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62話

「とまぁ、これが大体の経緯ですね」

「なんというか…、二人らしいというか…」

「お前等、俺が想像していた以上に碌でも無い奴等だな…」

「失礼ですねぇ、これでも色々大変だったんですよ?」

 アイーザの昔話を聞いて、ロイドとイオは驚き半分、呆れ半分の表情をしていた。しかし、ロイドはアイーザのベッドの上で寝物語のように聞かされていたお話の続きを知れて嬉しいという気持ちと、二人きりの時に聞きたかったという幼い嫉妬が心の内側でせめぎ合いをしている。それを見て見ぬふりをした。

「つまり、今暗躍している落花は、本来ならば数百年前に死んでいるということか…」

「えぇ、私の血を飲んだので、生きている筈がありません」

「そうさな、それで生き残っているとは到底思えん」

「となると、あれは怨霊か…将又女の姿をしている別の何かか…」

「どちらにせよ…だ。落花一人の力で蘇り、花街を襲い、番人を落とす程の力を有するなど、普通ならばあり得んことだ」

「そうなんですか?」

 ロイドが隣に座るアイーザに尋ねる。今回の事件はロイドが首を突っ込んで良い事ではないということは重々承知の上だった。しかし、幼馴染を落花にされ、友人は苦しみ、姐さん達が悲しんだ。これはもう、番人だけの問題ではない。

 元花街の住人として、この問題を何もせぬまま、出来ぬままなのは、どうしてもロイドの心が苦しい。何も分からず、戦うことすらままならぬ身でありながら、少しでも力になりたいとロイドはどうにか足掻きたかった。

「所詮は花だからな。堕ちて、力を得て、表世界で暴れることはできようとも、裏では羽虫とすら認識されんよ」

「堕ちたところで、その妖力も力も高が知れていますからねぇ」

「落花となっても、生来の妖には遠く及ばない。そういう存在なんですがね、本来は…」

 アイーザに尋ねたのに、最初に質問に答えたのはイオで次にルネ、最後がアイーザだった。それだけでも驚いたのに、更に落花と妖の力量差にも驚かされ、ロイドは目を白黒させるばかりであった。

 そうこうしているうちにも時は過ぎる。イオがそろそろ帰るか…と呟いて、ようやくルネがイオの首元に充てがっていた飛刀を下ろした。しかし、殺気は消えておらず、それはまるで、さっさと帰れという無言の圧のようだった。


 ではな、と言って店を出たイオが途中で振り返る。見送りと称して、イオが戻ってきたりしないか見張るために出てきたルネと、アイーザの眉がぴくりと動いた。アイーザが行くならと共に出てきたロイドを、イオはじっと見つめている。

「ロイド、どうやらお前は稀有な花のようだな。だが、相手が相手だ…気をつけろよ?」

「え…?は、はい…」

「御託は良いので、さっさと帰れ」

 アイーザは忌々しげにイオを睨みつけ、イオはおぉ、怖い怖い…とわざとらしく言い、ルネは笑いを堪えていた。ロイドはアイーザの怒りを鎮めようと必死に何かを言い繕っている。

 そんな三人の姿を見つめ、イオは今までのような意味深な笑みとは違う、本当に穏やかな笑みを一瞬浮かべ、もう振り返る事はせずに歩きだした。そして、そんな彼の姿が赤く舞い踊る蝶の姿となって闇夜に溶けていく様を三人は静かに見送った。

 その後、三人は店に戻り、ロイドとアイーザは二人だけの屋敷へと戻ってきていた。外はもう暗く、青が滲む鋭い三日月だけが夜の闇の中でその存在を主張しているのみであった。

 二人きりの屋敷は本当に静かだ。人目もありはしない。だからこそ、ロイドは屋敷に着いた途端、そっとアイーザに抱き着き、その身を預けたのだった。

「おや、疲れましたか?」

 アイーザがそんなロイドを抱き返し、何故、突然そんな事をしたのか確かめる。その声は怒ってなどいない。むしろ、甘く、優しく、ロイドの頭上に降り注ぐ。ロイドはぐりぐりとアイーザの胸元に自らの頭を押し付けながら、首を横に振って否定する。

