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放課後TwilightZone  作者: 水夜ちはる
1. セーラー服の復讐者
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第1話:「纏わる悪夢」

現代ファンタジー・吸血鬼モノの伝奇ライトノベルです。


 それは、紅い紅い瞳だった。それは人とは思えないぐらい紅くて綺麗な瞳だった。その二つの瞳が少年の瞳をじっと見詰めていた。少年にはいつも見慣れたクラスメイトが、こんなにも心を支配するなんて信じれなかった。少年はその瞳に吸い込まれそうだった。


 真っ赤に染まりあがった空はまるで逆さに血をこぼしたかのようで、気味が悪いくらいほどだ。だが、その光に照らされた彼女の瞳はあまりにも綺麗だった。

 彼女は少年のほうを見つめながら柔らかに微笑んでいた。少年は胸を高鳴らせて、彼女を見つめ返していた。


「来てくれたね、春日井君」


 彼女は静かに言った。少年はすぐに答えようと思ったが、喉が緊張でカラカラに枯れていたためすぐに声が出なかった。一、二瞬、唾液を飲み込んでからようやく声を出した。


「ああ、で、俺に……用ってのは?」


 彼は教室で彼女の友人から手紙を渡されていた。回りくどい手段を使った割には内容は簡潔で『放課後、旧校舎裏の一本桜で待っています』とだけ書かれていた。

 少年は恋愛には疎くて、これまで十七年間、恋人と言う存在を作ったことがない。ありふれた高校生であればそれは普通のことだと彼は思っていた。いや、そうだと思いたい。


 心臓が高鳴ってくらくらと意識が遠くなるような、神経が彼女を捉えるだけで精一杯になる。


 彼女はじっと見つめられることに、一瞬うろたえるように少年から目を逸らした。ちょっと前かがみになって少年の顔を覗き込むといたずらっぽく舌を出した。


「ずっと前から好きでした」


 彼女の紅潮した表情は夕焼けのせいではない。少年はその言葉をはっきりと耳にした。

 少年は情けないことに狼狽えて言葉がすぐに出せなかった。だが、それではさまにならないので強がって冷静さを取り繕っていた。その努力が彼女に通用したかどうかわからないが。


「なんで、俺のことを?」


 少年はしばらくしてようやく訊いた。別に失礼な質問ではなかったが、彼女は不満そうな、少し悲しそうな表情をして歩き始めた。

 二人の相対距離が小さくなり、彼女は少年の横を通り過ぎた。

 彼は彼女を追って振り向いた。今まで夕日に背を向けていた彼は夕日と対面することになる。紅くまぶしい太陽の影に隠れた彼女の表情が分かりづらい。


「ショックだなー。あの時の事、覚えてないんだ」


 彼には何の事か分からなくて何も答えられなかった。それが彼女を傷つけたとしても、うそを言うより良かったと彼は思う。

 彼女は夕日の影で笑った。


「ねえ、春日井君は私の事どう思う?」

「……わからないな」


 愚かな答えだと少年は答えてから思った。だが、告白されるほうは告白されてすぐに気持ちを聞かれても困る。互いに好きあってる事なんてごく稀だろう。だが、彼女と付き合う事になれば、それは楽しい事になるかもしれないと思った。しかし、今の気持ちは正直『わからない』。彼はその思いを正直に言っていた。


「あはは、やっぱ春日井君、正直だね」


 彼女は笑った。少年はどんな顔をしていいのか分からずにいた。彼の顔は夕日に照らされて彼女から良く見えた。彼はそう言われて少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 彼女は満面の笑顔から唇だけでほんの少し笑うような表情になった。

