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Fantasìa・Ark  作者: AGE
世界浸食編
3/3

虚無

日の沈んだはずの夜、強く赤紫に光る空に照らされた学校。誰もいない校舎の屋上で、雷を、炎をそれぞれ体の周りにまとう、赤と青の髪をした朱雀と美都。その背中には、まるでおとぎ話に出てくるかのような、清き純白な天使の翼があった。

 さらに美都の片翼は天使の翼とは形状が異なる、龍を連想させるかのような翼が生えている。朱雀は驚きを隠せなかった。今の自分たちの状況は、想像の範疇を大きく超えている、と。

 今の少年たちは、自然の力だけでなく、翼や身体能力までもがゲームの中のそれであった。つまり、空で今もなお拡大を続けている結界による世界の同化は、それほどまでに進行しているのだった。

 頬をかすめる程度の弱い風はだんだんと強さを増して行き、やがて二人を中心として広がりはじめた。すると漂う風がまるで形を得たかのように凝縮し、朱雀の周りを囲む雷の、さらに周りを囲むように回転し漂った。

同時に、美都の足元を覆うように、円形にかたどられた水がどこからとなく湧き上がった。水は、炎に触れるたび蒸発、そしてまるで再生するかのように再び湧き上がる。それは途絶えることなく行われ、一瞥するだけでは炎の周りを霧が漂っているようにも見える。

 が、その状態は長く続かず、変化が見られた。次第に湧き上がる水が固まっていく。ダイヤモンドを連想させる形に固まった無数の小さな氷の粒子は、しゃりん、と音を立てて変わらず炎の周りを漂う。しかし、その氷はどれだけ炎に近づいても溶けることはない。

「この力を使えば、あの結界を100%壊せるのか?」

「…さて、やってみないと俺にもわからん。ゲームでデザイアを使う敵と対峙したことなんてないし」

 決して余裕のある状況ではない、むしろ切迫した現状であるにもかかわらず、質問に答える朱雀の口元には苦笑いが浮かんでいた。

「そうか。まあ、とりあえず全力であれを殴ればいいんだよな!」

 校舎の屋上の床に使用されているタイルは、二人の周りに漂う異能の力に耐えられず次々とはがれては吹き飛ばされていく。

 立ち尽くすだけで周囲を破壊していくそのさまは、『救世主』のようであり、確かなる『破壊者』の姿であった。既にこの時、二人はこの世界のいかなる武力をもってしても、殲滅はおろか傷一つつけられないほど強大な力をその体に秘めていた。

「物体じゃないしすり抜けるから殴れないけどな」

「細かいこと言うやつは嫌われるぞ」

 この世界の理から自らを除外した少年達は、絶えず拡大をし続ける異質な光を見上げ、こぶしを握りしめた。もしも破壊できたとして、すでに人間とはかけ離れた自分たちの体がその後どうなるのか、二人は大方の予想をつけていた。しかし、それでもやらなければならない。その使命感が二人を前へと踏み出させた。とはいうものの、二人はやむなくその力を手に入れたわけではない。なぜなら、この二人もまた『Fantasìa・Ark』創造者と同じ――一度は異世界に夢を抱き、望んだ者だからだ。

「生身で試すのは初めてだから当たり前だが、全力を出せば体がもつかどうかわからない。最悪、人間の体では負荷に耐えられず死ぬかもしれん」

朱雀はゆっくりと深呼吸をし、表情を改めると空を見上げながら言った。

「正義は必ず勝つ、だろ?」

そう返すミトの表情に、もはや陰りなど一点も見て取れない。

「……ああ、違いない!」

 二人は互いに最後の言葉と笑いを交わした。

 と、それぞれの背中に生える翼が白く光を放つ。

その光は輝きを最大まで強めると二人の体の周りに漂う自然の力とまるで融合していくように重なり、ふわり、ゆっくりと二人の体を持ち上げた。ゲームで散々体験しているからか、自らの体で飛翔するのは初めてのはずの二人だが、不思議とどこに力を入れればいいか、またどのように加減すれば思うように飛べるのかわかっていた。そしてまた、互いに何を考えどのように力を使い合わせればいいのか、「恐らくこうだろう」という程度ではあるが、二人は理解していた。

