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放課後TwilightZone  作者: 水夜ちはる
1. セーラー服の復讐者
13/59

第13話:「距離」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。

 一夜が明けた。千明は学校に行きたくないとわがままを言ったが、裕也はそれを許さなかった。学校へ行けば日常の空間が待っている。それは非日常に包まれた彼らの心を落ち着かせる空間だった。


 裕也もいつも通り登校した。自席に向かうと、そこにはセーラー服の少女がすでに座っていた。裕也はそれを見て昨晩の会話を思い出した。随分踏み込んだ話をしてしまった。そう思うと一瞬ためらった彼だが、自分の席に着かないわけにもいかない、彼は一歩踏み出した。


「おはよう、春日井君」


 恵理は落ち着き払った声で言った。昨夜のような感情を垣間見せることすらないような声だった。その違いに裕也は黙って彼女を見つめた。


「どうしたの?」

「あ、いや……おはよう」


 裕也はぎこちなく応えた。彼女は一瞬呆れたような表情を見せたが、クールな表情を浮かべて裕也から視線を外した。

 裕也には彼女の感情を読むことが出来なかった。

 昨日の会話の後、一晩経って彼女の中ではどうとらえられたのだろうと彼は想像した。無論、答えなどでなかったのだが。


「春日井君」

「え? ああ、何?」


 無駄な思考にふけっていた裕也は、恵理に呼ばれて狼狽えて答えた。


「放課後、少しいいかしら?」


 その声は冷たかった。彼女は裕也との会話など考えていない。彼女にとって重要なのは二日後の事。黒崎と言う吸血鬼と戦う事なのだ。その戦いに挑むにあたって彼女は死を決意していた。


 裕也ははっとした。何か方法を考えなければならない。でなければ彼女は死ぬ。

 リアリティのない話だと裕也は思う。だが、それが彼らに突き付けられた現実でもある。


 やがて授業が始まる。

 裕也は授業など聞いている気分になれなかった。ずっと恵理が死ななくてすむ方法を考えた。


 だが、解決方法など浮かばなかった。

 千明が言ったように、この街から逃げ出すことぐらいだ。しかし、恵理はそれに納得しないだろう。彼女には死を賭しても吸血鬼を殺す、兄の仇を取る覚悟がある。彼女自身、黒崎を見つけたことにより旅の終着点を見つけたような、安心感すら感じていたのだ。




 放課後――。

 裕也は半ば恵理に連れられるように中庭にでた。緑の多い中庭はグラウンドの声さえ遠く、学校の敷地内にいることを忘れさせる。

 二人は人気のないところまで進むと立ち止まった。


「森川さん?」


 裕也は声をかけた。呼び出したのは彼女だったが一言も言葉を発しようとしない。恵理は裕也の声に反応してゆっくりと振り返る。その表情は少し困ったような感情が見え隠れしている。彼女はそれを隠すように微笑を浮かべた。


「特に、話すことがあるわけじゃ、ないんだけれど……」


 彼女は動揺していた。彼女にとってそれは珍しい感情の動きだった。彼女は幼い時から魔を払うものとして訓練を受けて、迷いや無駄と言うものから遠ざけるように教え込まれていた。その彼女が今は迷い、動揺している。


「あのさ、俺……千明に話した。簡単にしゃべることじゃないと思ったけど……」

「それはかまわない。千明ちゃんも巻き込まれているわけだし」

「じゃあ、私も聞く権利があるよね!」

「裕さん、俺もだ。親友だろ?」


 突然、沢渡と小田桐が二人の背後から現れた。二人が驚いて振り向くとすこし不機嫌そうな沢渡が彼らを睨みつけていた。感情が顔に出るという意味では恵理の正反対をいく彼女だ。


「悪いな、沢渡から話を聞いた」


 小田桐が言った。小田桐は義理堅い男だ。彼の外見からあまりそれを知る者はいないが、裕也や沢渡は付き合いが長いためそれを知っている。だからこそ沢渡は週末のことを小田桐に話していた。


