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放課後TwilightZone  作者: 水夜ちはる
1. セーラー服の復讐者
9/59

第9話:「遭遇」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。

 裕也はのた打ち回った。心臓を掻きむられるような感覚。ベッドから転げ落ち、裕也は冷たい床から這いつくばったまま立ち上がれずにフローリングの上を転がっていた。

 耐えがたい激痛の中、裕也は小さな白い光を見た。だが、それが何かわからないまま、彼の意識は遠くかすんで行った。まるで安らぎに溶け込むように。


 裕也の目の前で千明が声を立てて笑っている。目にはわずかに涙さえ浮かべている。必死に笑いをこらえようとしているらしいが止められないらしい。

 裕也はそれを不愉快そうに眺めていた。


 日曜の朝、裕也を起こしに行った千明は無様に床でひっくり返って寝ている兄を発見した。その姿はあまりに哀れに見え、裕也は千明の笑い声で今朝は目覚めたと言う訳だった。あまりに笑われるため、裕也は昨夜のことを千明に話そうかと考えたが、心配性の妹に余計な刺激を与えまいと弁解は止めておいた。


 だが、昨日の苦しみはなんだったんだろうと裕也は考えた。夢だったのだろうか。それは今まで見ていた夢と同じ系統のものなのだろうか? そしてあの光はなんだったんだろう。

 裕也は推理をしようとしたが、何の手がかりもないことに落胆した。

 裕也はため息をついて千明の作ったハムエッグを頬張った。




 その日の午後は長いものとなった。

 それは正午ちょっと前、沢渡から裕也への電話から事を発することになる。

 沢渡の家族は週末を利用して旅行へ出かけてしまい、唯一バイトで同行できなかった彼女だけが取り残されてしまった。土曜、バイトが終わった彼女はその一人の気ままさと退屈さを満喫したため、裕也の家に昼食がてら遊びにくる事にしたのだ。


 こういう時は春日井家では長兄に決定権はなく、食事を作る妹の方にある。千明も沢渡を好いていたからすぐに首を縦に振った。

 しばらくするとチャイムの音が兄妹の耳に届いた。裕也は出迎えるためにソファから立ち上がって玄関へと向かった。

 ドアを開けるとそこには二人の少女がいた。


「ういーす。もう一人連れてきちゃった」


 沢渡の姿の後ろにもう一人、髪の長い少女がいた。

 森川恵理。突然の転校生で、裕也の心の中に大きな印象を植え付けている女。

 彼女は黒いハイネックのセーターにジーンズのジャケットとパンツというラフな格好だった。


「森川さん……」

「ごめんなさい。突然で。お邪魔してもいいかしら?」

「ああ、かまわないけど」


 裕也は戸惑いながら答えて、ドアを大きく開けた。


「森川さん、一人暮らしでさ、お昼ご飯に駅前まで出てきたところをばったり、って感じで。誘ってみたら乗り気みたいだったからつれてきちゃった」


 沢渡は悪戯っぽく笑うと、勝手知ったると言う感じで春日井家のリビングへと上がりこんだ。春日井家の兄弟と幼馴染である彼女は、昔からたまにこうやってこの家を訪れていた。恵理も少し遠慮がちに彼女に続く。


「こんにちはー、千明。ごめん、悪いけど一人増えちゃった」

「あ、陽子さん。いいですよー。お友達ですか?」


 千明はキッチンで小忙しくしている。


「森川恵理さん。こないだ話さなかったっけ? ほら、フェイノールからきたって言う……」

「え……? 森川先輩!」


 キッチンでけたたましい音がした。

 リビングにいた三人はそろって驚いた顔をして千明を見た。千明は普段でも大きな目をいっぱいに広げてキッチンに備え付けのカウンター越しに三人を、いや恵理を見た。


「何? 知り合いだったの?」


 沢渡が千明の過剰な反応に呆れて言った。


「いえ、そう言うわけじゃ……ないけど。その……森川先輩って学校でも有名人だったから」


 千明は恵理の顔色をうかがいながら言った。何事もはっきりと言う彼女にしては珍しい声色だった。

 裕也は恵理の横顔を見た。同じように沢渡も怪訝そうな顔つきで恵理の表情をうかがっていた。

 しかし当の本人は少し困ったような表情をしていただけだった。




 昼食中は恵理の話題で持ちきりになった。


「ホントに憧れてたんですよぉ。森川先輩ってカッコイイなって」


 千明の口調は何時になく弾んでいる。兄妹間や幼馴染の沢渡のように千明が心許している相手ならともかく、千明はあまり他人との会話を好んでいなかった。彼女は人との付き合いがあまり器用ではないほうだ。

