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45話

「ルネさんはまた飛刀の補充ですか?」

「ええ、手持ちが心許ないので。最近何かと物騒ですから、普段より多めにお願いします」

「ちゃんと自分で手入れすれば、無駄な出費も減りますよ?」

「手入れも回収も面倒くさいので、これは無駄な出費ではありませんよ?」

 鍛冶屋の人達とルネとアイーザの会話があまりにも自然で、ここ最近の付き合いではないことがロイドにもわかる。

 鍛冶屋というからもっと刀剣やら槍やらが置かれているのかと思ったが、中は一般的な民家と寸分違わず、田舎によくある茅葺き屋根の木造建築であった。

「爺が鍛冶師としてやってるけど、爺は気が向いた時にしか刀を打たないし、さっきの飲んだくれ親父は研師だから、そもそも商品は少ないんだ」

 ロイドが不思議そうにキョロキョロとしていたからか、青年が説明してくれる。そもそも妖は武器を扱う者が少ないためか、鍛冶師が研ぎをする事も多いらしい。

 だからこそ、完全に分業としているのは此処くらいなのだそうだ。

「すみません。不躾にじろじろと…」

「いや、何処ぞの二人組は鶏小屋だのあばら屋だの言ってたからな。気にするな」

 そう言いながら彼はじーっと冷めた目でルネを見ていた。ロイドは、あぁ…。と、察してしまい、二人ということはもう一人は親父さんといがみ合っていたもう一人の方か…。と、此処にはいない灰色の髪の男を思い浮かべた。

 そんな会話を聞いているのかいないのか、全く気にしていないのかは不明だが、件の男はしれっとした顔をして二人の会話に混ざり、話をすり替える。

「あんな人ですが、腕は一流ですよ。何せ、表の世界では数多の名刀と呼ばれる刀の研ぎを任されていたようですから」

「妖でも、表世界で働いている方がいるんですね」

「いや、親父は人間。母さんが妖で、アイツは入婿なんだ。ま、母さんとは別居中だけどな…」

 此処は母方の実家なのだそうだが、仕事の関係上、母親の方が出て行ったらしい。

「親父はあんなだから、わからんではない」

「貴方は何故残ったんですか?」

「俺は仕事を継がなきゃならないからな。爺の仕事も親父の仕事も覚えなきゃならない。だから、嫌でも此処から離れるわけにはいかない」

 ロイドの純粋な疑問に、青年は淡々と答えた。あんな親父でも尊敬できる部分はあると、青年は言う。継がなければならないと言ったが、継ぐと決めたのは自分の意思なのだと、だから簡単に曲げるわけにはいかないのだと、青年が少しだけ笑った。

「それに、俺から見れば、アンタの方が凄い…。というか、よくそんな悍ましいもの巻いていられるな…」

「これですか?」

 ロイドが腕の組紐を見せると、彼は一度頷いた。

「アイーザの趣味は、酷く怖気の走るものばかりですからねぇ…。仕方ないというか、ロイドだからこそ受け入れられるというか…」

「実際見ると、本当に酷いですね、あの人…。ルネさんも大概ですけど…」

「おや、飛刀の代金をまけてくれるんですか?嬉しいなぁ」

「言ってません。すみませんでした」


 それから三人が和やかに会話をしていると、アイーザが戻って来た。

「二〜三日掛かるそうですので、取り敢えず今日はこのまま帰りましょうか」

「親父が騒いでたんで一ヶ月は必要かと思いましたが、そうでもなかったんですね」

「それ以上掛かるなら新しく作れと言ったんですがね…」

「あれ一つ作るのに、どれだけの日数と素材と金が掛かると思ってるんですか…」

「言い値で支払います」

「新しいのが必要なら直ぐに言ってくださいね。爺と親父をふん縛ってでも作らせます」

 そもそも、妖の世界ではこの仕事は儲からず、仕事も少ない。それ故、ルネやアイーザのような変わり者の客は希少であった。そのため、商魂逞しい彼はあっさりと掌を返し、家族を犠牲にしてでも稼ぎを取る。

 そんな強かな性格だからこそ、この双子ともやっていけるのだろう。



 それから三人はまた、都の中心部へと戻って来た。向かった先は最初見た呉服屋とは別の店であった。大通りから離れ、少し奥まった場所にありながら、漆塗りの格子窓と朱塗りの立派な柱が目立つ店構え。店の入り口には暖簾が下がっており、遠くからだと黒一色に見えるが、近くで見ると暗紫の光沢がある不思議な布で作られていた。

