理想の二人
翌朝、私は南大通りの朝市に来ている。昨日、ニャンティークさんとした世間話の中で朝市の情報を聞いていたからである。普段から野菜や生鮮食品が主となるこの『南大通り朝市』だが、週に一度はボロ市なる誰でも参加可能なフリーマーケットを行うとの話で、お金を作りたい市民(NPC)を中心にして中古の生活用品が格安で出回るのだという。
これは早々に偵察しなきゃ!てな訳で丁度ボロ市があるという今日、早朝からログインした訳だ。
南大通り口付近と中央街区周辺には食料品店や屋台が威勢良く立ち並び、フリマ関係の人達はと言うと、通り中央にある噴水アーケードの脇を囲む様に存在する公園広場に集まっているみたいだった。
きっと、この通り自体は毎日いる市場の露店商達の専用エリアなのだろう。勝手気儘には商売出来ない…その辺はさすが市壁を持ち、市政が存在する大都市だ。自由都市であっても、無法都市ではないという事だね。
さて、肝心のフリマはというと本当に雑多なものが並んでいた。昨日ボローニャで見た様な物から、旧パカシ銅貨等の古銭(流通量と歴史的価値が鑑定内容に無く、不明なので今回は手を出さなかった)や、合戦場で拾ってきた様な破損気味の武器防具、中には土器の破片みたいなのを売っている人もいた。生活用品とはズレてる気もするけど、こんな場所で売れるものなのかな?
そんな中、公園の端に風呂敷を敷いてダルそうにしている男性の商品が、私の眼を引いた。
ダチョウの卵位の大きさの楕円型に、小指程の太さで白鳥の首の様な形状の注ぎ口を持つ水差し。
何よりも私が眼を奪われたのは、何かの秘境探索番組で見た、高山に湧く泉の底の様な吸い込まれそうな程の蒼色。日の光を受けて、部分的に淡く、深くと明滅してるかの様なその色味に対して、不覚にも鑑定前に惚れ込んでしまった。
はっきり言って、私の骨董に対するリアル知識はゼロに等しい。だから製法がどうとか、良品と駄品の細かい違いとか、ましてや真贋など分かる筈もなく、全てスキル任せなのだが、これは欲しいと直感で思ってしまった。
『蒼き???水差し レア度? ※????。 販売価格? 所持者:【船乗り廃業】のダダチャ』
やっぱり。当たりだね!ただ、本職ではないフリマの値段なんてのは、有って無きが如くって事らしく価格表記がない。
だけどコレ、何としても手に入れたい!
その他の品だけど…ヘンなペナント。きれいな石…という石ころ。なんとかかんとかの詩集とかいうボロボロの古文書。サンダル(左)…片方だけ。というラインナップ。
かなり地雷臭が漂ってるね。あんまり欲しくない。
「こんにちは~。なんか、色々な種類のものを扱ってるんですね!どういった謂れのものなんですか?」
よし、取り敢えず交渉スタート。商人技能無しっぽいフリマの人と駆け出しのぺーぺーな私との勝負だね!
「ん?ああ、いらっしゃい。謂れっつうか、これ等は死んだ爺さまの蔵にあったもんでなぁ。ちょっとずつ整理してるから品数少ないけど、その辺には無い様な物ばかりだから、良かったらどーだい?」
「ちなみに、幾らで売ってるんです?」
「珍品ばかりだけど、フリーマーケット価格に負けてるからね、どれでも20Pにしておくよ」
「え?一律20?」
「他の露店じゃ見ない様な一点物ばかりだからな!」
「他、当たりますね。一点物と言っても、似たような用途の品なら、回りの店で見付かると思うんで…」
青い水差しは欲しいが、取り敢えずは素っ気なくしてみた。最悪、周辺を見て、少し粘ってから買えばいいし。
「ああ、待って待って!ちょっとなら値引きするよ」
案外、早く売りたそうだね。そういう事なら…
「有難うごさいます。では、一律10P位で如何ですか?」
「10って、アンタなぁ…半額じゃないか!?」
「あ、何もただ負けろと言ってるんじゃ有りませんよ。一律10でなら私、全部買います。即金で」
「だからって、いきなり半値は…」
「では、逆に教えて頂きたいのですが、水差しはともかく他の品の用途や効力はどのようなものなんでしょうか?ご教授頂けるのなら、それに見会う額に応じた上乗せをしたいのですが」
「用途って、お前…そりゃ~なんだ、石やペナントは飾りっていうか…」
「観賞用っていう事ですかね。サンダルは?」
「履き物?」
「片方だけですよね?」
「珍しい型だから…」
「まだ朝市は始まったばかりですよね?普段はすぐ完売しちゃうんですか?」
「そりゃあ…」
こうなりゃ勢いだ!と私は覚悟した。下手すりゃ大失敗だが、元々低レベル商人なのだ。このフリーマーケットに胸を借りるつもりで、思い切りよく行こう!
