無口な淑女?いいえ!田舎訛りを隠してただけです!〜勘違いから求婚されたのに、方言も可愛いと溺愛されています〜
「イヤなら、シネばいいのに」
思わずボソリと呟いたエステラの言葉を聞き、金髪の伯爵令嬢が目をむいた。
「死ねばいい?! 今死ねばいいって言いましたの?! ひどいっ、あんまりな言い方ですわ!」
「えっ?! あ、いえ、違くって……!」
瞳を潤ませる令嬢にエステラは狼狽する。慌てて説明しようとするも、もう手遅れだった。
周囲にいた令嬢が、一斉に怒りの目をエステラへと向ける。
「聞きました今の? リリィ様になんてひどいこと!」
「ええ、はっきり『死ね』と聞こえましたわ。エステラ様ってそんな人でしたのね」
「違うんです! これは、その……っ」
「言い訳は結構ですわ。お気の毒なリリィ様!」
「あんな方放って、もう行きましょう!」
こういう時の令嬢たちの団結は凄まじい。彼女らは慰めるようリリィを取り囲み、あっという間にエステラだけ残してその場を去っていった。
ぽつり残されたエステラは独り弁明する。
「……違うの、『しねば』いい、は『しなきゃ』いいって意味なのよ――!!」
エステラ・オースティンは、伯爵の父を持つ十七の少女だ。
エステラが十二歳の時、母が肺を患い、空気のきれいなガルシア地方にある実家で療養することになった。父は仕事があるので王都に残ったが、子供だったエステラは母を心配し、一緒にガルシア地方で暮らすことにした。
一時は命をも危ぶまれた母だが、五年に及ぶ闘病ですっかり元気を取り戻した。再来月には母も王都の屋敷へ戻ってくる予定だが、エステラは一足先に帰ってきたのだ。
その理由は、いつまでも田舎に引き籠っていたら、婚期を逃すと父が心配したからだ。これからは王都の社交界に頻繁に出入りして、交流を広め、良い婿を探して欲しい、というのが父の願いだ、けれど。
「社交界で友達一人つぐれねっのに、婚約者づがまえるなんて、到底無理だず……」
屋敷のソファにぐったりと座り、エステラは独りごちる。
緑豊かなガルシア地方での生活は楽しかった。けれど大きな弊害が一つ残った。
困ったことに、この五年で、ガルシア地方の方言がすっかりエステラにも沁み込んでしまったのだ。
なんせ実家では祖父母も母も当たり前にガルシア弁でやり取りするし、屋敷のめし使いたちもほとんど現地の人だ。毎日彼らと接するうち、気づけばエステラもガルシア弁が堪能になっていた。
とはいえ十二歳までは王都にいたので、当然基本は標準語だ。
けれどふとした拍子に――焦っていたり、気が抜けていたりすると、ポロリと方言が出てしまうことがある。あと標準語で話しているはずなのに、たまにイントネーションがおかしい、と父から指摘される。
そして先週、方言が原因で、伯爵令嬢のリリィを怒らせてしまった。
同じ伯爵位ではあっても、歴史が古いだけで、富豪とは言えないオースティン家とは違い、リリィ嬢の家は最近貿易でかなり成功している。
リリィは他国から仕入れた最新ファッションのドレスやアクセサリーを身にまとい、令嬢たちの憧れの的となっているのだ。五年も田舎にいて、王都の流行りにはまるで疎いエステラとは、真逆の存在だ。
五年ぶりに同い年の令嬢たちが集まるお茶会に参加してみたエステラは、あまりに皆がこぞってリリィをもてはやすものだから、内心ちょっと驚いていた。
きっかけになったあの時も、リリィは延々と自分の話をしゃべり続け、周りはそれに追従するばかりだった。
ダンスは苦手なのに、男性からのお誘いが多くて大変だとか、お母様が趣味で次々新しいドレスを買ってきて着せたがるから困る、とか。
わたくしはしたくないのに、困っちゃいますわあ、みたいな会話に正直飽きてきて、エステラの頭は大分ぼんやりとしていた。
それでつい「やりたくないなら、しなくてもいいんじゃない?」くらいの軽い気持ちで口を開いて――誤解による集中砲火を浴びた。
