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ユニバース☆ツアラーズ  作者: 霜樹
第一章
10/17

ザネン伯爵-ヴァルター = エクスナー

 燭台にロウソクが灯り室内を揺らめかせる。外壁には白っぽい石が多用される建物でも内装は茶色とも黒ともつかない暗色が使われており、一面だけ白に青い宝石をちりばめたような装飾性の高い石が使われている。


 なかなかおしゃれな感じだ。少なくとも僕はこんなハイセンスな居室を知らない。



「ウルンガという奴は強いだけでなく賢い。ダイヤモンドに目を付けた事もそうだけど、決してこの星にとっての超文明ではない手段で軍隊まで制圧したのはちょっと普通じゃないよ。彼がこの国の者なら、力で王になることもできると言えるんだから」



 今でこそこのグロデニア公国とその周辺国家はあまり戦いを好まないようだ。しかし過去の戦乱にまみえる時代なら、まさしく将軍に名を上げるであろう実力を持つと推察される。



「とにかくゴルス隊長に三つ目の事を聞いてみたいな。彼が知らなければただのゴロつき策士の可能性も高い。でも、知っていれば対処も変わってくる」



 既に情報端末からコールはしている。が、出なかった。この星には中継ポイントが存在しないが、僕の特別製は直接の衛星経由なので使用に問題はない。他星系から来た者の特権と言えたろう。


 外からモノが入って来る事を拒む以上、この星の者が便利そうなモノだけを手にする事も出来ない。だからこの星の住人である限り情報端末を手にすることは出来ず、王族や有力な商人を含む一部の特権階級に準ずる者だけが、低レベルながらも宇宙との会話を可能とする手段を持つだけだ。


 ふいに鳴った呼び出し音に手首を軽く振り、画面を展開する。



「ん? 連絡したか? レニータと喧嘩して差し出す気になったとか?」



 モードは外部スピーカーだ。



「隊長、その性格を直さないとあなたと共に行動することは二度とないと宣言しますよ?」


「おっと居たのか小娘。ところでトゥール、何か用か?」



 露骨にそ知らぬ振りをするのは大人の特権、と記憶している。僕は苦笑いしつつ



「隊長にお知恵を拝借したいと。三つ目の巨漢でやたら素早く動く戦闘上手に心当たりはありませんか?」



 さすがに大金を払った後だ。情報料は要求しないだろう。



「うむ。そりゃアディラードだろう」


「いえ、こちらの聞いている名前はウルンガといいます」


「ほう、別人か。眼帯をしていたりしないのか?」


「ええ? 確かにしていると聞いています」


「ならアディラードだと思うがな。ましてガリアウトにいるというのなら」


「なぜガリアウトにいると可能性が高まるんですか?」


「マザーの目をごまかす為さ。眼帯で片目がつぶれていることにすれば額の目が機能補完扱いになってマークされない。前に他の惑星で同じ手を使っているのを聞いたことがある」


「そんな子供騙しが通用するものでしょうか」


「俺も思ったがな。この話を聞いた奴は俺よりもアディラードに近い。なんか小細工があるらしいぜ」


「じゃあ、ウルンガはそのアディラードということにして、そいつの事を教えてもらえませんか」



 なんともあっさり知っていた、のだろうか。



「アディラードはガリアック・アボー旅団と名乗っていた傭兵集団の戦士だ。額の目は極めて高度な分析能力を持つセンサの塊だって話だ。奴自身、デカい身体もあってほとんど生身なのに優れた戦闘員で、さらにサードアイの力で相手の攻撃を予測するらしい。怪物だよ。なんだ? なにか奴と絡んだか?」



