ちょっと珍しい風邪ですよ
緩やかな風が水色のカーテンを揺らす。カーテンから目を離すと、白い壁、白い天井、白いベッド、視界いっぱいに飛び込んでくる清潔感の漂う白。
ここは、医者である僕の勤務先。つまりは病院だ。
退院した患者の部屋を掃除し終わった僕は部屋を出た。
掃除はあまり好きじゃない。しかし、この後に待ち構えている仕事に比べれば掃除がとても楽に感じてしまう。
「はぁ……」
「ため息なんてついてないで、しっかりお願いしますよ、三芳先生」
僕の隣で、念を押してきたのは、看護師の小見山さんだ。独身で、僕(27歳)より二つ歳下、後ろで一つに括った長い髪が印象的な美人だ。
―――しかたない。行こう……。
僕は、大きく息を吸うと、扉に手をかけた。返事はしなかった。
「失礼します」扉にそっと声をかける。「どうぞ」反応があった。
扉を開けて中へと踏み入る。白い部屋の中心で、ベッドから上半身を起こした身寄りの無い老人が一人、しわくちゃな笑顔で迎えてくれた。
「昨日の検査の結果が出たので、その報告に参りました」
「おぉ!そうじゃった、すっかり忘れとった」
この老人は田中さん。3日前に入院した、よく笑う明るい人だ。
「で、どんな結果じゃったかな? わしは、まだまだ元気じゃぞ」
そう言うと、田中さんは腕を曲げ、力こぶをつくる真似をして笑った。
―――言えるわけ無いじゃないか
僕の今日の役目は、田中さんに、検査結果を伝える事。でも、できるわけないじゃないか。こんなに明るい人から笑顔を奪うような事は、僕にはできない。
“田中さん。あなたは末期のガンです。余命は良くて二ヶ月といったところでしょう”
こんな事、言えるわけ無いじゃないか……。
「田中さん。よく聞いてくださいね。あなたの病気は――」
「な、なんじゃ……?」
まるで、僕の緊張がうつってしまったかのように、田中さんの表情が少しこわばる。
「――ちょっと珍しい風邪ですよ」
「おぉ。そうじゃったか。急に体が痛くなったり、手が痺れたりするのは初めてじゃったから、ただの風邪ではないと思っておったが。そうかそうか、わしの風邪は珍しい型じゃったのか」
安堵と納得の混ざったような笑顔で何度もうなずく田中さんを見ていられず、僕は目を反らしてしまった。
僕は、いつもこうだ。患者を悲しませたくないのだ。事実を伝えられない僕は、いつもこう言う、“ちょっと珍しい風邪ですよ”と。
たいがいの人は納得してくれる。風邪と言っても納得しないが、“ちょっと珍しい”と、枕詞をつければ納得してしまうのだ。
その後、田中さんと他愛の無い話をし、部屋を出た。
廊下に出ると、そこには一部始終を見ていたであろう小見山さんが、鬼のような形相で立っていた。僕は直感した。
―――あ、怒られる……
僕が、患者に本当の病名を告げないと、小見山さんはいつも怒るのだ。
「三芳先生!」
ほら来た。さぁ、今回はどうやって切り抜けよう。前回は、重々しく黙り込み「反省してますよ」な雰囲気を作ることで、説教を早くに終わらせてもらう作戦だったのだが、僕が言い返さないのを良いことに、説教はエスカレートしていった。作戦は失敗だった。
「『今回こそは、ちゃんと言え』って私言いましたよね!」
「あらら、小見山ちゃん。そんなに怒っちゃって、どうしたの? 綺麗な顔が台無しだよ?」
今回は、前回とはうって変わって、軽いノリでかわす作戦にしよう。
「ハァ?」
目が釣り上がる。
ヤバイ。超怖い。小便ちびりそう……。あれ? 僕これちょっとちびってね?
「おだてて有耶無耶にしようとでも考えてるんですか? その手には乗りませんからね!」
「小見山ちゃん、怖いなぁ。そんな小見山ちゃんを僕がデレさせてあげようか?」
更にちびりそうなのを隠し、余裕を装って言い返す。素が出ないようにするのに必死だ。
「ふざけてるんですか? その態度今すぐ改めてください!」
「ふざけてる? まっさか~。これが普段の僕だよ?」
「やめろと言ってるんです! メス刺しますよ?」
「ははは、おっかない冗談だね~」
「え? 冗談だと思ったんですか………?」
驚く小見山さんの手には、ポケットから出してきた鈍く光るメスが力強く握られている。
「冗談じゃなかったの!?」
なんであなたが驚いてんのさ? こっちが驚いたわ!