グループのリーダー的な存在であるリリィを怒らせたのはまずかった。ほとんどの令嬢がリリィの味方になって、エステラを敵視してくる。
最初こそ、誤解を解くため話かけようとしたが、全員から無視されてしまった。
さらに陰口も言われた。
エステラの深いグリーンの、くっきりとした瞳は母親譲りだ。けれど祖母に似てやや目じりが吊り上がった猫目なのを、「きっつい印象よね」と蔑む。
ふわふわ波打つ明るい茶の髪は、柔らかすぎる猫っ毛で量も多い。まとまりづらくて自分でも好きじゃないけれど、「あれじゃメイドが櫛を通すのも大変でしょうよ。リリィ様の癖のないブロンドとは大違いだわ」などと他人から笑われれば悲しくもなる。
おまけに通りすがりに、足を掛けて転ばせようとしてくる始末だ。
誤解させた自分も悪いけれど、徒党を組んでネチネチ嫌がらせをしてくる令嬢たちにはうんざりしてしまい、なんかもうどうでもよくなってきた。正直ボッチの方が気が楽だ。
それにいつまた同じ過ちを犯すかもわからないと思うと、もはや口を開くのが怖くなってしまう。
社交界に出ていく気なんてすっかり失せてしまったエステラの気も知らず、父が一通の手紙を手に、意気揚々と現れた。
「エステラ! おまえ宛てにヴァレット公爵家から舞踏会の招待状がきているぞ! 噂では今年十八歳になる嫡子の婚約者候補を探すため、年頃の令嬢を招待してるそうなんだ!」
これはチャンスだぞお! と父は大盛り上がりだ。
「公爵家のご令息といえば、お父上に似て大変博識で、剣術や馬術にもすぐれた文武両道と名高い方だ。そのうえ眉目秀麗と評判のご子息だぞ」
父は娘が喜ぶであろう情報をずらずら並べるが、エステラは大きくため息をつく。
――ああ、それならきっとリリィやその取り巻きも招待されているわ。
考えただけでうんざりした。
夜会当日、初めて目にした公爵令息のアランは、父の言っていた通り、とんでもなくきれいな顔立ちをしていた。
光り輝く金髪に、鮮やかな青い目。優しい弧をかく眉、低すぎず、高すぎない鼻、すべてのパーツが完璧な配置だ。繊細で甘い顔立ちだが、鍛えられて締った体つきをしている。背が高く、スタイルもいい。まさに非の打ち所がない美青年だ。
田舎にいたエステラは知らなかったが、社交界で大勢の令嬢を虜にしてきたというのも納得だ。
まさに争奪戦だろう。今更ぽっと出のエステラが参戦しようにも、勝ち目がないのは見えている。
父には悪いが、今夜は壁の花として終わるだろうな、とエステラは他人事のように思っていた。
しかし、大勢の令嬢が熱い視線を向ける中、舞踏会の曲が流れだすとアランは何故かまっすぐエステラの方へ向かってきた。
「エステラ嬢、一曲踊って頂けますか」
え? なんで私?
すらりと長い手を優雅に差し伸べてくるアランに、目を瞬かせる。
わざわざ自分を最初のダンスの相手に選ぶ理由がわからない。自分よりもっと身分の高い子も、可愛い子もいっぱいいるではないか。
その座を狙っていたのだろうリリィが、ひどい形相でこちらを睨んでいるのが見えた。
ああ、これで余計にリリィたちからの風当たりが強くなりそう。
すでにどっと疲れた気持ちで、しかし本日の主役からのお誘いを断るわけにもいかず、エステラはアランの手をとった。
「エメラルドの瞳がお美しいですね、エステラ嬢」
ダンスが始まると、アランがエステラの瞳を真っ直ぐ見て言った。これだけ美麗な公爵令息様に、間近に見つめられて「美しい」なんて言われたら、どんな女の子だって浮足立ってしまいそうだ。
「……ありがとうございます」
しかし舞い上がるほどボロが出そうと自覚しているエステラは、努めて冷静に振る舞った。
「意思が強そうに煌めいていて、大変魅力的だ」
それって、気が強そうとか、生意気そうとかいうのを、オブラートに包んだだけじゃない?
