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俺は君が  作者: 須方三城
5/7

いわゆる夜襲だってよ


 あの自宅デートから、何かがおかしくなった。

 それだけはわかる。


「勉強はそこそこできるけど、本当に馬鹿だよね。真性だよ」と栄太に罵られ続ける俺でも、それくらいわかった。


 華城の様子が、おかしいのだ。


「……顔色悪いよ、大丈夫?」

「あ、ああ……」


 講義の合間の小休憩。

 俺と華城は同じ講義を受けるべく、隣同士の席に座っていた訳だが……


 華城はピッタリと俺により添っていて、こう嬉しいんだけど、周囲の視線が痛い。

 講堂でイチャつくんじゃねぇ、と完全に公害の原因でも見るような目で見られてる。


「ってかこれ、大丈夫なのか? ……毛」

「大丈夫……机で死角になって、見えないから」


 長机の影。

 俺の足とか腰の辺りに、しゅるしゅると華城の毛が巻き付き、蠢いている。

 何か華城的には、手をつなぐのと同じ様な行為らしいが、結構キツめに縛り上げてきている。

 離すものかという覚悟が感じられる。


 ここ数日、こんな感じだ。

 以上にすり付いてくるというか、何か、華城らしく無い。

 距離感が急接近し過ぎだと思う。

 いや、まぁ嬉しいんだけど、急過ぎて正直驚いている。


 これは、アレだろうか。

 俺に心を開いてくれた、と見て良いんだろうか。

 ……いや、何かが違う気がする。

 確かに、俺への好意は痛い程伝わってくるんだ。


 でも、何か、必死な雰囲気を感じる。

 何かを恐れている、そんな感じがするんだ。

 必死に大切な物を守ろうとしている子供を彷彿としてしまう。


 心を開いてくれているのは事実だろう。

 だが、それと同時に、とある疑念を抱かれてしまった様だ。


 それについて察しがつかない程、俺は鈍感では無い。


 華城はおそらく、俺が華城から離れていく事を、恐れている。

 俺を本気で好きになってくれたが故に、そう考える様になってしまったんだろう。


 嬉しい反面……少しだけ、ショックだ。

 俺が、そんな事をする奴だと思われているなんて、本当にショックだ。

 今すぐ筆箱内のカッターで腹をカッさばいてしまいたいくらい凹む。


 華城に一点でも疑われる要素があるなんて、俺としては大問題だ。


 でも、きっとそう思ってしまったからには、理由があるんだろう。

 確かに、俺は生真面目とは言い難い。

 人によっては、「チャラい」と形容される可能性も充分にある。

 いつの間にか、華城を不安にさせる様な行動を取っていたのかも知れない。


 ……そうだ、昨日、料理サークルの女子グループに勧誘されて、少しばかり談笑した。

 あれを浮気の兆候と見られてしまったのでは無いだろうか。


 おいおい勘弁してくれ華城。

 そうなると俺は、異性との交友関係を全て廃絶しなきゃならなくなるぞ……

 ただでさえ多いとは言えないアドレス帳登録件数やラインの友達登録数が減るのは寂しい。


 いや、でもそれくらいの誠意を見せろって事なのか……?

