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放課後TwilightZone  作者: 水夜ちはる
2.ヒトガタに宿る魂
19/59

第1話:「一人目の犠牲者」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベル。

第二部、スタート。

 夏の深い緑が揺れている。鬱陶しいくらいに晴れ渡った七月の空をさえぎってくれるそれは、夏の日差しから逃れるには絶好の場所だった。


 川村夏希はいつもの様に放課後、その場所に涼を求めて現れた。

 誰もいない校庭の隅の桜の木の下。桜が咲き乱れる春ならばともかく、夏にわざわざこの場所に来る生徒などいなかった。


 夏希はゆっくりと深呼吸をした。木のいい香りを吸い込む。涼しげな木陰の風がセミロングのやや茶色の髪を揺らす。この場所は学校にいることを忘れさせてくれた。彼女はこの場所のそんな雰囲気が好きだった。彼女は学校の、いや教室の雰囲気が好きではなかった。


 彼女はクラスメイトと話すのが苦手だった。

 それだけで十分に教室にいたくない理由だ。


 彼女はここで一休みをした後、さっさと帰ってしまおうと思っていた。いつもの帰り道のパターンだ。もっとも誰もいない自宅も彼女の好きな場所ではなかったのだが。


 しかし、今日は先客がいた。

 はっとなって彼女は立ち止まる。


 先客の――少女は夏希が近づいたことに気が付いたらしく、ゆっくりと振り返った。


 少女はセーラー服を着ていた。夏希はその制服を知らなかったし、この学園、瑞穂学園はブレザーで夏服はブラウスだ。そしてそのセーラー服の少女は三十度を軽く越す炎天下の中で冬服だった。

 夏希はその外見よりも、少女が纏う異様な気配を感じていた。


「こんにちは」


 だが敵意を感じない以上、それは怖い存在ではなかった。彼女は親しげに声をかけた。それは何時までも慣れない教室での会話より自然だったかもしれない。

 少女は自分を見つけてくれたことに喜びの表情を見せた。唇を動かして何か言葉を返す。だが、その言葉は夏希には伝わらなかった。夏希は見えるだけなのだ。

 この少女は――幽霊なのだ。


「ごめん、私、見えるだけなんだ」


 少し困った表情で夏希は応えた。少女はそれにきょとんとした表情を見せたが、ゆっくりと微笑んだ。少し寂しげな微笑だ。

 少女は珍しく自分の存在を見つけてくれた同世代の女の子に対し、親しみと喜びを感じたが、言葉の伝達が一方通行だと知った落胆が交えていた。だが、それも仕方ないと、少女は微笑んだ。夏希はそれを感じて同じような微笑を返した。


「何で、死んじゃったの?」


 夏希は静かに訊ねた。少女は何瞬か戸惑ったものの、夏希の目が興味本位でない光を放っていたので、ゆっくりと校門の外を指差した。

 そこは国道になっていて勢いよく車が走っていた。


「交通事故?」


 少女が頷く。言葉は一方通行でもそれなりに通じるものだと夏希は思った。

 そして、小さくため息をつく。


「そっか……いいなあ……」


 夏希は小さい声で言った。それはごく小さい声だったが、少女はそれを聞き取ることが出来た。彼女は驚いた顔で夏希を見つめた。夏希はそれを感じて薄暗い微笑を浮かべた。


「生きててもつまんないしさ」


 彼女は左手首を右手で押さえた。そこには彼女には不似合いなリストバンドがあった。彼女は何かスポーツをしているわけではない。それは彼女に傷を隠すためのものだった。

 そのリストバンドの奥にはいくつもの切り傷がある。

 ためらい傷だ。


「それでも勇気がなくてさ」


 自嘲する。その夏希に対して少女は怒ったような表情を見せた。


「川村? どうしたよ? さっきからこんなところでブツブツとさ」


 男の声に気が付いて夏希は驚いて振り返った。表情が強張る。

 そこにはクラスメイトの杉本健司がいた。背が高く、スポーツが出来て顔立ちも精悍さを交えた端正な顔で女子に人気が高い。不良とかの噂もありながら、クラスの中心になっている男子生徒だ。


