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99話

 そして夜香堂は、いつもの三人に戻った。部屋は先程ルネが投げ捨てた物たちで滅茶苦茶だ。先程までの騒動でアイーザも目が覚めてきたのか、ロイドを抱きしめていた腕が少しだけ緩くなる。

「アイーザ、目が覚めました?」

 ロイドが訪ねるも、アイーザの返事は無い。ロイドはアイーザの腕を離れ、散らばった物を集めようと思ったのだが、それは出来そうになかった。

 そんな、部屋中に散らばる箱の残骸や美しい着物達を見てから、ロイドの視線はアイーザへと戻る。すると、彼が忌々しげに着物達を睨みつけている事に気が付いた。

「アイーザ?」

「あれを寄越してきたのは、誰ですか…?」

 アイーザの発したその言葉は、その誰かに見当がついているように聞こえた。そして、ルネもそれを察しているようだ。アイーザの言葉は、彼が予想している人物である事を確かめるような、けれど、どこか外れていてほしいと願うような、そんな二つの思いが見え隠れする音を含んでいた。

 だが、その答えを知っているルネは、慈悲も優しさも持ち合わせてはいない。彼は、優しい嘘を選ばない。彼が突き付ける言葉はいつも、冷たく厳しい現実だ。

「中宮です」

 ルネは淡々と、短い言葉で簡潔に返した。

 ルネがそう言えば、アイーザの眉間の皺は深くなり、ルネの耳にも届くほど、大きな舌打ちをした。そして、ロイドを拘束していたアイーザの腕が解けていく。

 先程の舌打ちと、アイーザの見たこともない不快感を表すその表情に、ロイドは心配で堪らない。しかし、ロイドはソファから立ち上がる事も出来ない。ロイドはただ、ソファから離れ、彼方此方に散らばる着物達の方へふらふらと近付いていくアイーザを、見守る事しか出来なかった。

 ルネもまた、店へと繋がる入り口付近の柱に凭れ掛かりながら、その様子を窺っている。

 アイーザは床に無残に広がった着物を踏み付けて、漸く足を止めた。

 アイーザの眼科に広がるのは、着物の海だ。着物、羽織り、どれをとっても上等で、高価な品だというのが分かる。だが、それだけだ。

 淡い黄色の曼珠沙華、純白の芍薬、そして、青紫色の鉄線。どれも月の無い夜のような生地の上に咲き、己の存在を強く主張している。だが、鉄線だけは、その夜を縛りつけるかのように、縦横無尽に自らの蔓を張り巡らせ、その残酷な鎖を彩り、美しく装飾するように、青紫色の花が咲いている。

 その様子が、酷く不快だった。

 アイーザは自らの足の下にある、鉄線の着物を踏み躙る。着物が床に擦れる音がする。折角の美しさに皺が寄り、床に転がる姿は酷く哀れだ。だが、アイーザはその程度では気が済まず、彼はゆっくりと、着物の上に自身の左手を翳した。

 手首から先には殆ど力を入れていないようで、彼の手は床に向かってだらりと折れ、緩く曲がった真下に広がる着物の海を見つめる中指の先に、青紫色の炎がゆらりと灯る。そして、そんな揺らめく炎から、まるで一滴の雫が溢れ落ちるように、青紫色の小さな火の粉が一つ、着物の上に落ちていった。

 青紫色の火の粉が着物に触れ、まるで溶けるように消えた。そして、アイーザの指先の火が消えると、火の粉が溶けた着物達が一斉に燃え上がった。

 轟々と燃え広がる青紫色の炎は、着物や木箱、中宮から贈られたありとあらゆる物に燃え広がり、全てを灰に変えていく。不思議とその炎は熱を感じる事も、他の周囲のものを焼くことも無く、残った灰すらも焼き尽くして消えた。




 その頃、都の中央に座す帝の宮殿では、人々が慌ただしく、明日の中宮が開く花の宴の準備に追われていた。そして、当の中宮はといえば、明日の宴が恙無く行われるようにと、高名な祈祷師を呼び寄せ、盛大な祈祷が行われていた。

 燃え盛る炎と、その前に置かれた魚や米等の供物。白い狩衣に身を包んだ祈祷師の祝詞と、焚べられた薪が爆ぜる音だけが響く。中宮は、神聖な儀式に立ち会う為の白を基調とした、簡素な装飾の少ない出で立ちで、静かに燃え盛る赤い炎を見つめていた。

 


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