秋の遠足で飢餓に陥った生徒達
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
堺市堺区に位置する土居川小学校にとって、南海高野線とケーブルを乗り継いだら簡単にアクセス出来る高野山は高学年の遠足に手頃な行き先と言えるだろうね。
自然も豊かで歴史ある寺社仏閣も沢山あるから、理科や社会の課外学習にはもってこいだよ。
それに季節も十月下旬という涼しい時期だから、先生も生徒も至って気軽な感覚で散策していたんだ。
ところが奥之院から程近い杉並木の辺りに差し掛かった途端、様子が一変してしまったんだよ。
「うう、お腹が空いた…さっきまで何ともなかったのに…」
「もう駄目、一歩も歩けないわ…」
何しろ生徒も先生も関係なく、みんな次々とお腹を抑えてその場に座り込んでしまうんだからね。
「おっ…おい、樋山…これってどうなってんだよ?」
「分かんないよ、永山君…」
何事も無いのは僕と友達の永山君を含めた一握りの生徒達だけだったけど、みんなどうして良いか分からなかったんだ。
「良かった、君達は無事だったんだね。私の見込んだ通りだよ。」
そんな異様な状況で一人だけ弾んだ声を上げていたのは、クラスの皆から変わり者扱いされているオカルトマニアの鳳飛鳥さんだった。
どうやら彼女も僕達と同じく、おかしな影響を受けてないらしい。
「君達二人、散策中にコッソリとお菓子食べてたでしょ?遠足のしおりで禁止されてたのに。」
「な、何だよ!良いだろ、俺達が何食べたって。まさか先生に告げ口しようってんじゃないだろうな?」
猛反発する永山君だったけど、鳳さんは全く気にしなかった。
「まさか。むしろ君達は、それで良かったんだよ。私だって、予め喉飴を口に含んでおいたんだからね。だから私達は、ヒダル神に憑かれずに済んだんだよ。」
「えっ、ヒダル神?」
鳳さんが言うには、ヒダル神は山道を歩いている人間に取り憑いて飢えさせる悪霊らしい。
これに憑かれたら激しい空腹感と疲労感に襲われ、下手したら死んでしまうんだって。
「とはいえ予め何か食べておいたら大丈夫なんだけどね。仮に憑かれてもすぐに物を食べたら助かるから、二人とも他の子達を介抱してあげて。」
「えっ…あっ、うん!」
鳳さんに言われるままに、僕達はリュックのお菓子を他の生徒達に分け与えたんだ。
みんな食欲の権化みたいにバリバリと貪り食い、それでいて食べ終わったら何事もなかったかのようにケロッとしていたんだよ。
「あれ、僕達は一体?」
「ぽかんとしてる場合じゃないよ、周りをよく見て!」
何しろ一人でも人手が欲しかったからね。
そうして回復した子達に他の連中の介抱を指示していくうちに、次第に混乱も収まっていったんだよ。
やがてクラス担任や教頭先生も回復した事で、ようやく事態は旧に復したんだ。
「ヒダル神の伝説の残る場所だとは聞いた事はあるけど、まさか本当に取り憑かれるだなんて…九月の上旬に下見した時には何事もなかったというのに…」
「それでヒダル神の伝承も御気になさらなかったのですか。教頭先生は大学時代に民俗学を専攻されていたというのに、その有り様では困りますね。それでは下見の時と当日とで、何か変わった事は御座いませんか?例えば、下見の時だけ何か食べたとか…」
何十歳もの年齢差を全く気にせず、教頭先生に聞き取り調査をする鳳さん。
冷静で有無を言わさぬ口調と手帳を広げた姿は、まるでサスペンスドラマのベテラン刑事みたいだったよ。
「そう言えば、熱中症対策で塩飴や塩レモンタブレットを適宜食べていたような。何しろ、まだ残暑の厳しい時期だったから…」
「ああ、成る程!原因はそれですよ。塩分補給で食べたお菓子が食事と認識された事で、先生方はヒダル神との遭遇を回避出来たんです!ヒダル神との遭遇事例が夏場だけ激減した理由が、これでハッキリしましたよ。」
そうして興奮しながらメモを取る姿には、何とも鬼気迫る物があったなぁ。
それからというもの近畿地方の小中学校や高校では、学校行事で和歌山の山中に入る前に飴玉やガムのような小さな食べ物を口に含む事が不文律になったらしい。
表向きには「ハンガーノックや血糖値の急低下を防ぐ為」と言っているけど、その実態はヒダル神を回避する為に違いないよ。