 瞳には少し悲しそうな色が浮かんでいたかもしれない。だが少年からは夕日の陰になってよくは見えなかった。


「これだけはね、言っておきたかったの」

「え?」

「ううん、なんでもない……また、春日井君は私の事、助けてくれるよね?」

「助ける? また?」


 彼は必死に記憶を辿った。


「ばいばい! また、明日ね! これあげる! 持ってて」


 彼が思案に暮れている間に彼女は走り出し、何かを頬り投げた


「あ、おい!」


 彼は追いかけようとしたが、彼女が投げたきらりと光るものを慌ててつかんだ。そのために彼は止まらざるを得なかった。


「指輪?」


 それは白い半透明の宝石がはまったシルバーの指輪だった。結構古いものでそれを拾ったとき、彼は不思議な感覚に襲われた。


「なんだ?」


 思わずつぶやいたが、彼自身要領を得なかった。

 その隙にもう彼女の姿は見えなかった。彼は途方に暮れた。


 この指輪の事はは明日聞くことができる。彼女はクラスメイトだからだ。だけど、どういう顔で明日彼女にあったらいいのか分からない。それが問題だった。

 草薙真奈美。それがクラスメイトの彼女の名だった。




 少年、春日井裕也の住む街は横浜市から程近い住宅街だ。たいした産業も観光地もない街でいわゆるベッドタウンだ。そのため朝晩の人の往来だけは激しい。その街にある私立瑞穂学園の高等部に彼は通っていた。

 もともとこの街に住んでいた裕也の家族だが、現在はその学校に通う為に彼はこの町に住んでいるといっても過言ではない。彼は今、妹とこの街のマンションで二人暮しだった。


 彼の父親は裕也とその妹の千明が幼い頃、母親と離婚した。もう裕也もはっきりとは覚えていない。それ以来ずっと会った事もなかったが、大きな会社の社長だと母親から聞いたことがある。

 母親はデザイナーでファッションからインテリアまで幅広く手がける人だった。それゆえ収入はあったが、多忙な毎日だった。それでも「自宅でできる仕事だしね」といって笑っていた。

 その母親にも転機が訪れる。業界ではトップクラスのフランスのデザイン会社から声がかかったのだ。


 裕也たちはフランスに行くことを薦めた。女手ひとつで兄妹を育ててくれた母親への礼のつもりだった。好きなデザインの仕事を一流の会社でできるのだ。

 裕也はマンションから歩いて十分の高校に行っていたし、一つ下の千明も都内の私立高校へ入学した。元々家事の半分ほどは兄妹でやっていたので生活に問題はないと母親に告げた。彼女は随分迷っていたが、今年の夏、フランスへ発った。


 そして、寒くなるにつれて街では怪事件が起こり始めていた。

 連続猟奇殺人。まるでミステリかホラーの小説の帯にでもかかれていそうな言葉だと裕也は思った。陳腐だが、まさしくその言葉どおりだったために彼の表現を責めようがない。


 被害者は全身の血を抜かれていたり、全身がばらばらに引き裂かれていたりと、まともな殺され方ではなかった。


 はじめの被害者は十一月に入ったばかりだった。そして現在が十一月二十ニ日。同一犯の犯行と思われる被害者の数は六人……目撃者もいないと報道されていた。

 深夜、街を出歩く者も少なくなり、夜の街は冷たく静まり返っている。




 晩秋の乾いた空は月を青く染めていた。その月の光がわずかにだけ降り注ぐ路地裏に裕也はいた。

 何故そんなところにいるのか?

