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76話

 カザミジの家から出てきたロイドは、少しだけ後悔をしていた。

 やってしまった…。幸せになる筈の二人があまりにも不憫で、何の力も手立てもないのに、勢いのあまりあんな啖呵を切ってしまった。

 手紙やら何やらは不気味で、持っていたくもないとのことで全て処分してしまったとスヅハさんが言っていたし、手掛かりになるような物が一つもない。そんな状況で犯人捜しなど、空を掴むような話であった。

「カザミジさんをずっと尾行するわけにもいかないし…、それじゃあまるで私が付き纏い犯みたいですし…」

 ロイドが一人で悩みながら歩いていると、彼を呼び止める声が掛かる。

「ロイド」

 その声の主が直ぐに分かったロイドは声がした方へと小走りで駆けていく。ロイドが向かったその先には路地があり、そこにはルネと煙管を吹かしているアイーザがいた。

「待っててくれたんですか?」

「当然ですよ。ねぇ、アイーザ?」

 ルネの問い掛けには答えず、アイーザはふぅ…と紫煙を吐き出した。

「受けたんですか?」

 アイーザの問に、ロイドは素直に頷いた。アイーザは呆れた表情で一度溜息をつく。

「我々は手助けなどしませんよ」

「わざわざ手助けなどせずとも、自然と収まったでしょうに…。何故首を突っ込もうと思ったんです?」

 ルネの疑問も最もだと思う。しかし、どうしてもロイドはあの二人に幸せになってほしいと願ってしまう。自分勝手な願いだとは思っていても、何処かで自分とアイーザがあの二人のような問題に直面してしまったら…と色々と妄想して、自分達と重ねてしまったのかもしれない。

 だが、それでもロイドのどうにかしてあげたいという気持ちは本物だった。

「だって見てられないじゃないですか。結婚を目前にして、見えない誰かのせいで破談なんて…」

「あぁ、そういう…」

「それで?手掛かりや心当たりでもあるんですか?」

 ルネは一応納得してくれたようだが、アイーザはそうではない。彼の声色が何処か、冷たく突き放すように聞こえるのは、ロイドの気の所為ではない。けれど、だからといって、あの二人を放っておくことは出来なかった。

「まだ何も、でも…これから探します」

「干し草の中から縫い針を探すつもりですか?物好きなものですね」

「でも、やってみないとわかりませんし…」

「では、ご自由に。私も暇ではありませんから、手伝いませんよ」

 そう言ってアイーザは路地へと入っていくと、煙管の紫煙と影に紛れるように消えてしまった。

「アイーザ、怒ってましたね…」

「貴方が自分の手から離れていくように感じて、勝手に機嫌を悪くしただけですよ。まぁ、馬鹿は放って置くに限りますからね」

「あの、ルネ。私はこれから花街で手掛かりがないか聞いてきます」

「余り遅くなってはいけませんよ?アレが一度心配しだしたら、酷く荒れますから」

「はい!大丈夫です」

 そう言ってロイドは花街の中心部へと走っていく。そんなロイドをルネは笑顔で小さく手を振りながら見送った。ロイドの姿が見えなくなると、ルネの表情からは笑顔が消える。今頃、店で不機嫌を隠しもしていないであろう弟のことを思い浮かべると、気が滅入る。溜息も出なかった。

「面倒だなぁ…」

 八つ当たりされる可能性も無くはない。寧ろ、なんで連れ帰らなかった?と本気で切れられそうだ。

「私も何処かで時間を潰しますか…」

 そう言ってルネもまた路地裏へと消える。しかし、彼が消えた方向はアイーザが向かった方向とは真逆であった。


 

 それからロイドは花街で聞き込みを繰り返すも、一向に成果はあがらなかった。そもそも、付き纏いだのなんだのと、そういった事件は大なり小なり良くある事で、そんな事を気にしていては仕事が手につかないと言われる程に当たり前にあることなのだ。

 特に花姫や殿花ともなればそれこそ、それ自体が日常とすら言わしめる程に迷惑な者とは存在するのである。それ故に、そんな事を事細かく覚えている者は殆どいないのだ。

 ところが、藜楼で気になる話が聞けた。

「鼻緒が切られた日ねぇ…あ!そういえば、見慣れない客がいたわね…」

 藜楼は小さな酒楼で、華夜楼と比べると格段に客足は少ない。しかし、此処でなければ駄目だという常連が多く、そのために、それ以外の客の顔はどうしても目に付きやすいのだそうだ。

 その客は若い男だったようで、花街に来たのに花一人連れず、真っ直ぐにこの店に来たらしい。

「店に来てから花を呼ぶ客もいるけどさ、墨を入れてたし、どう見ても柄が悪い感じだったし。結局花も呼ばず、ちょっと酒のんで帰ったしさ…」

 話している内に女は更に何かを思い出したようで、あ!と声を出した。

「そういや、スヅハが異様に例の客を気にしてたね。まぁ、怖がりなあの子のことだから、柄の悪い男が怖かっただけだろうけどさ」

「スヅハさんが…」

 彼女が気になったこと、覚えているのはそれくらいだという。ロイドは話してくれてありがとうございます。と頭を下げ、店を出た。

 客ということは花街の外の人間だろう。あの女中が言うには、その柄の悪い男は首や腕から派手な青海波と桜の墨が見えていたというから、それだけを頼りに、この都で人探しをしなければならない。

 無謀だとは理解しているものの、二人の幸せのためだと自身を奮い立たせる。だいぶ日が傾いていたが、もう少しくらいなら平気だろうと、ロイドは大門を出て中心部へと向かった。




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