「実用性やレアリティで売れたり売れなかったり…ですよね?遅い時間まで店番しても残る日もある。お爺様の遺品を少しずつ売っているという事は臨時に収入を得たい時なのでしょうか?お休みの時間をフリマに充ててらっしゃるのでしょうけど、朝一番で完売して残りの時間で一服するという選択肢も加味すれば、費用対効果としてはあながち損ではないと思うのですが…それで御不満なら、今度朝市で売る時もリピートすると約束しますよ。私、最近この辺りにやってきた商人志望のコト・イワクと言います。これから朝市の日はしょっちゅう顔出すつもりなんで。まだ駆け出しですけどね」
ダダチャさんは、グルグルと視線を泳がせた直後に手で額を覆い、しばらく唸った後に口を開く。
「……参ったね。まさかお嬢ちゃんみたいな買い手がくるとは思わなかった。いいぜ、それで。俺も飲み代稼いで早上がり出来るなら悪い話じゃないんでね」
やった。上手くいったって事だよね!?水差しはランク上位っぽいし、絶対欲しかったからね。
一見ゴミを掴まされた様にも見えるけど、それ等にも使い道や売り方を模索してみたいと思う。
ガラクタだって工夫によって化けると信じたいし、折角なら、そういうのをコーディネートが出来るロールプレイを目指したいじゃん。
「ありがとうございます!また来ますね、ダダチャさん!」
50Pを支払い、私は一人ほくほく顔でその場を後にした。
残った彼は、何で名前を知ってるのか?とちょっと首を傾げていたが、ほんの出来心です。
PCだとマズい展開もあるけど、NPC相手なら……ちょっと位、いいよね?
鑑定能力は、所有者のアイテムから名前を割り出す力もあるのだ!なんかサイコメトリーっぽい!
私は朝っぱらからテンションMAXにご機嫌でその後は露店を見て回り、 公園広場でお茶を購入して一服した。
この街、というか世界は食物や飲物の種類が本当に多い。
今飲んでいるのはお茶だけを売っている屋台で買った、ククル茶というもので、ハーブとジャスミンにラムネを混ぜた様なホットなお茶で、清涼な風味と炭酸が不思議な感覚で面白い。
(あー、あの水差しに合うマイグラスとか欲しいな~)
新たな目的を夢想しつつ、シュワシュワした新しい風味に包まれて夢見心地でいたその時だった。
「楽しそうだねっ!やっぱり朝早いといいモノあるでしょ~」
「へ?」
何だ?私に言ってるのか?不意に我に返ると、いつの間にか目の前には女の子が立っていた。
「私も行き着けの出店ですっごい好みな新メニュー試食させてもらって超ラッキーだったよ。やっぱり、早起きは三文の得だねっ!」
少し癖のあるキャラメル色のフェザーボブに赤・橙・イエローのカラフルなキャスケットを被った彼女は、元気が有り余ってるといった調子でそう言うと飛びきりの笑顔を見せた。
普通にしてても十分カワイイが、目まぐるしく変わる豊かな表情が魅力をアップさせてるタイプだね。
ライムイエローのボーダートップスに、何かのゆるキャラ的なアップリケの付いたオーバーオールを着ており、帽子を被る頭頂部からは、白く小さめなウサギの耳がニョキっと生えており、ピコピコと動いている。
突然の事に反応出来ない私。持ち物は肩から提げたポシェットのみだが、この態度…まさかプレイヤーなのか!?
「三文の徳。君は今『役得』という意味で『得』という言葉を使った様だけど、元来は『道徳』の『徳』の字が望ましいね。規則正しい生活で日々を気持ち良く過ごすというのは、如何にも道徳的なんじゃないかな」
「む~っ…今はそんな事いいの!」
もう一人、彼女の後ろには連れが居たみたいだ。
小綺麗なYシャツに、緑のスラックスをサスペンダーで吊った、ブロンドでサラサラショートヘアの好青年だ。
丸メガネと穏やかそうな表情が聡明さを醸し出している。西洋の魔法少年ものとかに出てきそうな感じかな?顔の作りは純和風のしょうゆ顔だけどね。
私よりも背丈はあるが、男性にしては小柄。極めつけの特徴としては、ネズミのしっぽが生えているという所だろうか。彼もまた、ゆったりと微笑しつつこちらを見ていた。
「えと…どうも、こんにちは」
「あ、急に騒がしくてゴメンねー。ボクはふらりぃ!そしてコッチがアカシだよ」
「アカシ・クレコウドと言います。以後、お見知り置きを」
「は、初めまして。コト・イワクです…」
二人が冒険者カードを見せてきたので、私も慌ててステータスカードを具現化して提示した。やっぱりプレイヤーだ。初遭遇に初名乗り。ちょっと緊張するね。
私も名前以外は他者に非表示の設定をしてるけど、二人も同様に非表示だ。ふらりぃさんの方は、記名欄の名前の部分にホワイトのラインが入っており、修正テープの上に記名した様になっていた。確かWiki情報に『リネームペン』ていうのがあったから、それかな?
