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Fantasìa・Ark  作者: AGE
世界浸食編
1/3

 宵闇に溶け込んだ薄暗い空間。逃げ場のないドーム状のその場所で、息絶えたかのようにひっそりと身を隠す『そいつ』は、あれだけの巨体をどうやって隠しているのか、と問いたくなるほどにでかい。今だってこちらを監視しているのだろうが、こちらからはそれらしいものなど見当たらない。…これではらちが明かないな。

「ったく、どこに逃げやがった」

「逃げていない。きっと透けて見えるからどこにいるかわからないんだ」

「透けて見える?そんなの情報には――」

「ミト後ろだ!」

ミトの背後、少し離れたところにある壁が歪んだ。それが奴の翼だと気付くのに少しの時間を要してしまった。気が付くとそこには、黒い毛におおわれた巨体、漆黒の翼、そして蛇のような形状をした尾をもつ魔獣が立っていた。

「んなろっ…!」

ギリギリのところでミトが攻撃をかわす。直後、ミトは大きく飛びのいて剣の柄に手をかけた。

「ミト!リキャストまだか!」

「さっき始めたばっかだ!早くてもあと5分はかかる!」

「持ち堪えられそうにないな…。30秒だけ稼いでくれ!」

「何する気だ!」

会話を交わすと、ミトが術式を唱え右へ、俺が左へと別れるように走り出した。

「いいから頼んだぞ!」

「……まあいい!任された!」

ミトが術式を唱え終わると、俺たちの後を追いかけてきた魔獣が目もくれずミトのもとへと駆けて行った。ミトが唱えたのは「マグネット・プール」。単体及び複数の敵の注意を強制的に自分へ集中させ、一定時間自分の防御力を向上させる。敵の数が少なければ少ないほど、『注意をひきつける』という効果が強力になる。俺は横目でミトがマグネト・プールの詠唱を終えた事を確認しつつ右腰の鞘から剣を抜き、こちらの呪文の詠唱を開始した。と、ミトの後を追う巨体の動きが停止した。…おかしい。マグネット・プールの持続時間はおよそ2分。まだ詠唱完了から10秒も経っていないはずだが…。

「なんだ?」

魔獣の挙動が理解できないミトは、不審に思ったのか少しずつ魔獣へ近づいていく。当の魔獣はというと、停止後3秒ほどその巨体を小刻みに震わせ、息を大きく吸い込んだかと思うと状態を大きく後方に逸らした。この挙動は、まさか…。俺は呪文の詠唱を一時中断し、考えなしに魔獣へ近づこうとするミトに聞こえるよう叫んだ。

「離れろ!『ブレス』だ!」

「なぁ!?」

直後、巨体から放たれた青黒い咆哮がミトを襲う。が、直前での方向転換が功を奏したのか、波動で遠く吹っ飛ばされたものの、ブレスそのものにはかすっただけで直撃はしていないようだ。しかしそれも奇跡に等しい。マグネット・プールの追加効果である防御力向上がなければ、今の一撃で死んでいたかもしれない。

「ミト!」

とはいえ、戦闘不能寸前の重傷を負ったことに変わりはない。剣を地面に突き立て、ゆらゆらと立ち上がったミトには、これまでの戦闘で蓄積されたダメージもあり、これ以上の戦闘は明らかに無謀と思えた。

「…大丈夫。心配する暇があったら詠唱に集中しとけ」

魔獣は吹き飛んだミトを追って突進してきている。あれをまともに食らったら、ミトはもう…!

「こいやデカぶつ!」

突進してきた勢いのまま、その鋭利な爪でミトの体を貫かんと攻撃してくる。が、ミトは魔獣の爪がどこを狙っているのかを的確に捉え、よけきれない攻撃だけを剣で流してあとはすべてかわした。さらに、攻撃の直後で魔獣の動きが鈍っているのを見落とすことなく、瞬間的に刀身へ宿した炎属性の強力な斬撃を、ミトはまるで「斬ってください」といわんばかりに間抜けに差し出された魔獣の右腕にはなった。

