訓練開始
冒険者協会編その2です。
カフェを堪能し終えた昼下がり、いよいよ修練所へゴーである。
ナルハさんにも伝えてあるから、飛び込みではない。安心して突入出来るってもんだね。
修練所の場所は、冒険者会館を入ったすぐ左手にある階段の裏側にある通路を奥へと進み、受付事務所を抜けた裏手にある。
この東支部は奥行きのある二階建ての屋舎で、1Fの間取りは入口から会館ホール、受付事務所、スタッフルーム、トイレ&物置、修練所、裏庭、裏口という感じ。
2Fはレストルーム、資料閲覧室、会議室等があるらしいが、今は置いておこう。
古い村役場の様な廊下を渡り、修練所の前に立つ。扉の上には木製の看板が掛けられており、達筆で『錬』と書かれている。
「おじゃましま~す」
室内は、およそ半分程のスペースにマットが敷かれており、もう半分は体育館の様な板張りになっていた。
ぱっと見渡すと脇の方に木製のトレーニングマシンの類やダンベル、鉄棒や跳び箱などがあり、用具はなかなかに充実してるっぽい。中でも特に目に着いたのはランニングマシンである。とは言っても、ベルト上を走るタイプではない。ハムスターとかが喜びそうなランニングホイールとか言うヤツの人間サイズバージョンである。
壁面には木剣や棍、木盾が掛けられており、いかにも道場な雰囲気を醸していた。
「君がコトか?」
不意に声が掛かる。部屋の隅でバンテージを巻いていたその人は、空手家の様な胴着を着ており、黒髪のザンギリ頭をした男性だ。細身長身で少し頬が痩け、顎にちょっと無精髭を残した精悍な偉丈夫で、いかにも師範代って感じの人物である。擦りきれて薄くなった胴着が、強そうな雰囲気を増している様に思えた。
「はい、今日からこちらでお世話になりたいと思いまして…」
「ナルハから話は聞いている。東支部専属トレーナー、バーナルドだ。個人個人に合ったトレーニングプログラムを立案し、教授している。昨今は受講者もいなくなり、道場を無駄に遊ばせてしまっている事を日々残念に思っていた所での新規入門者だ。歓迎するぞ」
「あ、はい。どうも。こちらこそよろしくです」
空手〇カみたいな雰囲気だが、修業サポートキャラだと考えるといい感じである。
「ふむ…君は見た所、戦士志望という感じではないな。今後のトレーニングについて、君の希望スタイルとかあれば教えてくれ。それに伴ってどういった鍛えた方をするか、スケジューリングして行く方がベストだと言えよう」
「はい、何と言いますか…行商人志望なのであまり物々しい戦闘はしたくないですね。専守防衛と言うか…無手で護身術とか扱えたらと。受け流しや回避、防御を中心にカウンターとかを得意とする、体術主体の格闘系が望ましいですね。合気道っぽい感じで。ナイフも持ってはいますが、これはロープを切ったり物を削ったりと言った補助的な使用が目的なので、あくまで工具扱いなんです」
「成る程。では素早さや技が主体である軽戦士系の肉体作りに、体術・格闘・受け身などの訓練を取り入れつつ、バランスよく鍛えた方がいいな。パワーファイトや肉盾、武器使用や鎧着用などに使う筋肉は着けずにいた方がいいだろう」
かくして、私の修業が始まる事となった訳だが、初日である今日は各身体機能のチェックとバーナルドさんのトレーニング内容の周知の為に夕刻まで行われた。とは言っても、苦痛だった訳ではない。
このバーナルドさん、流石はトレーナーというだけあり、教え方は合理的で、私の能力以上の負荷を掛けて来ないのだ。決してラクではなく、苦痛でもない丁度良い落とし所のノルマでの鍛練を求めて来るのだ。
準備体操やストレッチから始まり、腕立てや腹筋の様なありきたりなもの、マシンを使った筋トレ、ランニングマシン、受け身、反復横飛び、垂直ジャンプ、逆立ち、ゆっくりとした組手、武器相手の受け流しに到るまで丁寧なレクチャーを交えつつ付き合ってくれた。
更に驚いたのはこのオジサマ、武術や戦闘、武人たちに関する歴史や蘊蓄にやたら詳しかった。ただ、トレーニングを押し付けてくるだけじゃない所が私的にポイント高かった。
「…と、いう感じだ。剣対無手で戦う場合において、格闘する側はかなり高度な技術を要するが、鍛え方次第では対抗も可能だ。事実、多くの戦士が格闘で敵を屠っている。例えるなら……魔王軍の将軍の一人である『魔熊』や聖法国の『銀なる拳』、旧妖妃軍の獣王『スタンピード』などは相手が何の武器を持ってても関係ない強さを発揮していた。しかし、彼等の様になるには時間と努力が必要だ。故に一戦闘毎、相手のバトルスタイルに応じて戦い方に工夫が必要となる。剣であれば、護拳が有るか無いかでも反撃方法や反撃箇所も変わってくる。近距離・中距離・遠距離、打撃・斬撃・刺突・投射等一つ一つ、対処法を身に付けていくべきだ」
「当分は組手中心のトレーニングを継続していくが、LVが30を超えたら狩り場での戦闘訓練も重要になる。かの『格闘王』ドロバスは『古の獣魔』討伐に先駆けての武者修行時、ひたすらにリザードタートルを狩り続けたという。その狩り方は、常に甲羅を貫く拳撃のみで行われ、それによって獣魔戦時の彼は腕力が異常なまでに強化されていた。これは、敵の倒し方によってLVアップ時のステータスに差が出来るという事実を示している。もっとも…どういった修行でどの数値、どのスキルにプラスとなるかは明確に解明されている訳じゃないので、各々がそれを踏まえた上の自己研鑽を行う以外ないのだがな。しかし賢い奴はこれまでの経験則で自分に合った形というのを模索している」