猫目については悪口言われ慣れていて、誉め言葉も素直には受け取れない。
「そうですか、アラン様のサファイアのような瞳の美しさには、かないませんわ」
女の自分よりずっと美しいという言葉が似合う令息からのお世辞に、エステラは本音で返す。
「伝統的で格式あるその衣装もお似合いだ」
「それは……どうも」
王都に戻ってくるも、新しい衣装を仕立てる時間も金銭的余裕もなくて、今日のエステラのドレスは母の若い頃のドレスを手直ししたものだ。エステラは母のセンスが好きなので気に入っているが、当然時代遅れのデザインなのも自覚している。
今の流行はリリィが着ているような、フリルとレースをふんだんに使った、ヒラヒラフワフワした軽やかなドレスだ。エステラの、厚い生地に刺繍をびっしり入れた重たいドレスは、かなり古風に見えるはず。
色だって、リリィのような可愛らしいピンクを着たほうが、男性受けするはず。一方、エステラのドレスは、茶に近い地味な臙脂色である。
公爵令息様はどんな令嬢相手でも、誉め言葉を用意しなくちゃいけなくて大変ね。
エステラは思わず相手に同情の視線を送ってしまった。
また訛りや方言が出てしまうかもしれないので、こちらからはあまり話しかけない。ひたすらアランの話の聞き役に徹し、相槌打っているうちに曲が終わった。
アランと踊っている間、ずっととリリィの敵意むき出しの視線が刺さって痛かったので、エステラはホッと肩の荷を下ろす。
「楽しいダンスでしたわ、ありがとうございました」
「あっ、エステラ嬢――」
アランが何か言いかけたが、エステラは当たり障りない礼をのべ、さっさとその場を離れてしまった。
とたん次は自分の番! と意気込んだ令嬢たちが、アランの周りを取り囲む。
当然リリィは、その最前に踏ん張っていた。
あれを全部さばかなきゃいけないなんて本当お気の毒だわ、とますます不憫な気持ちでしばし遠巻きに眺めていたが。そんなことより、普段食べられない公爵家お抱えシェフの料理を楽しまなくちゃ、とエステラはダンスフロアを後にした。
「ここにいたんだ、エステラ嬢」
デザートまでしっかり食べて、ドレスのお腹が苦しくなったエステラが、バルコニーで夜風にあたって休んでいると、アランに声をかけられた。
自分を探していたというアランに、きょとんと首を傾げる。
「突然で申し訳ないけれど……エステラ嬢、僕と結婚してくれないか?」
え? は? え? プ、プロポーズ??
嬉しいとか思う前に、唐突過ぎてパニックになる。
からかわれているか、なにかの間違いではないだろうか。
「なして……んんっ、なんで私なんですか?」
訛りそうになるのを咳払いで誤魔化す。
ついエステラは疑わしげにアランを見てしまった。アランが苦笑する。
「ダンスに誘って、あんなに嫌そうな顔をされたのは、人生で初めてだった」
そんなに顔に出てたかしら?
確かにこんな王子様みたいな人に誘われて、そんな反応普通しないだろう。ごめんなさい、という気持ちになる。
「僕に褒められても、ちっとも嬉しそうじゃなかったね」
だってどうせお世辞なのはわかってたし……。
「自惚れかもしれないけど、公爵令息である僕にプロポーズされたら、もっと喜ぶ子が多いと思うよ。なのに、きみときたら眉を顰めて『なんでですか?』とくる」
いや、べつに告白されて嫌なわけじゃない。けれど俄かには信じ難いのだ。
「僕はね、くだらないおしゃべりが多い女の子が苦手なんだよ。無口で冷静で自分をしっかり持っている子の方がいいんだ。流行ばかり追って騒いでいる子じゃなく」
無口なのは、しゃべると方言が出るのを隠したくてだ。
エステラだって本来、おしゃべりは好きな方だ。
流行のお菓子とかは、普通に気になる性質でもある。
なにかひどい誤解をされている、とエステラは気づき始めた。
「僕に群がる令嬢たちを、ひどく醒めた目で一瞥している姿も気に入った」
あれはあなたに同情してたんです、とは言えない。
「どうか僕のプロポーズを受けて欲しい」
ええっ、どうする? はい、って言っちゃう?