「グルルァァァアア!」

正直、俺はミトの実力を見誤っていたようだ。さすがランキング2位の実力者、この分なら俺が呪文の詠唱を完了するまで耐えられる。俺は中断していた呪文の詠唱を再開した。

ミトの一撃を右手に食らった魔獣は大きくのけぞり、不安定に後ずさりをしている。倒せると確信したのか、ミトは最後の追撃をしようと揺れる巨体に近寄った。

――しかし。

先ほどの斬撃のダメージは大きい。だが、切りつけた部位は『腕』。どれだけの大ダメージでも、右腕一本ではその巨体を動かせなくするほどの致命傷を負わせられない。突然羽をばたつかせた魔獣は大きく飛翔し、烈火のごとく赤い目を見開いてミトそのものを潰そうと急降下を開始した。

「んなっ…」

真っ黒な巨体がミトから2メートルをきったところまで降下した時。

一閃。

「ウルルァアア!」

降下していたはずの巨体は、気が付くと降下とは全くの逆方向であるドームの天井にめり込むような形で吹き飛ばされていた。いや、俺が吹き飛ばした。

「俺の仲間は一人として死なせない。絶対にだ!」

間一髪だった。俺の体の周りには、発光する薄い黄緑色の風、紫と黄色を帯びた雷が轟音と共に漂っていた。

「そのセリフ言いたかっただけだろ…死ぬかと思ったぞ」

「悪い、後は任せろ」

俺は視線を遠くの空にめり込んでいる魔獣に移した。俺が30秒(途中で中断したため実際には1分ほど)かけて行った詠唱は、言ってみれば「リミッター解除」。普段は制御しているため一時的にしか使えない自分の中のエレメントの制御を、超長い術式によって外し、自由に使えるようにするもの。ミトも使用できるが、あいつの中にあるエレメントは「火・氷」で、魔獣の弱点を付けない。しかし「雷・風」を身に宿す俺なら、雷で弱点を突けるため今回は俺がリミッターを解除した。

「グルルル……ラァァア!」

風の特性は「鋭利な斬撃と自由な空中浮遊」。さらに雷の特性は「強力な麻痺効果と瞬間移動じみた移動速度」、加えて雷は魔獣系モンスターの弱点。つまり、現時点で、この場での最強は俺ということになる。俺はこちらに向かって威勢のいい雄叫びを上げる魔獣を目で捉え、今出せる全力で地をけった。するとその次の瞬間、1秒もたたぬままに魔獣の懐へともぐりこんだ。

「セイ!」

左手の剣をそのごつい腹に突き刺す。と、剣に宿った雷が魔獣の体を麻痺させ、そのまま身動きの取れない巨体は落下、激しい音を立てて地面に激突した。風の空間操作によって浮いている俺は、今体がまとっている全ての雷を右手に集中させ、10メートルほど先の地面で伸びている魔獣に向かって、急降下を始めた。

「らぁぁぁぁぁあああああ!」

俺の右手から放たれた渾身の一撃は魔獣の腹に深々とめり込み、強烈な衝撃は魔獣が横たわっていた周辺の地面までも広範囲にわたって砕いた。声にならないうめき声をあげた後、真っ黒だった巨体はどんどん透けていき、最終的に小さな灰となって空中へ舞って行った。

「本当に、二人で倒したんだな…」

ゆっくりと歩いてきたミトは独り言のようにつぶやいた。

「…まぁ、なんてったってこの世界で1番強いプレイヤーと2番目に強いプレイヤーが組んだ最強のパーティーだからな。当然だ」

「でも俺の時間稼ぎがないと負けてたな」

ミトは自慢げに言った。

「それを言うならミトひとりじゃ呪文の詠唱すらできなかったろう」

「ぅぐ」

「とりあえず、目標も達成できたわけだし、今日は落ちる」

「おう。また明日…いや、今日だな」

「ああ。それじゃ」

俺はログアウトを済ませ、頭からヘッドホンを外しパソコンの電源を切った。…午前4時。どうやら6時間ほどログインしていたようだ。カーテンを閉め切りベッドに向かう。電気を消してから布団をかぶり、ゆっくりと目をつむる。

…。

……。

………。

…………っぷふぁ。

「――だめだ」

今日もまた、『寝たくない気分』だ。


     ☆


 5年ほど前からだろうか。俺、江上朱雀えがみすざくは眠りにつくと、必ず同じ夢を見るようになった。それに慣れてしまった今ではなんとも思わないが、眠るたびに同じ夢を見なければならないと分かった時、まだ小さかった頃の俺は得体のしれない恐怖に包まれていた。病院にも精神科にも行ったが、何か変わるわけでもなく、どうにもならなかった。しかしそれもそのはず、大人たちに決まって聞かれる質問である「どんな夢を見たの?」という言葉に、俺は1度として答えることができなかったのだ。朝目を覚ました時、その夢について覚えていることといえば「今日も同じ夢だった」ということと、「ここではない場所」ということ。夢の内容やその他の情報に関して、一切の記憶がなくなっていたため、たったそれだけの手がかりではどれだけ技術のあるお医者様でも、手の出しようがなかったようだ。