おっと、つい、素が出てしまった。自分のペースを取り戻さないと小見山さんの説教には勝てないだろう。落ち着け、僕。
「ははは。小見山ちゃんは面白いね。小見山ちゃんに刺されるのなら歓迎するよ?
あ、なんなら、僕の下半身のメスを君に≪シャクッ!≫」
え…? 何、今の音?
音に驚いた僕は、反射的に両手を上げた。そして気付いた。白衣の袖が切られていた事に……。
嘘だろ!? ほんとにメス使ってきやがった……。しかもメス捌きが速すぎて軌道が見えなかった。そろそろ真剣に謝った方が良いかもしれない。
「あ、あの……。ほんと、す、すみま、すみませんでした」
「………ケッ」
何だよ「ケッ」って人が下手にでて謝ってやってんのに! そんなんだから、嫁の貰い手どころか彼氏すらできねぇんだよ! バーカ、バーカ!!
「言っときますけど、私、彼氏いますからね?」
「Σ(゜Д ゜;)」
「……気持ち悪い声出さないでください」
「いや、待ってくれ。今の声は驚きのあまり出てしまったんだ。不可抗力なんだ。それに、自分でもどうやって発音したかわからない……」
というか、え…? 僕、「彼氏すらできねぇんだよ」って思っただけで口にはしてないはず……。え? この人、他人の思考を読んだの!?
「読みましたけど何か?」
「なんで思考と会話してんだよ!?」
「問題ありますか?」
「あるよ! 大有りだよ! むしろ、問題しかないよ!!」
「三芳先生、病院ではお静かに」
「あんたのせいでしょうがぁああああ!」
自分の声が反響する。大声を出したら、少し冷静になれた気がした。
直後。
「三芳さんっ!!!」
後ろから飛んできた怒鳴り声に、ビクッと自分の肩が跳ねた。振り向くと、そこには別の看護師の栗原さんがいた。栗原さんは、やや太めの体型、50代前半のおばさんだ。
「『病院では静かにする』そんなの常識でしょうが!! なんで医者ともあろうアンタが、大声出してんのよ!!!」
いや、アンタのほうがうるさいだろ。
「いや、アンタのほうがうるさいだろ」
今の声は俺じゃないよ? 小見山さんが言ったんだよ?
「……って、三芳先生が、思ってます。」
「他人の思考を読むなって言ってんでしょうがぁあああ!!」
「ほぉ……」
栗原さんの額に青筋が浮かぶ。ちょっ、小見山さん! あんた何してくれてんのさ!?
抗議の視線を横に向けた。小見山さんは、ニヤリと笑ってた。それはもう楽しそうに。
「ちょ、待ってくださいよ。僕そんなこと思ってませんって!信じてくださいよ、クリハラさん!!」
「ワタシは『クリハラ』じゃなくて『クリバラ』です」
栗原さんは、三文字目をやたら強調しつつ、訂正を求めてきた。
「まぁ、今は、時間がないので、後でゆっくりお話しを聞かせてくださいね、三芳先生?」
「は、はい……」
栗原さんは、青筋の浮いた笑顔でそういうと、廊下を引き返していった。
チッ、なんで僕ばっかり怒られなくちゃならないんだ。患者に病名を告げられない事や、ちょっとうるさくした事くらい、笑って許してくれても良いじゃないか。
大体、何なんだよ!「クリバラ」って! ちょっと読み間違えたら「クソババア」じゃねぇかよ!!
