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学生武林  作者: 灰色
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二歩目【挨拶】

やりたいことがあるとついつい気が逸っちゃいますよね。


格闘とかバトルとか喧嘩とか練功とか修業とか稽古とか。



 全員の自己紹介を終えると、馬場はしばしの自由時間を与えて教室を出ていった。新入生同士親交を深めろ、ということらしい。


 周りはどうやら同門で固まって談笑しているらしい。書文も乗りたいところだが、このクラスに八極拳士は書文しかいなかった。


 せめて音楽か小説の話題なら乗れるものを。


 このまま高校生活を一人で過ごすはめになるのか。薄ら寒い未来に軽い戦慄を覚える書文に声をかける生徒がいた。


「よっ」


「え?」


 予期せぬ声に驚いて顔を上げると、書文の前には冷人が笑顔で立っていた。右手を軽くあげて白い歯を見せている。快活なイケメン。それが冷人に対する書文のイメージだった。


「オレ、大山冷人。空手家。八極拳やってんだって?」


「あ、ああ、うん」


「最近って近代系の武術格闘技ばっかだからさ。古式ゆかしいもの同士、仲良くしようぜ」


 冷人は目を細めて笑い、書文に右手を差し出した。書文は戸惑いながらもそれに応じる。力強い握手だった。


「そうだよねー。古流なんて今時珍しいよ。その中でも中国武術なんて特に珍しい」


「うわっ!」


 書文と冷人の会話に更に割り込む声があった。


 驚いた書文が慌てて振り返ると、いつの間に後ろに控えていたのか、いたずらっぽい笑みを浮かべた飛鳥と至近距離で目が合った。


「驚いた? 驚いた?」


 目を輝かせながら嬉しそうに書文の反応を観察している。どことなく猫を彷彿とさせる爛漫さを秘めている少女だ。


「そ、そりゃ驚いたよ・・・」


「あはは、ごめんねー。でも中国武術家ってんでテンション上がっちゃってさ。珍しいじゃない、この辺じゃ」


「そうなの?」


「そうだよう。だって中国武術とかやりたい人は専門学校行くか留学するかしちゃうもん。まさかあたしも会えるとは思ってなかったし!」


 「あたし飛鳥。よろしくね!」と元気に握手を求めてきた。書文は飛鳥の陽気に半ば当てられるようにして握手に応じる。繊細であっても、確かな実内を感じさせる握手だ。


「・・・書文」


 不意に冷人が声をかけた。いきなり名前で呼ばれたことよりも、さっきまでとまるで違う雰囲気に書文は訝しむ。


 その書文の眉間に指をつきつけ、冷人は声高に宣告した。


「お前との友情はここまでだ!」


「ええ!?」


 唐突過ぎる絶交宣言。まだそこまで深い友情を育んだつもりは書文にはなかったが、だからといってショックがなくなるわけじゃない。


 書文の狼狽を気にした素振りもなく、冷人はまくし立てた。


「自己紹介直後に女子に声をかけられるような奴は友達じゃない!」


「君大山冷人くんでしょ? 空手家なんだよね、よろしく!」


「よろしく! 書文もよろしく!」


 和解した。


「・・・・何がしたかったのさ、大山くんは。テンションもおかしいし」


「冷人でいいよ。何がしたかったか、って聞かれると、まあ特に何かしたかったわけじゃねーんだけど」


 冷人は決まり悪そうに後頭部へ手をやった。


「オレの実家、道場やってんだけどさ、そこって人数も少ねーし女の子なんか一人もいねえのよ。だから、こう、女の子と仲よさ気な書文がむかついた」


「清々しいほどに俗物的な理由だったね」


「許せ」


「許すけど」


 それでもため息くらいは吐いてしまう書文。それくらいの呆れは仕方もないだろう。


 それからしばらくは文字通りの雑談が続いた。職業選択の自由がどうとか、納税の義務がどうとか、そういえばいつからの政策だったかとか、昨今の武林武家の状況とか、あとはお互いの流派やそれの苦労など。


 書文は小学校も中学校も一般の学校に通っていたので、目の前で繰り広げられる濃厚な武術トークに曖昧な返事しか返せないでいた。


 カタリ、と控え目な音が書文の耳に届いた。


 書文の一つ後ろに座っていた刃月が席を立った音だ。


 入ってきた時の剣呑な空気を纏ったままの刃月は、この自由時間にも誰かと話した様子はない。孤高を気取っている感じや近寄り難い雰囲気があるわけではないのだか、なんとなく近寄れない。


