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64話

「遅ようございます。昨日に引き続き、本当にいい根性をしていらっしゃいますねぇ」

 店に来た二人を出迎えたのは、不機嫌も怒りも隠さない、不穏な笑みを浮かべたルネだった。開口一番に特大の厭味も忘れない程に、今の彼は切れていた。

「本当にすみません…」

「私がまともに起きてきた事が一度でもありましたか?」

「貴方はいい加減、開店前に起きるという事を覚えたら如何です?」

「人が来ることが出来ない場所にある店に、朝っぱらから客なんて来ませんよ」

 ふぁ…と、大きな欠伸を一つして、ソファに身を沈めるように座るアイーザ。そんな姿を呆れたように見るルネと、仕方ないなぁという顔のロイド。そんな二人の様子を気にした様子もなく、アイーザはソファで煙管を吹かしていた。

「おや、今日は洋服ではないんですね」

 ルネがロイドの違和感に気が付いた。普段はズボンに前ボタンの白シャツ姿であったロイドが、今日は浅葱色の着物を着ている。どうやら昨日アイーザが買っていたものの一つらしい。

「はい。着物なんて花街に住んでいた時くらいしか、着ていなかったんですけど…」

「お似合いですよ」

 そこで今日はじめて、ルネは穏やかな表情を見せた。ロイドが内心ほっとしたのも束の間、彼はやはり虫の居所が悪かったらしい。

「いっその事、ロイドは此方で住まわせましょうか?そうすれば、何処ぞのぐうたらな弟も、少しは早起きしてくれるでしょうし…」

 ルネのにこやかな笑顔と、驚き固まるアイーザの表情が対照的だった。そして、二人から同時に殺気が放たれる。勿論、その対象はお互いだ。

「何故わざわざロイドを此方に住まわせると…?」

「おやぁ?わかりませんか?貴方の寝穢さ、ロイドが来てから更に酷くなっているんですがねぇ…」

「ロイドがいると、よく眠れるというだけですが?」

「それで私がどれ程の苦労を背負わされているとお思いで?そもそも貴方、開店準備など、一度もしたこともないでしょう?」

「客の来ない店で開店準備をする意味がわかりませんが?」

「今直ぐ表と此方を繋ぎましょうか?わんさか我々目当ての女性客で店が混雑すると思いますよ?」

「そもそも定期的に大きな収入がありますので、店を開く意味も無いのでは?」

「ロイドが来た日をお忘れですか?貴方とロイドが出会えたのも、この店あっての事ですよ?」

「それはそれ、これはこれですが?」

「全く、口の減らない…」

「それはどちらでしょうね?」

 二人の激しい舌戦は収まることを知らない。ただ傍観していたロイドだったが、どうしようという前に、お腹が空いてしまった。二人はどれだけ殺気をぶつけ合おうと、本気で殺し合う事はない。今までの二人の様子を見ていて、ロイドは既に確信しているので、すたすたとアイーザに近付き、彼の袖を引いた。

「ロイド?」

「お話中すみません。お腹が空きました…」

 途端にぐうぅぅ…と鳴るお腹。アイーザはあぁ、と納得した顔をして、ルネはくすくすと笑い、また貴方の食事を忘れてしまいましたね。と、ロイドに謝罪した。

 そして、二人の他愛もない喧嘩は幕を下ろし、今日もまた紅薔薇へと向かう事になったのだった。




「また来たんかいっ!」

 何度目よ!?と、店に入って早々にマシューコが切れた。その声を聞いて奥からジャスコが顔を出す。

「あら、最近よく来るわね」

「ママ!これが野生動物に餌を与えないでくださいっていう言葉の意味よ!味を占めたハイエナは皆こうなるのよ!?」

「マァちゃん、落ち着きなさいな。血圧がまた上がるわよ?」

「だってママ!コイツら絶対、遠慮の二文字の意味も知らない獣だもの!!」

 そう言うマシューコは片方の手は腰に当てて、もう片方の手をピースの形にし、その二本の指でルネとアイーザを指差した。しかし二人はマシューコの言葉通り図太い姿隠すことなく、その顔には、だから?の三文字が浮かんでいる。

