四歩目【試合】
初、バトルらしいバトルです。格闘です。
説明とかくどくなってしまったので、よくわからなかった方がいたら質問して下さい。
体育館ではすでに移動を終えた生徒が並んでいた。集まっているのは一年生四クラスのうちの二クラス。
全員が揃ったことを確認し、馬場が声を張り上げた。
「これより、ここに集まった生徒の位分けを行う!」
位分け。
学校案内に目を通した書文はこの言葉の意味はわかった。
これから体育の授業などで実力の近い者同士を戦わせるために、生徒一人一人に位をつけて実力の目安にするのだ。
下から順に、下位、低位、中位、中上位、上位、特上位の六位まで。
あくまでも目安でしかないが、自分がどれくらいの実力を持っているのかを客観的に分別するのである。
一度決められた位も絶対のものではなく、生徒同士で行われる試合の内容や授業中での教士の采配で位は変わる。
下のものは上を目指して努力し、上のものは落ちないように修練する。
授業の目安だけでなく、生徒の克己心をくすぐる目的もあるのだ。
さらに天道武校の特色として、この位分けで待遇に優劣をつけない、というものがある。他の武校でも実力順をつける学校はあるが、そういうところは大抵強い生徒を優遇する。
しかし天道大地は、それでは増長するものが出てしまう。たとえどれほど強くても謙虚さは必要であると考え、下位も上位も待遇を「一生徒」として統一しているのだ。
これにより、強くなること、己を磨くことをより純粋に目指すことができる。
とは言ってもこれはやはり理想論に近く、下位や低位の中には上ることを諦めた生徒もいるし、中上位や上位の中には下を見下す生徒もいることは確かだが。
ともあれ、まずはこの場で第一回目の位分けが行われる。
実力が近しいだろうと思われる生徒同士を教士が選別し、一人につき一回戦う。それで大雑把に位を分けて、後々授業や個々の試合で細分化していくのだ。
一回目の今回は、言わば目安の目安だと言える。
にわかに色めき立つ生徒の中、書文は右手を強く強く握り締めた。
大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
大丈夫。武歴八年って結構長いみたいだし、真面目に取り組んでも来た。中位か、よければ中上位くらいには・・・。
「では、これから名前を呼ばれた生徒は前へ出ろ。まず、植芝飛鳥!」
「はーい!」
元気の良い返事とともに飛鳥は列の前へ踊り出た。相手は他クラスの生徒。
他の生徒も名前を呼ばれて散り散りになっていく中、書文、冷人、燃児の三人は飛鳥の試合を見学することにした。
試合は一度に五試合が同時に進行される。体育館の四隅と中央だ。飛鳥の進行は中央の、テープで間仕切りされた簡易試合場で行われることになった。
「頑張れよ飛鳥」
「教士が選んだのだ、対等な実力なのだろう。油断はするなよ」
「もー、油断なんてしないよ。未熟な若輩ですから!」
冷人と燃児は口々に飛鳥を激励するが、書文はまごついて上手く応援出来ずにいた。ついさっき拍皮球されたばかりで応援してもいいものか、と卑屈になっている。
そんな書文にも、飛鳥は屈託のない笑顔を向けた。
「書文くんは応援、してくれないの?」
「え?」
書文に向けられる瞳は爛漫に輝くだけで、そこに皮肉の色はない。書文は少し考えたあと、当たり障りのない平凡な応援をした。
「負けないでね」
それを受けた飛鳥は「あったぼうよ!」とチャラけて見せ、簡易試合場へ上がった。
●
飛鳥の相手はボクサー崩れの男だった。
中学ではボクシングのジムに通っていて、将来はボクシングで生計を立てようと夢見ていたが、減量がキツく断念。
ジムに断りもなく一方的に、夜逃げ同然でボクシングから脱した落伍者。
その上で、今さら一般の学校に入る気にもなれずに武林へ入ろうという男だった。
かつてはバンタム級だった体重も、今はスーパーフェザー級まで増えている。もちろん練習の末の筋肉ではない。
精神性はどうあれ、男はそこそこ腕の立つボクサーだった。
