いわゆる一世一代の大勝負ですね
今日、この土門葉助は一世一代の大勝負に出る。
戦いだ。決戦だ。
後には退けない、退く気も無い。
そんな訳で俺は、約束の場所へ向かう。
目指すは、俺が通う大学の体育館裏だ。
「……ねぇ葉助、僕にはお前が早まっている様にしか見えない」
そんな感じで水を差したのは、俺の後に付いて来るチャラ男。
まぁ見た目がチャラ付いてるだけで、中身は意外と生真面目な奴だが。
勇鳥栄太。
俺のガキの頃からの友人だ。
「だって、昨日入学式やったばっかだよ?」
「栄太……もうこれ以上、先送りにする理由は無いんだ」
「いやいやいや葉助、良く考えて」
はぁ、と栄太は呆れた様な溜息。
何だよ、何か文句あんのかよ。
「先送りも何も、葉助、華城さんとロクに口もきいた事も無いじゃん」
「うぐ……」
「それで告白って、もう『時期尚早過ぎるよこの早漏野郎!』以外に何て言えばいいかわからないよ」
「お前、結構キツイこと言うよな……」
もうちょっとソフトな言葉の投げ方ってモンがあるだろう。
お前の投げ方はキャッチボールのそれじゃない。相手を殺しに行っている。投石兵かお前は。
……だがまぁ、栄太の言う通りでもある。
俺はこれから、自分の中での『片思い』にケリを着けに行く。
そう、いわゆる告白という奴を、するのだ。
相手は、高校3年間同じクラスで過ごした少女。
その名も、華城霊来だ。
真珠の様な美しい漆黒の長髪が特徴的な、良い匂いがしそうでしょうがない清楚系女子。
身にまとっている雰囲気がやたら暗く、無口で無愛想なため周囲からの評価は低いが、俺は決してそうは思わない。
あまり人と関わらない、そのミステリアスな雰囲気。
無口無愛想と言うと聞こえは悪いが、いわゆるクールビューティーだ。でも小柄で何か小動物っぽいギャップ感。
高校時代、オニギリを両手で持ってモソモソと食べてた姿は、実に可愛らしいリスを彷彿とさせた。
もう今すぐにでも撫で回したいと思える程に可愛かった。
ちなみにその興奮を栄太に語ると、「うわぁ、キモイよ葉助。その良い笑顔がもう本当、こいつもう駄目なんだな感を演出してくれてる」とのコメント。
やっぱ投石兵だこいつ。
とにかく、華城は可愛い。クールなのに小動物かわいい。
何かこう、子リスが背伸びして狼気取ってる感じがもう胸にキュンキュン来る。
……そんな華城と、俺は3年間同じクラスに在籍していた訳だが……
俺は一度も、彼女と言葉を交わした事は無い。
俺はただただ、自分の席から窓辺の彼女を見つめる3年間を過ごした。
何故、高校生の内にアクションを起こさなかったか。
理由は、実に簡単な事だ。
恐かったんだ。『また』フラれるのが。
俺は、中学生の時に、とある女子に告白し、さっくりフラれた。
その時のショックが、彼女とお近づきになるために踏み出そうとする足を絡め取っていた。
「……それでも、俺はもう、迷わねぇ」
でも、俺は知ったんだ。
高校の卒業式のあの日、本当に、心の底から思い知った。
傷つくよりも『後悔する』方が、苦しいという事を。
華城と一言も交わせぬまま、2度と会えなくなるかも知れないという感覚が、とてもとても虚しかった。
フラれた時なんかより、ずっと胸が苦しかったんだ。
そんな虚しさの中、俺は、進学した大学で彼女の姿を見つけたんだ。
「多分、フラれるだろうさ。わかってるよ。でもさ、これをきっかけに、友達くらいにはなってみせる」
もう、遠くから彼女を眺めて終わるだけの日々はごめんだ。
その後に待っているであろう後悔の圧迫感も2度と味わいたくない。
だから、俺は行く。
告白する。
告白しちまえば、もう嫌が応にも後には退けない。
華城だって、俺の事を記憶せざる負えない。
例え今はフラれるとしても、そこから活路を切り開いてみせる。
もう、今までの踏み出せない自分とは決別するんだ。
「……わかったよ、葉助。もう水を差すような事は言わない」
俺の心を読み取ったかの様に、栄太は微笑を浮かべた。
「後でせいぜい楽しい話を聞かせてね。しんみりした感じのはヤだよ。……んじゃ、頑張って」
そう言って、栄太は回れ右。さっさとどこかへ行ってしまった。
「……面白そうだから見物するー、とか言ってたくせに……」
しんみりした話は聞きたくない、それはつまり、そういう事だろう。
応援してくれるなら最初からそう言え、素直じゃない奴だ。
……さて、あいつの期待に添える様に、頑張らなければなるまい。
最低でも、「友達から始めましょう」展開には持っていく。
いや、目標を低く設定してどうする。
ここはもう「お試しでも良いから」と恋人関係に持ち込む覚悟で行くぞ。うんそうだそれがいい。
……いや、やっぱ友達狙いで行こう。
うん、欲張り過ぎてはいけない。
自信が無い訳じゃ…いや、ぶっちゃけ無い。
だって、俺に何がある?
