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日本防衛殺人事件

作者: 稀Jr.
掲載日:2025/11/27

誰もが殺人を悪いことと知っている。殺人をするぐらいならば、きちんと警察や弁護士に相談をしてしかるべき法的な処理に委ねたほうが良いことを知っている。しかし、そんな悠長なことを云ってはいられない事態がたまに起きる。万が一、いや一生に一度かもしれない。殺人をしてしまえば、自分が捕まって、刑務所に入れられて犯罪者として過ごすことになることが解っている。しかし、ここで止めなければ、殺人を行わなければ、もっと大きな被害が出ることが確実だとしたら。


ときに、宇宙人が日本の外からやってきた。ひょっとしたら、既に他の国でやられてしまっているのかもしれないけれど、日本にやって来たのはつい10年前のことである。しばらくは、一般的な宗教活動、いや、宗教ともいえないような慈善活動をしていた。ひとつは、世の中で苦しむ人がいるというのは、なんか経済的な陰謀の力が働いている。私達はその陰謀の網から抜け出さねばならない。つまりは、日常の中で気づきを得なくはいけない。普段、通学や通勤で使う電車の中を見てみよう。あたかも動物のごとくに詰め込まれて学校や会社へ移動していくだけしかない日常は本来の日本人の姿なのであろうか。いや、違う。本来の姿があるだろう。毎日の苦しみに耐えていくのは、ちょっと間違っている。何も君たちが悪いわけではない。君たちのちょっとした才能、いや、有望な才能というのものを見出せない社会の仕組み、つまりは上層部でうずまく陰謀が悪さをしているのだ。だからといって、その家畜のままでいる必要はない。君たちの自由を守るために、将来に続いてしまう陰謀を除去するために少しだけ力を貸してくれないだろうか。

そのときは、静かな力でしかないが、後から考えれば抜け出せない沼のようなものでもある。客観的に見れば、底なし沼そのもののよどみであり「立ち入り禁止」の看板が立ちそうなところなのに、誰もがその柵を越えて中にはいっていく。いや、その中に入っていく人たちには柵さえ見えない。淀む沼の色すら見えなかったかもしれない。中心にいる宇宙人にすれば、ひきつける前に既に目も鼻もぼんやりとしか利かないように、薬を嗅がせるように容易なことであった。しかし、容易ではあったものの、時間がかかるのが難点であった。10年も前から始まった計画であっても、まだ道半ばとも言える。宇宙人の寿命はさだかではないが、片方の宇宙人が死を迎えるまでには少し間があった。衰えた宇宙人には、ややもしすれば吸引力を無くして能力が薄れていたものの、もうひとりの宇宙人の能力はまだ衰えてはいない。ひきつけるだけの能力と、目と鼻をふさぐための妨害電波を発して、沼に張り巡らされた柵を、ひきつけられたひとには見えないぐらいに偽装することはできた。

ときとして、マスコミに宇宙人の正体がバレることがあった。あまり派手な宣伝をやらかしてしまうときも宇宙人にはあり、それが大々的にテレビで放映さえることもある。一般的な広告塔として芸能人に誘いを入れることもあり、その芸能人は誘蛾灯のようなもので、次々と固定ファンが宇宙人の沼に入って行った。果たして、芸能人自身に何か罪があるのだろうか。いや、それよりも芸能人自身が沼に入り、抜け出せなくなっているのに何も罪に問われることはない。問うことができない状態でもある。明確に消えたと分かるのは、家族であり親子の中ぐらいのものであり、少し親戚位になると「あれ、そんな人はいたのだっけ?」という位の認知でしかなかった。ひょっとすれば、誘拐や拉致ぐらい話題になってもいいような気もするが、そうはならない。宇宙人の沼に消える人達は、あらかじめ世の中での気配を消しつつ、少しずつ沼にはまってしまうからだ。世の中の気配、つまりは学校や会社や地区での個人の痕跡がだんだん消えていく。そして、ついに地区に居るにも関わらず、いないも同然の存在になったとき、その人は宇宙人の沼へと消えていくのである。