「真奈美を殺すって人と仲良くおしゃべり? どう言うことか説明してもらわらないとね」

「沢渡……」


 沢渡の語調は荒い。裕也は戸惑った。それとは対照的に恵理の表情は揺るぎもしていなかった。


「彼女を殺すのは森川家の一族としての義務だわ」


 恵理は硬質な声で言った。

 沢渡の眉がぴくりと動く。恵理の言葉は彼女の癪に障った。


「ちょっと! あんた……」

「でも、殺したくて殺しにきたわけじゃない!」


 鋭い声が走った。それは恵理の声だった。恵理は強い表情で沢渡を見返した。

 黒く澄んだ瞳が沢渡を突き刺した。金縛りのように沢渡は固まって、恵理を見つめた。恵理がそんな感情を乗せて叫ぶとは予想外だったのである。


「私は黒崎という兄の仇を追ってこの街にきた。それが成し遂げられたら、他に何も望んでない。森川家の一族の義務とか運命とかなんか本当はどうでもいいの!」


 恵理は強い口調で続けた。


「でも彼女も立派な吸血鬼よ……放っておけば、報道されてるような事件はこれから続いていくわ。それは止めなきゃいけないことなのよ……」


 だが、強い口調と裏腹に彼女の瞳は不安定に揺れていた。彼女はその言葉を半分自分に言い聞かせるように話していた。


「でも、あなた達を見て、わからなくなるの。彼女が吸血鬼だって言う事実を知っても、友達を思うそれが……彼女は吸血鬼なのよ、殺人鬼なのよ……でも、あなた達に関わったおかげで……」


 恵理の視線が地面に向いた。長い髪が降りて表情を隠す。


「……殺せなくなるじゃない」


 彼女の声が震えた。

 誰も口を開かなかった。人通りのない中庭は風の音以外は静寂で、現実感が遠くなっていった。

 どれくらいの時間がたったか、次に口を開いたのは小田桐だった。


「じゃあこう言うのはどうだろう? とりあえず草薙のことは置いておこう。まずは黒崎って奴を倒すことが先決なんじゃないか?」


 彼の少し軽い口調は場の空気を和ませた。


「森川さんの家の事情を考えれば、もちろん草薙のことはほっとけないだろうけど、二兎を追うものは一兎得ず、ってね。黒崎に対してなら、俺たちもすんなりと協力できる」


 事件から少し距離がある小田桐の言葉は冷静で、話を前向きへと換えた。


「わかったわ……とりあえず二人に私と黒崎のことを説明するわ」


 恵理は頷き、語り始めた。裕也と話したときほど感情はなかったが、彼女の家のこと、兄の事、黒崎のことを話した。

 沢渡はため息をついた。事情は半分理解できて、半分はまだ頭の中で整理できていない。


「裕也はどう思う?」

「どう思って……」

「森川さんがその黒崎ってやつと戦う事よ。血を飲んで吸血鬼になって、そして死ぬってこと」


 裕也は息をのんで沈黙した。無論、それに納得が行っているわけではない。かと言ってほかの方法も見つかっていないのだ。


「な、なあ、森川さん。どうしても……どうしてもやるのか?」


 裕也は沢渡には答えず、恵理に聞いた。

 恵理は一呼吸おいて視線を逸らして答えた。


「当然よ」


 彼女は言葉を続ける。


「二年間、私はそれだけのために生きてきた。二年前に私は死ぬはずだったから。兄の代わりに」

「ふーん」


 沢渡が鼻で笑った。彼女は大げさにわざとらしくそれをした。あえて挑発したのだ。


「そのお兄さんの代わりに生きようとか思わないわけだ? お兄さんが何故あんたの代わりに死んだか考えたことある? あなたに生きてほしいからじゃないの? 違う?」


 沢渡はたたみかけるように言った。恵理の体がぴくりと振るえた。それはやがて大きな震えとなって行く。沢渡は核心をついたのだ。


「やめて。私が壊れるの……それを考えると、私は私でいられなくなる。私は……やつらを殺すために、奴らを殺すために育てられてきたのよ」


 恵理の瞳が不安定に揺れる。焦点が定まらないような、普段の彼女からは考えられないような動揺が走る。彼女の震えは止まらなかった。


 彼女は狂った感情を氷の仮面で塞ぎつづけていたのだ。


 だが、裕也たちは少しそれを溶かしてしまった。仮面の奥はとても繊細で、ちょっとしたことで狂ってしまうものだったのだ。


「よせよ、沢渡」


 恵理の動揺を察した小田桐が沢渡を止めた。沢渡も恵理の様子に気付き、申し訳なさそうな顔で彼女を見つめた。

 裕也は森川の肩に軽く触れた。彼女の瞳が彼を向く。彼女の瞳は常のそれとは違う、不安で頼りなげなものだった。裕也は静かに言った。


「俺は森川さんを失いたくない。千明は親友を亡くしている。その時の千明は見ていられなかった。勝手なのはわかっている。俺はそうなりたくない。俺は……森川さんを失いたくはない」