こんなに素敵な人と婚約なんて、嬉しくないはずはない。澄んだ青の瞳で見つめられるとドキドキしてしまう。公爵家に嫁ぐなんて玉の輿だし、父も母も大喜びだろう。エステラも早く両親を安心させてあげたいと思っている。
だけど――誤解にのっかるのはズルくない?
たんに田舎暮らしが長かっただけ、なんてアランにはガッカリな理由だろう。
本来の自分を、一生隠しておけるわけもないし……。
ぐるぐると考えすぎて、頭が痛くなってくる。
「えっと、あの……少し考えさせてください……」
絞り出す声で、そう返すのが精一杯だった。
「すぐに答えを出さないところも賢明だね。ゆっくり考えてみて」
アランは満足そうに頷いた。
「すっごいきれいなオッドアイの子だったのよ!」
「お嬢様は本当に猫がお好きですね」
昨日公爵邸へ行く途中、馬車の中から見かけた猫が気になって、翌日エステラはメイドを連れて昨日来た道を探しにきたのだ。
自分と似ている、と言われるからではないが、エステラは猫がとても好きだった。
「いたわ! あの子よ、昨日見かけた子」
公爵邸へ続く道の途中に馬車を止め、木々の生い茂る横道に少し入ると、すぐに茂みの中に真っ白な毛並みの猫を発見した。
足早に近づこうとしたエステラの背後で「あっ」とメイドが小さく声をあげた。
「申し訳ございませんお嬢様、日傘を馬車においてきてしまいましたわ」
「いいわよ、すぐ戻るし」
「いけません、今日は特別日差しが強いですから。すぐに取ってまいりますわ」
侍女が行ってしまったあと、エステラは一人で白猫に近づき、バスケットから厨房で用意してもらった包みを取り出して広げる。中身は茹でた鶏ささみである。
食べ物だと察して、白猫はすぐに自分から寄ってきた。しゃがみこむエステラに甘えるよう擦り寄って鳴く。
「いっぺけ、いっぺけ」
いっぱい食べな―、と声を掛けながら、ささみを与える。
遠目で見たときはわからなかったが、毛艶のいい猫だ。野良ならば連れ帰ってうちで飼おうかとも思っていたが、こんなに太っているなら、誰かが面倒を見ているのだろう。
夢中でささみにがっついている姿が可愛いくて、思わず声が出る。
「んにゃ~めんごい猫っこだにゃあ、ふくれっこだにゃあ?」
ふくふくとして可愛らしい猫の背中を撫でていた、その時。
「きみ、猫語をしゃべってる?」
背後からの声に驚き振り返ると、立っていたのはアランだった。
「アラン様!? ど、どうして」
「どうしてって、ここはうちの領地だよ。馬で時々散歩にくるんだ」
アランのうしろには、さっきまで乗っていたのであろう立派な白馬がいる。
公爵家の屋敷からは大分離れているので、ここはもう私有地ではないと思い込んでしまっていた。
勝手に入り込んでいたエステラが悪いことになる。しかしアランは咎めることはせず、質問を続ける。
「そんなことより、さっきの、きみ猫と会話が出来るの?」
「違います!」
猫に猫語で話しかける変人だと思われている。聞かれていたと思うと恥ずかしくて堪らないが、落ち着いて、とエステラは自分に言い聞かせる。
ここで焦ってしまうからダメなのよ、と一度大きく深呼吸した。
今度こそちゃんと説明しなくては。
「今のは、母の故郷の方言です。一人だったので気が緩んで、つい田舎の訛りが出てしまっただけなんです」
「いやいや、そんな人間が猫みたいにしゃべる領土があるわけないだろ」
しかしアランは冗談を聞いたように苦笑する。
「あるんです! ガルシア地方じゃこうなんです!」
信じてないアランに、エステラは赤くなりムキになって言い返す。
「へえ、本当に? じゃあもっとなにかしゃべってみてよ」
「いやです」
面白がっているアランに、馬鹿にされるのはまっぴらだと、エステラはプイッと横を向く。
「なんで? 可愛かったのに」
意外なことを言われて、目を瞬かせる。
「方言が、可愛い、ですか?」
「というか、方言使っちゃって真っ赤になって恥ずかしがっている、きみが可愛い」
