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学生武林  作者: 灰色
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一歩目【入学】


 講堂には二百人超の人間がひしめいていた。


 整然と並んだ皆一様に壇上へと視線を注いでいる。ここに立っている人間は、そのほとんどがまるで杭かなにかにでもなったように、ピシッと直立の姿勢を崩していない。


 その視線の先、壇上にいるのは小柄な老人だった。真っ白になった髪を撫で付け、相好を崩している老人。好々爺然とした風貌、といえばまず思い起こせるような表情だ。


 彼の名前は天道てんどう大地だいち。人好きのしそうな外見とは裏腹に、五十歳で拳術、刀剣術、槍術、弓術、馬術を極めたと言われる武人である。名を馳せて三十年が過ぎた今に至っても、腕が落ちたなどという話は聞いたこともない。


 彼一代で天道流活人道場を立ち上げた剛の者。挙げ句道場を息子に一任して自分ではこうして学校を立ち上げるという辣腕ぶり。警視庁や自衛隊の指南役申し出をすげなく断っておいて、後進の育成に余念がない傑物だ。


 今年、この天道武術学校の新入生として、武林たけばやし書文かきふみは校長を勤める天道大地の話を待っていた。


 天道は生徒の顔をゆっくりと見回し、数々の逸話を疑わせるほどに柔和な声で語りはじめた。


「新入生の皆さん、まずは入学、おめでとう」


 厳かさを感じない声は、まるで縁側で将棋でも指しているかのような気軽さを伺わせる。聞いているものに緊張をさせない、優しい声音だった。


「この学校への入学。それぞれの夢や思惑があるでしょう。

 自身の武術を磨きたい。結構。

 自身の名を上げたい。結構。

 自身の腕を認めさせたい。結構。

 ここの卒業生で有名な武術家となった者も大勢います。つい十年前には自衛隊の指南役に就いた者もおりました。そこを目指すのもよいでしょう。

 あるいは、この老いぼれを倒してやろう。そう野心を燃やす者もいるかもしれない」


 ここで天道は言葉を切って新入生を見渡した。その言葉が寒いジョークだったのか牽制の一言だったのか、書文には判別がつかない。


「今、ここには実に多様な流派分類の武術、格闘技の使用者がいます。古流のそれ。近代のそれ。素手のそれ。武器のそれ。国内のそれ。海外のそれ。

 しかし皆さん忘れないでもらいたい。

 武術とは本来、筋力的体力的体格的に劣るものが、そうでないものに抗するための手段。生き残るための術。

 無闇にいがみ合うことなどなく、同じ学舎に通う者通し、共に切磋琢磨していきましょう」



     ●



 講堂で天道の挨拶を聞き終え、新入生たちはこれから一年間自分達がつかう教室へと通されていた。


 ここ天道武術学校、通称武校には制服がないためみな私服である。ただ記名証の着用が義務付けられているだけで、服装は自由だった。


 自由といっても、ここには髪を目にかけている者も爪を伸ばしている者もズボンをだらりと下げている者も居はしないが。


 教卓に一人の男が立った。いかにもらしい、筋骨隆々とした大男だ。髪はきっちりと角刈りにされている。


「これから諸君の担任を勤める馬場ばば利和としかずだ。一年の学年主任でもある。レスリングをやっているから、新技の練習台にでもなってやる。

 この学校は、お前らも知っての通り武術学校だ。日本にも数ある中で天道校長の学校を選んだこと、その目の良さを褒めてやる。

 まずは安心しろ。武術学校だからと言って、これこれこの武術をやれと強要することはまずない。一般教科以外は基本的に個人の武術にはノータッチだ」


 それを聞いて書文はそっと安堵の息を吐いた。


 書文は武術経験者学費優遇、の文字に引かれて入学を決めたクチで、自分は八極拳以外をやらされるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたのである。


「ではなにを教えるのかと言うと、基本的にはなにも教えない」


 武術学校を道場と一緒に考えていた書文は、続く馬場の言葉に首を捻った。なにも教えないのなら、なぜ学校と銘打っているのだろう。


「他の武術学校なら、決まった門派のものを教えるのだろうが、当校では監督するだけに終わる。先達として、立ち会いに危険が無いか、変な癖を持っていないか、あるいは狂に憑かれていないか。教士はそれしか見ない」


 だから鍛練でもなんでも好きにしろ。馬場はそう締め括った。


 まさか学校で放任主義を聞こうとは。


 書文はなんだか感心する思いだった。


「さて、オレの話を長々してもしょうがない。窓側一番前から順に自己紹介」


 急に指名された生徒は、しかし慌てた様子もなく立ち上がり朗々と自己紹介を始めた。


植芝うえしば飛鳥あすかです。合気道と太極拳をやってます。メインは合気道で、補強に太極拳ってスタイルかな。よろしくお願いします」


 髪を後ろで纏め上げた小柄な少女。元気のよい仕草で一礼し、また元気よく座った。この間笑顔は崩さない。


 書文は今まで意識していなかったが、男女比は以外と偏っていなかった。どちらかと言えば男子が多いものの、それも六:四程度の割合しかない。


 書文がなんとなしに教室を見回しているうちに次の生徒が自己紹介を始めた。


「名前は大山おおやま冷人れいと。古流の空手をやってます。どうぞ、よろしく」


 緻密に計算された無造作ヘアーは、天然のものか手を加えたものか、僅かに茶がかかっていた。背筋のスッと伸びた彼、冷人はクラス内を振り返ってニカッと笑った。


 どこがどう、というわけではないがどことなくチャラい。姿勢は実に正しく、椅子に座っても背もたれなんて使っていなかった。


 自己紹介はそのままどんどん進んでいく。ボクシングや総合格闘技なんかが多かった。


 そして書文の番。


「武林書文です。八極拳をやってます。よろしくお願いします」


 当たり障りのない挨拶を終えて着座。その後も特に目だった人がいるでもなく自己紹介は進んでいった。


宝蔵院ほうぞういん燃児ねんじ。槍術」


 書文の三つ後ろで、長身坊主の男子生徒が無愛想に腰を下ろした。


 竹刀や木刀を持った生徒も数いるなか、彼は一人だけ柄付き竹刀。つまり槍を持っている。槍術というからには当然、あれを使うのだろう。八極拳を使う書文としては意識せずにはいられない。


 たまにギャグを滑らせる者もいながら、自己紹介は順調に人数を消化していった。


 やがて最後の一人が席に座ると、教士の指示を仰ぐために生徒は口をつぐみ馬場を見ている。馬場が何かの指示を出そうと口を開きると。


 ガラガラガラ、と教室後方の戸を引き、一人の女生徒が入室した。


「すいません、遅れました」


「ちょうどいい、今自己紹介をしてたところだ。そこで済ませちまえ」


 いきなり水を向けられた女生徒は怯むこともなく、艶やかなポニーテールを揺らしながら一礼した。


東郷とうごう刃月はづき、剣術家です」


 左腰に挿した柄の長い竹刀を誇るように、女生徒・・・東郷刃月は宣言するように名乗った。


 教室中の視線が彼女に集中する中、誰かの呟きが書文の耳に届いた。


剣后けんごうだ・・・」


 畏怖するような呟きは誰のものだったのか。どうやら有名人らしい彼女、刃月のことを知らないのは、書文だけであったらしい。




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