「マァちゃん安心なさい。今だけよ?それに、最近は花街もこの辺りも騒がしくて、客足も遠退いたもの」

「そうなんだけど…。元々この二人、タダ飯食らいなんだもの…」

「今はちゃんと払ってるでしょ?今日もちゃんと払わせるから、心配しなくていいわよ」

「おやおや、じゃあ支払いは、アイーザにお任せしましょうか」

「ロイドと自分の分は持ちますが、貴方の分は知りませんよ」

 カウンター席に座るルネと、ロイドと共にボックス席に座るアイーザが互いの顔を見ることもなく言い争いをしている。店での舌戦が尾を引いているらしい。

「あら喧嘩?珍しいわね」

 裏に向かおうとしていたジャスコが二人の様子に気が付き、此方を振り向いて立ち止まる。付き合いが長いためか、普段の皮肉の言い合いとは違う二人を取り囲む空気に気が付いたのだろう。

「それが、その…。多分…私のせい…かも…」

「ロイちゃんが?」

「やっだ〜!ロイちゃんも隅に置けないわね?初心な顔して意外とやるじゃないの〜」

「誤解ですよ!?」

 マシューコが誂うように言えば、ロイドは顔を赤くして否定した。そんな慌てる姿など、双子からは見られない反応である。そのためかジャスコとマシューコの目には更にロイドの姿が可愛らしく見え、ついつい構いたくなってしまうのは仕方のないことだろう。

「ロイドは関係ありませんよ。ただ、そこの怠惰な弟が最近事更に寝穢いので、少々辟易してまして…」

「アイちゃん…。アンタまだ寝起きの悪さ治ってなかったのね」

「寧ろ、ロイドが来てから更に悪化してるんですよ…」

「アーちゃん、アンタも商売人の端くれなんだから、早起きくらいしたらどうなのよ?」

 ジャスコは呆れ、ルネはわざとらしい泣き真似を披露し、マシューコからは説教をされるアイーザ。当然彼の顔は不満を露わにし、眉間には深い皺が刻まれ、大きな舌打ちをした。ロイドはそんなアイーザを宥めようとあわあわしている。

 しかし、アイーザが反省などするわけもなく、この話はそのまま有耶無耶になり、ジャスコとマシューコは食事を作りに裏へと消えた。

 するとアイーザは心配そうに見つめるロイドに覆い被さり、そのままぎゅっ…と抱きしめた。

「アイーザ…!?」

「貴方に要らぬ心配をさせてしまいましたね」

 そう言って更に腕に力を込めてしっかりと抱きしめてくるアイーザに、あわあわしていたロイドは、今度はがっちがちに緊張で固まってしまう。昨晩の事といい、先程マシューコに揶揄われたことといい、そのせいだろうか、普段以上に羞恥が勝った。

「貴方のせいではありませんから、もうあんな事は言わないでくださいね」

「言いません…っ!言いませんから離してください!」

「アイーザ、人目を憚らずそういった行為をするのは、店にも迷惑が掛かりますよ?」

「放っておいてください。それとも、羨ましいんですか?」

「表に出ます?その色呆けた頭、冷やしてさしあげますよ?」

「貴方が私に勝てるとでも?死んでも知りませんよ」

「二人ともやめてください!」

 ロイドが叫んで止めた事で、ようやく二人は口を噤んだ。普段の二人であれば、どれだけ憎まれ口を叩き、皮肉を言い合おうとこんな事にはならなかったのに…。ロイドは心配で二人を交互に見るも、二人はこの仲違いを修繕する意思は無さそうだった。そもそも、原因であるアイーザが謝罪する意思が無いので、当分これは平行線なのだろう。

 ロイドは少し胃が痛かった。



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