部屋
かくして黄泉神の花嫁ごっこをするはめになってしまった私。
「ところで、舞桜よ。俺のことをマオ様とさっきから呼んでいるが、仮にも花嫁。マオと呼べ」
「ま…マオ…?」
恐る恐るマオを呼ぶとマオは満足そうに笑ってみせた。あ…なんか笑顔はかわいいかも。
「マオ様、次の罪人が来ています」
「…そうか。では舞桜、俺は業務に戻る。部屋でゆっくりするといい。―おい、狐徹、舞桜を部屋へ」
「かしこまりました」
私は狐に連れられて、黄泉国の宮殿の奥に入ることになった。
「うわあ、広い~」
私が案内された部屋は黄泉…というか、地獄のイメージとは全然違い、高級旅館の一室のような部屋だった。
「お気に召しましたか、舞桜様」
「はい!」
「それはよろしうございました。私、狐徹と申します。舞桜様のお世話係になりました」
はじてて会ったときとはうってかわって狐徹さんはうやうやしくひざまづいた。
「そ、そんな畏まらなくても…!」
「は。ご要望があればなんなりとお申し付けください」
見た感じ狐徹さんは私より少し年上って感じだ。この世界で頼れるのはマオと狐徹さんだけ。マオは仕事が忙しそうだし、一人くらい信頼できる人が欲しい。
「あの、狐徹さん、出来ればタメ口で話してもらえませんか?」
「な!なんと…よろしいのですか?」
「ええ。話し相手が欲しいので」
「わ、わかり…いえ、わかっ…た。うわ、慣れねーな…」
「早速質問なんですけど、マオってどんなお仕事してるんですか?」
狐徹さんはうーん、と言葉を選んでいるようだった。
「そーだなぁ…罪人の罪を調べて、罪人の御霊をどのようにするのかを決めるのが一番かな。オレは、現世で死んだ罪人の御霊を黄泉国に連れてくるのがお仕事」
「なんか、もっと仕事あると思った」
「何を言う。1日に人が何人死ぬと思ってんの?罪人だっていっぱいいる。それをマオ様はおひとりで全て裁くんだ」
狐徹さんは呆れた口調で言った。独りで裁くんだ…私と変わらない背格好に見えるのに凄いなあ…
もう少し狐徹さんと話したかったけれど、狐徹さんには次の仕事があるみたいで、叶わなかった。
「暇だな…」
部屋には私だけ。
当然娯楽のものもない。
困った…
と、思っていると部屋の外から話し声が聞こえてきた。
「聞いたか?俗世の人間が連れてこられたらしいぞ」
「真か?ならマオ様はお怒りだろう。マオ様は俗世が大嫌いだからな」
「ところがそうでもないらしい。どうもその娘をめとったとか」
…これって、私のことだよね…?
俗世って、現世のことかな?
マオが現世大嫌いってどういうこと…?
「お前ら、私語を慎め!」
「「は、はい!すみません!」」
誰かが一喝する声がして、先程までおしゃべりしてた人達が駆けていく音がした。
「人間の娘…やつの花嫁か…面倒な虫は潰しておくに限る」
何やら不穏な声が聞こえたと思ったら突然襖が開いた。
「そこだな!娘よ!」
入ってきたのは、赤鬼!
「きっ…きゃあああああああ!!!」
「おとなしくしろ!その肉を我に寄越せ!」
「たっ!助けてえええ!マオおおおおお!!!」
赤鬼は私をひっつかむと大きな口を開けて―
「…俺の花嫁に何をしているか!」
刹那
赤鬼の首もとには太刀が突きつけられていた。
「ま、ま、マオ様…?」
「これ以上下手なことをしてみよ、貴様の御霊を消す」
冷酷にそう言うマオ。
「小僧が…でかい面しおって…」
赤鬼は口調を変え、忌々しそうに呟いた。
「でかい面?笑わせるな。俺は黄泉神だぞ。貴様なんかよりずっと尊い」
「ふん…覚えていろ。お前を黄泉神と認めた覚えはないわ」
赤鬼は舌打ちしながら部屋を出ていった。
「…舞桜っ、怪我はないか!?」
先程の表情とはうってかわって心配そうに訊いてくるマオ。
「ええ。マオが助けに来てくれたから」
「…よかった…すまない。舞桜。俺の不注意でこんな目に…」
泣き出しそうな顔で呟くマオ。もしかしたら根は優しい人なのかもしれない。
「もっと結界の強い部屋に案内しよう。狐徹!」
「―は。ただいま」
マオが狐徹さんの名前を呼ぶと、すぐに現れた。
そしてマオが
「俺の部屋に舞桜を案内しろ」
と、あり得ないことを言ったのだった。