異界渡りのセイ女
セイ女が異界の壁を超え、この世界へと渡ってくる。
この神託が降りた瞬間、王都最大の規模を誇る神聖教会の聖堂は興奮に包まれ、そして、その後に続いた神託により、大混乱の坩堝へと叩き落とされた。
かつて聖女と呼ばれる少女が異界よりこの国へと渡って来た。彼女は元いた世界では虐げられていたらしく、自己肯定感が低く、卑屈で、常に全てに怯えていた。
神託を受けた神官により保護された彼女は、それは丁重に饗され、大切に扱われた。その後、その奇跡の力で多くの民を救い、その御業で国を繁栄させたことを讃えられ、感謝されるうちに、すこしづつ、彼女は自信を回復し、素晴らしい伴侶に恵まれて、幸せに充ちた生涯を送った。
分派として聖女教がおこり、神の使徒として崇められている彼女の存在がある以上、約150年ぶりの異界渡りの神託に熱狂するのも当然だった。
だが、神託はこう続いた。
此度、異界より"除かれ"て、迷い込む渡り人がセイ女である。
此度のセイ女は咎人である。
因果により、タランタス地方マグラリー教区の中にある聖ヤルシャ教会のシスター、シスターアティリアに全権を託し、彼女に矯正をさせるように。
とても、聖女に対する神託ではなく、犯罪者に対する文言であったし、そもそも、はっきりと"咎人"であると銘打たれている。
どういう事だと騒ぎになる一方で、聖ヤルシャ教会とは何処の教会だ、シスターアティリアとは誰なんだと、こちらも騒動に拍車をかける。
結果として、聖ヤルシャ教会とシスターアティリアについて詳細が判明したのは半日が過ぎてだった。
半日でも十分に早い方だろうというのが、その場にいた者たちの総意と言って過言では無かった。なにせ、そもそもタランタス地方がかなりの田舎であり、その上、聖ヤルシャ教会はいくつかの教区を統べる司教のいる教会、という事も無く、更に小教区に分割された、その更に下、過疎の村にある助祭1人とシスター1人しかいない辺境の教会だったのだ。
シスターアティリアはその教会で勤めを果たす、年若い、村出身の敬虔なシスターだと判明した。
村出身というのは兎も角として、敬虔なシスターというのは、一介の、それも重要視されない教会のシスターを、主が名指して神託されたのだからという部分で、勝手に脚色されたものではあったが。
さて、そんな神託から暫くのち、実際に1人の異界渡りが迷い込む。
神託に則り、捜索していた司祭たちは、実際に遭遇した人物が、本当に神託にあった人物なのかと訝しみ、長い問答の末に、間違いなく異界渡りをしていると結論付いたこと、なにより、本人が"女"であると初めから宣言していたため、無事に聖女として保護され、予定通りにシスターアティリアの元へと送られたのだった。
そんなセイ女、ジョナサン・ウィンターこと、ジョリー・ウィンターは、どっからどう見ても男だった。つけ加えて言うなら、むしろおっさんだった。
「私はあんたたちの神様に聖女だって言われたの」
「私はオンナよ」
「はやく、王子様と会わせてよ、結婚させてくれるんでしょ」
意味の分からないことを捲し立てる彼女?に司祭たちは困り果てたが、間違いなく自分たちが信奉する主と会っていたと分かる供述に加えて、神託に符合する部分もあり、かなり齟齬もあったが、まぁ、間違い無いだろうし、もう、辺境に押し付けるんだから、間違いでもいいかと、送り飛ばされた。
「なんで、あたしがこんな目に合わなきゃいけないのよっ」
辺境のボロ教会で掃除をサボりながら、セイ女ジョリーは叫んでいた。
一応はシスター服を着てるが、似合わないコスプレにしか見えない。
むかいで頭を抱えるシスターアティリアは御年14歳、可憐な見た目とシスター服で清楚さマシマシなために、黙って立ってりゃ神の使徒そのものな美少女であるが。
「巫山戯ないで欲しいわ、ほんっとーに。なんで生まれ変わってまで、転移して来たあんたの面倒みなきゃなんないのよっ」
口悪くブチギレていた。
シスターアティリアは転生者だった。
前世では日本に生まれ、女性アスリートとして頂点を極めたのち、後進育成や競技の普及、審判も勤めて、競技者として、競技の発展に寄与した人物として、活躍した人物だったが。天寿を全うして、この世界に転生してからは、村のシスターとして生きていくと文字通りの第二の人生を謳歌する予定だった。
「なのに、なんであんたが来るのよっ」
ジョナサン・ウィンターは転移者であり、時空の捻れにより、時系列がズレ、生まれ変わったシスターアティリアの元に転移したのだが、アティリアの前世、藤堂香菜とは因縁があった。
ジョナサン・ウィンターは元は男子選手として、競技に参加するアスリートだった。
男子選手としては成績は芳しくなく、凡庸な選手だったのだが。
「私はトランスジェンダーで、心は女なの」
との一言から、1年半のホルモン療法を経て、女子スポーツへと転身、そこからは表彰台のトップを独占、藤堂香菜の持っていた世界記録も塗り替え。
「他の女子アスリートは努力が足りないわ、私みたいにならないと」
そう発言して、世界中から非難された。
