしいです。打ち合わせはしていないですよ。何しろグロデニア公国第二王子なんだから、暇してる訳でもないようですしね」


「じゃあ、なぜ呼んだ?」


「具体的な作戦を聞いておきたかったんです。星間連邦基準の武器を潤沢に用意した戦闘で、マリムさんが全力を出せると言うならば、ヴァルターが勝てると言えば信じますよ。でもここの戦いは素手で殴り合うようなものだ。銃さえとても原始的なレベルで機関銃なんてない。ウルンガとだけなら剣での一騎打ちもあり得るかもしれないけど、奴らの根城は一種の要塞だし地形も向こうに味方している。ヴァルターがいくら強いと言っても、ちょっと勝ちの目が見えなくて」


「なるほどな。俺の力が信じられないということか」



 低い声で応じたヴァルターだが心底怒っている風でもない。賢者の意見はいつも正しいのだ。



「そうだな、それは奴らの拠点の地図か?」



 さっそくペーパーで用意してもらった地図を覗き込む。実際、攻撃力だけでなく奴らは防御力も備えているらしい。



「ここには岩盤をくり抜いた空間があってそこを本拠地とし、この後ろに坑道があるんだな。ならまずこの岩盤を完膚無きまでに粉砕して逃走者はその場で叩き伏せる。ウルンガが出てくればそれで終了、坑道に逃げ込んだら持久戦だな」


「いや、大雑把すぎるよ。ウルンガと一対一に持ち込めはヴァルターが勝てると定義しても、そこに至る過程が未知過ぎる」


「ううん。俺が本気になればこの程度の岩塊ならな……」



 本気で本気ならと言っているらしい。紙で出来ている訳ではなくミサイルやレーザー砲が使える訳でもないのだ。低文明でも岩は岩なのだ。



「面倒なことですが、ヴァルターの力を示しておかなければ話が進まないのでは?」


「そんなことが可能ですか?」


「強力な弓矢と、どこかで岩でも破壊する力を実証できる場所の用意は可能か? 弓矢がこの国で用意できるものなら条件はクリアできるだろう」



 マリムさんとヴァルターの言葉に執事を呼んで諸々の条件を満たす事は可能か聞いてみる。


 弓矢は戦闘用の、並の男では弦を引くことも出来ない強力な物がある。場所については馬車で半時ほど離れた場所に開けた草原からそそり立つ岩山があるそうだ。



「いいじゃないか。そこで俺の作戦に必要な力を見せよう」



 グリ車を仕立ててもらいみなでぞろぞろとそのポイントへ向かう。背の低い草原に突き出した岩山は、荒れた岩石の山肌を利用するようにくり抜いて作られているであろうウルンガの本拠地に見立てる事は出来る。


 そこでヴァルターは、僕はもちろんレニータでも絶対引けないであろう張力の弦を無造作に引いて、岩山から百メートルほどの距離に立ち岩山に向けて矢を放った……。


 結果は、圧倒的にヴァルターの自信を裏付けた。


 電位操作能力は生命体なら皆持っている体電位を自由に、あるいは一定の条件の元に操る能力だ。その強さは体電位そのものの強さにもよるし、操れるかどうかは民族的、遺伝的な要素による。力の方向性も民族性によるほか、基本的に能力者であれば他の使い方を訓練で会得できる場合もある。


 心を操る力に特化したシャルミラ人のレニータが、肉体強化や移動速度上昇他、戦闘に見合う方向の力に転化して身につけているのはその典型だった。


 能力を持たない者に比べていわば超能力を持つに等しい場合もあり、宇宙開発黎明期には持つものが持たざる者の上に立つという図式も有ったようだ。しかし現代ではデバイスの開発によって、例えば僕の神絶のように操作能力者ではなくとも電位を操る手段はある。


 だから今、未開文明の惑星ガリアウトでは展開できないデバイスがなくても生来の力として行使できるなどの特殊な条件を除けば、生まれつき電位操作能力が有ろうと無かろうと、それほど生き様に影響するものではない。


 そして僕はヴァルターが放った矢の威力を目の当たりにして、その認識に誤りがあることを思い知った。


 ヴァルターの力のデモンストレーションは十二分に是だった。ヴァルターの、そして電位操作能力の底知れない力を見た。


 この星の制約をクリアしている、つまりなんら高次文明の成した産物ではなく、ヴァルターというヒューマンの産まれながらの能力であることが一番信じられない。


 試射を経てザネン伯の屋敷へ帰る。


 屋敷に帰りついても、未だ連邦のパトロールから接触が無いということは彼のナチュラルな力だということだ。あのエネルギーの解放が見逃されるはずがない。


 そこで僕は考える。こんな桁外れな力を証明してまでなぜヴァルターは協力するのか?


 本来は僕の持ち込み案件であって、力を疑うなら付き合いきれないとでも切って捨てられるのが自然だ。


 その答えのヒントは再度の連絡を約束しヴァルター達と別れた後にレニータのつぶやきでもたらされた。



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