 僕は数瞬思考する。いまさらだが彼に事情を話してしまって良いのだろうか。答えはポジティブだった。



「僕がこの惑星を訪れたのはある要人から相談を受けるためでした。そしてその相談内容がウルンガとやらの排除、だったのです」


「アディラードの排除? お前が? そりゃいくら賢者様でも無理だろう」



 呆れたような趣きを加えた声音で隊長が続ける。



「奴は最高の戦士だ。どこの軍隊でも傭兵団でも、フル装備の小隊程度で相手するには手に余るほど強い。正規軍といえど奴には手を出さないだろう。数を頼んだ軍団なら最終的には勝てるんだろうが、そこまでの過程が割りに合わない。生身だろうが代体だろうが素手では奴には勝てん。さらにあのサードアイだ。俺も詳しくは知らんが、目玉に内蔵された補助型システムAIの分析を直接脳に伝達する。卓越した身体能力に軍用戦闘攻撃迎撃システムが直結されているようなもんだ。奴を殺すには周囲四方に融解ミサイルでも一斉に着弾させて星の一部と共に溶かす方が早えと思うぜ? しょせん生身だからな。ちなみに銃撃じゃ無理だと思うぜ。重い非貫通アーマーを着ても衰えない機動とサードアイの力で全部避けて、逃げ始めたら必ず逃げきられちまうだろうよ。もちろん剣を扱わせても超が何個か付く一流って話だ」



 低文明世界の軍人では何人がかりでも皆殺しになる訳だ。文字どおり化物じみた身体能力を持つらしい。



「ガリアック・アボー旅団は異常なまでの残忍さで全宇宙から総スカンをくらった傭兵集団だ。いくら自由気ままで最強の戦闘集団でも、あらゆる星から入港を断られスペースステーションにも近づけなくなれば立ちゆかない。二つ三つ星系ごと潰しているはずだぜ。星間連邦といえど、おいそれとどうにか出来る連中じゃなかった。それでも補給無しで宇宙をさまよってはいられねぇから最後は解散さ」



 僕には旅団の記憶がない。僕が祖先から記憶を引き継いで生まれてから物心つくまでに数年ある。その間の知識は当然蓄積されない。そういう事だと思われた。



「隊長、ずいぶん詳しいですね?」


「おっと、俺はガリアックの出身じゃないぜ。でもあいつらが潰れてせいせいした。俺の流儀にあまりにも反する連中だしな。しかしその強さは称賛せざるを得ん。その筆頭がアディラードさ」



 とんでもない相手だ。隊長の力も計り知れないがその隊長が一目置いている。


 力押しは厳しい相手かもしれない。



「生きていてもどうせろくな事はしているはずもねえが、こんな辺境でクダ巻いていたとはな。面倒な奴だ」



 ダイヤモンドを使って一儲けしているようだ、とは言わない。


 当然だ。隊長が欲を出したら余計面倒だ。



「まっとにかくそんな相手だ。気をつけな」


「ウルンガがアディラードだとして、隊長に粛清を依頼したら受けてくれるのかな?」



 レニータが突然口をだす。



「そうとう積まれても考えどころだ。分が悪過ぎる。レニータちゃんが一回でいいから水着姿を見せてくれて、しかも仲間になってくれるんなら破格で受けるがな。全力で瞬殺してやる」


「いっぺん死んで下さいね、変態」



 ガハハと笑う隊長は変態かもしれないが戦闘において素人ではない。



「では、報酬次第でウルンガ討伐ミッションは受けてもらえると?」


「報酬はレニータちゃんのみだ。他は受け付けねえ」


「ど変態っ!」



 つまり受ける気は無いということだ。金がある今に苦労することもないということも有るかもしれないが、たかが一人相手にそれだけ分が悪いともいえるだろう。一応仲間がいる、ということは一言も言ってないのだ。


 隊長との通信を終えた僕らは夕闇迫る街へと出てみる事にする。


 見た目可愛いらしいレニータにさっそくちょっかいをかけてくる若者もいたが、隊長の言葉が腹に据えかねるのかキッと睨み返すとスゴスゴ退散する。心理拒否波的な何かを放っているのかもしれない。


「オヒマソウデウラヤマシイデスネ。ケンジャサマハユキズリノコムスメニオカネヲアンナニカシテモマダヨユウガオアリデスカ」


「おかしな喋り方をしないでくださいマリムさん。これでも仕事の算段を思案中なんですから」



 完全代体に人工ニューロンAI搭載した亜ヒューマン、ヴァルターの相棒マリムさんが突然辻裏から声をかけてきた。彼女なら僕らの情報端末の電波をキャッチして、僕らの位置を特定することは容易いはずだ。彼女の意思かヴァルターの命かわからないが、捜しあてて声をかけてきたのは間違いない。



