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31話

 そんな時だった。青空にゆっくりと橙色が挿し、白い雲が群青色、紫色、桃色、橙という幻想的な色彩が混じり合い滲む時刻。そんな時間に店を訪ねてくる者が居た。

「店主!居るんだろ!?開けてくれるかい!?」

「一大事なんだ!居るなら入れてくれ!」

 何とも切羽詰まった様子で、その声は女性であるようだ。二つの声が聞こえてくることから、どうやら最低でも二人の人物が居ることがわかる。

 その声にロイドは聞き覚えがあり、ルネとアイーザも同様なのか、ルネが腰を上げ店の入り口へと向かった。

 ルネが扉を開けると、店で見るような艶やかな着物ではなく、見るからに普段着用の着物を着たホシアメとカシノヤ、その二人の後ろには一人の花蕾らしい小豆色の長めのおかっぱ頭の少女が立っていた。余程急いでいたらしく化粧らしい化粧もしていない二人であったが、その姿はやはり美しく、化粧が無いせいか、どこかあどけなさすら漂う。

 けれど、そんな二人の表情が険しく、迫力を増して、ルネに詰め寄った。

「悪いけど、急ぎなんだ。話を聞いてよ!」

「私んとことアメちゃんとこの置屋の花娘が行方不明になってね。それで、こんな姿で走って来たんだ」


 中に通された三人は何も要らないと言って、直ぐに本題へと入った。

「突然二人も花娘が消えたんで、どっちの置屋も大変なんだ。最後に見たって話も嘘か真か判断がつかない話でね…」

「今は大門を完全に閉じて、総出で二人を探してるけど…。人攫いか何かの仕業なら、私らじゃ手に負えないし…」

 そう言ったカシノヤの顔が一層曇る。ホシアメと花蕾の少女がそんなカシノヤの背を撫でて、心配そうに見つめていた。

「カシノヤさん、大丈夫ですか…?」

 ロイドが尋ねると、彼女は無理矢理作った笑みを浮かべ、大丈夫だと返事をする。けれど、それはその場にいる皆に嘘だとバレていた。

「消えた花娘の一人がね、シノちゃんの妹で、クズシノっていうのよ」

「馬鹿な妹でね…。大事な親友との約束だからって、私が説得しても絶対に話そうとしない頑固者でさ…。それが、アヅちゃんが居ないって騒いで、置屋を出てそれっきり…」

「そんな彼女を最後に見たのが、あたしの花蕾。ミナユキっていうんだけど、ちょっと恥ずかしがり屋でね。この子の話を聞いてくれるかい?」

 そうホシアメが紹介した少女は、観桜の間でロイドを出迎えてくれた花蕾の少女であった。ロイドは一応会釈してみたものの、彼女はまるでロイドを初めて見たかのように首を傾げ、その後は視界に入っていないかのように、ロイドを見ることは無かった。

 そして、緊張した面持ちで彼女は話はじめた。

「その…。あの時、わたしは…姐さんの、おつかいの途中でした…」

 

 あれはまだ、これほど日が傾く前のこと、ミナユキはホシアメから用事を仰せつかり、花街の中を歩いていた。その途中で女の悲痛な叫び声が聞こえてきたという。

 そこは置屋街と呼ばれる花達の置屋や街の中の従業員、花達の住む家々が建ち並ぶ、謂わば花達のプライベート区画であった。誰だろう…。と、その声の主達が気になったミナユキは、その声のする場所を探した。

 そして、置屋街の外れに流れている柳の並木が続く小川のそばにぼさぼさの黒髪と艷やかな月色の髪の女性が二人…アヅナエとクズシノがいた。二人はまだ普段着としている簡素な着物姿で、叫んでいたのはクズシノで、何処かへ行こうとするアヅナエを必死で引き止めているように見えたらしい。

 しかし、アヅナエは幽鬼のような顔で、そんなクズシノを引き摺りながらふらふらと歩き、何かを探し求めるような仕草をしていたらしい。

 化粧を落としたアヅナエの目の下にはくっきりとした隈が広がっている。口は半開きで、だらだらと涎を垂れ流し、言葉にならぬ声を時折溢していた。細くなりすぎて骨が浮き始めている細い腕が、必死に重力に抗いながら見えない誰かの背を追いかけるかのように空を切る。

 変わり果てたアヅナエの姿にミナユキは愕然とし、恐怖を感じた。けれど、そんな彼女達を放っておくわけにはいかないと、恐怖に高鳴る心臓を叱咤して、その成り行きを見守っていた。

 そして、そんな二人の姿がとある家屋の曲がり角に消え、ミナユキが急いで二人の様子を確認すべく同じ角を曲がると、二人の姿は忽然と消えていたという。

 だが、その曲がった先の道は嫌に濃い霧が出ていて、不思議と梅と風信子の香りに僅かに緑の青臭さを垂らしたかのような…まるで、椿の花のような匂いがしたという。

 

「その後…、わたしは直ぐに、姐さんに報告したんです…けれど、不審な女の件で、殆どの人が出払ってて…」

 それで…それで…、と彼女は言葉を続けようとするだが、その大きな瞳は涙で潤み、喉は荒い呼吸を繰り返すだけとなってしまう。カシノヤが彼女に話すのを止めさせ、続きはホシアメが引き受けた。

「それで、この子が言うには、二人が消えた濃い霧の向こうには一人の女が立っていて、その女がミナユキを射殺さんばかりの形相で睨んでたらしいのさ…」

「女ですか…」

「で?その女の特徴は?」

「濃霧でよく分からなかったんだと。けど、そんな姿が見えにくいにも関わらず、それは女で自分を睨んでいる事が嫌でも分かったらしいんだ」

 それほどに、その女は凄まじい殺気か何かを放っていたに違いない。そして、その圧に生来気の弱い彼女は気圧されてしまったのだろう。

 そして、ホシアメ曰く、その女は霧の中に立って此方を睨み付けていただけで、霧が消えると女も共に消えたという。

「此方から出向きたいのは山々ですが、二人の行先と女の居場所がまだ判明していないとなると、打つ手がありませんね…」

「向こうから来てくれると楽なんですけどねぇ…。せめて、標的でも分かれば…」

「取り敢えず、二人が消えた所に行ってみるかい?何かあるかもしれないし…」

「私も行きたいんだ。置屋の旦那からは止められているんだけどさ…大事な妹なんだ。それに、花街を背負う花姫として、このまま引き下がってなんていられるか!」

 息巻くホシアメとカシノヤとは違い、まだミナユキには怯えの色が見えた。そうして四人は店を出ることになったが、ロイドとミナユキだけは店に残る事となった。

 ロイドが行きたがるのを宥めたわけではなく、ロイド自身が残ると言ったのだ。

「ミナユキもまだ辛そうですし、かと言って一人じゃ心細いかと思いまして…」

 そう言ってロイドが真っ直ぐにアイーザを見る。アイーザは仕方ない…といった顔で、それを了承した。





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