 そんな事しなくても俺の愛は揺るがないのに……


「何か……考え事……?」

「……いや、まぁ、何だ」


 華城を不安にさせたくない。

 でも、友達だって失いたくない。


 恋人関係と友人関係を両立できないなんて事は無いはずだ。


 つまり、これからの俺の努力次第。


「……俺、頑張るよ」

「……? 何を?」

「何でもだ」


 君を不安にさせたままでは終わらせない。絶対にだ。

 俺はただ誠心誠意、君に愛を示そう。


 君が、俺を信じてくれる様に、心の底から。





「……とは言ったものの、精神的に辛いなぁ……」


 夕日が焦がす川を見つめながら、俺は川原に座り込んで溜息。

 俺がガキの頃は、とても綺麗な川で魚もたくさんいたんだが、今ではすっかり水質汚染が進んでしまっている。

 多分もうザリガニか、そういう水質でも平気なたくましい外来魚しかいないだろう。


 昔は、近所の連中と一緒にここでよく遊んだっけか。

 あの辺にボロっちい橋もあったのだが……3年くらい前に倒壊してしまったという話だ。

 超ボロかったしな。

 元々必要性の薄い橋で、無ければ困るという利用者もいなかったのだろう。

 修理や新築される様子は無い。


「あーあー……」


 最近、放課後はいつも華城と一緒だ。ほぼ毎日がデート状態だった。うはうはである。その華城の積極性が、俺への疑念から来ているという点を除けば。

 そして、今日、華城はどうしても出かけなければならない用事があると言って帰ってしまった。


 んな訳で、さっきから5分置きに華城からラインメッセージが届いてる。

 どんだけ心配なんですかチクショウ。

 俺そんなに信用無いですかコンニャロウ。

 そろそろ泣くぞバカ野郎。

 好きな子に疑われるってのが、どれだけ心抉られる事かわかっているんだろうか。


 まぁ全部ちゃんと返信するけどね。

 こうしてちゃんと対応していけば、その内疑いは晴れるはずだ。

 いつの日か、信用してくれる。

 俺が華城以外になびくなんて有り得ないという事を、理解してくれる。

 それまでの辛抱だ。……もう正直、血反吐吐きそうだが。


「……俺、そんなにチャラいかな……」


 とりあえず頭丸めてみようかな……あ、でも月曜日って大抵の床屋は定休日か……とか思いつつ、適当に拾った小石を川へと投げ込んでみる。

 その行為に深い意味は無い。

 軽くでいいから、物に当たりたかったのかも知れない。


「あーあ……華城が読心術とか体得してくれたらなぁ……」


 そうすればすぐにでも俺の意思をわかってくれるのに。


 ちょっと石を積んで神様にお願いしてみよう。


「どうか華城に心を読む能力を……」

「……夕暮れの河川敷で石を積む大学生って、軽いホラーだよね」

「!」


 聞き覚えのある声。


「栄太!」


 ここしばらく、学校も休んでどっか行っていたチャラい投石兵、栄太だ。


「や。ライン見たよ。おめでとう」

「おう! ……でも、な……ちょっと雲行きが怪しいわ……」

「そうみたいだね」


 よっこいっしょ、とつぶやき、栄太が俺の隣に座る。


「この河川敷で肩を並べて座るの、久しぶりだね」

「だな。小学生以来か」

佐ケ野さがの山本やまもともいたら完璧だったね」

「あの頃の再現だな。そういや中学卒業してから会ってないな。あいつらも元気かな」

「ああ、佐ケ野は何か失踪したらしいよ」

「はぁ!? それそんな軽いノリで言う事か!?」

「まぁ噂だけどね」

「縁起でも無い噂だなおい……」


 人を勝手に失踪させるなよ……

 呆れてついつい溜息が溢れる。


「そうそう。葉助には悩み顔よりそういうヤレヤレ顔のが似合ってるよ」


 ……どうやら、栄太なりに気をつかって、適当に衝撃的な話題をブチまけてきただけらしい。

 そらそうだ。佐ケ野は結構ノー天気な奴だったし、失踪なんてするはずもない。


「……ありがとな」

「素直にお礼言われるとキモイね」

「この野郎……」


 俺は割と礼は素直に言う質だぞ全く。


「でもな、似合わなくても、悩むべき時だと俺は思うんだ」


 そう。これは、決して背を向けていい問題では無いんだ。


「そ。ま、そういう考えも葉助らしいっちゃ葉助らしいよ」


 その時、ラインのメッセージ着信音がなる。


「っと、悪ぃ」


 多分華城だ。


 ……「髪の毛料理の新レシピ、母に教えてもらったよ、今度作るね」か。

 これ、毛倡妓の事知らない人が見たら大分猟奇的なメッセージだよな。


「毛倡妓?」



 ……え?


 今、栄太の口から、「毛倡妓」の名が出た気がする。

 気のせい……では無いはずだ。俺は聴力には自信がある。


 まさか今、俺思わず心の声が口から…!?