アカシさんの表記は、【アカシ(明石・暮紅人)】となっていた。この表記の仕方をすると、呼称がアカシとなり、括弧内がキャラの真名という形だ。
「なんか市場でとっても楽しそうにしてたからさ、つい話したくなっちゃったよ」
「あはは、そうだったんですか」
「どう?この街は。まだ、数日だろうけど慣れた?」
「!……あ、やっぱり初心者って分かっちゃいますか」
「いや別に、ボクたちは『未熟そうに見える』とか言ってる訳じゃないよ!ねぇ?」
「ええ。初心者か否かを判断する事にかけては、僕らは特別なんですよ」
「特別…」
感知能力?……魔法か!
「それはね…ボクたちが『さんぽ部』だからさっ!!」
これが静と動のさんぽ部コンビ、アカシさんとふらりぃさんとの出会いだった。
… … …
「それでは、毎日街を巡っているんですか?」
「そーだよ。毎日色んな変化があって、最高に楽しいよ。今朝の変化は、コトちゃんと初めて会えた事かな!」
「成程…この街の初見さんイコール新人って訳ですね」
「僕達は地域に密着した所でロールプレイを楽しんでいる感じだね。ふらりぃはショッピング全般とお喋りを中心に色々と首を突っ込んでいるよ。僕は知識や情報の収拾がメイン」
「情報…」
「人の噂、旅人の流れ、物流、収穫量、戦況、時事ネタ…後は、リオレ地方の天候の統計なんかもとってるよ。それと、古書収拾…等々かな」
正直、驚いた。街で出合う冒険者…プレイヤーの大半が、ハレーの様な立身出世組で、その他としてはバトルマニア、守銭奴にコレクター、トレジャーハンターやプレイヤー狩りといった、よくゲーム内で見掛けるタイプが殆どだと思っていたのだ。
しかしこの人達はむしろ私のスタンスに近い、話の分かる人達の様に思えた。これは、中々に良いコンビに出逢えたのかもしれない。
「おう、ふらりぃさんよ!アルカデアの店まで御一緒するぜ」
「ナバルさん、おいっす。また賭けカード?」
「ふらりぃちゃん、ご機嫌よう。今日もいい天気ね!」
「ポーヤおばさん、六日ぶり!また一緒にお茶しようよ~」
私がアカシさんの話に聞き入っている間にも、ふらりぃさんは縦横無尽に店と人との間を駆け回り、沢山の人に声を掛けたり掛けられたりしている。
何とはなしに三人で歩き始めたのだったが、数分で五人になり、六人になり、四人に減ってまた五人、という調子でお二人の顔馴染み達が入れ替わり立ち替わりになりながら散歩は続いた。
南大通りを通って南門前広場までの道のりだけでも、二人の知人は至るところにおり、今日のオススメ品は何だとか、どこどこの誰それに何があったとか、今季のどこそこ産の何とかいうフルーツが最高の出来だとかオールジャンルの雑学知識がそこかしこから飛び込んでくる。
大勢で街を練り歩き、テンションも上がってくる中、ふらりぃさんに釣られる様にして皆で買い食いを繰り返し、屋台や露店の人達も気前良く試供品や試食品を振る舞ってくれる。なんだか、小さい頃の子供会の神輿担ぎの時の様なワクワク感とお腹いっぱいの街中行脚となってしまった。
アカシさん曰くこれは別に特別という事ではなく、気のいい連れが揃うと比較的いつもこんな風なのだそうだ。
ただ、コトちゃんとの新たな出逢いにちょっとだけふらりぃも高揚してる様だと補足してくれた。私の様な一介の新米にそう言ってくれるとは、嬉しいけどなんか気恥ずかしい。
結局、修業の時間が来たので東街区の路地の一画で二人とお別れしたのだが、あまりに楽しく有意義だったので、午後からもさんぽ部に参加させて頂く事となった。
午後は午後で、また新しい人々と共にお喋りして、おやつを食べ、見知らぬ通りや広場といった新しい発見をした。
時間を忘れて歩きまくっていたせいか、気付くと結構な時が経過していた。吃驚である。
「あの、今日は長々と御一緒させてもらって、有難うございました。すっごい勉強になったし、楽しかったです!」
正直、二人には圧倒されっぱなしである。自分としては、『人一倍の拘りあるロールプレイ』を目指してこの街にやって来たつもりだった。
しかし、まだまだそれが未熟であると再認識せざるを得ない様だ。