緩く握った拳でガードを上げ、小刻みにステップを踏む。
対する飛鳥は左半身で手を上下に置く自然構え。
二の腕や拳、肩や首周りでガードを固めるボクサーに対し、あまりにも甘いガードに見えた。それが、男のカンに障った。
ふざけやがって。
男は飛鳥を睨んでマウスピースを噛み締める。ベタ足で顔も守らず、顎は引くどころか突き出されている。あんな構えでボクサーの、俺の相手をするつもりか。
柔軟以外にアップもしない女に負けるわけがない。素手のボクサーがどれだけ怖いか、歯の二、三本でもへし折ってやる。
「金的、目潰しは無し。ダウンは10カウント。一本勝負だ」
大きく右手を掲げた教士が最低限のルールを告げ、その右手を真下へ振り下ろした。
「始めっ!」
「シッ」
合図よりわずかに先んじて、フライングで男はジャブを打った。軽めの二発を、弾きやすい位置に。まずは腕を弾いて体を開かせる。そのつもりで打った布石のジャブ。
しかしそのジャブは飛鳥の体に当たることも、防がれることもなく、小さく身を捻っただけで躱された。驚く男をよそに、飛鳥はあくまでも自然構えを崩さない。
「ちっ・・・」
舌打ちひとつ、男は素早くステップを踏んで右に左に動き回った。ベタ足で腰を落としていては反応しきれない、細かなステップだ。
飛鳥は男をいちいち追うことをせず、足も構えもそのままで首だけを微かに巡らせて見るだけで済ませている。
「フッ・・・・!」
遠間から一歩詰めて、今度は顔を狙ったジャブ。飛鳥の体側、左側から仕掛けた。左足を前に構えていては体を左に向けることもできないだろう、と思っての攻めだ。
確かに飛鳥は体を向け直すことは出来なかったが、だからといって男の攻めへの対処ができなかったわけではない。飛鳥はジャブに合わせて左手の鶴頭(手を内側に曲げた時の手首も外側)で男の拳を迎え打った。
「ぐぁあっ!?」
予期せぬ痛みに男の拳が止まる。足が止まる。飛鳥はそこを逃さなかった。
半歩出ている左足の力を抜き、右足で踏み込む。左前に倒れ込むような体勢をさらに捻って男に向き直り、右の逆突きを打ち出した。
しかし男もいつまでも怯んではいない。体を捻る手間がなければ当たっていたかもしれないが、左側に回り込んでいたのが攻を奏した。痛む拳を一時放って脇を締めてガードを上げる。飛鳥の狙いは鳩尾。ガードの上だ。
「はっ!」
気合いを込めた吐息とともに、飛鳥の拳はガードを通って男の腹に突き刺さった。
「う・・・・げぇぇええ!」
「そこまで!」
男が後ろ向きに倒れて腹を押さえて呻く。教士がストップをかけた。
結局、飛鳥は『一撃必殺』を成し遂げた。多くの武術家の理想であり、理想であるだけに為し難い偉業だ。
これが為った一番の要因は、男が『素手慣れ』していなかったことが上げられるだろう。
ボクシングでは分厚く重いグローブを装着する。これは相手に深刻なダメージを残さないための道具であり、同時に自分の拳を守る道具なのだ。
ボクシングで教える突きでは、拳を強く握ることをしない。グローブの重さで殴るから握らずともいいからだ。むしろ、握らない方が早さがでると教えられる。
『素手慣れ』していない、薄手のグローブに慣れていなかった男は、この試合でも拳を握ることをしなかった。そのせいで鶴頭を打った時に強い痛みを覚えた。
『素手慣れ』していないことが災いしたのはガードにしても言える。脇を締めて腕を立てる。実際にやってみればわかるように、腕には隙間が出来てしまう。
分厚いグローブを嵌めていれば防ぐなり反らすなりも出来るが、素手で、捻りながら打ち出される突きは防げなかった。
後は単純に威力。防げると踏んでいた、油断していた男の鳩尾に、飛鳥の按手肱捶(太極拳の突き。正拳突き)は深々と打ち込まれた。その発勁に堪えきれなかったのだ。
「植芝飛鳥。君は上位に行きなさい」
「ありがとうございます!」
変わらず元気な返事を返し、見学していた書文たちにピースサインと笑顔を向けた。
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