「いや、それは無いと思うわ」
隣で冷静につぶやいたのは、もちろん小見山さんだ。
「だから他人の思考を読むなっつてんだろぉぉおおおおお!!!!!!!!」
僕の叫びは、虚しく消えていった。
・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,
翌朝。今日から僕の担当が増えた。鴨田君という小学校低学年の男の子だ。
昨日までは、藤野さんという人が担当していたが、藤野さんは今日から産休でここには来ていない。だから、藤野さんの担当だった方たちをスタッフで分担した。結果、僕はその鴨田という少年の担当になったのだ。
「失礼します」ドアをノックする。
「はーい」返事が聞こえた。元気な声だ。
扉を開け、部屋の中に入る。
「こんにちは、鴨田君」
「こんにちは! あれ、いつものお姉さんは?」
「あのお姉さんはね、今日からお休みなんだ。だから、今日から君の担当は僕になったんだよ。よろしくね」
「そっか! うん。よろしくね」
ニコッと口を大きく開いて少年は笑った。
この少年について、あらかじめ藤野さんから聞いていた事がいくつかある。
半年前に入院した事。幼い妹がいる事。親は共働きで、あまり家に居られない事。両親にかわって、妹の世話をする必要があるので、あまり友達と遊べない事。
このくらいの事を聞いていた。
少年は唐突に口を開いた。
「ぼくね、早く退院して、タロといっぱい遊ぶんだ!」
「そうだね。早く病気治しちゃおうね。ところで、タロ君って誰かな?」
「タロはね、僕の友達なんだよ! 最初は言う事を聞かなかったけど、僕が入院するちょっと前にね、何でもちゃんと言う事を聞くようになったんだよ! 入院する前にタロを縛りつけてたロープをほどいてあげたから、今は自由に遊んでるんじゃないかな。早くタロに会いたいな」
ちょっと待て、少年よ。君は友達に何をしているんだ…!?
「じゃあ、またね」
「うん! 明日も来てね!」
僕は、少年の元気な笑顔に見送られて部屋を出た。
―――つい話し込んでしまった
今日中に終えなければならない仕事があるのに、時間を忘れて、少年とたくさんの話をしていた。……といっても、僕は、よくしゃべる少年の話を聞いて、たまに相槌を打っていただけで、僕が話す暇はほとんど無かったのだが。
話を聞くうちに分かった事だが、タロとは、人でなく犬であったようだ。
それが判った瞬間は、心から安堵した。
でも、今は安堵なんてしてる場合ではない。次の仕事があるのだ。
―――はぁ、またか……
今日もまた、先日の田中さんの時ように、患者につらい現実を突きつけなくてはならないのだ。
そう考えると、胃が痛くなってきた。
―――でも、やるしかないんだよな……
よし! 今日こそは、ちゃんと患者に伝えよう。小見山さんに怒られるのも嫌だし。
扉に声をかけ、返事を確認した僕は、確かな決意と共に部屋に入っていった。患者に、病気の治る見込みが無いことを伝えるために。
1時間後、関係者以外立ち入り禁止の部屋の中には、長い髪を後ろで一つに括った看護師に怒られる、27歳の男性医師の姿があった……。
・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,
さあ、今日も少年のところへ行こう。白衣を羽織った僕は、鴨田君の部屋へと足を運ぶ。
ちなみに、昨日の「患者に真実を伝える」という決意は、幸せそうな目で孫の写真を眺める患者を目にした瞬間、崩れ去ってしまった。結局、真実は伝えられず、また「ちょっと珍しい風邪ですよ」と言ってしまったのだ。
当然、小見山さんに怒られた。「ムシャクシャして言った。今は反省はしている」そう言い訳(?)したら、火に油を注いでしまった。
昨日で、小見山さんに0勝35敗を記録した。次こそは僕が勝つ!
次の説教回避作戦を考えているうちに、鴨田君の部屋の前についていた。
「失礼します」扉をノック。元気な返事が聞こえたので、中へと入る。
「あ! 昨日のお兄ちゃんだ!!」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな。今日もいっぱいお話しようね」
「うん! あのね、あのね―――
「じゃあね」
「うん! また明日ね!」
今日は他の仕事が少かったので、時間の許す限り少年と話をしてきた。
今日の少年も、開口一番タロの話だった。というか、タロの話以外はしなかった。本当に楽しそうに語る姿を見れば、少年が、いかにタロを好きかということが安易に想像できた。
次の日も、その次の日も、毎日毎日少年はタロの話をした。きっと今日もタロの話なのだろう。
――少年とタロの出会いは約一年前。