 暖簾には雲と唐草が描かれていて、風で暖簾が揺れ、陽の光が当たる位置が変わると、暖簾の中央に雲の上に浮かぶ白い満月が現れるという不思議な細工が施されている、なんとも遊び心のある暖簾であった。

 中に入ると仄かな香の香りがして、高級感と落ち着きのある空間が広がっていた。飾られている着物はどれも高級品だとロイドが見てもわかるものばかりで、ロイドは一人圧倒されていた。

 そんな店の奥から出てきたのは白い髭を蓄え、捻れた木の杖をついて歩く、腰の曲がった老人であった。

「おぉ…、来よったか、着道楽共めが…」

「口の悪いジジイですねぇ、相変わらず」

「長話をする気はないので、さっさと奥に案内してもらいましょうか」

 おおよそこんな高級店で繰り広げられる会話ではなかったが、いつものことなのか、老人はぶつくさ文句を言いながら三人を案内する。

「偶にはジジイの暇潰しに付き合うてもええじゃろうに…。これだから最近の若いもんは…」

「あはは、貴方の暇潰しに付き合っていたら、我々までジジイの仲間入りですよ」

「代わりに金は落としますので、暇潰しは他所でやってください」

「ケッ!可愛くねぇのぉ。そんなら、たんまり金だけは落としてってもらうとするか…」

 そうして通されたのは、床の間のある陽の光が差し込む明るい一室。まだ新しい畳なのか、微かに井草の香りが残っている。他にあるのは床の間に飾られた花と座布団のみで、物らしいものが何も無い部屋だった。

 そこで老人とともに、女中らしき女性が持ってきたお茶を啜って待っているとぞろぞろと店の従業員らしい男達が入ってきて、様々な布や仕立て済の着物や羽織を置いていき、殺風景だった室内が一変して極彩色に様変わりしてしまった。

「凄いですね…」

 御屋敷にいた頃も、お嬢様の着物を仕立てるために呉服屋へ行った事はあるが、これほどまで圧巻の光景は見たことがない。

「こっちが新商品、こっちはお主らが好みそうなものを諸々に、それからこっちは、特級品じゃ」

 そう言って翁はそれぞれ、皺の目立つ枯れ枝のような指をさして説明した。するとルネとアイーザは思い思いに生地を見ては、あれもこれもと積み上げていく。更にこの部屋に置かれた仕立て済のものは全て彼等が以前に頼んだものらしく、老人が二人を着道楽と言った意味をロイドは嫌でも思い知った。

「あぁ、あと…それとこれと、あとこれも。それからあっちと、そこにあるのと、その淡い青いものもお願いします」

 数人の男達が右往左往しながら、生地の海を掻き分け、二人が指し示すものを集めていく。どれほどの金額となるのかも想像がつかない量になっている生地の山を見て、ロイドは目眩がした。

「ん?お前さんにしちゃ珍しいもんを選んだのぉ…。その青も悪かないが、お主ならこっちのがええじゃろ?」

 そう言って老人が指差したのは金青色の反物だった。アイーザが指差したのは薄花色の反物で、淡い青紫色それは普段の彼であれば、あまり選ばぬ色合いの品であった。老人の言った通り、彼の瞳は青紫色であり、彼自身が持つ色合いが全て淡いため似合わなくはないが彼はそういった…、本人曰くぼやけた色は好まないので、とても珍しいと思ったのだ。

「あぁ、それは私のものではなく、そこにいる男のためのものです。あとはそれと、あれと、これも…彼に合わせて仕立ててください」

「とんでもねぇもん巻きつけて連れてきよったと思ったら、お前さんのコレかい…」

 そういって彼は皺くちゃで垂れた皮膚と浮き出る骨が目立つ両手の小指をだけを立てて、アイーザを見てニヤッと笑う。ロイドはまさか自分のものまで選んでくれていたとは思わず、申し訳なさと恥ずかしさで固まり、アイーザは呆れ顔でクソジジイ…と一言漏らし、舌打ちをした。

 更にアイーザは仕立て済のロイド用の着物を数着買い上げ、帯やら何やらも追加し、二人の会計時にはロイドの顔は真っ青で、二人の払う金額を直視することができなかった。




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