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24話

「アイーザ…」

「はい?」

「お腹が空きました」

そう言ってロイドは自身の全体重をアイーザに預け、ぐったりと、べったりと抱きついた。

「動けません…」

「おやおや、それは困りましたね」

「ご飯が食べたいです」

「では一度、店へと戻りましょうか」

「はい…」

 アイーザはロイドを抱きかかえ、台所を後にした。

 ロイドはアイーザの首へと腕を回し、ぐったりとその身を預けてしまっている。なんとも恋人らしい光景だったが、ロイドの腹の虫の鳴き声が、その雰囲気をぶち壊してしまっていた。

「お腹空いた…」

「もう少しだけ、我慢してください」

「うん…」


 陽の光も差さぬ暗い廊下を、アイーザはロイドを抱えたまま歩く。人間は自分達とは違う食性をしているのだと、すっかり忘れていた。人間との距離がこれほどまでに近い生活をしたのは、何百年ぶりだろうか。

 当時と今の人間の習慣は違うだろうが、あの当時の習慣など、もうアイーザはもう覚えてはいない。

 けれど、そんな事はもう、アイーザの中でどうでも良いことだった。


 店にロイドを抱えたまま、アイーザが姿を現すと、ルネはおやおや…と呆れを含んだ言葉を溢して、二人を出迎えた。

「アイーザ…。次はもう少し手加減しては?」

「おかしな誤解はやめていただきましょうか。ただ空腹で動けないだけですよ」

「ああ、そう言えば、人間は一日数回、定期的な食事が必要なんでしたね」

 とはいえ、ルネもアイーザも嗜好品として人間の食べ物を食す事はあれど、その身体を維持するという目的においては人間の食べ物を必要としていない。

 そのため、此処にも人間の食料となりうるものが存在しないのだ。そして、彼等は表世界の美味しい店なども当然知らない。更に、境の街で探すとなると、二人が知る店はただ一つ…。

「彼処に行きますか」

「仕方ありませんね。正直なところ、遠慮したいところですが…」

「アイーザ、我々は美味しい食事処など知りません。背に腹は代えられませんよ?」

「はぁ…」

 アイーザが溜息をつくと、くったりとアイーザの肩に顔を埋めていたロイドが顔を上げ、ゆっくりと目を開けた。

「何処に行くんですか…?」

 ロイドがそうアイーザに尋ねると、アイーザは一度ロイドの柔らかな金色の髪を撫でた。

「貴方の食事が出来る場所へ」

 アイーザの返答に、そうか…と、思ったロイドは小さく頷いて答えた。そんなロイドの視界にふらりとルネが入って来る。そして、小さく手を振りロイドに挨拶をした。

「あ…、おはようございます」

「ふふ…、おはようございます。安心してくださいね。店の雰囲気はあれですが、味は保証しますよ?」

「はい…」

 そうして、三人は外へ出掛けることになった。


 その店の近くまでは裏の世界を歩くことになった。ロイドが動けないとアイーザに甘え、彼におぶられながら向かうことになったのだ。二人は曇り空が広がる影の街を、ルネとアイーザが並んで歩く。

「アイーザ、その不機嫌そうな顔。やめてくれませんか?」

「私が不機嫌?」

「顔は取り繕っていても、私には通用しませんよ」

「ちっ…」

 澄ました顔をしていたアイーザが顔を歪め、一度大きく舌打ちをした。

「大方、ロイドが私に挨拶をしたのが気に食わないというところですか?」

「まだだったんで…」

「はい…?」

「貴方と挨拶をしたことに…というより、貴方に先を越されたことに対して少し気に障っただけです」

「子供ですか貴方…」

「あの…、アイーザ、ごめんなさい…」

「謝る必要はありませんよ?あれが愚か者なだけです」

「黙れ」

 そんな会話をしながら、三人は表側へとやって来た。其処は花街とは反対側にある、境の街でも殊更外れにある区画であった。そこは特に寂れ、荒廃した治安の悪い地域ある。

 建っている建物はあばら屋と呼べるようなものが多く、明らかな違法建築であろうもの、素人が無理矢理増改築を繰り返したような建築物とも呼べぬような必要最低限雨風を凌げそうな家屋らしきものが立ち並ぶ。其処に住んでいるであろう人達の姿がちらほらと見えるが、彼等には何処か陰があり、生気のない顔をしているように見えた。

 転がる酒瓶、剥がれ落ちた壁、転がるゴミを漁り走り回る鼠達、地面に項垂れるように座り込む数多の人間の姿、着ているものは明らかな襤褸。どれもこれもが陰鬱で、華やかな世界でしか生きてこなかったロイドにとって、この場所はとても異質で、同じ都の街とは到底思えない光景であった。


 鼻を掠めるのは、何とも不快な不思議な臭い。腐った食べ物、生ごみ、汚物、他人の汗の臭い。そのどれでもない、けれど、どこかそれらに似た臭いが辺りに立ち込めている。

 ロイドは思わず鼻を塞いでしまった。

「ロイド、少し辛抱してください。ここを抜ければマシになりますから」

「相変わらず…此処はいつも、ごみ溜めか肥溜めのような有り様ですねぇ…」

「肥溜めは肥料になりますから、此処と比べるのは肥溜めに失礼ですよ」

 そんな二人の会話を聞いてか、周囲の者たちがじろりと此方を睨んでいるのが見えた。こんな、今にも倒壊しそうなあばら屋にも人が住んでいるらしく、建物の中から三人の様子を伺うぎらぎらとした目が、あちこちに潜んでいる。

 ロイドは少し見を竦め、アイーザにしっかりとしがみついた。

「ロイド?」

「すみません…、少し怖くて」

「あぁ…、平気ですよ。人間など相手になりませんから」

「実は我々、ちょっと前まですこーしだけ、やんちゃをしていた時期がありましてね。この辺りではちょっとした有名人なんですよ?」

「だから、襲われたりなどの被害に遭うことは、絶対に有り得ません。だから、安心してくださいね」

 一体どんなやんちゃをしていたというのか、二人は詳細を話すことは無かったが、何となくロイドは絶対とんでもないことをしていたんだろうな…。という予感がしていた。


 それから少し歩いて、ようやく三人が到着したのは荒廃した地域の最深部。その中央に鎮座するのは、荒廃した空間には不釣り合いなネオンカラーの看板。

 『紅薔薇』と書かれた其処は、どうやらバーであるらしい。朽ち欠けた色の無い世界に突如として現れた鮮やかすぎる有彩色は、空腹でぐったりとしているロイドの目をも驚愕の色に染め上げ、無言でその看板を凝視していた。

 ルネとアイーザは見慣れているのか、特に気にした素振りも見せず、所々ニスが剥がれ落ちてぼろぼろになっている木製扉を開けた。





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