「……!」
微笑まれ、エステラの頬がカアアッと熱くなる。
そんなこと初めて言われた。ますます赤くなったエステラに、アランは軽く噴き出した。
クスクス笑いながら言う。
「なんだか昨日とは随分雰囲気が違うね。夜会では、ツンと澄ました気位の高い猫みたいだったのに。今は年相応の女の子って感じだ」
「……アラン様も、昨日と雰囲気が違います。そんなに笑う人だと思いませんでした」
もっと表情少なく、淡々とした感じだった。
「僕だって面白いことがあれば笑うさ。社交界では楽しいことがほとんどないから、笑わないだけ」
「その……ガッカリしませんでしたか……私の無口なところが良いと思ってプロポーズしてくれたんですよね。でも私、本当は無口なわけじゃないんです。ただうっかり方言が出るのが怖くて、あまりしゃべれないだけなんです。それで一度失敗したことがあるので」
「失敗って……それは、リリィ嬢に『死ね』って言った件?」
アランまでその件を知っているのか。どこまで話が広まっているのかと悲しくなる。
「あれは……ホントに違うんです。『しなきゃいい』って言うつもりで『しねばいい』って言っただけなんです……」
誤解なんです、と弱々しく告げるエステラの情けない顔がツボに入ったらしく、アランはさらに肩を震わせる。
「そうなんだ、リリィ嬢に『死ね』なんて言える、随分強気なお嬢さんがいると知って、きみに興味を抱いたんだけど、誤解だったんだね」
「え、それで私を知ったんですか?!」
そんなの、普通なら印象最悪じゃないの?
「僕はリリィ嬢とその取り巻きが苦手なんだ」
不思議に思うエステラの前で、アランは苦々しい顔になる。
「昨日のダンス中も、リリィ嬢はずーっとベラベラ自分のアピールばかりしゃべっていて、聞いていて頭が痛くなってしまった。僕が嫌いな女性のおしゃべりの典型的なやつだよ」
心底うんざりと語るアランを見て、意外に思う。男性はみんなリリィのような女の子を愛らしく思うのではないのか。
「まあ私もリリィ様のお話はちょっと退屈で……眠気がしていたせいで、不用意な言葉が出てしまったんですけど」
「ははっ、正直でいいね」
アランはまた笑った。きれいに整った、大人びた顔立ちが、笑うと少年のような顔になる。
昨夜、月の下で見た冷静な公爵令息としての顔つきより、明るい陽射しを浴びて笑うアランは、ずっと生き生きしていて魅力的で、エステラはついドキドキしてしまった。
「きみ、やっぱり面白いね。プロポーズしたのは、正直きみが同年代の女の子のなかでは一番面倒臭くない子に思えたからだ。見た目がタイプだったのは本当だけど、両親に結婚を急かされ、仕方なくな面も大きかった。でも今日きみに会って、ガッカリどころか、むしろずっとエステラのことが好きになった。プロポーズの話、ぜひ前向きに考えてくれ」
べつにエステラが無口でも冷静でもなんでもないと知ったのに、アランはプロポーズを取り消す気がないらしい。方言も気にしないどころか、面白がってくれる。
昨日は嘘みたいだったプロポーズが、急に現実味を帯びて、エステラの心臓がいっそう早鳴っていく。
「なあ、僕たちもっとお互いのことを知る必要があると思うんだ。月末にある王家主催のパーティに、僕のパートナーとして、一緒に行ってくれないか?」
もっとアランのことを知りたい、と思い始めていたエステラに、断る理由はなかった。
王宮で開かれるパーティに、エステラは事前にアランから送られたドレスを着て出かけた。
エステラの瞳に合わせた深い緑の、古典的な柄だが洗練された上品なデザインのドレスで、着つけた侍女たちに大いに褒められた。
王宮の前庭でアランと待ち合わせて、一緒に城内に入る約束だったが、緊張していたエステラは予定より随分早く着いてしまった。
次々と馬車を降りて王宮内に向かう、華やかなドレス姿の令嬢たちを横目で見ていた時。
エントランスホールへと続く宮殿前の階段を上っていた一人の令嬢が、ドレスの裾に躓いてこけた。
