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43話

 翌朝ロイドは、アイーザの腕の中で目覚めた。

 アイーザの昔話の途中でロイドは睡魔に襲われ、そのまま寝落ちたのだと思い出し、この状況にロイドは顔を赤らめる。そして、この腕の牢から抜け出そうとするのだが、アイーザはびくともしなかった。

「嘘でしょう…?」

 ロイドは全力でアイーザの腕を押し返そうと躍起になっている。しかし、その腕は一向に持ち上がらず、アイーザは静かな寝息を立てているので、本気で力を入れているとも思えない。となると、この細い腕の何処にこれ程の馬鹿力が存在するのかと、妖という存在の不思議をロイドはまた一つ思い知った。

 だがしかし、このまま腕の中にいるわけにもいかない。だからこそロイドは、申し訳ないと思いながらも、必死にアイーザの腕の中で藻掻き、大声でアイーザを呼んだ。

「ん"ん…」

 アイーザが呻きを漏らし、彼の瞼がぴくりと僅かに反応するのをロイドは見逃さなかった。

「アイーザ!起きてくださいっ!」

 多分、起きたら彼の耳にはロイドの耳鳴りが残っているかもしれない。けれど、ロイドの最優先事項は此処からの脱出であるから、それもまた仕方なのないことだと、ロイドは敢えて目を背けた。

 こんなにロイドが騒いでいるのに、アイーザの反応はまた消え、どうやら深い眠りに落ちたらしい。そういえば、昔はずっと寝ていたと言っていたから、彼は存外寝穢いのかもしれない。

 それが、ロイドが初めてアイーザを起こすという行為の大変さを知った日であった。


 その後ロイドは疲れ果て、結局アイーザの腕の中で二度寝をしてしまった。そんな二人が起きてきたのは、日がそれなりの高さにまで昇った時刻であった。

 店ではすっかりルネが様々な準備を終えていて、にこやかな笑みと鋭い棘が有り余る言葉で二人を出迎えた。

「おはようございます。と言うべきか、こんにちは。と言うべきか…。随分と中途半端な時間に、のうのうと起きてこられましたねぇ…?」

「すみません…」

「今に始まった事ではないでしょうに…。ロイドの抱き心地が良くて、目覚めるのも億劫だったんですよ」

「それを言い訳にできると思っているのなら、相当図太い神経をしていると思いますよ。アイーザ?」

 ルネの嫌味もアイーザには通じず、彼は一度大きな欠伸をしてからソファに座り、煙管を取り出し、吹かしはじめる。一応着替えは済ませてあるものの、普段の彼の姿とは似ても似つかぬ姿に、ロイドは驚きを隠せなかった。

「アイーザは普段からあんな調子ですよ?まぁ、あの姿を見せるのは気を許した相手か、既にバレている相手だけですが…」

「気を許した相手と、バレている相手…」

「因みに、バレている相手は私とジャスコさんとマシューコさん。アイーザが隠しもせず自ら見せた相手は、貴方が初めてですね」

「私が、初めて…」

 ロイドが喜びで目を輝かせていると、いつまでもルネに構う姿に痺れを切らしたのか、不機嫌を隠さぬ声で、アイーザがロイドを呼んだ。ロイドは慌てて返事をして、彼のもとへと行ってしまう。そのままアイーザの隣にロイドが座ると、アイーザがべったりと覆い被さるようにロイドに抱き着いた。

「ちょ…!?アイーザ!?」

「ねむい…」

「駄目です!起きてください!」

 何かの冗談かと思ったが、アイーザは本当に煙管をその手からするりと落とし、ロイドに抱き着いたまま本当に寝落ちした。

 その後ロイドが何度呼び掛けてもアイーザは起きず、ルネが息の根を止める気満々で、殺意を込めた飛刀を一本アイーザに投げ込んだ事で、彼はようやく、本当に目を覚ました。


「欠けてますね…」

 眠りの淵から戻って来たアイーザは、直ぐに落とした煙管を懐に仕舞い、代わりに檜扇をすらりと開いて、刃の点検をし始めた。そんな彼が言ったのが、刃が欠けているという台詞。

 確かにそこはがたがたで、所々刃毀れしているのが肉眼でもわかる。十中八九あのアヅナエとの戦闘が原因であろうことは明白であった。

「研ぎに出さねば、使い物になりませんか…」

 開いていた檜扇を閉じ、アイーザが重い腰を上げる。するとルネもアイーザと共に出掛けると言い出した。

「飛刀の補充をしておかないと、ほぼほぼ使い捨てなんですよねぇ…あれ」

「貴方が回収を怠っているだけでは?」

「拾ったところで、毒液塗れで研ぎにも出せない代物ですからねぇ。さっさと買い替えた方が早いんですよ」

 毒液という言葉で、ロイドはふと疑問に思っていた事を口にした。

「そういえば、ルネの毒ってどうやって仕入れているんですか?」

 自作とはいえ、その原料を手に入れる事は簡単な事ではない。薬も使用法を一歩間違えてしまえば毒なるように、薬の主原料として売られているものもあるが、あれほどの毒を作れる素材を手に入れるのは、法整備が厳しいこの都では半ば不可能だろうとロイドは考えていたのだ。

「ロイド、貴方は私達の過去を、アイーザから聞いていますか?」

「少しだけ…」

「では、我々が昔、蛇だった事はご存知ですね?」

「はい。それと関係が…?」

「じゃあ、一つ問題を出しましょうか。この世に数多いる蛇の中で、持つ者と持たざる者がいる蛇の持ち物は何でしょう?」

 持ち物…?とロイドは思ったが、手を持たぬ蛇が持っていたり、持っていなかったりするものと聞いて、一つ思い浮かんだものがあった。

「毒…?」

「正解です。要は、私もアイーザも、かつては強力な毒を持つ毒蛇だったというだけのことですよ」

 つまり、ルネお手製の毒というのは、彼曰く、自らの毒にあれやこれやの手を加え、様々な効果や特性を付与し、多種多様に変化させたものであるらしい。

「アイーザはそういった事はしないんですか?」

「私の毒とルネの毒は違いますから。私の毒はルネのように手を加える必要が無いんです」

 ロイドが首を傾げる。するとアイーザはソファに座ったままのロイドの頬を手で触れ、優しく撫でた。

「ルネの毒は必ず死に至らしめることができますが、本来は遅効性。量を増やすことで即死させることも可能ですが、現実的な量ではありません」

「その点アイーザの毒は強力で、ほんの僅かな量で相手を即死させることができます。私の毒もアイーザの毒も、触れたら終わりという代物ですが、アイーザのはその場で即あの世行きです」

「ルネのように調節が利かないのと、面白みに欠けるので、普段は殆ど用いる事をしませんから、安心してください」

 面白みとは…?と、ロイドは気になったが、あの戦闘も二人なりの暇潰しの一部なのだろうと結論付け、聞こうとはしなかった。

「ロイドも共に行きますよ。揃えなければならない物もありますから」

「え?」

 何かあっただろうかと疑問に思ったが、二人の武器事情なんかも気になったので、ロイドは素直について行く事に決めた。




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