「では、一体何に拗ねているんです?」

 そう言われて、ロイドの身体は一瞬だけ強張った。アイーザにはばれている。こんな子供じみた嫉妬心を…。

 部屋に逃げてしまおうかとも考えたが、アイーザの両腕はロイドが何処にも行かないように、しっかりとロイドを抱きしめていて離してくれる気配は無い。それが嬉しいと思う反面、今はしないで欲しかったという思いがあった。

 これじゃあ逃げられないじゃないですか…。そう、ロイドは心の内で愚痴を溢した。無意識に自分の居場所を求めてきたロイドにとって、此処に居て良いのだと、この腕の中に居て欲しいと、離れるなんて考えるなと言う様に、愛しい者の腕の中に閉じ込められるということは、何よりも安心を得られることの最たる事であった。

 アイーザは、こんな自分に居場所をくれる。花だと言ってくれる。そう言って何度もロイドの心を救ってくれた。それなのに自分は些細な事で嫉妬して、こうして子供じみた真似をして、何も返すことができない自分が本当に嫌になる。

「子供っぽい自分が嫌だなと思っていただけです…」

「それだけですか?貴方が私に何か不満でもあるのかと想像していたのですが…」

「そんなもの、あるわけないじゃないですか!」

 ロイドはアイーザの発言に驚き顔を上げ、真っ直ぐにアイーザの顔を見る。そこにはロイドを見て微笑むアイーザの顔があって、ロイドは暫しの間、その顔に見惚れていた。薄暗い屋敷の中にあって、それでもアイーザは美しい。そんな闇すらも従えて、彼は煌々と煌めく月よりも麗しく、ロイドを惹きつけて離さない。

「では、続きは寝室で聞くとしましょうか。此処に居ても埒が明きませんし」

「え!?」

 アイーザは軽々とロイドを抱きかかえ、階段へと向かい、上っていく。ロイドはアイーザの寝室という言葉に顔を真っ赤にして、一人アイーザの腕の中で藻掻いていた。

「あまり動かれると、さすがの私でも落としますよ?」

「いっそ落としてください!だって…寝室って…」

 顔も耳も、首元さえも真っ赤に染めて、ロイドは半泣きでアイーザの腕から逃れようとした。当然、いつかはアイーザとそういうことになるだろうとはロイドも思ってはいるが、まだ心も身体の準備も出来ていない今、さすがに無理だとロイドは一人焦っていたのだ。

「お前、何か勘違いしてませんか?確かに向かうのは私の寝室ですが、そこでどうこうしようとは思っていませんよ」

「へ…?」

 アイーザの言葉にロイドは面食らった。そうしてようやく大人しくなったロイドをアイーザは抱え直して、再度寝室へと脚を進める。

「二人だけで、最初にあの話を聞いておきたかったのでしょう?貴方の部屋でも構いませんが、二人で寝るとなるとベッドが狭いので…」

「あ…」

 そういえば、最初にアイーザの昔話を聞いた時も彼のベッドの上だったと思い出す。アイーザの声を子守唄にして、段々と微睡んで眠ってしまったあの夜のことを…。

「お前…私を(ケダモノ)か何かと勘違いしていませんか?」

「そういうわけでは…!いや、そりゃあ…その、勘違いはしましたけど…」

「つまり貴方は、私が相手の同意も無しに誰彼構わず押し倒すような、色狂いか何かかと思っていたと…」

「思ってません!ただ、いつかは…そういう事もするんだろうなと、色々悩んでいたというか…なんというか…」

「つまり、貴方の覚悟が決まるまで待てと、そういうことですか?」

「え…?あぁ…。その、たぶん…?」

「では、早めに覚悟を決めてくださいね?私は余り気が長い方ではないので」

「はい!?ちょっ…!獣じゃないだの色狂いじゃないだの言いながら、どういう事ですか!それ!?」

「私はそう思っていたのかと聞いただけで、一度も否定などしていませんが?」

 そう言ったアイーザの目は鋭く、艶めかしく、妖しげで、ロイドは頭がクラクラした。

「詐欺だ…」

「妖の言葉を信じるなと、あと何度言う事になるんでしょうね?」

 楽しそうに笑うアイーザとは対照的に、ロイドは頬を赤らめながらも疲れた顔をしている。それでもその腕はアイーザの首絡められたまま離れることは無く、二人はアイーザの寝室へと消えていった。



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