 その彼女が珍しく多弁になっていた。


 会話が弾む中、話題の中心は森川恵理の事になっていた。

 彼女から零れる言葉に裕也と沢渡は驚きっぱなしだった。


 森川財閥というこの国で一、二を争う財閥がある。その財閥の現在の当主が彼女だったのである。その話を千明から聞かされたとき、裕也と沢渡は目を合わせたまま、しばらく開いた口がふさがらなかった。確かにそれなら、お嬢様ばかりのフェイノール学院でも有名人だろうと裕也たちは思った。その上、類稀な美少女だった。たとえ女子高だとしても、いや女子高だからこそというのもあるだろう、彼女の噂はフェイノール学院で有名だった。


 裕也は驚いた顔で恵理と千明の顔を交互に見た。兄としてはそんな彼女がいた学校に妹が通っているとは信じられなかった。


「憧れる……って私そんな何もしてないつもりだったけど?」

「ええと、何ていうか孤高の人って感じなんですよ、森川先輩」


 孤高の人。たしかにクラスでもそう言う感じだったな、と裕也は思い返した。他を寄せ付けない、というよりは他に依存しないと言う雰囲気を纏っている。彼女は強そうに見える。だから孤高でいられる。だが、同時にそれはひどく頼りなくもあると裕也は思った。千明とよく似ているからだ。千明は自分のことを兄によく話していなかったが、その兄は妹が学校でうまくいっていないことに気付いていた。強そうに見えてもそれはひどく危ういことだと裕也は思う。


「千明、まさか森川さんの真似してるんじゃないだろうな?」


 千明もクラスでの恵理のような感じでいるのかと裕也は心配して言った。


「まさか。ただ憧れているだけだよ。とても真似なんか」


 千明は慌てて首を振った。恵理に遠慮して言葉を選ぶような彼女ではない。


「でもさ、森川さんなんで転校なんてしてきたの? 一人暮らしまでして、こんな時期にウチなんかにさ」

 沢渡が言った。彼女が言うほど彼女たちの学校、瑞穂学園はそれほど評判の悪い学校ではない。だが、フェイノール学園に比べれば、校風も一流大学進学率も格段に違う。


「ちょっと都合があってね」


 恵理は言葉を濁した。「吸血鬼を殺しに来た」とは言えないだろう。

 幸い沢渡と千明の二人は単純なもので名門の森川家の家族問題のことでも想像して神妙な顔をしていた。

 だが裕也は違った意味で真剣な顔をしていた。裕也は彼女が吸血鬼を殺すためにこの街に来たことを知っている。その吸血鬼の中に草薙も含まれていた。裕也は軽く歯ぎしりをした。とは言え、彼女を止めるほどの気は起こらない。異常な草薙を彼は知っていたからだ。


 しばらくして会話は再開し、昼食が終わった。


「おいしかったわ、千明ちゃん。何ていうか、私が憧れるかも。こういうの、まったくダメだから……」


 恵理が千明に微笑んだ。それだけで千明はご機嫌になっていた。あと片付けの動作が妙に浮かれている。


「裕也はお嫁さんもらうのに苦労するね」

「なんでだよ?」

「だって、千明ちゃんに慣れてると他の女の子なんてダメダメだもの」


 沢渡が笑って言った。それにつられて恵理も小さく笑った。

 恵理がこういう風に自然な笑みを見せるのは珍しかった。その顔を見て裕也は軽く驚いてた。その笑顔は沢渡や千明と変わるところはないのに、と――。




 昼食後、沢渡の提案でテレビゲーム大会に突入していた。新作の格闘ゲームを購入した沢渡は対戦相手を求めていたようだ。彼女は空手部現マネージャー、元は選手ということでとにかくこの手のゲームには目がない。

 そのあとパーティゲームやらなにやらであっという間に日は暮れてしまい、結局沢渡も恵理も春日井家で夕食を取ることになった。沢渡はむしろそれが確信犯的であり、恵理もその共犯にされてしまったような感じだった。


 そして時計の針は午後九時を回っていた。


「そろそろ帰らないとね。ね、裕也送ってよ、森川さんもいることだし」


 沢渡が伸びをして言った。


「あ、私もついてく。帰りお兄ちゃん一人になったら危ないでしょ?」

「……あのなあ千明」


 千明の声に裕也は呆れたように言った。だが、沢渡はそれも賛成と言う顔で頷く。


「いいじゃん、みんなで行こうよ。森川さん、家はどこ?」

「マンション小倉。公園のそばの」

「だったら方向一緒だね」


 裕也は沢渡と恵理を送ることになった。裕也は反対したが千明も同行した。昨晩のことで引け目がある裕也は強く反対しきれなかったのである。




 青い月が出ていた。裕也と恵理、沢渡と千明で並んで歩いていた。裕也たちの前の二人は騒がしく会話を続けている。好対照に裕也の半歩後ろには恵理が静かに歩いている。静かな夜だった。