「南方の密林に棲息する『混迷カズラ』という魔物は、トドメを差した箇所によって、ドロップアイテムが14種にも別れるので珍重されている。が、打撃は一切効かないという事だ。討伐推奨レベルも高めなのだが、アイテム欲しさに中級ランクが手を出してよく返り討ちに遇うので、『強欲ハンター』という別名があるらしい」
等々、次々変わる訓練項目と色んな話がホントに興味深く、最後まで楽しんで修業出来た。しかも、ラスト十分位にファンファーレが。初のレベルアップである。
取り敢えず、上昇値は宿に入ってからのおたのしみという事にして、最後はバーナルドさんと明日以降の予定を組んだ。私自身、ガツガツとしたプレイがしたい訳ではないので半日以上は街の中で自由に動きたい。だから訓練は朝10時からの二時間、午後2時から4時の二時間の二回に分けて行わせてもらう事にした。これで合間合間に二時間ずつの自由時間が出来る訳で、この間にアイテム売買と街中探索が出来る。
あ、そうだ。売買で思い出した。誰かに聞きたい思いでいっぱいだったのだけど、私のステータスカードにあるジョブ欄の『転売屋』ってどうゆう事!?イメージ悪いし、恥ずかしいからジョブ欄を消さざるを得ないんですけど。
まあ、確かに開始時にダイヤのドクロを転がして大金得ようとは考えたけどさ。
これは多分、総合レベルと言うより所持スキルの組み合わせとスキルレベルに関連して自動選択された結果なのだと思うのだけれど、これはちょっと流石に見せたくないよ。もっと別の商人系職業がいいなぁ、やっぱり。
早くクラスチェンジが出来る様に行商用の工芸品買い集めてドンドン売り捌かなきゃ…って、モロ転売屋じゃねーかッ!?
思わず一人突っ込みしてしまったが、鑑定アーティファクトの目利きと行商中心である以上、今の私には他に収益が見込める訳じゃないか。
今だってガラムさんの遺産で暮らしてる状況だし、甘んじて受け入れるしかないみたいだね。いずれ必ずクラスチェンジしてやる!
訓練終了後、ナルハさんに宿を紹介してもらった。会館から近くて、かつギルドと懇意にしている所だそうで、少々…否、かなり古いが銅貨20枚で素泊まり出来る。街の一般的な安宿ってのが25~30パカシって事らしいから、協会割引様様だね。修業中は当分ここを拠点に活動しようと思う。
そんじゃ、さっさとチェックインしてレベルのチェックとしゃれこみますかね…
… … …
NAME:コト・イワク 種族:タト族 LV2 キャラクタークラス:転売屋 RANK:F
STR18 VIT17 DEX21 MEN21 SPD20
《所持金》
36458P
《師事》
『弧を描く餓狼』ガラム・マサラ
《習得技能》
工芸(LV1) ※工芸品知識及び製造におけるプラス補正。補正値はレベルに準ずる。
目利き(LV1) ※一定の商業系スキルにプラス補正。NPC商店訪問時にレアアイテム出現率が微細にアップ。
体術(LV3) ※格闘系スキル。強力な武術ではないが、あらゆる格闘技の基本となっているスキル。
《装備品》
木綿のセーラー、指ぬき軍手、紺のベレー、皮のくつ
《所持品》
肩掛けカバン(12)×2、水筒(小)、ペン付き手帳、遠眼鏡、小型ナイフ、初期財布(100)
《アーティファクト》
鑑定魔のモノクル(C) ※レア度C以下のアイテムの鑑定。
… … …
~リオレ探訪メモ~
◆『民宿 柳屋』
冒険者協会東支部の裏手を通る用水路を挟んだはす向こうに位置する老朽化の進んだ宿。
創業は冒険者協会が発足した十五年後との事(ゲーム開始は四年前だが、設定上の協会の歴史は約四十五年)なので三十年前という計算になるが、始めにボロ家を買い取って始めたらしいので、日本風に例えるなら明治初期頃からある船宿の様な佇まいをしている。
創業時から東支部と提携というか共生関係を保っており、職員の紹介があれば割り引きで長期滞在が出来る。
新規の客は稀にしか来ず、貸しきり状態で古民家生活を体験出来るので好みな人にとってはお得な宿。
宿の女将は、創始者にして元東支部所属の最初期のエース冒険者、リラベル・マーヴェラスさん。御歳67歳。
彼女は『クルルカース炭鉱奥の魔宮制覇』や、『アギル・ステップの宝石花発見』などで名の知れた人物。
気っ風の良さは未だ現役で、弱音を吐く様な新米はどやしつけられたりする、元気のいいお婆さん。
宿名の由来は、用水路脇に昔から生えている柳の老木から。
建物の味もそうだが、冒険者時代に覚えた各地の料理の腕はなかなかのもので、素朴ながらもいい感じに飽きさせないので、食事のみの隠れたリピーターは多い模様。
肝っ玉母さんの隠れ家的宿として、ポイント高し。一日20P也。私は朝食付きで長期滞在をお願いしているのだが、なんとお値段たったの4Pと超破格だったりする。
今回と次回のショッピングで、チュートリアル編終了の予定です。
その後は、ちょっとずつですが、クエスト・イベント・事件・主要キャラとの交流を交えていくつもりです。