「えー、じゃあここ。ここをー・・・そうだな、真城。といてみろー」

真城、という名前を聞いて、意識が黒板へと向く。あれ。あの問題結構むずくね。

「真城ー」

真城美都ましろみと。大雑把で情熱を人より少し多めに持ち合わせている、水色の髪がトレードマークのイケメン。学校で話題を出すことがないため知られていないが、実はコアなネットゲーマーである。

「真城死んでるなぁ。それじゃー・・・江上。といてくれー」

ああ、頭がぼーっとする。さすがの俺でも寝てなさすぎるな。やはり今朝、無理にでも睡眠をとっておくべきだった。…別に寝るのが怖いわけではない。夢を見て起きたら忘れているだけ、何も怖いことはない。ないのだが…。

「江上?目が死んでるぞ?」

起きた時毎回味わう、大切なことを忘れている気がする、という気持ちはそろそろ不快に思えていた。

「真城も江上もあとで職員室に来るように~。じゃ、平野。ここよろしく」

 昼休み、聞こえる言葉すべて右から左だった俺とミトは、何も知らないまま強制的に職員室まで連行され、ペナルティーの課題を異常な量渡された。昼休み中に終えられたら好きなものを奢ってくれるという先生の単純な口車に乗せられ、必死でやるも即撃沈。結局昼飯も食べられないまま休憩時間が過ぎ、ただ1食抜いただけなのに今にも餓死寸前といった雰囲気を漂わせて放課後まで寝て過ごした。そして気づけば夕日が差し込む教室に瀕死の男子生徒二人。

「はぁ・・・」

言いようのない空虚な感覚が胸を支配してくる。いい加減、この気持ちにも飽きた。



     ☆



「相変わらずの赤い髪だな~」

昼食をとていないせいか、いや間違いなくそのせいなのだがミトの言葉に生気が宿っていない。

「ゆっ、夕日の…せいだろ…」

「このタイミングで男が男にそんなセリフ吐くな腐った女子が寄ってくる」

「でもまぁ、ミトも相変わらず青いな。水色だけど」

赤く染まるいつもの通学路で、お互いの髪の毛を見て言いあう。俺とミトは生まれつきこの髪色らしく、フェオメなんたらたらという色素が多いからこんな色をしているという。ミトはどうか知らないが、正直、髪の色を気にしたことなんてないし、今後も気にすることはない。

「スウザは名前と髪色が合いすぎなんだよ。赤髪の朱雀ってまさに中二病だし」

スウザ、とは俺のことである。スザク→スーザーク→スーザ、から来ている。あだ名をつけてくれることに関してはうれしく思っているのだが、スウザ、とは…。まるであの天使の歌声『スーザ○ボイル』を連想させるようで…少し複雑な心境だ。

「中二病とかやめてくれ。俺だって名前負けしてそうで自分の名前好きじゃないんだよ」

「2割程度冗談だから安心しろ!それより餓死寸前だからファミレスいくぞぅ」

「あのなぁ……」

 登下校に使う通学路にファミレスがあるため、5分ほど歩けば値段のインフレが数か月前に起きたおなじみのファミレスにつく。ここは、値段は確かに高いが、味はそこらのファミレスと比べ物にならないほどレベルが高い。もはやファミレスではなく普通のレストランと呼んだほうが自然に思えてくるほどに。店に入るなり、適当な席に座りメニューを広げる。うっはあ全部うまそう。しかし向かいに座るミトの顔は渋かった。

「やっぱりファミレスに焼きそばパンはないか~」

腕を組んで割とガチな表情で悩んでいるようだった。

「いや普通ないからな。毎日学校で食ってるのによく飽きないな」

「焼きそばパンは、存在自体忌々しい学校という施設が生み出した唯一の奇跡だ。そんな人類誕生と同等の神秘を秘めた食べ物に対して『飽き』などとふざけた感情を抱くのは地球最後の瞬間まで牢獄につながれていたとしても文句を言えないほど無礼なことだと思わないか」