「あ、安心してよ葉助。葉助は喋ってないよ」


 ……は?

 何か、俺の心の声と会話成立してる気がするのは、気のせいか?


「気のせいじゃないよ」


 にっこり、と栄太が笑う。


「いやぁ、葉助にこの話をできる日が来るとはね。ま、葉助なら『妖怪』でも簡単に受け入れるだろうとは思ってたけど」


 妖怪、受け入れる。


 その2つのワードで、俺はすぐにピンと来た。

 その答えを肯定する様に、栄太の笑みが濃ゆくなる。


「そだよ。僕も妖怪。『サトリ』って種族のね」

「妖怪って……」

「まぁ、見た目は人間と変わらない妖怪って多いからね。でも、人間とは決定的に違う能力がある。僕は『心の声を悟る』妖怪。だからサトリ。まんまっしょ?」

「心の声を悟るって……」


 要するに心が読めるって事か。


 ……何故華城とこいつの能力が逆じゃなかったんだ……!

 って、今はそういう問題じゃないか。


「って事は……」

「そ、僕がいちいち葉助の心を抉る暴言を吐けるのは、心が読めるからだよ」


 ……良い笑顔してんなこいつ。

 殴って良いか?


「ダメ」


 この野郎。


「いやぁ。まぁいつバラしても良かったんだけどさー。どうせ葉助は僕が覚だろうが鬼だろうが態度変わんないだろうし。でも共定局のルールがね。この辺も華城さんから聞いてるっしょ?」

「ああ」


 妖怪である事を教えていい制限の事、だろう。

 華城を受け入れている事で、俺は自動的に他の妖怪の事も聞ける状態になっている。

 だから、栄太はこのタイミングで自らが覚である事を明かしたのだろう。


「いや、でもな。態度変わらんって……流石に心読める奴が相手だと俺だって……」


 ……いや、でもこいつに隠す様な事って特に無ぇな。

 昔っからの付き合いだ。お互い、大抵の事は知っている仲だし、知られて特別困る事も無い。


「でしょ?」


 栄太がケラケラと笑う。


「僕が覚でも人間でも、葉助は特に何も変わらない。その辺は信用してるよ」


 どうも……って、待てよ……


「って事はお前、中学の時、俺が告白する相手が俺をフるのもわかってたのかよ?」

「うん。だからあの時は全力で止めたじゃん」


 ……確かに。それを振り切ったのは俺だ。


「華城さんに関しては、どう出るかわからなかったからねぇ。強く止めはしなかったけど、正解だったね」

「ああ……」

「にしても、華城さんは毛倡妓だったのか」


 どうやら、心が読めると言っても、その時のリアルタイムで思っている事しか読めないらしい。

 隠し事は何もかも筒抜け、という訳では無い様だ。


「うん、そうだよ。遡って心が読める程万能では無いね。……ところで、華城さんが毛倡妓だったって事は……噂の求愛行動とか?」

「されたよ」


 そして受け入れて見せたさ。


「流石だね。ふむふむ、で、そこからの流れで、華城さんに疑われて悲しい虚しいと」


 俺がふと考えたここまでのダイジェストを読み取り、現状を完全に理解したらしい。

 ……もう何か、わざわざ声に出して会話するのが馬鹿らしくなってきたな。


「よく思われるよそれ。でも寂しいから会話にしてよ。キャッチボールキャッチボール」


 投石兵がよく言うよ……


「その投石兵って異名も中々息が長いよね。僕そんなに辛口かなぁ、ギリギリを攻めてるつもりなんだけど」

「ギリギリって、ギリギリアウトの方だろ」

「正解」


 本当楽しそうに笑いやがる。

 これでこっちの心を読めているというのだから質が悪い。


「まぁ、僕から助言するとすれば、もうこれは直球で伝えるしか無いんじゃないかな」

「それが手っ取り早いだろうけどさ……信じてくれっかなぁ」


 俺は浮気なんてしねぇ!