 教室内の生徒は皆その『なんとなく』に気圧されていた。


「・・・ねえ、あの子って何か有名な人なの?」


「はあ?」


「知らないの?」


「う、うん・・・・」


 冷人と飛鳥は会話を中断して書文の言葉に呆れたように聞き返した。書文は書文で、そんな反応をされるとは思ってもみなかったので当惑気味である。


 どうやら刃月に関しては、知っているのが当たり前、常識の類であるらしいことを書文は学んだ。


 冷人はコホンと小さく咳ばらいをして、大袈裟な身振りを加えて説明し始めた。


「東郷刃月。剣術家。小学五年生から同年の剣術試合に出場を始めて、そこから今まで、毎年優勝準優勝っていう好成績を残してる凄腕だ。一部じゃ、剣后なんて呼ばれてる」


「剣豪?」


「いいや、剣后。剣の后と書いて剣后。脇構えが基本の構えみたいだけど、それは本来の実力を隠しているからだ、ってのが大体の見方だな」


「隠してる? でも優勝してるんでしょ?」


「隠した上で優勝できる、ってことだ。噂じゃまったく別の構えで稽古してるらしいぜ」


「まったく別の・・・」


 構えを変えるなんて、書文には思いも付かない発想だった。それは一重に書文の特殊な鍛練のせいなのだが、それに書文自身が気付くはずもない。


 書文が驚き、考えに耽っていると、冷人はわざとらしく笑いながら言った。


「いわゆる神童サマなわけだが、空手は対刀に磨かれた徒手武術。オレならまあ、苦戦はしても負けはしねーな」


 冷人の視線は書文の背後に向けられている。あからさまな挑発の言葉を受け、木刀や竹刀を持っている生徒は目を細めて冷人を睨みつけた。


「いつまでも素手で殴るしか知らない原人が、随分大きな顔をするな」


 冷人の挑発と周りの反応に肝を冷やしていた書文は、背後から聞こえたその声に体をすくませた。肩越しに振り返ると、この教室でただひとり槍を持っていた男、宝蔵院燃児が立ち上がったところだった。


「そういうお前も、いまだに武器おもちゃがなけりゃ試合ハイハイもできねー赤子だろうが」


「黙れ原人。洞穴にでも帰って狩猟生活に戻れ」


「なんだと赤子。大体テメー宝蔵院のクセになんで素槍なんだよ、十文字槍はどうした十文字槍は」


「そういうイメージや前例にのっとられず素槍で新しく名乗りを上げるのが俺の目標だ」


「めちゃくちゃデカい目標じゃねーか頑張れよ!」


「お前こそ、古流空手の復興を目指してるんだろう。応援している」


「ありがとう」


「どういたしまして」


「・・・・え、今和解したの?」


 飛鳥も書文も置いてきぼりで、喧嘩でも始まってしまうのかと身構えていたのだが、なんだか最後はお互いを讃えあって和解してしまった。


 冷人はさっきまでの皮肉げな表情を消し、今は快活に笑っている。燃児も眉間の皴を薄くして小さく笑っている。


「驚かせてしまったかな。俺と冷人は幼なじみ、旧知の仲でな。こんなやり取りは日常茶飯事なんだ」


「まあそれにしたってちょっと周りを見るべきだったかな。視線超いてーの」


 本心から馬鹿にしたわけではないと分かっても、周囲の生徒が冷人や燃児に向ける視線は和らがなかった。冗談半分だからこそ、けなされたのが気に食わない人もいるのだろう。


「改めて、宝蔵院燃児だ。よろしく」


「よろしく、宝蔵院くん」


「宝蔵院は家名だ。燃児と呼んでくれ」


「あ、じゃあ、燃児くん。僕は武林書文。書文でいいよ」


「よろしくね燃児くん。あたしのことは飛鳥でいいよ!」


「ああ、よろしく」


 燃児にも握手を求められ、書文はそれに応じた。今日はよく握手をする日だと書文は感に至った。


「ところでさ」


 落ち着いたところを見計らい、飛鳥が三人の視線を集めた。どこかイタズラっぽい表情をたたえている。


「書文くんは八極拳士なわけだけど、素手と槍ってどっちが強いと思う?」


 うぅ、と書文は頬を引き攣らせた。冷人と燃児のやり取りを聞いて避けようと思っていた事態を飛鳥が投げ入れ来たようだ。


 燃児はそういえばと手を打っている。自己紹介のときに聞いたと思い出したのだろう。


「そういやそうだな。素手と槍とを使う流派としてはどうなんだ? どっちが強い?」


「決まっているよな? 射程も速さも威力も、槍の方が強かろう」


「かっ、槍なんざ掴んで懐入りゃしまいだろうが」


「身近を突く技もあるし、だいたいそう簡単に掴めないから有用な武器なのだ」


「ぼ、僕はまだまだ未熟だから、どっちがどうとは・・・、槍なんてろくに扱いたこともないし・・・」


 再度白熱しそうな議論に水を差す形で、書文は口を挟んだ。議論をする分には構わないがここは人が多過ぎる。ほかの生徒が喧嘩でも始めたら収集がつかなくなるだろう。


「未熟者って言ったらここにいる人みんな未熟者なわけだけどさ、書文くんって武歴は何年なの? あたしは七年」


 焚き付けた飛鳥もそれ以上煽るようなことはせず、楽しそうに笑っただけで話題の転換をしてくれた。


 これ幸いと書文はその転換に乗る。


「僕は、八年くらいかな」


「八年、負けたぁ。オレ六年」


「俺も六年だな。書文が一番の年かさか」


 冷人と燃児もそれぞれ乗った。二人の場合話題転換の意図はないだろうが、書文には嬉しい出来事だ。


「こんな差、差とも言えないよ。僕は・・・」


「ねぇ書文くん!」


 書文が何かを言おうとして、それに被さるように飛鳥が口を開いた。顔は喜色満面、勢い上々。


「せっかく中国拳士に会えたんだし、あたし塔手やってみたかったんだ! やろ!」


 と申し出てきた。




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