私が来る遥か前より、街に根差して日々語らい、飲み、食べ、心底楽しみながら得た知己と、小さい無数の情報を宝物とする事をライフワークとしている人達が存在したのだ。
彼等と出逢えた事は、私にとっては国家とコネを作る事以上に価千金な事だと言えよう。
「コトちゃん、ボクたちは毎日の様に何処かを歩いてるから、見掛けた時に気が向いたらまた参加してくれるとウレシイな!さんぽ部は、部長のボクと副部長のアカシの二人きりだけど、他の仮メンバーは街中に居て、途中参加・途中帰宅ともに完全自由ってのががモットーだからさ☆」
「君のこれから過ごすこの街での冒険に、僕達と歩いた中で得た何かが、ささやかでも役立つのなら幸いだよ」
夕刻、そんなセリフを残して二人は夕焼けの路地の向こうへと小さくなって行った。
彼等の姿を見送りながら、私は彼等こそ私の目指す理想形の一つではなかろうかとぼんやり考えてみる。
真っ赤に染まった路地の向こうに消えようとしているそのシルエットはとても美しく、一枚の絵の様であった。
私はその景色が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた……
… … …
NAME:コト・イワク 種族:タト族 LV4 キャラクタークラス:転売屋 RANK:F
STR24 VIT22 DEX26 MEN29 SPD27
《所持金》
36275P
《師事》
『弧を描く餓狼』ガラム・マサラ
《習得技能》
工芸(LV1) ※工芸品知識及び製造におけるプラス補正。補正値はレベルに準ずる。
目利き(LV5) ※一定の商業系スキルにプラス補正。NPC商店訪問時にレアアイテム出現率が微細にアップ。
体術(LV7) ※格闘系スキル。強力な武術ではないが、あらゆる格闘技の基本となっているスキル。
《装備品》
木綿のセーラー、指ぬき軍手、紺のベレー、皮のくつ
《所持品》
肩掛けカバン(12)×2、水筒(小)、ペン付き手帳、遠眼鏡、小型ナイフ、初期財布(100)、ロセオの花瓶、クルリエの錆びたスプーン、クルリエの錆びたナイフ、クルリエの錆びたフォーク、クルリエの錆びた包丁、???の皿、蒼き???水差し、チュチャチュッチョ・チャチャチュッチオの手織りペナント、きれいな石ころ、カタティマ・ドラクゥの詩集、エマ・ランナのサンダル(左)
《アーティファクト》
鑑定魔のモノクル(C) ※レア度C以下のアイテムの鑑定。
… … …
~リオレ探訪メモ~
◆さんぽ部 (ユニークLV3)
リオレの街中を日々歩いている二人組。ベータ版よりこの世界を生き抜いて来た、生え抜きのベテランプレイヤーだとのお話だが変に先輩面するでもなく、私の様な新米プレイヤーにも、街のNPCにも隔てなくフレンドリィなそのスタンスは、見習うべき所がいっぱいだと思う。
街中に仮メンバーと称するさんぽ部の仲間がおり、組織やギルドとはまた違ったコミュニティを形成している。リオレ市中の名物コンビ。
部長は、ウサギ耳で行動力と人懐っこさに定評ある【ふらりぃ】さん。誰とでも仲良くなれそうなそのキャラで部を牽引している。
副部長は、ネズミしっぽで思慮分別と博識が持ち味の【明石・暮紅人】さん。ちょっと暴走しがちな部長を上手にコントロールする部のブレイン。
一般プレイヤーとは大分プレイスタイルの違う二人だけに、本来はユニークレベルを上げておきたい所だが、街にいる限り遭遇率が滅茶苦茶高いという事で、控えめの3にしておく。
遭遇初日に仮入部してしまったが、私自身としては二人から色々と学んでみたいと思う。
ようやく主人公以外のプレイヤーを出せました(汗)。
色々なプレイヤーが様々なスタンスでゲームをプレイしており、その人達との邂逅によってコトが影響を受けたり与えたり…というのが一つのキモになると考えております。
その辺りを上手く演出出来るか否かが自分の課題です。
実はこの二人は主人公より先、第一・第二に誕生したキャラクターで、とっくに完成してました。やりとりも含めて最初に作ったものなので出会いはすんなり行きましたが、ココに繋げるまでが長かったです。