 彼にそんな疑問は沸かなかった。それよりもずっと彼の精神を支配している感情があった。

 飢え……

 彼は限りなく渇き、飢えていた。そう、今宵は獲物を捕らえる事ができた幸運な月夜だった。


 彼は路地裏の奥へと進む。

 ずるずると重い物を引きずる音がする。彼の右手は黒くて長い糸のようなものをつかんでいた。

 月明かりが差し掛かってその引きずっているものの正体が明らかになる。

 若い女性だ。

 少年は舌なめずりをして……その女の首筋にむしゃぶりついた。そう牙を立てて。




 裕也はベッドの掛け布団を跳ね飛ばす勢いで飛び起きた。

 慌てて両手を見る。何の変哲もない自身の両手だ。女の首に牙を立てこぼれた鮮血で真っ赤になった手ではない。

 裕也は大きく息を吐き出した。肺の中のよどんだ空気がすべて抜けきって、その後で新鮮な空気を欲望のままに吸い込んだ。意識が次第にはっきりしてくる。


 寝間着は汗でずぶぬれだった。裕也は髪の毛をかきあげると時計の針を見た。

 七時五分。時計の針は裕也が目覚める予定の時間より十分ほど早い位置を指している。


「夢、か」


 彼はカラカラに乾いた喉でつぶやいた。

 それにしてもリアルな夢だったと思った。喉の渇きや夜の冷たさ、そして女性の肌の微妙なぬくもり。彼はここまでリアルな夢を過去に見た事がなかった。

 思い出せば背筋が凍る。裕也は身震いをするとベッドから飛び起きて部屋を出た。


 2LDKのこのマンションはその二つの部屋が兄・裕也の部屋と妹・千明の部屋になっている。そしてLDKは共同の部屋と言うわけだ。

 裕也は部屋から出るとすぐのリビングへ出た。台所からは味噌汁のいい香りが漂っていた。


「あ、おはよう。何、今日は早いじゃない?」


 千明は料理が好きでその点で裕也は大いに助かっていた。

 裕也はとにかく水分が欲しかった。悪夢でうなされて大量の汗をかいたようだから当然だった。彼は頼りない足取りで台所へ向かった。


「どうしたの? すっごい顔真っ青じゃない!」


 千明が慌てて駆け寄ってきた。普段憎まれ口くらいしか叩かない妹が眉間にしわを寄せて心配してきた。それほど裕也の顔はひどかった。


「変な夢を見ただけだよ。悪いけど水をくれないか」


 千明は慌てて水を汲んで兄に差し出した。裕也はそれをまるで悪夢を流し込むかのように一気に飲み干して大きく深呼吸をした。冷たい水は期待通り彼の精神を落ち着かせてくれた。


「……サンキュ。随分楽になった」

「ホント大丈夫?」

「ああ、平気だって。ほら、味噌汁」


 いつのまにか火にかけた味噌汁が音を立てて吹き上がっている。味噌汁は煮込むものではない。


「うわ、やばっ」


 千明が慌ててコンロの火を消した。幸い、食べ物として許容範囲の間で気づいていた。


 そうしているうちに裕也の気分も随分と落ちついて、顔色も程なく回復した。千明はいつものように朝食を急いで食べている。都内の学校に通う彼女は出る時間が裕也よりずっと早い。そんなに慌しいくらいならもっと早く起きればいいのに、と裕也は言いたいところだが、千明は裕也よりずっと早く起きてるし、その上朝食まで作っているわけだから文句も言えなかった。


「最近さぁ、あんな事件起こってるからそんな夢見たんじゃない? お兄ちゃん、影響受けやすいねー」


 千明は笑いながら言った。裕也も多分そうだと思った。だが、目が覚めたとき、彼の手のひらにはしっかりと女性の体の感触が残っていた。それも夢だと言う事なのだろうか?


「それじゃ、行って来るね。あ、今日は遅くなるかもしれないから」

「おいおい、最近物騒だぜ?」

「じゃあ、駅まで迎えに来てよ」

「あのな。早く帰って来いって」

「ちぇ……行ってきます」


 千明は舌を出して悪態をついて玄関を出た。無駄な事を言い合う時間もなかったからだ。裕也の耳に慌しく階段を駆け下りる音がかすかに聞こえた。


 残された裕也は一人で味噌汁をすすりながらテレビをつけた。定番の朝のニュースだかワイドショーだが分からない番組が映し出される。特に面白いものではないが彼の日課のようなものだった。


 テレビにはテロップで「またもや怪奇殺人、瑞穂町で七人目の犠牲者」と映し出された。瑞穂町とは裕也の住む街だ。ここの所起こっている連続殺人事件についに七人目の被害者が出た事実に彼は眉をそませた。だが、彼の近しい人で犠牲になった人は幸いにもおらず、ごく近所で行われている凶悪事件もまるでフィクションのような恐怖感しかなかった。

 レポーターが必要以上に深刻そうな顔をして現場を紹介している。警察官やら野次馬やらでごった返していたが、その光景に彼は驚愕した。


 その画面に映し出された場所は、彼が夢で女性を引きずり込んだその裏路地だったのである。


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