少年の通う小学校では、サッカーが流行っていた。しかし、喘息持ちだった少年は、友達にサッカーを誘われても、断っていた。テレビゲームで遊ぼう、友達にそう誘われても、妹の世話があった少年は、友達と一緒に遊ぶ事がめったに無かった。少年が同級生から「誘っても断る、ノリの悪い奴」と認識されるのに、そう時間はかからなかった。
たちまち、少年は≪悪≫とみなされ、≪正義≫を振りかざす同級生にいじめられるようになった。
雨の降る帰り道。バカ、と殴り書きされた紙が張られたランドセルを背に、手に持っている傘を差そうともせず、少年は一人で家に向かっていた。
そんな時、見慣れた帰り道に、見慣れない物があることに気がついた。大きなダンボール。その中には、雨で濡れた犬がいた。全身茶色の犬で、左耳だけが黒かった。何歳かは判らないが、子犬と呼ぶには大きすぎた。
少年は、ただなんとなくその犬に手を伸ばした。嫌がるそぶりを見せず、その犬は少年の手を受け入れた。少年にとっては、それが新鮮だった。自分が触っても避けられない事が新鮮だったのだ。同級生なら、きっと「菌がつく」そう言って避けるだろう。少年にとっては、避けられる事が当たり前になってしまっていたのだ。けれど、この犬は違った。その事が少年はとても嬉しかった。
少年は、嫌がらずに自分と接してくれたお礼に、傘を犬にかぶせてあげると、家に帰った。
その日から、帰り道に犬と遊ぶのが日課になった。時には、学校であったツライ事を犬に話してみたりもした。少年にとって、帰り道は、日に日にエスカレートしていく学校でのいじめを忘れさせてくれる至福の時間となった。
ある日、少年が学校に行くと、同級生に囲まれた。彼らの手足には絆創膏が張ってあった。
「ごめん。今まで、いじめてゴメン」同級生は一斉に謝罪した。あまりに咄嗟のことだったので、少年は何が起きたか判らなかった。同級生の話を聞くと、彼らは昨日、少年の家へ来ていたらしい。悪口を言いながら家に向かって石を投げていたそうだ。すると突然、どこからかやってきた、全身は茶色く、左耳だけが黒い犬が大きく吼え、飛び掛ってきたらしい。驚いた彼らはあわててその場を後にした。手足の傷は、逃げる際に転んだり、ぶつけたりしてできた物だそうだ。恐ろしい思いをした彼らは、ふと考えた。自分たちが今まで少年にしてきた事を。きっと今の自分たち以上に恐ろしく、ツライ思いをしていたに違いない、そんな結論にたどり着いた。よって、今日、少年に謝罪し、いじめは止めることにしたのだそうだ。そんな事を太郎という男の子が、同級生を代表して少年に話した。
少年たちは仲直りをした。少年と太郎君は、今では一番の友達になってる。
その日の帰り道、少年は恩人|(恩犬?)ともいえる犬を連れて帰り、家で育てることを家族にお願いした。結果、自分がちゃんと世話をする事を条件に許しを貰った。
少年は、太郎君と仲良くなるキッカケをくれたその犬に『タロ』と名づけた。言うまでも無く、一番の友達である『タロウ』から捩ったのである。
――それが、少年とタロの出会い。
時系列も何も気にせず、ただ言いたい事を言いたいように口にする少年の話から僕が掴み取ったのはそんなところだ。
・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,
僕が少年の担当になってから二週間が経った。少年の病状は、この二週間で一気に良くなった。
昨日の検査では、もう退院できる状態にまで回復している事がわかった。
ちなみに、この二週間で、僕は、小見山さんと、0勝43敗になった。
―――少年はどんな顔をするかな
今日は、少年に退院できる事を告げに行くのである。患者が喜ぶ姿を想像すれば、それだけで自分まで嬉しくなってくる。
白衣を羽織り、少年の部屋へと歩き出した直後、病院の電話が鳴り響いた。
少年の所に行くのを後に回し、今は受話器を取る。
「はい、こちら泉橋病院です。どういったご用件でしょうか?」
『あ、もしもし。私、鴨田というものですが、そちらに入院している私の息子の担当の先生をお願いできますか?』
「ちょうど良かった。それは私ですよ。どうされました?」
『あぁ、先生でしたか! 実はですね、我が家では、一年程前から犬を飼っているんですが、その犬が昨日、息を引き取ったので、その事を息子に伝えて欲しいんですよ。お願いできます?』
―――嘘だろ。少年は昨日も「早くタロに会いたい」と言ってたのに。ようやく少年の希望が叶おうとしてたのに、どうしてこのタイミングなんだ……。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『先生?』
