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73話

 花街の大門は、余程の緊急時以外は閉じられる事は無い。花達もその香りを隠して外へ出掛ける事もあるし、華夜楼等、花街内に立ち並ぶ店が贔屓にしている商人達も頻繁に出入りするためだ。花街の店はどこも夜からなので、夜のような賑わいこそ無いが、明るい時間は夜とは違う活気があった。

 三人が向かうのはそんな活気ある場所の更に奥、花達の置屋と居住区域を兼ねる通称置屋街だ。

 ロイドはカザミジという名前は聞き覚えが無い。ルネとアイーザも花街全ての花の顔と名前は覚えていないらしく、先ずは彼を探さなければならなかった。

「花の誰かに聞けば直ぐ分かると思うんですけど…」

「そうですね、誰か掴まえられればいいんですが…」

「人っ子一人居ませんねぇ…」

 やって来た置屋街であったが、そこには人影一つ見当たらない。そもそも気配が無かった。しん…と静まり返る住宅街、木造住宅が立ち並ぶ此処は、昼間は普通の人間と変わらぬ生活を営む花達がいる筈だった。

 女性達の井戸端会議、何処かの家から聞こえる昼寝のいびき、男達の喧騒に、掃除洗濯飯炊き等の生活音。様々な音で溢れている筈のこの場所で、今までこんな事は一度も無かった。

「何かあったんでしょうか…?」

 ロイドが心配そうにしていると、足音が一つ近付いてきた。

「あれ?こんな昼間に珍しいですね?」

 三人が振り返ると、そこに居たのは美しい一人の若い男であった。左右の長さが違う白銀の髪、白い肌に薄氷のような淡い青の瞳、纏う着物に羽織りも新雪のような白で、すらりとした体型の男は絵物語に出てくる貴公子のような立ち居振る舞いと笑みで、此方へと歩いてくる。 

「シライトさん!」

 ロイドが笑顔で彼に駆け寄る。シライトと呼ばれた男は驚いた顔で一瞬足を止めたが、ロイドの顔に見覚えがあったらしい彼は満面の笑みでロイドに駆け寄り抱きしめた。

「ロイド!元気だったかい?」

「はい!シライトさんもお元気そうで何よりです」

 ロイドは抱き着いてきたシライトに驚きはしたものの、直ぐに笑顔になり抱きしめ返す。彼の声色と抱きしめる腕の力で、心の底からロイドの心配をしてくれていたことが伝わってくる。

「君が急に此処を飛び出したと聞いたときは、本当に心配したんだよ?」

「すみません…。でも、もう大丈夫ですから」

「あぁ、この二人と一緒にいるなら、僕も安心だよ」

 シライトがロイドから離れ、ロイドの背後にいる二人を見る。

「お久しぶりですねぇ、シライトさん」

「まさか、お二人がロイドを連れているとは思いませんでしたよ」

「まぁ、色々ありましたので…ねぇ?」

 そう言ってルネはアイーザを見た。アイーザはそっぽを向いて我関せずといった顔をしている。珍しくアイーザが嫉妬した様子も無く、二人の距離が近いのも黙認していた。

「番人が仰る色々は秘密が多いでしょうし、詳しくは聞かないでおきます」

「そうしてくれると助かりますねぇ」

「え?シライトさん、二人が番人なのをご存知だったんですか?」

「シライトは殿花ですから、当然でしょう」

「あ!」

 ロイドは花姫と殿花の最高位の花ならば、二人の本当の立場を知っているのだと思い出す。そして、シライトが殿花であるというのもこの時知った。

「殿花になっていたんですね!おめでとうございます!」

「あはは、ありがとう」

 まるで師弟のような様子に、もしもロイドが花街に残り、花のままであったなら、殿花のシライトと花青のロイドが笑い合う光景もあっただろうと、アイーザは思う。だが、その考えは直ぐに消えた。

 何故なら、そんな未来は永遠に来ないからだ。既にその未来に繋がる糸は全て潰えており、ロイドは既にアイーザの花で、花は自らに手を掛け、愛でる者を愛する。余程の変わり者でない限り、花が花を愛することは無い。

 アヅナエやクズシノはロイドとの距離が近く、ともすればロイドの心が花街に傾くかもしれないという不安があったが、シライトにはそのような危機感も焦燥感も感じない。ロイドはシライトには靡かないという確信がアイーザにはあった。

 そんなアイーザの様子を見ておや?と疑問を持ったのが彼の隣にいるルネだ。普段の彼であれば、もっと嫉妬心を剥き出しにするか、早々に牽制するかのどちらかかと予想していたのだが、その予測に反してアイーザはただ見ているだけで何もしない。

「良いんですか?」

 ルネがそう尋ねると、アイーザは淡々と言い放つ。

「あれにロイドを惹きつける力があるとでも?」

 その返答にルネは、なるほど…と頷いた。要するにこの男…アイーザは花街の最高位、殿花の位にある男に対して大した魅力が無いと宣っているのだ。なんとも傲慢で不遜な発言かと思うも、この男の傲慢さと、ロイドの目を見ればアイーザが付け上がるのも頷けるというものだ。

 何故ならシライトと対面するロイドの瞳には、アイーザに向けるような熱は無い。ロイドがアイーザに向ける翡翠色は、常に灼熱が渦巻き、揺らめき、煌々としていて、今にも溢れ出そうな程の、内に籠る貪欲な色が見え隠れする。対して今の翡翠はというと、一見美しくは見えるだろう。きらきらとして、初々しい新緑のような眩さは、見る者を笑顔にする。

 だが、あの内に秘めた熱に溶ける緑石を見たら最後、あれは磨く前の石でしか無い。それを最も間近で見ていた男だ。ましてや相手はロイドと同じ花であるから、歯牙にもかけないという事だろう。我が弟ながらほとほとに呆れるが、同時にそれもまたアイーザの面白い部分の一つだと、ルネはひっそりと笑った。


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