 朱雀が空に向かって高速で飛翔する。それとほぼ同時に、美都の右手で生成された炎の球が、朱雀の背後に向かって放たれた。

「うらよ!」

 空中で素早く身を翻した朱雀はその炎の球を、黄緑色のエレメント、風属性を帯びた右手でつかみ、そのまま風の波動で包んだ炎の球を空の結界に向けて投げつけた。風を帯びた炎は空中で加速していき、空の結界に触れると貫通、その瞬間広範囲にわたって爆発を起こした。風の性質である「鋭利な斬撃」によって結界に穴をあけ、炎の性質である「爆発的な破壊力」によって、穴が開きもろくなった部分を一気に破壊したのだ。

 直撃を確認すると、朱雀は高度を落として美都の隣へ並んだ。

「今穴が開いたのが見えたけど、もしかしてこれで終わりか?」

美都の問いかけに、朱雀は首を小さく横に振る。

「三万の摩軍を倒せるほどの火力じゃないと壊せないって言ったろ?今の攻撃は結界の強度をはかろうと思っただけだ」

爆発によって漂う煙が引くと、丁度結界に空いた穴が塞がっていくところだった。

「俺の風で穴をあけられ、ミトの炎で広範囲を破壊できた。強度はそれほど高くないが再生能力があるみたいだな」

 完全に塞がりきった結界は再び不気味な赤紫色の発光を繰り返している。心なしか、その光が攻撃以前に比べ、全体的に増しているように朱雀は感じていた。

「…しかし、3万の摩軍を一瞬で屠れるほどの火力で攻撃すれば破壊できるというのは本当なのか?いくら馬鹿げた火力でたたいても、こんな巨大な結界の一部にあてただけで全域を破壊できるとは思えないのだが…」

「そう書いてあったんだから信じるしかないだろ。それに今になっていくら考えても仕方がない。次はどうすればいい?」

 美都の言葉によって有耶無耶加減に流された疑問であったが、確かに『多分』や『おそらく』の積み重ねで奇跡的に手に入れたこの現状において、すでに疑いと思考は意味をなさないものとなっていた。どれだけ疑ったところで、それに至る経緯がただの予想から成り立った偶然であるならば、何に対しても疑いのかけようがない。ただ一つできることがあるとすれば、取り返しのつかない結果にだけはならぬよう祈りながら、すべてを運にゆだねることぐらいだ。

「まぁ、そうだな…」

 腑に落ちない表情を浮かべながらも、それを理解した朱雀は、疑いをかけることから結界を破壊することへと頭を切り替える。

「次か。正直なところ、どんな行動をとれば今できる最善なのか、俺にもわからないんだ。ただ、最善かどうかは別として考えがないわけじゃないんだが……」

「っていうと、どんな?」

「……これは、策と言えるほどのものじゃない。ここまで来るのにかなり苦しい勘を奇跡的にあててきたが、それとは比べ物にならないほど…だと思う」

 腕を組み眉間にしわを寄せる。基本自分の考えをはっきり述べる朱雀だが、これほどまでにためらい考えを出そうとしない姿を、美都は初めて目の当たりにしていた。そこから今朱雀が考えていることがどれだけの苦し紛れなのかを、美都が察するには十分すぎた。

「俺が学校の屋上を選んだ理由、まだ話していなかったな」

 美都は何も言わなかったが、朱雀はその重い口をゆっくりと開き、秘めたる考えを吐露しはじめた。

「ファミレスを出てミトが家に帰った時、今いる屋上の真上…少しずれてるけど、デザイアの結界に気になる模様が見えたんだ」

言われて美都は上空を見渡した。そこには、確かに周りとは少し違う、そこだけまるで孤立した魔方陣のようにも見える、小さな円形の模様があった。朱雀がしきりに空を見上げていたのはこれを見ていたためだったのだろうと、美都は感じた。

「観察しているうち、その模様だけ『拡大』していないことがわかった。他の模様は一定の秒数が経過すると面積が増えているのに、その円の中だけ、いくら時間がたっても変わらず同じ大きさだったからだ」

「確かに…あの模様だけやけに小さいな」

「その理由を考えているうち、俺はデザイアの不自然な点に気が付いた。最初、あのまるい模様がデザイアの中心部だから、そこだけ拡大しないのかと思った。しかし、デザイアが現れたのは東京の上空、ここは神奈川だ。中心点があるとするならここではなく、当然東京にあるはず」