転んだ拍子に左足からヒールが脱げて、ころころと階段を転がり落ちていく。
結局ヒールは一番下の段まで落ちてしまった。
「――ぷっ!」
近くにいた令嬢たちの中から、噴き出す声が聞こえた。
「あらやだ、リリィ様っ、笑っちゃ可哀想ですわぁ」
「失礼。ですけど、こんなとこで転ぶなんて……!」
クスクスしているリリィたちをしり目に、エステラはすぐ階段下へ駆けていった。
ヒールを拾うと、階段途中で片足裸足の状態のまま硬直している令嬢へと向かう。
真っ赤になっている令嬢に、ヒールを差し出す。
「大丈夫だが?」
「え?」
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい! ご親切にありがとうございます!」
小柄で大人しそうな令嬢は、エステラに何度も頭を下げる。
「実は、父がエスコートしてくれるはずが、王室の方に急な用事で呼ばれて先に行ってしまいましたの。一人だと心細くって……もしよければ、父が戻るまでご一緒出来ませんか」
恥ずかしそうにお願いしてくる令嬢に、喜んで応じる。一緒に階段を上がり、エントランスホールへと入った。
「――それにしても、素敵なネックレスですね」
相手の淡い色合いのドレスの胸元で、ひときわ存在感を放つ重厚なデザインのネックレスに興味を魅かれる。年代物の貴重な品だとすぐにわかった。
「まあ、ありがとうございます。祖母から譲られたもので、大切にしているんです」
褒められて令嬢がはにかむ。
彼女の父親を待つ間、他愛ないおしゃべりを続ける。令嬢が実家に犬三匹と猫六匹を飼っていると聞き、同じ動物好き同士、話が弾んだ。
さらに令嬢が田舎から来ていてパーティには慣れてないと言うので、親近感を持つ。
「どちらにお住まいなんですの?」
「ああ、名乗るのが遅くなりました、私はバスカル辺境伯の次女、オリビアと申します」
バスカル辺境伯! 確かに首都からは遠い地だが、西に広大な領土を持ち、長きに渡り国境を守る重要な家門だ。王家からの信頼もとくに厚いと聞く。
つつましやかな令嬢の口から、思いがけず大物の名を聞き、ちょっとびっくりした。
改めてエステラも自己紹介を済ましたところで、オリビアが「あっ」と声を上げた。
「父が戻ってきましたわ! ありがとうございましたエステラ様、またあとでお会いしましょ」
お礼を言って去っていくオリビアを見送っていたら、後ろから声を掛けられる。
「エステラ! 探したよ。先に行ってしまわないでくれ」
「アラン様っ、ごめんなさい。ちょっと事情があって……」
「まあ、無事会えてよかったよ。――ドレス、よく似合ってるね。贈って正解だったな。とてもきれいだよエステラ」
アランはすぐに切り替えて、流れるように褒め言葉をくれる。
「さあ、行こう」
差し伸べられた腕を取り、会場である大広間へと向かった。
シャンデリア煌めく王宮の豪奢さに最初は緊張していたエステラだが、アランがエスコート上手なので、次第に肩から力が抜けていく。
もう訛るかもと委縮する必要もないので、エステラも久しぶりに気楽に会話することが出来た。
「アラン様の領地にいた白猫、すごく可愛かったわ。どなたかが飼っているの?」
「ああ、よく屋敷の庭にくるからメイドが交代で世話してる奴だね。急に太ったから臨月なんじゃ、って話だ。子猫が生まれたら、きみが一匹貰ってくれるかい?」
「本当? とっても嬉しいわっ!」
喜びはしゃいだエステラは、そこで小首を傾げる。
「アラン様は、女のおしゃべりが嫌いと言っていた割に、私のお話をちゃんと聞いてくれますね」
「そりゃ、きみの話は邪気がないからね」
子供っぽいと言いたいのだろうか。ちょっと不満だけど、アランが楽しそうなので、まぁいいか、と思う。
また博識なだけあって、アランのする話も面白く、つい自然と聞き入ってしまう場面も多かった。
アランが隣にいると、いつになくパーティを楽しめた。