「ミトは頭がいいのか悪いのかわからん。そんなことより、早く注文しろよ」

「そうだな、すみませ~ん」

俺はポケットからおもむろにスマートフォンを取り出し、インターネット検索のお気に入りページから「ファンタジア・アーク公式ページ」を開いた。

 今日木曜日は、最近学生から社会人の間で爆発的な人気を誇るオンラインゲーム「Fantasìa・Arkファンタジア・アーク」の大型アップデートの実行日である。キャラクターを作成、タイプを選択、そしてタイプごとに違うそれぞれのスキルを駆使してモンスターを狩りながらレベルを上げていく、というごく普通のRPGなのだが、その人気の秘密はなんといっても『課金システム』がないことと、パソコンとスマートフォンで連動してプレイできること。外出先や電車の中などでプレイできるというところが人気の一つである。

「スウザなに頼む?」

「あー、じゃあチーズインハンバーグとライスの中で」

さらに、ゲーム内で入手可能なアイテム「スキルクリエイター(手段が限られていて非常に入手困難なため、獲得したプレイヤーがいるかどうかはまだわからない)」を使えば、特別なエフェクトを織り交ぜた自分だけのスキルを作成することが可能なシステム《オリジナルクリエイション》も、その爆発的な人気の一つとして挙げられる。

「そういえば今日はアップデートの日だったよな。よかったなあ、アップデート開始の5時までにボス攻略できて」

隠れネトゲ廃人、真城美都。ゲーム内では「MitO」の名前で知られており、信じがたいことにファンタジア・アーク日本プレイヤーランキングで、第二回、第三回ともに二位の座を獲得している。

「まったくだ。あんなにてこずるとは思ってなかったけど」

そしてこの俺「SuzA」こと江上朱雀は、第二回、そして第三回の日本プレイヤーランキングにおいて、1位の座を独占し続けているコアなネットゲーマーである。

「それで、今日のアップデートの内容は?」

スマホの画面をつつきながら、ミトから問われる。自分で調べればいいだろうに。

「えっと…特殊アイテム追加の重要なお知らせ…?」

公式ページのアップデート内容を告知しているはずの部分に全く関係ないお知らせが記載されている。

「なんだそれ?」

「今回のアップデート後から、ユーザー登録を済ませている全プレイヤーに、《テンシノハネ》アイテムを強制装備させていただきます、尚、このアイテムの非活性化は不可能です………と書いてある」

これは…………。

「アイテムを強制装備?非活性化できない?そんなこと運営がするわけ…」

笑いながら俺の言ったことを信じないミトに、スマートフォンの画面に表示されている公式ページの、中央に羅列した赤い文字を読ませた。ほとんどのオンラインRPGは、キャラクターを育成していくにつれて、そのキャラクターの装備、見た目をプレイヤーが自由に変更できるようになっている。ファンタジア・アークも例外ではないのだが、『アイテム強制装備』に加えて『非活性化(そのアイテムを外したり見えなくしたり)できない』となると、自分の好きな見た目にしていたキャラクターの一部分がいきなり望んでもいない姿になって、さらには今後その部分にほかのアイテムを装備させることはできなくなるわけだ。当然、運営には苦情や問い合わせが殺到するだろう。だが、そんなことを当の運営が理解していないはずがない。そうまでして実装するこのアイテム強制装備に、いったい何の意味があるのだろうか。

「《テンシノハネ》っていうくらいだから…きっと背中につくアイテムだよな?」

「多分そうだろう」

「なんてバットタイミングな……」

ミトが今背中に装備しているのは《龍族の翼》。3日前、無理やりつき合わされた高難易度クエストのクリア報酬として手に入れたアイテムである。ボスに止めを刺したプレイヤーがもらえるため俺はもらえなかった。俺はスマホを手に取ると、公式ページに記された赤字の続きである黒字を読んだ。

