25話
「ちょっと〜、まだ営業時間外よ!外の看板みてないの!?」
出迎えたのはオレンジ色のマッシュルームボブヘアの女性…いや、オカマであった。黄色いキャミソール型のショート丈ドレスを纏い、華奢なピンヒールを履きこなす、細身ながらも逞しい肉体美を誇る彼女は、奇抜なメイクと青髭、べったりと真っ赤な紅が塗られたおちょぼ口という濃い容姿をしていた。
ヒールを履いた彼女はアイーザ達とあまり目線が変わらず、かなりの長身であることが伺える。
店内はダークな色合いのカウンターと、一組限定のボックス席があるだけの小さな店で、かなりの年季が入っている事がわかる。所々壁紙が剥がれかけ、椅子のカバーは破れて中のクッション部分が露出していた。
カウンターにも大小様々な傷、煙草の灰が落ちたのだろう真っ黒に焦げた痕や、何かを溢して完全に染みとなってしまっている部分もある。
そんなカウンターの背後には大きな棚が備え付けられてあり、ぎっしりと酒が置かれていた。
「相変わらずですね。此処は」
「あはは、このボロさも、この店のうりでしょう?」
「ボロですって?レトロで味があるとお言いなさい」
その声は、オレンジ頭のオカマの少し細く少し高めの声とは違う低く地を這う落ち着いた声。
明かりがついていない薄暗い店内の中で目を凝らせば、カウンターの中にもう一人。オレンジ色の髪のオカマよりも背の高い、まさに筋骨隆々といった真の肉体美を誇る深紅のミニドレスを纏った、薄桃色のウェーブヘアをしたオカマがいた。
彼女の横顔は、どこかオランウータンに似ている。幅広の大きな鼻、濃い青髭、突き出た分厚い唇には、おちょぼ口のオカマ同様に真っ赤な艶のある紅が塗りたくられ、目元を飾る紫色が見るものをぎょっとさせる凄まじい圧力のあるオカマだった。
「あらやだ。ルネちゃんとアイちゃんじゃないの」
カウンターのオカマが驚いた顔をして、低く野太い声でそう言った。どうやら、彼女達とは知り合いらしい。そして、オレンジヘアのオカマもルネとアイーザに気が付いたらしく、入って直ぐのドアの前で立ち尽くしている二人に近づいてきた。
「やだ、随分とご無沙汰じゃない?って、アーちゃんが背負ってるそれ、誰よ」
「アンタ達、何拾って来たのよ…。元いた場所に戻してらっしゃい」
捨て猫を拾ってきた子供を叱るような口振りで、カウンターのオカマが彼等にそう言った。しかし、彼女達の話は聞いていないかのように、ルネがいつもの笑みを浮かべ、オカマ達に挨拶をした。
「お久しぶりです。ジャスコさん、マシューコさん」
どうやら、オレンジヘアのオカマがマシューコ、ウェーブヘアのオカマがジャスコというらしい。この店はその二人が営んでいるらしく、この店のママ兼経営者がジャスコであった。
アイーザは無言のままロイドを降ろし、ボックス席のソファに座らせてやった。ロイドはもう自らを支えることもできず、目の前に置かれているテーブルに突っ伏してしまう。
アイーザはそんなロイドの隣に座り、その様子を気にしているようだった。
「あら、アイちゃん。今日はいつものカウンター席じゃないのね?それと、その子大丈夫なの?」
「空腹が限界を迎え、動く事もままならないようですよ?というわけで、ジャスコさん。食事をお願いしますね」
一人カウンター席に座ったルネが、語尾にハートマークでもつけていそうな声色で、ジャスコにロイドの食事を頼む。それに反応したのはジャスコではなく、マシューコであった。
「ちょっとあんたら!何度口を酸っぱく、此処は飯屋じゃないって言ったら理解するのよ!」
「え?理解はしていますよ?ただ、お酒を飲みに来ないだけで」
「キーッ!毎度毎度タダ飯かっ食らって帰りやがって!このハイエナブラザーズが!」
「マァちゃん、お下品よ。それに今日は緊急事態だもの、大目に見ましょ?」
「でもママ!そうやってママが甘やかすから、コイツらが付け上がっちゃうのよ?」
「店の前で餓死でもされて、アイちゃんとアタシが死闘を繰り広げて、店が更地になるよりはマシでしょ?」
「それはそうだけどぉ〜」
「兎に角、直ぐに準備するわ。マァちゃんも手伝って!」
そんな会話を繰り広げ、二人はカウンターの奥にあるキッチンスペースへと消えた。中では大急ぎで準備をしているらしく、何かを包丁で刻む音、何かを炒めるじゅうじゅうという音と、香ばしい匂い。彼女達の賑やかな声が聞こえている。
そんな匂いがロイドにまで届いたのか、それに応えるかのようにロイドの腹の虫が大きく鳴いた。
「おまちどおさま!ママ特製オムライスよ〜」
「お腹ペコペコって聞いたから、愛を込めた超大盛りにしておいたわ。しっかり、お腹いっぱいお食べなさい」
そんなオムライスを持ってきたマシューコの手にある皿は、大きな鶏の丸焼きを乗せても余裕がありそうな程に大きな白い皿で、そこにはこんもりとふんわりと白い湯気が立ち上る黄色い山がそびえ立っている。
山頂から流れ落ちる赤い川は、それは見事な大河となって黄色い山肌を流れ落ち、下流となる白い皿の上には深紅の海が広がっていた。甘酸っぱいケチャップの香りと中に包まれているであろう玉ねぎやピーマン、ベーコンを炒めた香ばしい香り、卵とバターのまろやかな香りが折り重なって店内に広がる。
その匂いに反応したロイドは、突然ガバッと上半身を起こし、目の前に置かれた巨大オムライスに釘付けとなっている。
「これは夢ですか…?」
「現実です。全て貴方のものですから、食べて良いようですよ」
アイーザの言葉にロイドは目を輝かせ、ジャスコとマシューコに一言御礼を言ってから、いただきますと手を合わせた。
銀色の大きなスプーンを手に取り、ロイドは山の端から恐る恐るスプーンを入れる。焦げ一つ無く焼かれた卵にはそこそこの厚みがあり、そのスプーンで裂けた黄色い大地の中からは、赤みがかったオレンジ色のご飯が顔を覗かせている。
それらを一纏めにして掬い取り、一度赤い海へと潜らせる。卵の大地にケチャップの化粧が薄っすらと施され、黄色い山肌が見頃の紅葉迎えたかのように所々に赤い模様が加わる。
そんな大地の贈り物のようなオムライスをロイドは大きく開いた口に含んだ。
口の中に広がるケチャップの甘酸っぱさ、バターの鼻を抜けていく豊かな香り、その中から現れる炒められたお米の食感、熱を通して甘くなったケチャップの味と、それとは違う香ばしさを纏う玉ねぎの甘味。ピーマン独特の香りとほろ苦さ、ベーコンの塩味、それらを一纏めにしてしまう卵の優しい慈愛に満ちた包容力の味にロイドは感動した。
それからロイドのスプーンは止まらない。ものすごい勢いで山盛りオムライスが消えていく。
そんなオムライスを掻っ込むロイドを、ルネとアイーザは驚きの表情で見つめ、ジャスコとマシューコは頬に手を当て、余程飢えていたのねぇ…。と、ロイドを心配そうに見ていた。