「散歩していたらたまたま目についたのです。この雰囲気で子供達がウロウロしていれば嫌でも目につくというものなのです」



 タンバリクの街の夜はなかなかに賑やかだった。近くで産出されるのか白っぽい石で出来た建物や石だたみ。それが篝火に照らされて美しくも妖しいムードがある。酒場も多く交易の旅に疲れた者や、長く山に籠って獲物を仕留めてきた者には羽を伸ばさずにはいられないだろう。それでも偶然出会うほど狭い街では、ない。


 あちこちから美味しそうな匂いも漂ってくる。おかげさまで年端のいかない僕から見ても、ワクワクするなと言うのが無理な雰囲気だ。



「お説の通り夜の街で楽しむ歳じゃないよ。ミルサスとしても一般的な享楽には興味ないしね。レニータも同じさ。街の様子を見たら宿に戻るよ」



 特に言われてはいないがザネン邸では食事が準備されるだろう。



「あなた達のような流者と一緒にしないでね。これでも忙しいのよ」



 レニータがツンする。本当に相性の悪い二人だ。



「本当にそこの発育不良には用がありませんが、トゥール様がよろしければ呼んできてほしいとのヴァルターのご様命です。トゥール様だけでいいです。多分、ご飯おごってくれます」


「トゥールちゃんの行くところ私も行くわ。つか、発育不良ってなによ」


「汎宇宙基準の、年齢による女性の容姿外見発達レベルから著しく劣っているということですよ。それにあなたは自腹よ? 勘定のたっかい食事処だけどOK?」



 レニータがウッと詰まる。少し涙目だ。



「不良とか劣ってるとかなによ。あんたに私がなんかした?」


「マリムさん、ちょっと言い過ぎです」



 確かにその通りかも知れませんが、本人の前で言い過ぎです。



「いえ、失礼しましたトゥール様。ヴァルターはゴルスから連絡があってから、態度がガラリと変わりました。トゥール様を探して来いと突然依頼された次第です」



 ウルンガの事を聞いたのは間違いないだろう。彼は元より傭兵だ。報酬次第では討伐に協力するというのだろうか。



「食事はいらないけど用件に察しがある。呼んでいると言うなら行くのはいいですよ。レニータもいいかな?」


「なんで私だけ自腹決定なのよぉ?」



 そこ?


 仮にザネン伯爵が歓迎の宴を準備していても、正式に招待をされているわけではないから食事をして帰っても失礼には当たらないだろう。


 マリムさんに従い、いくつかの路地を抜けていく。レニータとマリムさんはツンツンしていて雰囲気が悪い。


 全ての道が石だたみだ。微妙に曲がりくねった道はかなり凝っているものだ。代々の統治者はこだわりを持って街造りに傾倒しているに違いない。全てを見回った訳ではないけれど、落ち着き感とワクワク感がブロックごとに同居している街だ。


 やがて店としては中規模の、酒場とも料理屋ともつかない食事処に入っていく。満席に近い店内は熱気に溢れていたが全体に上品な印象だ。高級に属する店なのかもしれない。


 中に入ると渡り廊下を案内され裏手奥にある個室に案内される。ますます高級感が漂う。



「ヴァルター、ご要望のトゥール様を連れてきたわよ」


「やあ、トゥールにレニータ。呼びたてるような真似をしてすまない」


「こんな俗世の贅沢を好むとは少し意外ですね」



 ヴァルターにはいわゆる贅沢とは無縁な雰囲気がある。こんな高級店に出入りするのは素直に意外だった。



「この街はヤバい。あまりにも有像無像が雑多すぎて何処にも安心がない。この店には金で買える安心が有った、それだけさ」


「この家屋には盗聴機器はありません。さらに私から強力な電磁機器に対する妨害電波が放出されています。密輸の形でこの国に流通しているであろう高度な文明の装備を無効化するでしょう」