「安心しろミト。片翼は守られるみたいだぞ」

「な?」

きょとんとしているミトに、再度同じページの、赤字の下に小さく記されている文章を読ませた。

「国内プレイヤーランキング2位~5位の方は、《テンシノハネ》の片翼を自由にカスタム可能です、だと」

「てことは…おお!片方天使で片方龍か!いいなそれ!」

しょぼくれた顔が一気に華やかになった。相変わらず表情と心情のシンクロ率が常に100%なわかりやすい奴だ。

「あーでも、1位は?」

「――国内プレイヤーランキング1位の方には《トベナイハネ》を強制装備していただき、その片翼を自由にカスタム可能です、だと」

「てことは、アークでテンシノハネを装備してないのはスウザだけってことになるのか。何だそのプレミアム感漂う特別アイテムは」

「アップデートも終わったみたいだし、さっそくログインしてみようか」

ミトの言うことを軽くスルーしてログインする。「データ更新中…」というメッセージが表示され、画面の中央で白く細長いバーが円形に回転する。

「俺も早くログインしよう。龍と天使の翼を持つキャラクターなんてかっこよすぎて爆ぜちゃう」

「爆ぜろ。俺は《トベナイハネ》ってのがどんなのか気になって仕方がない」

「ひどっ」

画面中央で回転するバーが消えた。

「ん?」

バーが消えた画面には、新しいメッセージが表示されたのだが…。

「どした?」

「いや、これ」

俺はその表示メッセージをミトに見せた。そこには、赤い文字で『新トゥルースクエスト追加!』と記されていた。どうも変だ。こういうことこそ公式ページに記載しておくべきだろうに、なんでゲーム起動時にそれが表示される。

「へぇ、今度はどんなクエストなんだろうな」

トゥルースクエストとは、言ってみればそのゲームがクリアされるために用意された最高難易度のクエスト、メインシナリオである。例えば、ゲーム開始時から世界を支配している魔王、いわゆるラスボスを倒したりするのと同じ。ファンタジア・アークでは、2年前に最初のグランドクエストを誰かがクリアしてから、今回で2つ目のクエストとなる。

「気になるな。とにかくやってみるか」

俺はパスワードを入力してゲームにログインするなり、新着クエストを受注できるアイコンから『新グランドクエスト序章:世界浸食』と記されたクエストを受注した。すると画面は暗くなり、不気味な、赤紫色の幾何学的な紋章をバックに、画面下から上へと、ゆっくり文字が流れ始めた。



『天使の都、レミューリア。我ら悪魔の山脈、ハデスゲート。そして特異体質の寄せ集めが住まう城、スタンスレイ。この3つの勢力が所有する地の他に、新たな大陸が発見された。大陸というより、《世界》と称したほうが適切だろう。発見されたとは言ったものの、異次元を覗き込む魔術が開発されてから発見された世界である。そこは独特な文明を築き、文化を作り上げ、奇妙な技術によって発達した生活を送る民族がその土地を汚染している世界だった。一見して天使に酷似しているが、翼をもつ者がおらず、天使とも我々悪魔とも違う。民族の違いで言語も異なるらしく、我々との意思疎通を可能にするためには、言語を統一化する魔術を別途に開発しなくてはならない。だが今の我々の状況を考慮するに、無駄な時間の浪費は避けねばならない。よって、興味深いがその次元の生物たちは無視することが最善だと考えられた。しかし、それぞれ言語の違う民族の中に、その世界で唯一、我々と同じ言語を扱う民族が存在した。その事実を確認すると、計画実行に不可欠である魔力を持たない『人間』と呼ばれる個体がこの民族であることも同時に確認した。我々は、《禁忌とされている高等魔術》によって、その民族が住まう地上を反転させ、この世界と融合させることに成功した。しかし、別次元への介入という前例のない魔術使用を行ったため、場所をハデスゲートと限定して融合させることができなかった。スタンスレイやレミューリア、あるいはそのどちらでもない結界の外に融合させてしまったのかもしれない。もしそうであるならば、今計画は失敗に終わったと言えよう。結界の外に出てまで人間を捜索するのは、メリットよりもデメリットが大きいため、実行の可能性はごくごく低いものである。

 報告書として、禁忌魔術にも触れておく。今回使用した魔術は《デザイア》。太古から伝わる魔術であり、《メサイア》と対をなす。これは、生死を問わず、別次元、冥界への扉すらもこえて対象を強制移動させるという強力すぎる魔術である。用途としては、戦闘中に敵を脱出不可能な空間へ幽閉するなど。しかし、冥界が関与するとあって、魔術発動の代償は壮絶なものを伴い、また術者も相当な実力を兼ね備えていなければ、術式の構築条件すら満たせない。その条件の厳しさ故、禁忌とされている魔術の中では比較的実戦向きではない。今回の地上反転の際も、上級術者が合計で32人命を落とした。それほどまでに危険かつ強力な魔術であるが、術を無力化される弱点が2つ存在する。1つは、デザイア発動と同時にメサイアを発動され、術そのものを無力化されること。メサイアについては、今報告書の本題からそれるため記載しない。もう1つは、デザイア発動後、対象の真上に現れる結界を破壊されること。今確認している弱点はこの2つである。しかし、前者の場合、術を発動する両者が同じほどの実力を持っていることが前提とされる。もしもどちらかの実力が劣っている場合、劣っているほうの術だけが消滅する。後者の場合、3万の摩軍を一瞬で消滅させるほどの魔法で攻撃しなければ、理論上は起こりえない。よってデザイアには現実的な弱点などほぼないと言えるが、可能性は0ではないため、ここに記しておく。