芸能人は、一種の誘蛾灯のようでもある。沼に消え去った人達は人格を無くし、宇宙人の懐へと消えていくのであるが、誘蛾灯の役割となる芸能人は外に世界、つまりは日本人の世界に出ることをたびたび許されていた。しかして、芸能人の自意識が尊重されていたかどうかはわからない。いや、宇宙人によって既に意識が抜かれていたかもしれない。それはさだかではない。


一時期、さらに強力な誘蛾灯として幾人かの政治家を宇宙人は選んだ。芸能人とは違い、政治家は時の権力を帯び、より宇宙人の沼への求心力を高めるように誘導できる強い存在であった。ある意味で、政治家は自己意識が強く宇宙人の意識の支配から逃れていた。それは幸いとも言えるし、日本人にとって不幸とも言えるものであった。政治家が、日本人よりも自分のことのみを考えていれば、それ道徳から外れるのも難くはない。それも政治家そのものの「日本人観」といえるものでもある、ある種の宗教概念でもある。しかし、宇宙人に対しては何等かの帰依を覚えているわけではない。一般的な日本人や一般的な芸能人が無自覚のまま宇宙人の沼へといざなわれているのとは違い、その政治家は意識的に宇宙人の沼に足をいれ、そして再び外に出ることが可能であった。一種、意地汚い自意識により宇宙人の精神的な支配を逃れていたとも言えるし、逃れることのできる自意識により、さらに被害を拡大していたともいえる。つまりは、芸能人の誘蛾灯よりもさらに大きな誘発力を発揮してしまうのであった。

法律を捻じ曲げ、名称を偽装し、警察や法の追求をうまくかわすように政治家は動いた。何のために?と問われるであろうが、想像するに自らのためということだろう。かの政治家が何の野望をもっていたか、あるいは持っていなかったかは今はわからない。ただ、事実として宇宙人の誘導する沼への強力なサポート役を自ら果たしていたことは間違いなさそうだ。何のために? というのは今はわからない。その政治家は死んでしまったからだ。


ひとりの男が過去の宇宙人の行為を見て殺害を計画していた。沼に引きつけられ、沼に落ちていく人々を見届けて、彼の親も沼に沈んで行った。彼は宇宙人を憎んだ。それと同時に、彼は宇宙人の支配下にいることも自覚していた。彼の目の前に沼しかなく、一般的な日本人の日常がなかった。選択肢は、なぜか一択しかない。沼に引きつけられつつも、それに抗うしかなかった。抗わなければ、沼に落ちることになる。それは一種の幸せでもあるが、沼に落ちた親を思えばそうは思えなかった。

宇宙人の意思は、彼の意図を知ってから知らずか、何度もすれ違いを発生させてしまった。なんどやっても、宇宙人とは遭遇しない。傷ひとつ付けることができない。意図的に避けられているには確かにしても、因果関係の時空を捻じ曲げるほどの力を彼は宇宙人に感じるのであった。

ゆえに、彼はかの政治家を刺すことになる。ターゲットを宇宙人から政治家に変えることによって、殺人はあっさり決着がついた。

かの男は現行犯で捕まった。


だれもが宇宙人の存在を知りつつも、それに触れずに日常を過ごしている。触れなければ影響がない。しかし、ひとりまたひとりと沼に引きずり込まれている日々がある。しかし、自分や家族が引きずり込まれない限り、安泰ではある。それくらいゆっくりとした変化であった。

意識のある「誘蛾灯」に罪があるのか。それを壊したかの男からの言葉はない。政治的思想的なものではないとまで言う。ただ宇宙人を排除できればこそ問題はなかった筈ではあるが、防衛としての殺人が許されるのかどうかは、法廷で争われることになるだろう。


【完】


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