 そう全力で叫ぶのは簡単だ。

 でも、それで信じてもらえるだろうか。


 だって、華城には俺が怪しく見えているんだろう?

 明らかなヤクザ顔のおっさんが、「俺は犯罪なんてしねぇ!」って叫んでも、逆に怪しまれやしないか。


「信じてもらえるまで、何度でも叫べば良いじゃない。単細胞的単純な手法だけど、葉助には丁度良いと思うよ」

「そんな簡単なモンか……?」

「かーっ……歳を取るってヤだね。昔の葉助なら2つ返事で実行してたよこれ」


 お前、昔の俺を馬鹿にし過ぎだろ。


「まぁ、僕が華城さんの心を読んで、葉助をナビゲートって手もあるけど……それは、葉助的にオーケーなの?」


 彼女の心を読み、上手く誘導する、という事か。

 ……それは、何か彼女を騙している様な気がする。

 俺は「信じ込ませたい」んじゃない、「信じてもらいたい」んだ。


「でしょ? だったら、もう直球しか無いじゃん」

「…………」

「ま、助言は助言だよ。どうするかは葉助次第。いつだって、葉助は自分の事は自分で決めて来たでしょ?」

「……まぁな」


 ま、やれるだけやってみるか。

 今の俺には、妙案が浮かびそうな雰囲気は無い。


 直球で伝えよう。

 俺は浮気なんてしないから、安心してくれって。

 それでダメだったら、また悩むとしよう。


 そう決めて、俺は華城にメッセージを送った。


「何時になっても良い。用事が終わったら、会えないか。大事な話がある」と。


 ……でも慌てさせてもアレなので「あ、いや別に明日でも良いけどね」と追伸しておこう。





 突然、大事な話って何だろう。


 ……まさか、そんな事、無いよね。


 …………でも、ここ最近の私の行動が、ウザいとか思われてたら……?

 彼を逃がすまいとする行動が、裏目に出てしまっていたとしたら?

 最近、彼の元気が無いのは、私への嫌悪感が原因だったとしたら?


 …………嫌。

 そんなの、嫌。


 だって、私は……


 ―――楔よ―――


 !


 ……そうだ、楔だ。

 楔を、打ち込めば良いんだ。






 あれから、華城の返信は無い。

 既読は付いているから、読んでないって事は無いだろうが……


 ちょっと消化不良気味な感覚を覚えつつ、俺は風呂から上がった。


 さて、どうしたものか。

 もう返信は無いと諦めて寝てしまうか、それとも待つか。


 まぁ待つしか無いわな。

 部屋の明かりを付けて、テレビでも見ながら……と俺は部屋の電気のスイッチに手を伸ばした訳だが、直後、止まった。


 おかしい。


 薄暗い部屋の中、カーテンが、はためいている。

 窓は閉めていたはずだ。

 なのに、何故?


「え?」


 不意に、ゾクッとした何かを感じた。

 悪寒、と言えば良いのだろうか。

 直後、俺の足に、何か心地良い物が触れた。

 筆で肌をなぞられる様な、こそばゆい感触。


 それを心地良いと思えたのは、一瞬だけだった。


「む、がふっ!?」


 何が起きた?

 わからない。

 俺に今理解できるのは、糸の様な物で全身を縛り上げられ、壁に叩きつけられたという事実だけ。


「ぐ、ふぅ……!?」


 口にも、その細い何かが猿ぐつわの様な形で噛まされている。声が出せない。


「怯えなくて良いよ」

「!」


 カーテンが大きくはためき、月光が室内の闇を払う。

 そして、俺は気付いた。


 いつの間にか、室内にとある人物がいた事に。


「驚かせて、ごめんね」

「ふぇ、ひょう……!?」


 猿ぐつわのせいで上手く発音できなかったが、そこにいたのは、紛れもない華城そのものだった。

 俺を縛り上げ、声すらも殺させているのは、華城の髪だ。


「は、ふぁひほ……!?」


 一体、華城は何をしているんだ。

 多分、隙間から髪の毛を差し込んで窓を開けて、室内に侵入したんだろうな、ってのはわかる。


 でも、何故だ?

