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65話

 冷戦状態となって少しした頃、ジャスコとマシューコが奥から出てきた。

「お待たせ〜…って…。あらなに、悪化してるじゃないの」

「喧嘩するなら外でやんなさいよ〜?店で暴れたら承知しないわよ!」

 直ぐに二人の変化に気が付いたジャスコが本当に珍しいわねぇ…。と言いながら、カウンターに座るルネの前に、そっと小さなおにぎり一つが乗ったお皿と少なめのお味噌汁が入った御椀を置く。アイーザとロイドのもとにはマシューコが持ってきてくれた。

 ロイドのものは普通より大きめのおにぎりが三つも乗っているのに対し、アイーザのお皿にはやはり小さめのおにぎりが一つ。ロイドのお味噌汁は小丼になみなみ注がれているのに対し、アイーザのは御椀に半分も無い。

「少なすぎません…?」

「普段からこんなものですよ」

 二人は妖のため、人間の食事は必要としない。けれど、あまりにもその量が少なすぎて、ロイドはまた心配になる。

「二人はそもそも、普段の食事はどうしてるんですか?」

 ロイドの言葉に、ルネとアイーザのみならず、ジャスコとマシューコまでもが固まった。

「……え?」

 まさかの反応にロイドが困惑する。何かおかしなことを聞いただろうかと不安になるロイドに、アイーザは食事が終わったら話しますと言って、一先ずロイドに食事をすることを勧めると、ロイドは素直に食事をはじめた。

 いただきますと両手を合わせ、お絞りで手を拭いてからおにぎりに齧り付く。あんなに筋骨隆々でごつい手をしているのに、ジャスコのおにぎりはふんわりと柔らかく、程よい塩気が丁度いい。おにぎりの具は鮭と梅干しとおかかで、どれもロイドが好きなものばかりだった。

 お味噌汁は具沢山で大根、人参、豆腐、じゃがいもに葱、こんにゃくに牛蒡。そこに少しのすりおろした大蒜が効いていて、野菜ばかりでありながらしっかりとした満足感があった。味噌はジャスコがその日の気分と味噌汁の具に合わせて複数のものを混ぜて使用しているらしい。そんな味噌が野菜の甘さを引き立てて、あんなにあった筈なのに、あっさりと食事の量は減っていく。そうしてロイドは二人よりも早く食事を平らげた。

「ご馳走様でし…」

「ロイド」

 ロイドの言葉を遮り、隣に座るアイーザがロイドを呼んだ。ロイドがアイーザへ顔を向けると、アイーザがあ、と自らの口を開けると、ロイドは素直にあー、と大きく口を開ける。

 すると、ロイドの口にアイーザが何かを放り込んだ。反射的にロイドはそれを咀嚼する。冷めてはいるが、米の甘みと塩の味が口に広がる。

「おにぎり?」

「残しました」

「!?」

 あの量でも多かったのかと、ロイドは更に驚愕しながらアイーザの残したおにぎりを食べ終え、今度こそ、ご馳走様でしたと両手を合わせた。その後はルネもやって来て、ロイド〜と、口を開けるように言う。ロイドは又も素直に口を開けてしまい、彼が残したおにぎりの欠片を食べさせられた。

 そこでアイーザが不機嫌になったの言うまでもない。その後一触即発の雰囲気になったものの、ジャスコのいい加減におし!の一声でその場は収まった。

 その後、マシューコが二人の食器を下げに来て、お盆にお皿を乗せながらウフフ…と、不気味過ぎる笑みを浮かべる。そのあまりの恐ろしさに、ロイドが思わずアイーザに抱きついた。

「あぁ…次の休みが待ち遠しいわぁ〜。直ぐに会いに行くわね、ダーリン!」

 先程の笑みはどうやら思い出し笑いだったらしく、るんるんとまるでステップでも刻むように、マシューコは裏へと消えていった。

「何事ですか…?」

 怯えた顔でロイドが言うと、ジャスコがごめんねと謝り、いつもの事なのよと説明をしてくれた。

「マァちゃんは恋多き乙女なのよ…。ただ、顔で男を選んじゃうところがあってね…」

 ジャスコ曰く、マシューコは数多の恋をしては全ての恋に敗れてきた。いつも顔の良い男ばかりを好きになり、押して押して押しまくる片思いをしては、相手に逃げられてばかりいる。その相手の職業、年齢は様々で下は三十代から上は同年代までと幅広く、今回はどうやら花街の男に恋をしたらしい。

「それも、今回の男は花青らしいのよ…」

「花青ですか…?」

 ロイドがそういうのも当然で、花街の男はどれだけ年齢を重ねたとしても、基本的に四十前までの男しかいない。花にも当然定年というものがあり、花として働けるのは最長でもそれくらいの年齢までで、ごくごく稀に四十代でも続けている者達もいるものの、大抵はその前に引退となるのだ。

 ましてや花青であれば、十代〜二十代前半の若者が多く、三十にもなれば大抵が開花か、最高位の殿花や花姫になっている。三十を過ぎても下の位から這い上がれぬ者達は、二十代を過ぎる頃には殆どが引退するので、マシューコのダーリンとやらもロイドと同じ位の年齢の男だろうと、ロイドは予想した。

 ジャスコもマシューコも還暦を過ぎていると言っていたが、恋の本対象年齢の幅が本当に広いのだなと、ロイドは驚いていた。

「そうなのよ。ただ、今回は相手が誰なのか教えてくれないのよねぇ」

「そうなんですね」

 相手が誰なのか気になったロイドは、もしかしたら知っている人かも知れないと思ったが、誰か分からなければどうしょうもない。そもそも、ロイドの幼い頃はずっとアヅナエが手を引いて連れ回していたのと、当時ロイドがいた施設は男児が少なかった事もあり、知り合いと呼べる者はあまり数多くないのだが。

「きっと今回も敗残兵の姿で帰ってくると思うから、その時は優しくしてあげてちょうだい…」

「はい…」

 カウンターのジャスコが心配そうな顔で店の奥に視線を送っている。彼女は中にいるマシューコを見ているのだろうと誰もが予想できるほどに、ジャスコの顔は心配と少しの呆れが入り混じった顔でマシューコの様子を見守っていた。

 ロイドもマシューコの事が気になったが、ルネとアイーザはそうでもないらしく、ロイドに帰りますよ?と、声をかけてきた。

「またいらっしゃいな。当然お代は貰うけど」

「はい!ありがとうございます。ご馳走様でした」

 二人は既に外に出ていて、ロイドも彼等に続こうと、店から出る前に元気よく別れの挨拶をした。すると、ジャスコは小さく手招きしてロイドだけを呼び、カウンター越しでひっそりと耳打ちした。

「あ、それとね。あの二人の喧嘩は放っておいたほうが身のためよ?どうせ心配するだけ無駄。徒労に終わるわ」

 ロイドは頭に疑問符を浮かべながらも、わかりましたと言って、頭を下げてから、二人と共に紅薔薇を後にした。



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