 マリムさんが補足する。要するに密談するのに必要な場所、ということらしい。傭兵とは単に戦闘に優れるだけでなく、時に情報収集も重要な任務になり得るのだろう。


 彼なりにこの街と住民を信用出来ないと定義付けたようだ。もちろん平穏無事につつましく暮らすだけならそんな心配はいらないはずだ。



「食事はどうする? 見ての通りうまそうな店だがまだ注文はしてない。都合もあるだろうしな。部屋を使うだけでもいい辺りが、この国にもそんな需要がある事を示している」


「では結構です。宿の仕出しが有るかもしれませんし」



 酒類はもちろん、色とりどりの飲料は壁にしつらえた棚に並んでいる。おいしそうだけどなんの味だか想像ができない。



「ならば本題なんだが、隊長に三つ目討伐の相談をしたそうだな?」



 その瞬間、レニータが軽く仰け反り僕のトーガをギュッとつかんで姿勢を維持する。



「どうしたレニータ? 目眩? 少し横になるかい?」


「あっごめんなさい。ぜんぜん大丈夫。ちょっと考え事して寝落ちしそうになっただけ」



 ・・・・・・ 旧知のメンバーに緊張感はいらないけど緩めすぎですよ。



「そうですヴァルターさん。この国の治安を乱すウルンガという男をなんとかするのが僕の課題になった」


「どうする計画だ? 奴のスペックやバックボーンは把握出来たのか?」



 僕は違和感を覚えた。ヴァルターが仕事としてウルンガ討伐に志願する可能性はある。その達成の為に情報を求めることも当然あり得るだろう。


 しかし、いきなり核心の情報を何の前置きもなく要求するのは性急に過ぎる。いまさら礼儀を求める訳でもないけれど、礼儀知らずも極まっているとも言える。



「どうしたんですかヴァルターさん? ウルンガに興味を持ったのは結構だけれど、これは僕の仕事だ。ヴァルターさんが勝手にウルンガを潰してくれても仕事にはなるけれど、僕が奴の情報をどの程度提供すべきなのかはそんな性急には判断できませんよ。もちろんヴァルターさんのことは助けられた恩も含めて信用はしているつもりだけど…… それにウルンガがアディラードなる者なのかは確かめていないんですよ」


「ああ、俺には細かいことはいい。アディラードなのか、別人のウルンガなのかは倒してみればわかることだ。出来ればウルンガとやらの情報を知るだけ聞かせて欲しい。場合によっては討伐に参加しよう。それから『さん』 はいらん。賢者様には恐れ多い」



 ヴァルターはさん付けされた位で恐縮する玉ではないだろう。それはともかく僕はわずかに考えるが、結局ウルンガの情報をヴァルターに伝える。といっても隊長から得たアディラードの情報以外は、三つ目の巨漢で恐ろしく強いことくらいしか知らない。ヴァルターは聞きいっていように見えるがウルンガの能力や容姿に関する情報には興味が無いようだ。既知ということだろうか。


 再びかるく躊躇い少し言葉を切ったあと、ダイヤモンドの件も教える。



「なるほど、それでトゥールはどうしたいんだ? ウルンガを殺害するのがゴールなのか?」


「ザネン伯爵の依頼はウルンガの排除です。倫理観からすると星外追放する手段があればベストでしょうが、まあ、殺せれば目的は達せられるんでしょうね。しかし仮にも軍隊が数十人単位で返り討ちになっている相手だからこの国のルールで、の範囲で考えればそんな直接の排除は現実的ではないと言えるでしょう」


「それが出来ればそれでいいのか?」



 再度聞いてくるヴァルターの言葉に僕は思案する。ミルサスの存在意義は問題の解決だ。今回の事案は当然ウルンガの殺害で決着を図れる問題ではある。


 しかし現実に数十人の猛者で成せなかったこと、僕の戦闘力で対処可能性がなかったことでその目は無視していた。僕よりは高い戦闘力を誇るレニータに相談することは選択肢だったが、僕に持ち込まれる問題がそんな単純に解決すればミルサスはいらない。



「ヴァルターさん、貴方ならウルンガを殺せるんですか?」



 またまたレニータが口をはさんでくる。しかしその問いは僕の問い、文句を言う必要はない。



「可能だ。だが、ま、殺す必要もない。ウルンガがアディラードなら抵抗不可能にして連邦に引き渡す。死刑か終身刑は間違いないだろう」




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