「あっ……」


 見られた。幽霊と会話しているのを見られた。

 夏希は走り出した。反射的な行動だった。彼女の心に打ち込まれたトラウマが、何よりもその場所から離れようと彼女の足を動かしていた。





 あれは彼女が小学校の時だ。

 昨夜テレビの番組で心霊現象の特番があって、その中で学校の近くの廃病院が放送された。次の日、クラスでその話題がもちきりになった。

 クラスを仕切っていた女子のリーダー格の岸川紀子が霊視できるといい始め、小さなころから幽霊が見える夏希も、その場の雰囲気で本当の事、つまり幽霊が見えると言った。


 いつのまにか話はふくらみ、クラスメイトでその廃病院へ探検に行くことになっていた。もちろん中心は見えると言う夏希達だった。ある種の肝試しのようなものだ。そんな軽いノリだったはずだ。元々おとなしかった夏希は皆から注目されるような経験はなかったから、周りの注目が心地よいとも思った。


 廃病院のある現地につく頃、周りの雰囲気で他のクラスメイトたちはもう十分に恐怖に取り付かれていた。夏希は物心ついたときから、幽霊の類は経験していたからその恐怖心はわからない。夏希の目にも特に何も異変は映らなかったから、彼女はどんどん奥へと進んでいった。


 恐怖にたまりかねた岸川が、霊がでたと叫び指を指す。夏希にはそれが見えない。いや、そこにはいないのだ。夏希はそれを否定した。


「向こうには居るけど。でも危険な感じじゃないよ」


 彼女がさらりと言った言葉はあまりに自然でそれゆえに真実味が伝わった。クラスメイトたちはパニックに陥ってその場所からほうほうの体で逃げ出したのだった。


 その一件で立場を危うく感じた岸川は夏希を嘘つきにすることで自分を守ろうとした。

 いままでクラスの中心にいただけあって、岸川の根回しは人一倍優れていたといえよう。いつのまにかその噂は広がり、夏希が何か話そうとすると二の句は「嘘つき!」だった。


 それは子供ながらに、いや子供だからこそ加減なしに徹底と陰湿さを極めていた。


 そして、夏希は徐々に学校での会話を失っていったのである。

 それは高校生になり、それまでの事を知っている人間がまったく居ない瑞穂学園に転校してからも誰かに話し掛ける勇気を失ったままであった。





 そのトラウマが鮮やかによみがえる。

 夏希は恐怖を顔いっぱいに浮かべて杉本から逃げ出そうとした。

 そのとき、幽霊の少女が校舎の方に向って指を指した。

 驚いて夏希はそれの指の先を見た。その刹那、彼女の頭を指すような痛みが走る。それは一瞬の出来事で痛みは後には残らなかった。

 それから少しの時間を置いて女生徒の大きな悲鳴が聞こえた。


「なんだ? なんかあったのか」


 杉本が怪訝そうな顔をしてその方向に走り出していた。

 夏希は彼が他の方向に興味を向けてくれたことにひとまず一安心をして、彼を追って悲鳴のした方向へ走り出した。





 その場所は校庭の中庭で、小さな公園のような雰囲気なっている場所だった。既に野次馬の人だかりが出来ていて、ごった返している。

 杉本はその野次馬をかき分けて奥へと進んだ。夏希も彼の作った道をうまくすり抜けて中心部へとでた。


 その光景を見た二人は愕然と立ちすくんだ。

 女生徒が中庭の木に吊り下げられている。支えているのは一本のロープだ。それは首に結わえられている。四肢はだらりと重力に引かれている。下半身からは汚物が流れ出ていた。決して美しい光景ではない。それは首吊り自殺だった。


 その光景を見る者のほとんどが声を失っている。

 しばらくその固まった時間が続き、徐々にざわめきが生まれ始めた頃に教員が駆けつけて戸惑いながらも生徒たちを追い払い始めた。


 生徒たちもその場の雰囲気をあまり心地よいものと感じていなかったらしく、逃げ去るように散っていく。だが、夏希は動かなかった。


 その場所の雰囲気に違和感を感じたまま彼女は立っていた。

 人気が少なくなった広場に狼狽した教師たちの声が響く。その中で女子生徒が吊り下げられた死体に近づいた。その雰囲気は落ち着き払っていて、死体と言う非日常的で通常恐怖感を与えるそれにも臆した様子はなかった。