 何故無断で侵入なんて行動に出て、さらには俺を縛りあげてるんだ?


「ふ、ぐ……」


 痛い。髪の毛が、キリキリと俺の肌にめり込む。

 まるで、泣きじゃくる子供に必死にすがり付かれている様な……


「い、いきなりこんな事されたら、恐いよね……本当に、ごめんね……」


 恐いって言うか、訳がわからん。

 一体何がどうなってこんな状況に至ってんだ俺。


「……その……もう……こうするしか……無いから……」


 そう言って、華城は俺の元へと近付いて来て、しゃがみこむと、俺のズボンに手をかけた。


「ふごぅ!?」

「あ、暴れないで……」


 アホか、暴れるわ。暴れる君もびっくりなくらいジタバタするわ。

 しかし、俺を拘束する髪の毛が増え、そのもがきも封殺される。


「ふぇふぉう!? ふぁひほ!? ふぶぅ!?」

「そ、その……だって、こう、その……『アレ』をしてしまえば……その……」


 アレって何だ。そのアレってのは俺のズボンを下ろさなきゃできない事なのか。

 いくら華城が相手でも、俺は女性の前で下半身を顕にする勇気はまだ無いぞ。


「アレさえしてしまえば……その、既成事実というか…その……」


 既成事実……って、まさか……

 いや、待て、華城がそんな事をするはずがない。

 だって華城だぞ、おしとやか系女子代表だぞ。大人しい小動物系女子筆頭だぞ。


「に、肉体関係さえ持ってしまえば……こっちのものだって……」


 よし、死力を尽くして暴れよう。

 今の華城は何かおかしい。


「あ、ぅ……そ、その…嫌……なの……?」

「ぅ……」


 ……その言い方は、卑怯では無いでしょうか。

 嫌な訳が無い。

 そういう行為は、一種の愛の形だ。

 愛があるからこそ、越えて良い一線だ。

 そりゃもちろん、華城と愛を育む事に俺が拒否反応を示すなんてありえない事だ。


 でも、ケースバイケースって奴なんだ。

 こんな状況で、その一線を越えて良いはずがないんだ。


 万が一の時、俺には『責任』を取れる社会的能力が、まだ無い。

 バイト代で生活費は工面しちゃいるが、寮賃は親に負担してもらっている、中途半端な人間なんだ。

 そんな状態で、踏み込んで良い領域じゃないんだ。


 だから、今は抵抗しなければいけない。

 でも、決して嫌な訳じゃないんだ。むしろ嬉しい限りだ。

 社会的なしがらみさえ無いのであれば、俺の方から押し倒してるくらいだ。


 ああクソ、口の奴取ってくれマジで。

 このまま抵抗だけをするのは、華城を傷つけてしまう事になりかねない。

 口で説明させてくれ、頼むから。


 しかし、俺の祈りは届かない。


「……やっぱり、大事な話って……そういう事だったの……?」


 え、何? 何がそういう事なの?


「私じゃ……ダメなの……?」

「っ」


 心臓が、止まるかと思った。

 いや、止まってくれた方が、マシだった。


 胸の内側から、引き裂くような痛みが俺の表情を歪ませる。

 こんな苦痛、耐えられるはずが無い。


 だって、華城が、泣いているんだ。

 とっても悲しそうに、ボロボロとでっかい涙を流して、顔も真っ赤にして、泣いてるんだ。

 華城の苦しそうな嗚咽が聞こえるたび、俺の心臓が妙な鼓動を刻む。


「私……土門くんに好きって言ってもらえて、本当に嬉しかったのに……土門くんの事、好きなのに……」


 顔を覆って、華城はその場にヘタリ込んでしまった。

 その光景が、俺の胸を無限に抉り続ける。

 勘弁してくれと、こっちが泣き叫びたい程に、絶え間ない激痛が襲いかかってくる。


「初めて……そう思ったのに……! 私には、もう……土門くんしか、いないのに……!」


 ……わかった。そういう事か。

 華城は今、致命的な勘違いをしている。


 俺が言う大事な話を、「別れ話」か何かと勘違いしてしまっているんだ。

 そして、俺が華城の誘惑に対し抵抗を見せたから、その勘違いを確信してしまった。


 何故そんな馬鹿な勘違いを?

