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49話

「何を余所見しているんですか?全く…」

 はぁ…、と呆れたように一人取り残されたルネが、隙だらけの化け物の背後から現れ、声を掛けた。

「アイーザの興味を引くには、貴方程度では力不足だそうですよ?」

 アイーザは死んでなどいない。あれは、アイーザの身代りだ。

 彼は「ロイド…」と、呟いて直ぐ、あの身代りを残してこの場から消えた。理由は明白で、ロイドの危機を察してこの場はルネ一人に任せても問題無いと判断したのだろう。仮に、此処でルネが死んだとしても、アイーザは鼻で笑って終わりだ。同情も憐れみも、二人の間には存在しない。

「すみませんが、この場はもう幕引きとさせて頂きますね。私も少し…いえ、急ぎの用事が出来ましたから」

 その発言の後、ルネの纏う空気が変わった。化け物は攻撃を試みたものの、重苦しく伸し掛かってくる空気に気圧され、その場から動けずにいた。

 降り続く雨粒が、ルネの顔を流れ落ちていく。その瞬間、ルネは一度ゆっくり目を閉じて、開いた。その目は暗く、しかし、鈍い光を放って澄んでいく。彼の銀色の瞳の周囲には、蛇の鱗のような痣が浮かび、首筋にも同様に鱗のような痣が浮いていた。

「早く済ませましょう。御礼参りをしなければならない相手が、店で待っていますので」


 この場から離れる間際、アイーザがロイドのもとへ飛ぶ瞬間、彼はルネに一言だけ言葉を残していた。

「イオ」

 その二文字にルネは納得し、仕方なくアイーザに先を譲ってやった。あのロイドを一人にした僅かな間に、どんなことがあったのかルネは詳細を知らない。けれど、あのアイーザが珍しく殺気立った空気を纏っていたから、確実にあの男とロイドには浅からぬ縁があるのだろう。それも、かなりの悪縁が…。そうでなくともルネとアイーザにはたっぷりとあの男にお返しせねば気が済まないことが山程あるので、アイーザに足止めをさせて美味しいところをさっくり頂くというのも悪くない。


 あぁ…、そうなればきっと楽しい…。あの男の綺麗な顔を歪めて、自ら息の根を止めようとしているアイーザの裏をかいて、その顔を唖然とした色に染めるのも悪くない。こんな暇潰しに最適な楽しみを奪うなど、当然ルネは許さない。

「それじゃあ…お疲れ様でした」


 ルネの金色と銀色の両目の瞳孔が細く鋭利な形となり、まるで蛇のような瞳に変わる。その目を楽しげ細めて、ルネは心底愉快そうに笑った。彼の爪は長く、鋭く伸びてその手はいつの間にか鮮血に染まっている。

 そんな妖然とした姿のルネを見た化け物の視界は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。

「この姿、中途半端であまり好きではないし、見られたく無いんですよねぇ…。ですが、貴方は見てしまいましたよね?そういうことなので、さっさと死んでくださいね」

 化け物の視界には楽しげに笑うルネと鮮血だけが映っていた。その後、化け物の視界は闇に染まり、感覚は無く、ただ、ルネの腹立たしげな笑い声だけが聞こえていた。




 一方その頃、ロイドは一人、自室の片隅に座り、小さく縮こまって震えていた。情けないとは思う。けれど、あの声を聞く度、あの顔をみる度に、当時の幼い自分が顔を出すのだ。突然変わった周囲の目、努力してようやく手に入れた筈の立場の剥奪、居場所を無くした孤独感。

 あの自分の足元が崩れて、どこまでも果てしなく落ちていく。息が詰まって、心臓が上がってきて、何もない暗闇に投げ出される無力感は、どれほどの時間を経ても慣れるものではない。

 ともかく今は、此処に居ればあの男の声も姿も見聞きすることはないのだから大丈夫だと自身に言い聞かせ、アイーザ達が帰って来るのを待っていた。するとひらりひらりと黒い紅葉の葉がロイドの足元に落ちてくる。

「ロイド!?」

 黒い紅葉の葉が浮かぶ、真っ黒な流水と緩く渦巻く水の中から、ずぶ濡れのアイーザが飛び出して来た。水しぶきを上げているというのに音は無く、黒い水で汚れた形跡も無いアイーザは、ロイドが濡れてしまうという意識すら持たぬまま、床で座り込むロイドに駆け寄った。

「無事ですか?」

「え!?あ…はい!」

 まさかこんな形でアイーザが来てくれるとは思わず、ロイドはアイーザが出てくる姿をただ見つめ、ただ唖然としていた。そして、アイーザに声を掛けられるまで、ロイドは言葉を発する事すらも忘れてしまう程に、嬉しさと安堵に包まれていた。

「こんなに震えて…。一体何が?」

「えっと…特に何かあったわけではなく…。その…」

 アイーザの手に触れ、彼の香りに包まれ、我に返ったところで、無性に今の自分が情けなく、また恥ずかしさを覚えた。

 特に何かあったわけではない。ただ、あのイオが店の前に来て、怖くなって、此処へと逃げ込んだだけだ。イオはアイーザ達と同じ番人だと言っていたから、クスナ達のような明確な敵ではないはずだ。そう、ロイドがただ一人で怖がっていただけ…。

 それなのにアイーザはロイドの異変に気が付き、此処まで来てくれた。嬉しいけれど、反面とても申し訳なくなってしまう。まさか、自分がここまで弱いとは思っていなかった。

「すみません…。私が一方的に、あの人を怖いと思ってしまっただけで…」

「気にすることはありませんよ。それより、あの男は…?」

「わかりません。店の前にあの人が来て、直ぐに此処に来てしまったので…」

「なるほど…、私は店に行きますが、貴方は此処に残りますか?」

「私も行きます。このまま縮こまっていても仕方ないですから」

 そうして二人は部屋を出て、店まで向かった。いつまでも怖がっていては、自分はずっと前に進めない。

 ちゃんと向き合わないと…。ロイドはアイーザの隣を歩きながら、ぎゅっ…と、緊張で汗ばむ手を握り締めてロイドはアイーザと共に、店に繋がる扉を潜った。




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