 その女性徒はゆっくりと死体の側に屈み、何かを拾った。


「……木偶人形?」


 夏希は目を凝らしてその小さな何かを見た。

 それはまるで美術で使うデッサン人形のような、木製の簡素な人形だった。それを見つめた瞬間、夏希の脳裏にまた強く痛みが走った。


「痛っ……」


 それは先ほどよりも強く、声をあげて彼女はよろめく。


「おい、川村? 大丈夫かよ?」


 側にいた杉本が慌てて支えた。

 夏希は頭を押さえながら、木偶人形を拾った女子生徒の方を見つめた。彼女もその視線に気づいて振り返った。背の高く髪の長い少女だ。そして状況に似合わない優美な笑みを浮かべた顔は恐ろしく端正だった。

 彼女はそのままの表情で視線で夏希を見つめた。挑発的な視線だった。明らかに力の上下関係があるような視線。夏希は一瞬身体を強張らせたあと、その威圧に耐えられずに駆け出した。


「お、おいっ」


 急に駆け出した夏希に杉本は驚いて後を追った。

 夏希が校舎の角を曲がりこもうとした時、不意に影が彼女の目前に広がった。


「きゃあ!」


 声が二つ重なった。校舎の影からも同じタイミングで女生徒が飛び出し、夏希と鉢合わせになったのだ。

 夏希は下手によけようとしたためか、バランスを崩してしりもちをついた。もう一方はよろけながらも、何とか体勢を整えていた。


「うわっ……びっくりしたぁ! って、夏希? 大丈夫?」


 ずり落ちかけためがねを直しながら慌てて手を差し伸べたのは、夏希のクラスメイト、三浦香津美だった。


 唯一の例外と言っていい。彼女はこの学校で唯一まともに話ができる人間だった。世話好きで積極的な性格の彼女は、周りの雰囲気に物怖じしない性格だった。香津美は夏希が転校してきてからもよく彼女に話し掛けていた。偶然、家が近かったこともある。夏希は彼女が気を使っているな、と感じつつも彼女の好意を受け入れていた。今ではなくてはならない存在だと夏希は思っていた。


「ご、ごめん、香津美。急いでて」

「そりゃお互い様だけどさ」


 夏希は香津美の手を取って起き上がった。


「二人とも大丈夫か?」


 追いついた杉本が声をかけた。


「杉本……杉本もギャラリー? って言うか何の騒ぎ?」

「ギャラリーって言うかさ、そんな軽いもんじゃなかった。なんていうか……自殺ってやつだ」


 杉本の顔が引きつったように笑っているのは、現実が彼の理解力を超えていたからだ。彼はうまく説明できずにいた。

 それを聞いた香津美も驚いて息を呑んで身体を硬直させた。


 彼らにとって人の死というものは身近なものではない。それが目の前で起こってしまえばパニックになるのも当然のことだった。

 香津美は右の拳に力を入れた。


 木と木が擦れるような乾いた音がする。

 それに夏希が気づいていた。


「香津美、それは?」


 香津美の右手の隙間から覗くそれは、先ほど夏希を挑発的に見た上級生が持っていたそれに見えた。


「え? これ?」


 香津美がゆっくり右手を開き、二人に見せた。

 それはまさしく先ほどの木偶人形と瓜二つだった。手のひら大の何の変哲もないデッサン人形のような木偶だ。


「これが、どうかしたの?」

「さっき、あそこでそれをもっている人がいたの……自殺の現場とは思えない……笑ってた……」


 夏希は震えた声で言った。もう一度その木偶人形をじっくりと見る。先ほどのような痛みは襲ってこないが、背筋が寒くなる思いがした。予感だがこの木偶人形には何かがあるに違いないと。

 夏希は振り返って、自殺のあった場所を見つめた。

 追うように残りの二人も現場を見る。


 中庭は異様な静けさに包まれている。先ほどの女生徒はもういなかった。

 杉本と香津美もまた得体の知れない心寒さを感じて身体を硬直させていた。

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