 恵理は必死に抑えていた感情をあふれさせた。彼女は裕也の胸に飛び込み、涙を流していた。それは十六歳と言う少女として、ありふれた感情だった。裕也は彼女を優しく抱きしめた。彼も自身の心の動きを感じ始めていた。




「結局さ……どうするんだろうね」


 沢渡の声。

 恵理と別れた裕也たち三人は夕闇の帰り道をとぼとぼと歩いていた。恵理は取り乱したことを詫びると、一人になりたいからと言って去って行った。


 裕也は迷いを浮かべた顔でゆっくりと歩く。沢渡の表情にもいつものような透明さが、小田桐も常の明るさがなかった。

 「草薙を殺す」という恵理への怒り。だが、彼女の事情を知ってしまった沢渡はその振り上げた怒りを何処へ向ければいいのかわからなくなっているのだ。


「でもさー……裕也、森川さんの事、好きなの?」


 それでも沢渡の言葉はストレートだ。裕也はぎくりとして彼女の顔を見た。その行動で動揺が彼女に伝わる。彼は自分の迂闊さに辟易した。


「裕さんってわかりやすいからな」


 小田桐が軽く笑って言った。


「じゃあ、俺はこの辺で。何かあったら連絡入れる。やれることはやっといたほうが後悔がないぜ? 裕さんも、沢渡も」


 小田桐はそう言うと手を振って交差点を自宅の方へ曲がった。


「おう、って沢渡も?」


 裕也は疑問を浮かべたが、小田桐は小走りに駆けて行ってしまい、答えは帰ってこなかった。


「あいつ、察しの良さだけは異常だなあ……」


 沢渡はぼそりとつぶやいた。彼女は少し何かを考えていたようだが、軽く跳ねるように裕也の前に出た。


「沢渡?」

「いや……なんか報われないな、って思って」

「え?」

「真奈美が、だよ」


 それは彼女の嘘だった。

 沢渡は振り返って裕也を見た。彼女は軽く笑った。裕也にとっていつも見慣れた彼女の表情ではなかった。なにか悲しさや戸惑いなど、そんな色が入り混じっていて、透明ないつもの彼女の顔ではなかった。


 裕也が沈黙していると、沢渡は唇をきゅっと引き締めて真正面から歩いてきた。

 その距離はどんどん縮まり、ゼロにほぼ等しくなる。

 沢渡の額が裕也の胸に当たる。裕也は驚いて声を出せなかった。


「私は……ずっとこの距離にいるんだよ……ずっとこの距離で裕也と一緒に過ごしてきたんだよ」


 沢渡の声がかすれている。

 沢渡の栗色の髪が裕也のあごに触れる。短めだが、綺麗な髪だ。すこしだけいい香りがする。こんなにも沢渡に近づいたのはいつ以来だろうか。裕也は胸が高鳴った。


「何時でも裕也の声を聞いて、何時でも裕也のこと見てたよ……」

「沢渡?」


 裕也は沢渡が言わんとしていることをなんとなく理解した。

 だが、言葉に出来ない。彼はもう少し確証が欲しかった。


「裕也は優しいから……必要以上に他人のことを背負い込んじゃうから……きっと真奈美や森川さんの話を聞いて……裕也の心の中にそれが一杯入り込んできて……」


 沢渡の声はあくまで穏やかだった。

 その穏やかさは裕也が聞きなれたものではなかった。それが裕也に不安を与えた。

 裕也はふと気づいた。ほんの少しだが、彼女は両手の拳を裕也に押し当てて震えていた。


「沢渡?」

「私、奇麗事言ってると思う。でも真奈美も、森川さんも死んでほしくない。それは嘘じゃない。だけど、だけど本当は裕也さえ生きていてくれればいい」


 沢渡は自分の感情をストレートに言わなかった。

 小さなころから付き合いのある二人。沢渡は裕也に対して幼馴染と言う以上の感情を感じたことはなかった。だがここ数日で急激に変わった。その原因は草薙の告白であったり、恵理の登場であったりした。裕也に対して感情を表す二人のせいで、彼女の隠されていた感情が露わになったのだ。

 彼女ははっきりと感情の動きを感じていた。草薙や恵理ほどの強さがあるかはわからない。だが裕也に異性としての感情があることを彼女はこの時自覚していた――。

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