 ふと前を歩いていた二人が立ち止まった。


「どうした?」


 裕也は怪訝そうに尋ねると、千明が指を指した。

 街頭と月明かりで割と視界のきく公園の道に一人の男が立っていた。スーツを着たサラリーマン風の男。だらりと両手を下げ、うつろに四人を見つめている。。酔っ払いのような感じもしたが、その眼光は不吉にも紅い。裕也にはあの草薙と同質のものに思えた。


「こっちから行こう」


 沢渡が言った。彼女の視線の先には二股に分かれた道がある。その男を避けることは簡単だった。

 三人は無言で頷いた。その道でも大して距離も代わらないからだし、わざわざその男のそばを通らねばならない理由はない。


「あれ?」


 裕也は辺りを見渡した。恵理の気配が無くなっていたのだ。

 裕也は恵理の姿を探したが、その瞬間、彼の視界に未来のビジョンが飛び込んできた。その男は千明に襲いかかろうとしていた。だが、その未来はあまりに『近い』。


「くっ!」


 裕也は後先考えず千明を力いっぱい押した。千明は軽く悲鳴を上げて吹っ飛んだが、幸いその方向に沢渡がいたので彼女が受け止めてくれた。

 その刹那、裕也の体に重い衝撃が走った。その男が裕也にのしかかっていた。裕也は簡単に押し倒され、コンクリで軽く後頭部をぶつけた。

 裕也はうめいて加害者を見ると、先ほどのサラリーマン風の男が覆い被さっていた。あの紅い目が裕也の目前に迫る。


「うあああっ!」


 裕也は悲鳴をあげて男を跳ね除けようとした。だが、彼の両肩をつかむ男の手は予想以上に強い。いや、徐々に万力のように締め上げた。裕也は激痛に呻いた。

 次の瞬間、その男は裕也の右肩に噛み付いた。服の上から吸血鬼のように牙を立て、そして裕也の血を吸い上げはじめたのだ。

 裕也は恐怖に駆られた。強引にでも男を引き離そうと暴れたが、万力のような怪力で両肩を抑えられていてはままならない。


 白いものが裕也の眼前を一閃した。


 沢渡の脚だった。彼女の強烈な蹴りが、裕也にのしかかっている男の脇腹に見事にヒットする。短い気合いと共に彼女は足を振りぬいた。

 男はたまらず吹っ飛ばされ、無様にひっくり返った。脇腹への強烈な蹴りである。普通なら呼吸すらままならない。


 裕也は肩の痛みを押さえながら体を起こした。裕也の視界に入ったのは、表情を驚愕に変える沢渡の顔だった。

 裕也は男が吹っ飛んだ方向を見た。

 男は表情ひとつ変えず、すでに立ち上がっていたのだ。

 そもそも、一行が進路を変えようとしたとき、男との距離はゆうに二十メートルはあった。それが一瞬にして裕也は押し倒された。それだけで十分に異常だった。


 男はゆらりと沢渡のほうを見た。

 先ほどの一撃に興味を示したのだろうか、それともお返しをするつもりなのだろうか。標的を換えたことには間違いなかった。


 その瞬間、男の体が跳ねる。その速さ、加速、人間を遥かに超えた速さだった。文字通り弾けるようにそれは沢渡に突進した。


 沢渡も狼狽しながらそれを避けた。それはむしろ予測してよけたのではなく、本能的な反射神経のなせる業だった。ぎりぎりでそれを避けた沢渡は、その男の左腕を取りねじり上げる。完全に極め、男の身体を地に這いつくばらせた。護身術と呼ぶには乱暴すぎる行為だが、この時沢渡には余裕がなかった。何せ相手が異常な身体能力を持っているのだ。だが、それでも男は力任せに立ち上がろうとした。筋の切れる嫌な音がした。沢渡が左腕をねじり上げて、筋が本来とは違う方向へひねられているからだ。


 その感触が直に沢渡の手に伝わっている。彼女は数瞬、恐怖とためらいの後、その左腕を離した。

 男は筋がねじきれた痛みなどまるで関係がないように振り向いた。沢渡は二歩三歩とよろけるように下がる。沢渡は本能的にその男が『人間』ではないことを感じ取っていた。


 その異常な相手に呆然としていた裕也たちの前を、一瞬黒い影が滑るように割り込んだ。

 月光が一瞬反射する。


 それは、恵理だった。刀と呼ぶには短すぎる。ナイフと呼ぶには長すぎる。そして人を殺すには美しいほど十分な長さの刃物を彼女はその男の背中に突き立て、そして滑らかに裂いた。


 彼女はその男を殺したのだ。裕也たちには人を殺すという行為がこんなにも緩やかで美しいものだとは思いもしなかったが、それは眼前に起こった事実だった。

 黒い、蒼く光る月の下ではあまりに黒い血飛沫が飛ぶ。

 その返り血を避ける様すら美しかった。

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