 俺が君に別れ話を切り出す様な要素が、一体どこにあるんだ。


 叫びたかったが、声が出せない。

 全身を縛る髪の圧力が増し、気道が圧迫されているせいだ。

 息をするのがやっと。


 苦しい。物理的にもだが、泣き崩れる華城を見ている事しかできない現状が、苦しい。

 こんな苦痛を味わうくらいなら死んだ方がマシだと、心の底から思う。

 猿ぐつわが無ければ迷わず舌を噛み切ってる所だ。


「っ……く……」


 不味い、酸欠起こして意識が朦朧としてきた。


 このままでは何も言えず、意識を失っている間にヤられてしまう。

 そんなん嫌だ。せめて意識がある状態で……ってそういう問題じゃねぇんだってば。


 華城、頼む。猿ぐつわを解いてくれ。

 俺に、弁明をさせてくれ。


 君に、言わせてくれ。

 俺は君が好きだから、と。


 それだけでいい。それだけの言葉で、伝えてみせる。

 だから、頼む。


「……やっぱり……これしか無いんだね……」


 涙を流しながら、華城はその手を俺へと伸ばす。


 ダメだ。やめてくれ。

 俺は、こんな事を望んじゃいない。


「……私……土門くんと離れたくない」


 離れるものか。

 例え泣いて頼まれたって、離れてやるものか。

 俺だって、そう思ってるんだ。

 頼む、華城。俺を信じて……っ……


 ……そうか、君は俺を、信じられなかった。

 それが、この事態を招いた原因なんだ。


 だってそうだろう。

 俺が、華城に信頼されるに足る人間だったなら、華城は不安なんて感じなかったはずだ。

 こんな事、しようとは思わなかったはずなんだ。


「……私と、1つになろう」


 俺の不甲斐なさが、君を暴走させたのか。

 君が泣きながらこんな事をする様な未来を、作ってしまったのか。


「忘れられない……夜にしようね……」


 悔しい。自分の、不甲斐なさが。

 俺は、好きな女の子1人安心させる事もできない、所詮その程度の男だったってのか。


 悔しいに決まってるだろ。

 全身の筋肉が悲鳴をあげるくらい、自分への怒りが体中を駆け巡る。

 涙が止まらない。情けない。自分自身が。


 きっと、本当に忘れられない夜になるだろう。


 俺は己の無力さを、華城は無理矢理こういう事をしたという事実を、この夜の記憶と共に永遠に後悔する事になる。


「……っ……」


 受け入れたくは無い。

 そんな未来を。だって、虚しいじゃないか。


 俺は、君ともっと明るい未来を生きたいと、願っているのに。


 ……全部、俺のせいだ。

 ……本当、自分自身が情けない。


 俺は、君に信用されるに足らない無力な男だった。

 そして、過ちを犯そうとする君を、止める事もできない。


 ……それでもだ。

 それでも、俺は君が、大好きだ。大好きなんだ。

 それだけは、わかってくれ。


 これから先、例え悔やみきれない後悔の中でも、俺は君を―――



「そんなんで良いの? 葉助」


 その声は、突然に飛び込んで来た。


「っ……誰……!?」


 その声を、俺はよく知っている。

 朦朧とする意識の中でも、はっきりと誰の声かわかるくらい、知っている。


 栄太だ。

 華城が開け放ったであろう窓から、栄太が室内に入ってきたのだ。


「……あなたは……土門くんの……」

「ああ、高校時代から一応僕の事も認識してくれてたんだね。そうだよ。勇鳥いさとり栄太えいた。君の元クラスメイトで……」


 栄太の表情には、違和感があった。

 そうだ。いつもと違う。

 いつも栄太は、笑っていた。


「葉助の親友だよ、クソッタレ毛倡妓」


 恐ろしい程の、『怒り』が張り付いていた。




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