以上を今計画の報告書とする。』



延々と流れる文字列がやっと途絶えた。これが今回のクエストのシナリオ?前回のグランドクエストと比較してもそうだが、アップデート前のすべてのクエストと比較しても、圧倒的に手の込みようが違う。ミトが途中で干からびるほど難しいシナリオは今までなかった。

「――ぁ、おわったか…。目がしょぼつく」

「あぁ。天使と悪魔と特異体質がなんたらってのは俺たちがゲームを始めた3年前からあったけど、なんだか今回のクエスト、話が妙にリアルな気がしないか?」

「確かに…。ネットゲームのシナリオもだんだん高度になってきたな~」

ミトの言う高度なシナリオには、確かに俺も単純にすごいと思うところがあった。しかしなぜだろうか。ただ単にシナリオが高度なだけではない、別の何かを感じ取ったような気がするのは。

 画面を見ると、「NOW LOADING」の文字がちょうど消えたところだった。数秒待つと、今度は画面中央に「TRUTH QUEST」と文字が浮かび上がり、同時に運営からのメッセージが表示された。

『このクエストは、国内ランキング1位のプレイヤーが序章をクリアするまで、2位以下のプレイヤーのクエストを受注ができないようになっています。国内ランキング1位のプレイヤーがクエストを失敗した場合、2位以下のプレイヤーの進行可能クエストリストから、このクエストは消去されます』

…………んなあほな。

「はあ!もしそうなっちまったら今回のアップデートはただ羽を強制的に生やされただけになるじゃねえかスウザしくじるなよ絶対!」

俺がミスるとプレイヤー全員がトゥルースクエストを受けられなくなるのはまずい。かなりまずい。だが、しかし……今回のアップデートは何から何まで不可解だな。

「――なあミト。さすがにおかしいと思わないか?」

「おかしい?」

「クエストの進行に制限をかけてどうする。もし俺がゲームをプレイする時間がなかったとして、クエスト受注どころかログインすらしなければ、他のプレイヤーは永久にトゥルースクエストを進行できない。それに俺が失敗しても同じ結果になるというのも意味が分からん。アイテム強制装備に加えて、もし今回のアップデートの目玉ともいえるトゥルースクエストも進行できないとなれば、運営へのクレームは相当なはずだ。だってほとんどのプレイヤーにとってはデメリットしかないからな」

言われて、ミトも確かに、といった表情でうなずいた。

「このアップデートでメリットがあったのは、国内ランキング5位までのやつらだけ。装備している翼の片方が違うのは一目でわかる。でも…6位から10位あたりのやつらかな。そいつらからすれば、トップ10には入っているのにランキング外の弱小プレイヤーと同じ翼を装備しなくちゃいけなくなるわけだ。フレンド以外のキャラクターレベルを確認できないこのゲームでは弱いやつだと思われてしまう。納得いかないって言いだしてもおかしくはない話だな。それにトゥルースクエストも進行できない……踏んだり蹴ったりかよ」

「そう、5位と6位の差が大きくなりすぎるってことだ。だから運営にはそのレベル帯のやつらからのクレームが殺到するはずなんだが――」

ぶるるる…。俺の言葉を遮るように、ミトのスマホから着信のバイブ音がした。

「あ、すまん。…もしもし。え?あーいや、だって――そうじゃなく――だからちがっ……はいはい。はい!わかったから!それじゃあ」

ミトの口調から察するに、おそらく通話相手はミトママだろう。よくお世話になっていて、いつもとても親切にしてくれる人だが、ミトが相手だと人が変わったように容赦しなくなる。ミトが今反論できずにいた(することを許されなかった)のがその証拠だ。

