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66話

 店に帰る途中も、ルネとアイーザの空気はあまり改善しなかった。ジャスコも二人が喧嘩をするのは珍しいと言っていたし、何故今日はここまで拗れているのか、ロイドは一人頭を捻る。

「あぁ、そういえば…。我々が普段は何を食事としているか…でしたっけ?」

 突然のルネの発言にロイドは驚き、首を傾げた。そして、少し悩んでから、あ…と思い出した。先程の紅薔薇でのことをルネは言っているのだろう。

 先程のマシューコ曰く、鳥の餌程の食事量。更に二人は普段からあまり何かを食べる、飲むと言った事をしない。店に居るときは、気まぐれに珈琲や紅茶を嗜んだり、華夜楼でアイーザが酒を嗜む姿を見ているので、全く摂らないわけではない事は象徴しているが、まともな食事らしい食事をしている姿をロイドは見たことがなかった。

「そうですねぇ…。人間…って、言ったらどうします?あとは生き血とか?」

「そうなんですか?」

 ルネがすっ…と、目を細め、僅かに声を低くしてそう言うも、ロイドはあっけらかんと聞いていた。

「おや残念。少しは怖がってくれるかと思ったんですけどねぇ」

「そうだとしたら、私は真っ先にアイーザに食べられてると思いますし…」

 残念がるルネを見て、苦笑いを浮かべたロイドがそう言った。そうでなくとも、二人が人間を食べる姿など全く想像がつかなかったからに他ならなかったのが一番の理由であったが。

「荒唐無稽過ぎますよ。大体、我々以外の妖ですら人間を食料としている者は殆どいないというのに…」

 アイーザも呆れた顔で二人の会話に混ざってくる。しかし、そのアイーザの発言にロイドは引っ掛かりを覚えた。

「え?その言い方だと、少しはいるんですか…?」

「人間だけを食べる者はいませんね。まぁ、あれば食う位の者は多少存在しますが…」

 妖には人間を食べる者もいる…。アイーザのその言葉は、ロイドが呆気にとられるには十分な発言であった。まさかそんな恐ろしい者までいるとは思っていなかったからだ。

 昨日の妖の都に行ったときだって、そんな素振りを見せる者はいなかったからだ。けれど、あれが妖と呼ばれる者達の一部でしかないと言われてしまえばロイドは、そうなのか…と素直に頷いてしまいそうになる。

「…本当ですか…?」

「嘘です」

 恐る恐る確認を取ったロイドであったが、真顔で返ってきたアイーザの言葉に、鳩が豆鉄砲を食らった顔になってしまった。

「………はい?」

「だから、嘘です。人間を食べる者などいませんよ。妖の言葉を簡単に信じるなと、私は何度も教えた筈ですが?」

「どれを信じて、どれを疑えばいいのかも分からないのに!?無茶すぎませんか!?」

「いやぁ、ロイドの反応が裏の世界(こちら)では珍しすぎて、ついつい意地悪したくなるんですよねぇ…」

「その言葉に同意はしますが、そろそろ一度御開にしなければ。ロイドに要らぬ心配事をさせたくないので」

「……へ?」

 楽しそうに笑うルネと、済まし顔ながらも同意するアイーザ。完全に置いてきぼりとなっているロイドが一人、何も分からぬまま混乱していた。

「まぁ、それでも、日頃の不平不満をぶち撒けるのは良い事ですねぇ…。楽しくなりすぎて、ついついやりすぎてしまいました」

「ここまで長引かせる予定ではなかったというのに。貴方ときたら…」

「そこはお互い様ですよ?たまには息抜きでもしないと、貴方と共に居るのは、否が応でも苛々や鬱憤が溜まりますから」

「えー…と、つまり…?」

 二人の会話についていけない。二人の周囲にはもう、あの一触即発のような空気は無く、普段通りの二人に戻っている。そして会話の内容…。妖の言葉を無闇に信じるなというアイーザの言葉。あまり良くない頭で何とか考えて行き着いた答え。

 それは───

「全部嘘…ってことですか…?」

「いえいえ、嘘ではありませんよ?時折こうして憂さ晴らしをしているという程度です」

「ある種の息抜きのようなものです」

「暇潰しの側面もありますねぇ」

 そこでロイドはジャスコの言葉を反芻した。心配するだけ無駄、徒労に終わる。こういうことかと、ロイドはどっと疲れた気がした。

「心配した私が馬鹿でした…」

「気を悪くしましたか?」

「いいえ。もう二人の喧嘩の心配なんてしないと心に決めただけです」

 ふんっ!とアイーザにそっぽを向くロイド。やはり少し怒らせてしまったようだった。

「それは悲しいですねぇ…。ロイドの素直さに溢れた反応が見られないと、面白くない…」

「どういう意味ですか!それ!?」

 本当に怒りだすロイド、笑っているルネと、呆れた表情のアイーザ。ロイドがむくれたようにむすっとしていると、仕方ない…とアイーザがそっと耳打ちして教えてくれた。

「食事とは少し違うかもしれませんが、我々がこの身体を維持する為に必要としているものは妖力です」

「妖力…」

 もっと詳しく知りたかったが、賑やかな帰り道だったせいか、いつの間にか夜香堂に到着していたため、その話は一旦区切りとなってしまった。その理由はただ店に到着したからだけではない。

何故なら、夜香堂の前には一人の見慣れぬ老人が一人立っていたからだ。その老人は頭の天辺に毛が無く、地肌を晒す頂点の周囲を取り囲むように真っ白な髪が僅かに残る頭。髭も眉も真っ白で、長く伸びた眉毛が目を覆っている。鼻の下の髭と顎髭とが長く豊かに伸びたせいで境が無くなり、完全に同化していて口も顎も見えなくなっている老人は黒いスーツに身を包み、腰を大きく曲げ、木製の杖をついて、じっと店を見ていた。




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