少し、自己分析をしてみよう。
多分、外見的な要素は悪い方では無いだろう。日々努力している。地味と言われた事はあるが、ブサイクと言われた事は無い。
成績だって悪くは無い。兄貴に馬鹿にされると腹立つから、日々努力している。
性格だって……うーん……これは自己判断が難しい。
一応、人が嫌がる事は極力避ける主義だ。誰かから嫌われるのは、良い気分じゃないし。
性格が悪い、と言われる様な生き方はしていないはずだ。
うん、やっぱり俺には「悪くはない」はあっても「良い」が無い。
通信簿で言えばオールB、もしくはオール3。そんな感じ。
あーそうそう、たまにだが、まぁまぁ変態染みた所はあると言われるな。主にあの投石兵に。
多分、これは「悪い」だ。俺にはさっぱり何のことかわからんが。
……もう何だろう、むしろ俺なんかが誰かと交際して良いんだろうか。
果たして、その人に幸せな日々を、後悔の無い人生を提供する事ができるんだろうか。
でもそんな事を言い出したら俺、一生恋愛とかできなそうなんだけど。
うぅ……何か足取りが重くなってしまった。
逃げ出したくなってきた。
でもそうは行かない。
だって、俺はもう華城を体育館裏に呼び出している。
それに栄太にも激励を受けた。
退ける訳が無い。
……自分で退けない状況に踏み入っといてなんだが、辛い。
でも、俺は思い知ったはずだ。
ここで何のアクションも起こさなければ、こんな些細な苦しみよりも、ずっとキツい後悔が待っている事を。
行け、葉助。当たって砕けろ。いや、できれば砕けるな。
とにかく当たれ。
頑張れ。
自分を励ましながら、俺は決戦の地、体育館裏へと向かった。
華城は、既に体育館裏に来ていた。
ああ、相変わらず可愛い。
中学生かと思える様な小柄な体。ああ、抱きしめて頭を撫でたい。
何か不安気にそわそわしてるのも保護欲を掻き立てる。もうこの小動物っ子め。あざといぞ全く。
ってアホか。
何で不安がってるかって、アレ多分俺のせいだ。
だってそうだろう。
面識はあれど、一度も会話した事の無い異性にこんな人気の無い所に呼び出されたら、そら不安にもなる。
呼び出し方も、一方的に用件だけ伝えて逃げ出す様な形だったし。
色々考えてしまうだろう。俺だったら考える。
そして、多分告白とかされちゃうんじゃないかとか考えたりして、超そわそわする。
あんな感じになってまで、俺の呼び出しに応えてくれるとは、良い子だよ本当。好きになって良かった。
でも、可愛いからってあの状態で放置するのは駄目だろう。色々と。
意を決して、俺は華城に声をかける。
「お、おっす、華城」
「っ!」
ビクッ、と華城は過剰に反応する。
長い前髪の奥に隠れた瞳が、俺を見つめる。
「一体、私に何をする気?」と警戒している感じだ。
そんな警戒される様な事はしない。
ただ想いを伝え、そして一歩でも良いから近付きたい、それだけだ。
「あのさ華城、その、話があるって呼び出した訳だけど……」
「…………」
華城はやたら身構えている。
俺が何か妙な挙動を見せたら、即座に逃げれる様にしているだろう。
いや、だから変な事はしないから。
そもそも俺にそんな勇気は無いから。
「その……」
さぁ、言え俺。
想いを伝えろ。
もうこの際「好きです」の一言で良い。
それだけでも意図は伝わるはずだ。
