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97話

 とんとん…と、静かに店の扉を叩く音がする。しかし、店の奥では親子の取っ組み合いが続いており、二人の怒声が全てを掻き消していた。

 ロイドはアイーザに抱きつかれたまま二人を止めようと声を掛けたが、二人には届いておらず、ルネはまたお茶を啜り、アイーザはロイドから離れなかった。

 再度、外から扉を叩く音がする。

 先程より少し強めに、僅かに濁音に寄せた音がするも、それは店の入り口より奥へ届く事は無い。段々と苛立ちが積もり積もっていく客人は、その手が赤くなるほどに扉を叩く音を強めていった。どんどん!という音から、ダンダンッ!と、扉を傷めてしまいそうな音がしている。

 叩かれる度に扉ががたがたと揺れ、扉の硝子がビリビリと震えていた。


「全く。賑やかというか、騒々しいというか…」

 ルネが茶を啜りながら、ちらりと視線を店へと動かす。どうやら、外の来客に気が付いていたらしい。アイーザも同様なのか、忌々しげに小さな舌打ちをした。

「アイーザ?」

 突然のアイーザの舌打ちに、ロイドが心配そうな顔を向ける。しかしアイーザはそれ以外に変わった様子は無かった。そんなアイーザの姿を見たルネは、やれやれ…と、溢し、ゆっくり重い腰を上げ、一人店へと出て行った。

 店の入り口ではまだ、ダンダンッ!と、店の扉を叩く音が続いている。最早叩くというより殴るに近いかもしれない。

 ルネは最初から、来客が扉を叩く前から、その存在に気が付いていた。それはアイーザも同じだろう。けれど、その気配が夜香堂を訪れる客の中で、最も面倒臭い客のものであったから、無視を決め込んでいたのだ。

 要は、この客人の放置は二人の嫌がらせである。

「はいはい、今開けますよ〜」

 ドアから響く騒音に対して、ルネの声音は驚くほどのんびりとしている。その声の落ち着きが更に外の客に気に障ったのか、ダァンッ!と、一度ドアを殴り付けたような音がして、ドアを叩く音は止んだ。

 カチャリ、とルネが鍵を回すと、扉の外には黒い髪、黒いスーツに身を包んだ一人の若い男が立っていた。

「お久しぶりです。次回からは、もう少し早めに鍵を開けて頂けますと、此方も助かります」

「そのお願いは聞けませんねぇ、居留守を使う気満々でしたので」

 真顔の男と微笑むルネ、一見静かで穏やかに見えるが、その実二人の間には火花が散り、剣呑な空気が流れていた。

 男を正面に見据えながら、ルネは開かれたままの入り口に凭れ掛かる。その動きは酷く緩慢で、だらしなくも何処か美しい。首を傾げるかの様に僅かに傾けられた頭から、緩りと波打つ彼のか髪が、するりとルネの顔に流れ落ちた。

「中宮様より、文が届いております。明日の夜に開かれる宴に招待すると…」

 男が預かったという中宮からの文を、ルネに差し出す。ルネは気怠げにそれを受け取り、上包みをさっさと取り払い、床に捨てると、ひらひらと達筆な字が書かれた白い紙が空気の流れに乗って落ちていく。

 ルネは目もくれなかったが、男は焦り、その紙を急いで拾い上げる。そんな慌てる男を尻目に、ルネは折り畳まれた中の手紙を、だらりと一度に広げた。

 横長の文はだらだらと中身の無い文字の羅列が、美しい筆跡で綴られている。ルネはそれらを流し見て、要件の部分にだけ目を通した。

「文には三人と書かれていますが、一体誰を想定しているんでしょうかねぇ」

「花の青年です。最近転がり込んだ方がいると、既に知らせが届いております」

「あの陰湿爺の仕業ですか…」

「ヒダル様とお呼びください。それと、あの御方は陰湿などではありません」

「あの陰気臭い爺が陰険でないのなら、世の大半の者達が篤実な者達になりますねぇ」

 ああ言えばこう言うルネに呆れたか、将又何を言っても無駄だと悟ったか、男は必ず来るようにと念押しの言葉だけを口にした。

「位の高い方々が集まるような場所に顔を出せるような装いも、品位も持ち合わせてはいませんから、謹んで辞退しますね」

「御安心を。御三方にと、中宮様より御着物も預かっておりますので」

「え〜…、有難迷惑過ぎるんですけど…」

 男はゴホンッ!と、一つ咳払いをした。ルネのあからさま過ぎる程の、迷惑だという言葉と態度を見て見ぬ振りをして、ルネに背を向け、店の外へ向かった。



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