44話
「中心街に行くわけではないんですね」
「我々の武器や着物は、大半が妖製ですからねぇ」
「人の作った物では妖力を通す事は出来ませんから、我々にはそちらの方が使い勝手が良いんです」
ロイドはアイーザに横抱きにされながら、裏の世界の空を駆けていた。二人曰く、妖には妖の生活というものがちゃんと存在しているらしく、妖達の都というものも存在するのだそうだ。
「表の都と同じ位置にあるわけではないんですね」
「一応、あるにはあったんですけどね。花街が出来る際、危険な妖が増える等の問題を懸念して遷都することになったんです」
「まぁ、人の集まる所に妖も集まりますからねぇ。更に花が集まるとなると…ねぇ?都は我々の領域でもあるので、本来巣食っていた方々には時に穏便に、時には武力行使で立ち退かせましたから…」
「実のところ、素直に退いたのはごく僅かで、大半は我々が殺したというのが実情ですけどね」
「あはは!でも、危険分子はアリの子一匹残すわけにはいきませんから…。不可抗力ってやつですね」
「なるほど…」
どれ程無気力を装っていても、妖とは血の気が多い者が多いのかもしれないなとロイドは一人思った。そんな会話をしている内に、三人はようやく妖の都へと辿り着いた。
妖の都と呼ばれるその場所は、ロイドが想像していたような化け物達が住まう場所でも、見たことがないような奇っ怪な建物が建ち並ぶ街でもなく、表世界で言うところの栄えている大きな宿場町のような場所だった。
人ならざるような外見のものは殆どおらず、時折狐等の獣の耳や尾が生えている者や、目の瞳孔が獣のそれであったり、手足の爪や水掻き部分が発達していたり、耳などが尖っていたり魚の鰭のようになっていたり、多少肌の色が人が持つ色素とは明らかに違う等、そういった一部の部分に目を瞑れば、皆人に似た姿をしていた。
「人の都程ではありませんが、そこそこ栄えているでしょう?」
「我々同様、表の世界と交流を持つ者が此処には多いので、都の妖達は殆どが人の姿に似た容姿をしていることが殆どなんです」
「物によっては、人の世界で生産されている方が質が良い物もありますからねぇ…」
「へぇ〜…」
ロイドの返事は反射的なものだった。何故なら彼の視線は彼方此方に向けられており、どれもこれもが気になって仕方ないらしい。まるで玩具屋に来た幼子のような姿にルネは笑い、アイーザも、ふっ…と、仕方ないなとでも言うような笑いを溢した。
そんなロイドの手を引いて、二人は先ず鍛冶屋へと向かった。鍛冶屋があるのは町外れの職人達が集まる地区にあるらしく、そこに到着するまでの間、町の中を歩くロイドの意識は四方八方に飛んでいた。そんな中、一見の呉服屋を見かけた。
ロイドは自分の洋服を見て、自らの手を引くアイーザの華美な羽織を見る。その違いに、ほんの少しだけ、彼を遠くに感じてしまった。
鍛冶屋は、人気の少ない職人区でも、更に奥まった外界と町の境にあった。そこは殆ど建物が無く、その一軒以外に人の気配を感じない。そして、そんな鍛冶屋らしき建物の前では、酒瓶を抱えて大いびきをかいている酔っ払いの男がいた。
男は小太りで、でっぷりとした狸のような突き出た腹を、適当に着た袖の無い甚兵衛の隙間から惜しみなく晒している。無精髭に覆われた顔はまさに、だらしないおっさんというような風貌で、ボサボサの白髪交じりの黒髪を、髷のように頭上で結っていた。
「おやまぁ…」
「相変わらずですね、此処は…」
「あの…、あの人、大丈夫なんですか?」
三者三様の反応を見せる三人であったが、建物の中から出てきたロイドとそう歳の変わらぬくらいの頭に白い手拭いを被った若い男が地面に寝転ぶ男を見て、その頭を思いっきり引っ叩いた。
「何してんだ親父!お得意様が来てるってのにアンタは…」
「構いませんよ。いつものことでしょう?」
「私は困ります。研ぎをお願いしたいので」
アイーザがそう言うと、親父と呼ばれた男の目がカッ!と開かれ、のそのそと起き上がり、酒臭さも気にせずアイーザに詰め寄った。
「テメェ、この白髪頭!また俺の作品をガッタガタにしやがったのか!」
「近寄らないで頂けますか。貴方の仕事が悪いだけですよ」
「その首たたっ斬るぞ!ぞんざいに扱いやがって!おい、さっさと出せ!」
顔を歪めたアイーザが男と距離を開けながらも、あの黒い檜扇を渡す。男は引っ手繰るようにそれを手に取り、アイーザの優雅に檜扇を開く所作とは似ても似つかぬ粗雑さで、檜扇を開いた。
「キャアアァァ!?!完全にイカれてんじゃねぇか!!どう扱ったらこんなになるんだよ!?」
「親父、気色悪い悲鳴を出すなよ。あと、お客さんを外に放置すんな」
青年が「どうぞ…」と、中へ案内してくれる。その間も親父さんとアイーザは視線だけでいがみ合っていた。