結果的に、ホルモン療法を経たといって、科学的にも倫理的に女子アスリートとは呼べないとの司法判断で記録が取り消されたあたりで、判決に納得せずに暴走し、ヒステリックに暴れまわった結果、居合わせただけの男性に重傷を負わせて収監され、何故か異界の壁を開けてしまい、異界の神と対面することになった。
そう、異界の神様、丸投げただけである。
「そうっ、あんたっ、あのカナなのねっ! にっくらしい、あたしからレコードを奪い返してっ」
ジョナサンことジョリーは、シスターアティリアが藤堂香菜であると知ると、激昂して襲いかかろうとした。
身を固め、一瞬怯えたシスターアティリアだったが、ジョリーの手足に地面から飛び出した光で出来たような鎖が巻き付き、動きを拘束した。
「なによこれっ!」
ジョリーは必死に藻掻いたが外れず、そして、シスターアティリアの脳内に神様の声が聞こえた。
「もう、ほんっとに、そいつ面倒くさいんだけど、言いたいこと、いっぱいあるでしょ。一応は改心したらさ、今度も人間に転生させるけどさ、ってことで、シスターとして、ね、"改心"させて」
シスターアティリアこと、藤堂香菜は成る程と頷いた。
言いたいは山とある。それこそ、エベレストも可愛い程だ。
これは正論をぶつけるだけで、何も悪いことじゃない。それに私はシスター、咎人を諭し改心させるのが仕事だ。
「口まで塞がれてるわね。丁度いいから、い~っぱい教えてあげるわ」
腰に手を当て、仁王立ちから、やや前に上体を倒したアティリアは一気に話し出した。
あんたは心は女だって言ってたけどねー。女の私から言わせれば、はーって話よ。
トランスジェンダーだか知らないけど、まぁ、それは本当だとしても、あんたに女子アスリートの心なんて、これっぽっちも理解なんて出来てないわ。
いいっ、アスリートはね、女子も男子も関係なく、本物のアスリートは一番になりたいの、女子も男子も関係なくねっ。だから、女子アスリートたちは、男と対等にやり合える身体があるなら、男子と戦って最強を証明したいの、やっぱり自分が一番って思いたいの。
あたしがあんただったら、トランスジェンダーとして男の身体能力を持って性転換した上で、男子スポーツで頂点とるわ。
トランスジェンダー選手として男子スポーツで一番になる。アスリートとして、それが一番の名誉でしょうが。
女子アスリートはね、生理もある、結婚、妊娠、出産、すべてキャリアに穴があく、出産すればパフォーマンスも落ちるかもしれない。過度なトレーニングで生理不順になる子もいる。わかる、女であることが、競技続ける中でもハンディになる。それでも、女として誇りもって、時には母親であることにも誇り持って頑張ってんの。そうして積み上げたものを、「心はオンナなのー」なんて言って、ぶち壊して、なにが心は女よ。
あんたは身体が男であることを受け入れられない、女になりたい人間かも知れないけど。女性に対するリスペクトも、周りに対する配慮もない、ただの屑よ。
私には、マイノリティの友人もいたわ。
彼女は私よりも美人だったし、とっても女性らしかったけど、一度だって「女の心がわかる」なんて言わなかった。「心は女」だけど、本当の意味で女性と一緒じゃないって、いつも苦しんでた。
男として育ったこと、身体が男だったこと、それでいつまでも、「私はニセモノだから」って言ってたわ。
あんたみたいな屑のせいで、彼女の肩身が狭くなんのっ!
巫山戯んじゃないわよ。
いいわよ、女なんでしょ、この世界では、女は水汲みにいくの、掃除するの、服は夏でも長袖よ。
理由はね、男は猟にいって、畑耕して、出稼ぎいくから、村の一歩外出ただけで、女は拐われるわ、下手すりゃ村にいてもね。
だから、女は長袖、外に出るときは顔に覆いもするの、女に出来ることは全てやって、男が稼いで来てくれるのを支えるの。
女なんでしょう、掃除くらいで文句言わないでくれる。
それとも、やっぱり男だったって言い出して、今度は猟やら出稼ぎに行く?
どっちも嫌そうね。
アティリアが吐き捨てると同時に、ジョリーの口の戒めが緩んだ。
「さっきから聞いてりゃ、偉そうに。なんなのよ、あんた。結局はあたしに記録抜かれたの根に持ってんでしょ、嫉妬してんでしょ。巫山戯んじゃないは、こっちよ。あたしはオンナ、身体が男だろうと、性はオンナなの、聖女なのよ。丁重に扱いなさいよ」
神様はおもった。一応は、なんでか紛れ込んで来たし、少しは温情で改心の機会を思ったけど、必要なかったなーと。
『性はオンナ、それなら文句ないのだな。次は満足できる生となることを願っている』
突然に響き渡る主の御言葉と共に、ジョリーは拘束されたまま消え失せた。
シスターアティリアの脳内に主の声が聞こえてくる。
「まぁ、とりあえず、女王蜂あたりに転生させるから、許して」
鬼畜だなーと、思いながらも、グッジョブとシスターアティリアは神様への忠誠を誓った。
感想お待ちしておりますm(_ _)m
щ(゜д゜щ)カモーン
作者が普段から言いたい愚痴を盛大に代弁してもらいまして、シスターには感謝です(笑)