すっかりリラックスしていたところに、なにやら皮肉げな嘲笑が聞こえてきた。
「なあにコレ、すごい昔のデザインね、黒ずんだ骨董品じゃない」
「ひどいです、ちょっと見せて欲しいというから、お貸ししたのにっ、からかうのなら返してください!」
「いやだわ、こんなダサいネックレスがそんなに大事なの?」
なんだろう、と視線を向けると、リリィとその取り巻き数人が、オリビアの大切なネックレスを取り上げて、手の中で弄びながらからかっているのが目に入ってきた。
同じく気づいたアランが、眉を顰める。
「おい、きみたち――」
アランが咎める前に、エステラはたまらず前へ進み出ていた。大きく息を吸い、勢いよく口を開く。
「こりゃ! なしてそんないづ悪いことばっがすんね!」
「えっ?」
「はっ?」
「エステラ様?」
リリィやオリビアたちが目を見開いてこちらを向くが、エステラの勢いは止まらない。
「ああもうっ、ごしゃっぱらげる! 人の大事なもんをちょして、よぐねど! ほだなごとしてっと、いい加減ごしゃぐよ!」
いっきに捲し立ててから、ぽかんとしている人々に気づいて青ざめる。
――――やってしまったわ。
怒りに我を忘れて、方言丸出しにしてしまった。
固まっているエステラの後ろから、ふっ、と吐息が漏れるのが聞こえた。噴き出したのはアランだった。
「あっはははっ、ほとんどなんて言ったのかわからないっ、でも怒っているのはよく伝わったよ! ふふっ、エステラ、きみって本当面白過ぎる!」
アランは大ウケだ。腹を抱えて笑っている。
恥ずかしくて一転エステラが顔を赤くしていると、立派な体格の紳士が足早にこちらへ歩いてきた。
「どうした、オリビア、一体なんの騒ぎだ」
「あ、お父様!」
先程まで泣きそうだったオリビアの顔が、ぱあっと晴れた。
「実はお祖母様の形見の品に、この方たちが悪戯してきましたの。でもこちらのエステラ様が助けてくださったんです!」
オリビアが揃えた指先を差し向けて、エステラを紹介する。
「なんだって? 私の可愛い娘をイジメていたのか」
厳しい眼差しを受け、リリィたちの顔色が一気に曇る。
「……バスカル辺境伯の娘? この子が?」
「嘘……本当に?」
ずっと笑っていたアランも、そこで表情を改める。
「きみたち、ここが何処だかわかっているのかい、王宮内だよ? ごらん、国王様も騒ぎに困惑されていらっしゃる。原因になったリリィ嬢たちの家門にはそれぞれ、きついお達しがいくだろうね」
促されて見ると、フロアの奥、玉座に座られていたはずの王様と王妃様も立ち上がり、こちらの様子を伺っているのがわかった。
リリィたちの顔からサアアッと血の気が引いていく。
騒ぎの原因というなら、大声出してしまった自分も怒られやしないか、と不安になるエステラに、アランはニッコリ微笑みかける。
「本当にきみは最高にステキだ」
それからいきなりその場にうやうやしく跪いた。
エステラの右手をとると、そっと手の甲にキスをする。
「エステラ嬢、あらためて願います。どうか僕と結婚してくれませんか」
王様たちも見ている場で、こんなに堂々とプロポーズするなんて!
アランの大胆さに驚いて固まってしまう。けれどアランは、キラキラと自信に溢れた微笑みを向けてくる。
「僕のこと、嫌いじゃないだろエステラ? ほら、猫語で応えてくれよ」
猫語じゃありません、と内心文句を言うが、ニコニコしているアランの期待を裏切れず、エステラは赤くなりつつ彼の瞳を見つめ返す。
小さくなる声で、しかし勇気を振り絞って告白した。
「……んだにゃあ、アラン様が好きだず、ずっと一緒にいでけんねが?」
破顔したアランが勢いよく立ち上がり、エステラを抱きしめる。
「ああ、僕も大好きだ! 一生一緒にいようエステラ!」
まっすぐな言葉と眩しい笑顔に、胸がいっぱいになりながら、エステラは大きく頷いた。
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