「ああ! ごめんなさい。ちょっと考え事をしてました。犬が亡くなった件を伝えればいいんですよね? 了解しました。」
『よろしくお願いします』
その後、少年が退院できる状態にあることを伝え、電話を切った。鴨田さんは、明日の昼ごろ、仕事を休んで迎えに来るそうだ。
それにしてもタイミングが悪すぎやしないだろうか。せっかく言い少年に良い報告ができると思ったのに。
―――まぁ、ウダウダ考えてても仕方ない。行こう。
さっきまでの浮かれた気持ちは、跡形も無く消え去っていた。
少年の部屋へ向かう途中、小見山さんに会った。
「三芳先生? 元気がないようですけど、何かありました?」
僕は全て話した。少年とタロと少年の病気の事を。
「そうですか。三芳先生はこれから、その少年に会いに行くんですよね? 私も同行して良いですか?」
「ああ。お願いしようかな。もし、僕が少年に真実を伝えられなかったら、その時は、小見山さんが説明してくれないかな?」
「はい。わかりました。今回の件は今までと少し形が違いますからね。協力しましょう」
頼もしい助っ人を連れた僕は、少年の部屋の前に着いた。
「失礼します」扉を叩いて返事を待つ。「はい!」直ぐに来た。
部屋に入るなり、僕は徐に口を開いた。
「鴨田君、今日は君に2つの報告があるんだ」
「僕も、お兄ちゃんに話したい事があるんだよ! あのね、タロが――」
先手を取られしまった。もう、タロの話は止めてくれ。余計に伝えられなくなってしまう……。
少年が先に話し出してしまった以上、そんな事を言う事はできない。
「あのね、タロがね、天国に行ったんだよ」
……………………………え? どうして知っているんだ? 僕の疑問には気付かず、少年は続けた。
「昨日の夜ね、タロがね、夢に出てきたんだよ! それでね、『ボクはもう、天国に行かなくちゃならないんだ。だからね、君を苦しめる病気もボクが天国に持って行ってあげるね』って言ったんだよ!」
「そっか……。実はね、報告の一つはね、タロが死んじゃった事なんだ。君は、タロが天国に行っちゃって、寂しくはないのかい?」
「寂しくないよ! だって昨日ちゃんとバイバイしたもん!! それで、お兄ちゃん、もう一つの報告はどんなの?」
「それはね、君の病気が、急によくなってもう退院できるっていう事だよ」
「え? ほんと!? やったぁ!」
「明日のお昼ぐらいにお母さんが迎えに来てくれるからね」
「ほんとに、ぼくの病気をタロが持って行ってくれたんだね! タロに一杯ありがとうしなくちゃ!!」
良かった。どちらの報告もちゃんと伝えられた。扉のとこから見ている小見山さんも微笑んでいる。
「ねぇ、お兄ちゃん。結局、ぼくは何ていう病気だったの?」
―――ッ!?
あまりに不意打ちな質問に、思わず固まってしまう。病名を知っている小見山さんも表情が固い。
「あのね、君の病気はね……」
―――だめだ、言えるわけが無い。
大好きな犬が病気を持って行ってくれたというイイ話のまま終わりたい。この少年に病名を告げてしまうのは残酷だ。
「お兄ちゃん? 急に黙ってどうしたの?」
「え? ああ、ごめんね」
―――やっぱり言えるわけ無いじゃないか
“鴨田君、君の病気はね、『犬アレルギー』だよ”こんな事、絶対に言えない。
頭に浮かぶのは、タロの事を話す時の少年の顔。なにより大切な友達を、自慢げに語るような無邪気な少年の笑顔が浮かんでくる。
「君の病気はね、―――」
僕が患者に本当の病名をちゃんと告げられる日は来るのだろうか?
そんな事を思いながら、今日もまた、
僕は、いつもの科白を口にした。
―――ちょっと珍しい風邪ですよ。
・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,・゜*。+,
少年に真実を告げぬまま、部屋を出ると、小見山さんが声をかけてきた。
小見山さんは怒っていなかった。
「真実を告げずに、患者の笑顔を守るというのも素晴らしい事なのかも知れませんね」
―――僕の連敗記録が終わった瞬間だった。
ちょっと珍しい風邪ですよ 完
はじめまして! 初投稿になります。
「小説家になろう」を始めたばかりですので、右も左もわからない状態です。なので、助言をいただけたら、大変嬉しく思います。
!!!ひとつ、注意していただきたい点があります!!!
私が、本文中で使った、「不意打ちな」なんて言葉は存在しません。
ご注意ください。
勝手に言葉を創作してしまうような作者が書いた、こんなお話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
ご読了ありがとうございました! 次回もまた、お会いできる事を願っています。