「確かに。それで、どの辺が不自然なんだ?」

「――デザイアが最初に現れたのが、東京だということだ」

「えっと…何でそれが不自然だって言えるんだよ」

「日本を反転させアーク世界に取り込むためのデザイアだろう?それなら日本の中心に位置する県の上空にデザイアを出現させ、拡大していった方が効率的じゃないか?」

 東京都上空から日本を覆い尽くすまで円形に拡大し続けた場合、日本の中心から拡大した時と比べ、数倍の大きさにまで広がらなければならない。

「なるほど、そういうことか」

「デザイアを拡大させるのにも魔力は使うだろうし、そうでなくても日本全土を覆いきるのに、より多くの時間を必要とするはずだ。だというのに、なぜデザイアは東京を中心として拡大しているのか」

 そこで、淡々と説明を続けていた朱雀の口が、再び重く閉ざされる。

「スウザ?」

 美都の呼びかけに反応することなく、朱雀は黙し続ける。

『今までとは比べ物にならないほど苦しい勘』を口にすることを、未だにためらっているのだろうか…。ミトはそう考えていた。

――――――が、しかし。

美都の思想を知ってか知らずか、その口は『あんぐりと』あけられた。

朱雀は、自分の腹部、服にぽっかりと綺麗な円形に穴が開けられたその部分を、目を見開いて見つめている。驚きの表情を浮かべたその目は、すでに自らがそうなっているにもかかわらず、この世のものでない『異常』を見ているかのようだった。

「す……スウザ?」

美都から見て、朱雀の見つめるその視線の先には何もない。強いて言うのであれば、当人にも原因不明の穴が、服の前後に空いていることぐらいだ。


「ミ・・・ト・・・」


ようやく発せられたその声は、締め潰された声帯で助けを求めているような、掠れたうめき声だった。

「スウザ!?何があった!?」

 美都の問いかけに、終ぞ答えることなく光を失った朱雀の瞳は、次第に瞼によって蓋をされる。

 それと同じくして背中の翼に宿り光さえも、スゥッ、と、徐々に引いていった。

 光を失った翼は動きを停止し、浮かんでいた朱雀の体を、無慈悲に空中へと放り出した。そのまま重力に逆らうことなく、その体は真下に位置する学校の屋上へ向かって、急降下を始めた。

 もはや、その体を支える不可視の力など、まるで夢であったかのように。

 突然現実に呼び戻されたような感覚にさいなまれながらも、美都は力を失った親友の元へと、一気に加速した。

「スウザぁぁぁああああ!」

 何が起きているのか、その乏しい頭では一向に理解ができなかった。生命活動を停止したかのように、急に動かなくなった友の姿は、自分がいまどのような状況にあるのかを忘れさせてしまうほど、美都に精神的な苦痛を与えた。しかしそれでも、美都の体は行動を起こした。反射的に下された《友を守れ》という指令に従って。

 頭からまっさかさまに降下していく友の足をつかみかけた、その時。

 勢いよく伸ばしたその手は虚しく空を切り、先ほどまで追いかけていたその姿は、一瞬にして消滅した。

「――――スウ・・・ザ・・・?」

 残された青髪をあざ笑うかのように、空の光は強さを増す。

 その瞳には、絶望の色は見て取れない。しかし同時に、抱いていた希望の色すら見えない。

 残ったのは、ただ取り残された、空虚な無の色だった。

 どうもこんにちは、AGEエイジです。

 さて・・・。前話の投稿から、なんと10日が過ぎてやっとこさ最新話です。

なにゆえここまで遅れてしまったかといいますと、「活動報告」で記したとおり、原案の修正をしていましたところ、話の展開が速いとか、矛盾点があったりとかで丸々1話ボツになってしまいまして、1から話を作っていましたらこんなに遅くなってしまいました。

 物語を書くことは好きなんですが、問題なのはそのペースでして・・・。とにかく、僕はペースが遅いです。なので今後もまた長期間あくかもしれませんが、なにとぞご了承ください^^;

 と、いうことで!いろいろと雲行きが怪しくなってきた3話でした!今話は前話よりも短めでしたが、次話は長めになりそうです!

それではまた!


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