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51話

 そのままイオは背中に飛刀を突き付けられたまま、店の奥へと通された。そして、ルネに促されるままに奥の居住スペースにあるソファへと座る。少しでも逃げる素振りを見せたら、ルネは確実にイオに飛刀を振り翳し、躊躇無くトドメを刺していただろう。それほどにルネはイオに対して苛立っているのが背中越しでも伝わってくる。ルネとアイーザに嫌われていることをイオは自覚していたが、まさかこれほどとは…と、内心溜息をついた。

 何故なら、そもそも花街の番人などになる気は無く、この男がルネとアイーザを都の番人に推さなければ、二人は今頃ひっそりと近くの山の中か、或いは裏の世界で自由に生活していたであろう。そんな自由を、ルネとアイーザは奪われた。

 

 当時の二人は弱かった。

 弱いというが、力が弱かったわけでない。存在する意義が、人間でいうところの生きる意思が弱かったが故に。様々な事が薄弱であった二人が、戦うという意識も殆ど持っていなかったがために、二人は酷く弱かったのだ。

 しかし、現実は甘くなく、時に乱暴で、二人に生きることを強制してくる。否が応でも圧をかけて来て、退路を塞ぎ、是と言えと強要された。毎日のように人間どもが押し寄せて来て、当然その場にはイオも居て、静かな二人の生活に終止符が打たれた。当然、二人は苛立ち、怒りを覚えた。

 せめて住処となる裏の世界は、静かで平穏な場所にしたい。誰にも邪魔されぬ場所をルネは望み、アイーザはただ静かに眠りたいと望んだ。けれど、表世界の都の裏にあるのは当然、裏世界の都である。やはり其処には数多の妖達が住んでいて、花が多く集まりはじめていたという理由もあり、柄の悪い連中が多かった。

 そんな輩がルネとアイーザの望みを聞くわけもなく、当たり前のように都から離れることを拒否した。そうしたことで、最初に汚い言葉で二人の望みを拒否した妖の首が飛んだ。跳ね飛ばしたのはアイーザで、目の下に酷い隈を浮かべ、苛立ちを隠しもしない歪んだ表情をした彼は、何の迷いもなく自らの長い爪でもって首を落としたのだった。

「喧しい…」

 落とした首を容赦無く踏み付け、ぐしゃり…と潰したアイーザが、首から上が無くなり地面に崩れ落ちた妖の亡骸に言い放った言葉は、そんな辛辣な五文字だった。

 それからは他の妖達も激昂し、二人に寄って集って襲い掛かってきた。ルネもやれやれといった顔で、アイーザ同様に他の妖を殺めていく。

 二人が求めたのは静かな場所だった。けれど、其処には既に他の妖どもが住み着き、立ち退く気は無いという。静かな場所が欲しいのに、その静かな場所が無い。ならば?ルネとアイーザは妖だ。人には人の理があるように、裏の世界にもまた理がある。

 欲っするならば、奪えばいい。

 どこの蛮族かと思う様な思考回路だが、彼等は人間の道理など通用しない。それが妖であった。邪魔になるなら消せばいい。敵となるなら殺せばいい。表の世界では許されない道理も裏の世界であれば許される。そうして、憂さ晴らしという名の強制退去を行った二人は、都に住んでいた殆どの妖達をその手で殺し、今の人気の無い裏の都が生まれ、妖達は都を今の場所に移したのだった。


 全ての妖を悉く殺し尽くし、焼き払い、大量の屍と鮮血の海の真ん中で、返り血で血みどろとなったアイーザが一つ欠伸をした。

「帰ったら、一先ずお風呂ですかねぇ…」

 同じく返り血で汚れきったルネがアイーザのもとへやって来て、そんなことをのんびりと言う。

「寝る…」

 どうでもいいと言うように、アイーザはそんな短い言葉を返した。こんな地獄のような景色の中、彼はもう一度大きな欠伸をして、その表情は酷く眠たげだった。

「寝るなら寝るで構いませんけど、そのまま寝たら貴方、絶対に後悔しますよ?」

 髪も着物も、顔も手も、どこもかしこも真っ赤に染まっている二人。当然、そのまま寝たら血は乾き、赤黒く汚れた寝床に、かぴかぴと肌に張り付く錆色、鉄臭い臭気に苛まれ、髪や服はがちがちのごわごわに固まる。ましてや、自堕落なアイーザのことだ。下手をすると蝿が集るような異臭の中で目を覚ます事になるだろうこともルネは予想ができていた。そうでなくとも、既に噎せ返る程に酷い臭いが周囲に充満しているというのに、そんな状態でよくもまぁ寝るだなんだと言えるものだと、ルネは些か感心さえ覚える。

 取り敢えず、僅かながらの静寂を手に入れることが出来た二人は、これが束の間の、仮初めのような一時的なものと知りながら、渋々ルネとアイーザは唯一焼け残った建物、それから二人の根城となる居所。後の夜香堂へと帰宅したのだった。



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