この状況でそう言って伝わらなかったら、鈍感どころの騒ぎじゃない。
そして華城は、そんなラブコメ物のラノベ主人公みたいな鈍い奴では無いはずだ。
「えーと……実は俺は……」
さぁ、言うぞ、言ってしまうぞ。
喰らえ華城、俺の想いを。
「俺は」
「あの……ちょっと、いいですか?」
か細い、だがそれでいて可愛らしい声が、俺の言葉を遮る。
華城だ。華城が、俺に向けて言葉を発した。
初めての事だ。
初会話だ。
告白の腰を折られたが、それを帳消しにするくらい嬉しい。
「う、お、おう。何だ?」
「その……勘違いだったら、大変私がいたたまれない事になるんですが……」
胸元で指をいじりながら、ごにょごにょと華城が口籠もる。
心無しか、その顔が少し赤らんでいる様にも見える。
「もしかして……その……この状況は……噂に聞く、告白とやらをされてしまうのではないかと、その、思ってしまいまして……」
「っ!」
されてしまうのでは、というか、してしまうつもりなのだが。
何だ、まさか俺の口から「好きです」の一言すら言わせずフッてしまおうと言うのか。
ちょっと待ってくれ、それはあんまりでは…
「……あの……私なんかで、良いんでしょうか……」
……ん?
「わ、私、口下手ですし、その……一緒に居て面白い様なタイプでは……」
「……ちょっと待ってくれ」
何だろう。
あれ? 会話の流れが、何か予想と違う流れな気がする。
「え? 何? もしかして、華城的には告白をOKしてくれる感じ……なの?」
「OKというか……何と言いますか……嬉しい、とは思います……だって、そんな事言われるの初めてですし…」
おい、聞いたか今の。
今、この子、告白されたら嬉しいっつったよ。
こいつはとんでもない逆転ホームランの予感だよ。
念のため頬を全力でつねっておく。
うん、痛い。つぅか痛すぎる。歓喜の余り力入れすぎた。
とにかく夢じゃねぇ。
テンション爆上がりだこの野郎。
「華城! 俺はな…!」
「あ」
ふと、何かを思い出した様に華城が素っ頓狂な声を上げた。
「……やっぱ、ダメです。……お付き合いは、できません」
おい、聞いたか今の。
上げて落とすにも程があるぞ。
何だ、泣けば良いのか、今ここで。
「その……お気持ちは嬉しいです……すごく……でも……私は、あなたには言えない秘密があって……」
「秘密?」
「はい……多分それを知ってたら、あなたの方も……告白なんて、しようとは思わないですよ……」
秘密、とは何だろう。
実は腋毛ぼうぼうとかだろうか。
それとも自宅が借金まみれとかだろうか。
「……だから……」
「……関係無い……」
「……え?」
知ったことか。
腋毛なんぞ剃ったるわ。君が剃るのが嫌と言うなら腋毛ごと愛すわ。
借金とかヤバイってんなら俺が死ぬ気で働いて返すの手伝うわ。
何の問題も無い。
どんな秘密が待ち受けていようと、知ったことではない。
だって、それさえ乗り越えれば、君と友達どころか、付き合えるんだろう?
「教えてくれ、その秘密。どんな秘密だろうと、俺は絶対揺るがない」
「……でも……」
「俺は、君が好きだ」
「!」
「どこが好きかって言われると…まぁ、まず見た目の可愛さと、不思議な雰囲気だな」
「か、かわ……」
「ああ。仕草もいちいち可愛い」
あれ、俺何かとんでもない事を口走ってないか?