「ミトママか?」

「あぁ。いつまで外ほっつき歩いてんだって怒られた。まだ何も食ってないってのに…」

「そうだな。それにしても、注文したもの来るの遅くないか?」

「言われてみれば確かに―――」

オーダー品がいつまでたっても来ないため、何気なくあたりを見回してみると…店の中が変にざわついていることに気が付いた。

「何か、あったのか?」

「クエストに夢中で辺りは気にしていなかったからな…」

「ミトは途中から寝てたよな」

それはもうぐっすりと。

「そんなことより、何があったのか気にならないか?」

気にはなるが話を逸らすな。

「はぁ……店内で何かあって、そのことについて客がざわついているなら、ある一点に皆注目しているはずだ。でもそうでないのに同じタイミングでざわついているってことは…何か面白いニュースでもあったのか」

「そういうことなら――丁度いいことに、新着ニュースを観覧できるアプリ持ってるぞ」

「あぁいや、ニュースでもあったのかっていうのは例えばの話であって…」

話を聞かないミトからおもむろに傾けられたスマホの画面には、『大人気MMORPG・ファンタジ…』という見出しがついた記事が大きく取り上げられており、「New!」マークがついていた。ファンタジア・アークはニュースアプリのトップ記事に取り上げられるほど有名なのか。だとしたら、そのユーザーランキング日本1位である俺のところにインタビューとか何かしら来てもいいと思うのだが…っていかん。

「ニュースではないようだな。この店にいる客全員が同じオンラインゲームにはまっているとは思えないし」

「そうかー。なんなんだろうな」

そういってミトがスマホをポケットにおさめようと手を引いた瞬間、画面に動きがあったようにうっすらと見えた俺は、念のため再びそのアプリの記事を見てみることにした。

「ちょっと待て、ミト。もう一度画面を見せてくれないか?」

「ん?ほい」

見ると、そこには先ほど画面の一番上にあった最新記事が少し下に下がり、新たに違う記事が最新ニュースとして追加されていた。

『速報!空に正体不明の幾何学的紋章!』

背中に悪寒が走った。そんなこと、万に一つもあるわけがないのだが。

「面白そうなニュースだな。見てみよ」

ミトは好奇心旺盛な少年の顔をして画面をタップした。

『20時10分頃、東京都上空に謎の巨大紋章が出現。地上から一定の高さを保持しつつ巨大化しており、自衛隊とみられるヘリが調査を行っている。ヘリがその紋章の中央を通過したことから、空に描かれたその紋章に物質としての質量は無いとみられる。雲がないため地上の映像が空に投影されたとは考えにくく、また東京都全域を覆うほどの映像を映し出せる装置など存在しないため、この紋章は現段階の科学では証明できないものである』

この記事に記されていることの意味が分からない。

「なんだかよく意味の分からないニュースだな。こんな話があるかっての」

そう、ミトの言うとおりだ。こんなことあるはずがない。

「お、まだ続きがあるみたいだな。…人工衛星が撮影した紋章の拡大写真?」

しかしあまりにもタイミングが重なりすぎている。アークのアップデート…新グランドクエストのシナリオ…。

「……スウザ、この写真の紋章って――」

そしてそのシナリオの中にあった「人間世界の反転」、さらにそれと同タイミングで東京上空に現れた、科学で説明のできない紋章…。それはおそらく――




「「…デザイア」」




不自然な角度で、店の窓に光が差し込んでくる。車や外灯の光などではない。店内に悲鳴めいたざわめきが響いた。それに反応して振り向いた俺がもう一度窓の外に目を向けた時には、遠くの空に、広がっていく赤紫色の魔方陣のようなものが浮かんでいた。

初めまして、AGEエイジと申します。

まず最初に言っておきたい・・・というか謝罪させていただきたいのが、あらすじがあらすじになってないことです。あれ軽いネタバレになってますよね。ほんとに申し訳ないです。

はい、ということでここからしっかり後書いていきましょう。

今回はスウザくんとミトくんのゲーム回のようなものでした。この1話だけで2人がどれほどチートキャラなのかご理解いただけたと思いますが、後々公開される、ファンタジア・アーク内での2人を皆さんにご覧いただくことによって、なぜそんなに強いのか、知っていただきたいと思います。意味もなく強いなんて面白くないですものね。そうなった理由がないとつまらないです。

ということで、次回2話では空のアレをがどうなっていくのか、ご期待ください!それでは、ばいばい!

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