ため息のブーケ
豊作の秋、祈りと実り、尊き生命たちが熟した一番の――最期のこと。
国は戴冠式に興じてすべてが希望に満ち溢れていました。
新しき王!その式を見納められる自分たち!ああ、なんてわたしたちは幸せなんでしょう、と誰かが呟いたのがきこえてきます。
国民たちは皆、新しき王に希望を抱き、喜色満面に歓声をあげておりました。
「――くだらない」
大きな王冠とぶかぶかな豪華絢爛な洋服を纏い、玉座についている彼は歯ぎしりをしながら仰いました。
「くだらない、くだらない。こんな式典も、こんな装いも、僕を崇め称える国民たちの……そうだね愚民たちの声だなんて」
苛立たしげに、心底反吐が出ると彼は憂いを持ち吐き捨てます。
御方はこの国の次代を任される新しき王でした。美しいブロンドの髪と森の緑を思わせる、覗きだせば底におちてしまいそうな碧色の瞳が印象的な、美しき王でございました。
彼の苛立ちは、今日新調された装飾過多のブーツが床を叩きつける音から、容易に想像できます。カツカツカツカツ、一人には大きすぎる部屋でその音を鳴り響かせます。
なぜ彼がこんなにも、そう、世界を呪うごとく嬉しげな国民たちを憎々しげに見つめているかといいますと、偏に彼の出生に一目おき、しいては語らねばなりません。
新しき王は生まれた時から王であったわけではございません。いえ、むしろ彼は正反対の立場であって、且つ王に一番近い存在であったと称せたかもしれません。
端的に申し上げれば、彼は王様の血を一番に受けた子どもの『一人』でした。光を通すと天使の輪がキラリと輝くブロンドの髪も、叡智を思わせる碧の瞳も王から受け継いだものでございました。……ですが、ここで彼には『もう一人』の王様の血が通った子どもがおりました。
その子どもは同じく美しいブロンドの髪を持っており、対して透き通った永遠に広がる空を思わせる、蒼とはまた違う、水にも似た空色の瞳を有しておりました。
もう一人の子どもは王と違い、その子どもの母の空の瞳を宿しておりましたが、兎にも角にも、彼ともう一人の子どもは母を違え、目に宿す瞳の色だけを違えて生きておりました。
碧色の子ども(次代の王となる御方のことです)は王の生き写しでありました。そして類稀なる叡智を語るいわば神童でございました。
対する空の子どもは姿は王と変わりないものといえど、やはり瞳が違っておりました。また、碧色と打って変わり勉強は嫌いで遊ぶことがいっとう好きだったといえます。
二人は似通いながらも矢張り違え、性格でさえ全く別物であるというのに、ふしぎと仲はよかったといいます。もしかしたら足りないところを補って生きていくために双方が生まれてきたのではないか?そう思えるほどでありました。
さて、そんな二人でしたが王は大変お困りの様子でございました。二人のこどもが仲良くすればするほど、王は苦難してしまいました。どうしてか、と仰いますと、次代の王を決めるためにはどちらかを切り捨てなくてはならない決まりであったからなのです。
王様は悩みに悩み通したと思われます、彼の碧色は叡智を携えた賢人でありました。彼の空色はカリスマ性と武に特化した御方でありました。どちらを選択すれど国にとって大きな損失であることにかわりはございません。
そうして王は彼を選択なさいました。
碧色はあまりにも腹が立ち、その腹が立っていることに気づかないくらい苛立ちを覚えておりました。
結局、王の選択では彼が次代の王として選ばれました。それが碧色にはこの上ない愚かな選択だとため息さえも食い破れそうでした。
叡智があるからこそ碧色は知っておりました。例え自分を失ったところでこの国は空色の力で息づく国である、と。王に必要なものとは国民に対して責任を負うことができ、国民たちを自分の一言でねじ伏せ、自分の言葉が正しくあると理解させる強き発言と大胆な行動力です。それらは全て空色が持っておりました。碧色は王の生き写しといえど、そのお姿が力と変わることなどありえはしません。
ですから――、碧色は自分を王と認める前代の王と、国民に愚王だの愚民だの吐き捨てていたのです。
既に戴冠式は行われてしまい、彼が王となった事実はどのようにしたところで覆すことはできません。例え碧色がこの王冠を投げ捨ててしまおうがどうにもならないことでありました。
碧色は度々空色に王の資格について語りました。上手く誘導できるようにと何度も言い聞かせてきたつもりでした。ですが、空色はそのサインが読めなかったのか、さても読もうとさえしなかったのか碧色の思う結果となることはありませんでした。
「……僕ではなく、あの子が王となる選択が一番正しかったというのに」
碧色は強くこぶしを握って悔しげに仰いました。それと同時に、空色が選択されるべきであると声高々に言えない理由も、理解したくないとはいえどどうしても納得しなくてはならないことであると歯ぎしりをしました。
「一生この国にいてほしかったよ」
彼の空色は隣国の王の元へと嫁いでいきました。海を思わせる群青の瞳を持った賢王の隣で、自分は幸せだと碧色に手紙を送ってきていました。
私は幸せです。生まれた時から、例え貴方の出生がいつも気にかけていた王の血を半分ついだものであっても、矢張り貴方がその地位につくことは正しいことであり、私はそれを外で見守る役目だったのだと思うのです。
私は、一番に大切な家族である貴方が王となったことを嬉しく思います。こちらでは、彼との子がもう幾か月かで生まれます。私はこの国と共に生きなくてはなりませんが、いつまでも貴方のいる母国を愛し続けています。
碧色はそんな言葉などみたくはありませんでした。前代の愚王が選び愚民が歓声をあげる、この愚王である自分こそが嫌でたまらなかったからです。
そんな新しき王は、空色にあてる手紙は淡々と書き連ね、心にもない言葉を並べ立てて、本当の気持ちを込めたものは出せたためしがありませんでした。
結局、碧色は空色に去ってほしくなどなかったのです。ですから苛立ちが苦しさと涙を伴ったそれであり、彼女から送られてきた無限の象徴のメビウスの輪のリボンが巻かれた祝いのブーケにため息を吹きかけることも、仕方のないことでございました。