まぁいいや、もうとにかく押せ。退くな。
今俺にできる事は、ただひたすら押す事だ。
「君の事をよく知っている訳では無いけど、3年間ずっと見ていて、君と付き合えたらどれだけ楽しいだろうかと思ってた」
確かに、俺は、華城の事をよく知らないのかも知れない。
でも、この好きという気持ちには、偽りは無い。
何を根拠に好きと言うのか、それはわからない。
でも、とにかく俺は華城と共に歩む幸せな未来予想図を思い描くだけで色々ハッスルできる。
これを好きと言わずして何と言う。
一目惚れ、なんて言葉がこの世界には存在する。
フィーリングで恋に落ちるなんて、よくある事なんだ。
問題はそこから。
その直感任せの恋に、どこまで傾倒できるか。
恋ってのは、頭で考えてどうにかなるモンじゃない。
とにかく飛び込むんだ。例え、取り返しが付かない事になろうとも、それでも構わない。後悔だけはしない。
それくらいの覚悟で。
「もう一度言う、俺は君が、大好きだ。だから、俺と付き合ってくれると、嬉しい」
あわあわと、華城は口を広げたまま、声も出せずに狼狽している。
その顔はリンゴみたいに真っ赤だ。
ああもう可愛い。本当可愛い。
「お、おふ……あ、あの……おうふ……」
華城はもう何を言っていいかわかんないって感じだ。
「俺の本音は教えた。……君の秘密ってのを、教えてくれるか」
ドンと来い。
どんな秘密だってあっさりと受け入れてやる。
実は私は火星人でした、とかでも構うものか。
同じ太陽系の住人だ。無問題。
ま、流石にそりゃないか。
どう見たって華城は俺と同じ地球人だ。人間だ。
大体、火星人とか現実的にありえない。
ま、それくらい突拍子が無くても平気だと言う意味だ。
「本当に…どんな秘密でも……?」
「おう」
信じてもらえる様、その一言に俺は全力の誠意を込める。
「……その……は、はい……」
華城も覚悟を決めたのか、コクリとうなづき、唾を飲んだ。
「実は……私……」
さぁ、一体どんな秘密が飛び出すのか。
何度でも言う、どんな秘密だろうと……
「……『妖怪』、なんです」
は?
「『毛倡妓』っていう……その、全身の毛を自在に操れる妖怪の……」
「……ストップ」
……んー……
おい、聞いたか今の。
妖怪、だってさ。
……まぁ、火星人よりは身近なんではないでしょうか。
うん、うんうん。
そういう問題じゃねぇ。
「……え? マジで、言ってんの?」
「……は、はい……証拠も、見せます……」
そう言うと、華城の髪の毛が、不自然に揺れた。
そして、次の瞬間には、その長さが実に倍近くにまで伸びた。
しかも、その毛先は宙に浮かび、蛇か何かの様にウネウネと蠢いている。
「髪の毛以外も……できますけど……ちょっと恥ずかしいので……」
「……は、はは、はははははは……」
何だそりゃ。
こんなんありか。
これ、夢じゃないよな。
さっき頬をつねった時は痛かったし。
毛を自在に操る妖怪、毛倡妓。
この少女、華城霊来は、自らがそれだと言い張り、その証拠に不思議な現象すら起こしてみせた。
「あ、あの……やっぱり、気持ち、悪い…ですか?」
「…………さっきも言っただろ、関係無ぇ」
正直、かなり驚いている。
ぶっちゃけまだ現実かどうか疑っている。
でも、構うものか。
妖怪、上等じゃないか。
ちょっと種族が違うだけで、この俺が止まると思うなよ。
というか、さっきの告白の時から、何かもうブレーキ的な物が壊れてる気がする。
どこまでも行けそうだ。
多分この流れで華城が実は男だったりしてもイケる。
もう何だろう、華城が華城であればもう他はどうでもいい感じがする。
「あ、あの……じゃあ……」
すごく嬉しそうな笑顔を浮かべる華城。
ああ、もう、今日何回目かわからんがもう一度言う。
この子、本当に可愛い。
「おう、よろしくな」
「は、はい……!」
こうして、俺に人生初の彼女ができた。
若干、妖怪だが……まぁ、華城は華城だ。
個性って事で、軽く流しておこう。
「あの……それで、早速なんですけど……」
「ん?」
「わ、私……デートって物に……憧れてまして……」
「うん、行こう、余裕で行こう、今すぐ行こう」
「い、ご、ごめんなさい、これから予定もあるので……」
「じゃあ明日行こう。明日は大学も休みだし」
「は、はい!」
ま、休みじゃなくても行こうと提案したが。
告白成功の上にもう初デートの約束を取り付けてしまった。
もう何だこれ、順風満帆過ぎて帆がはち切れそうだ。
「よし、じゃあ、明日な!」
……この時、俺は、明るい未来しか思い描いていなかった。
近い未来、あんな事態に発展するなんて、欠片も想像しちゃいなかったんだ。