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20話

「全く、とんだ茶番でしたねぇ。やはり私は役者よりも観劇する側の方が性に合っているようです」

 やれやれと自分の肩を揉みながら、ルネが愚痴を溢す。

「その割には、一番楽しそうにしていたように見えましたが?」

「そりゃあ楽しいですよ?あの何ものにも興味を示さなかった貴方が、ただ一輪の花に溺れ、執着を隠しもしない姿は、酷く滑稽ですから」

「私はただ、自分のものを取り返しに出向いたまでですよ。花街の番人である我々が、その守るべき花を枯らせてしまうような真似をするわけがないでしょう?」

「全く、減らず口ですねぇ…。まぁ、楽しかったので良しとしましょうか」

 そんな彼等の遣り取りを、ロイドはアイーザの隣で見ていた。ふふっと笑みを溢しながら、二人のいつも通りの会話に安心感を得てしまう。ようやく、ロイドは有るべき場所に帰ってこられたのだ。


「ロイド、腕は問題ありませんか?」

 途中、アイーザがロイドに声をかける。ロイドが自らの手首に目線をやれば、そこにはくっきりと彼の手形が濃い青紫色で描かれていた。じわりじわりと熱を持ち、今だに痛みを感じるそこを、ロイドは立ち止まってまじまじと見つめている。

「おやおや、随分と酷い有様ですねぇ…」

 まさかの状態にルネまでも若干驚いた顔をするほどに、ロイドの腕は痛々しい姿を晒していた。アイーザも立ち止まり、患部に触れぬよう優しくロイドの手を取った。

「ロイド、直ぐに治しましょう。私の妖力を用いるので、少し身体に不調を来すかもしれませんが…」

 アイーザがそう言うと、ロイドはきょとんとした顔でアイーザを見つめ、再度青紫色の痣を見つめてから、アイーザに尋ねた。

「アイーザに治してもらったら、この痣は消えるんですか?」

「は?」

「痛みだけ取ることはできませんか?あ…、でも、それでも駄目か…」

 要領を得ないロイドの言葉に、アイーザは訝しげな表情を浮かべることしかできない。だが、このままでは埒が明かないので、アイーザは仕方なくロイドの疑問に答えてやった。

「当然、この痣も消えますよ。むしろ消えたほうが良いでしょう?」

 だから早く治療を済ませようとアイーザが急かすと、ロイドはそれを拒否した。

「え?じゃあ大丈夫です!むしろこのままにしておいてください!」

「ですが、痛むでしょう?」

「平気です!寧ろ、この痛みも熱も、アイーザから与えられたものなので、このままにしておきたいんです」

 ロイドのまさかの言葉にアイーザは眉間に皺を寄せ、ルネは思わず吹き出した。あの純粋で真っ直ぐな青年のようであった花が、今ではすっかりアイーザに狂い咲く花と成り果ててしまっている。

 そんなロイドの姿にアイーザは内心喜びを、ルネは僅かな楽しみを得ていた。

「それに、この色なんてアイーザの色みたいじゃないですか?青みの強い紫色…。凄く綺麗ですよ」

 ずっと見ていたい…。ロイドはうっとりと呟いて、痣の上を自らの指でなぞる。熱と強い痛みがロイドの全身に伝わる。

 それがまるで、ロイドの全身をアイーザという存在に支配されているかのようで、ロイドはそれにすら恍惚の表情を浮かべた。

「随分ととんでもない花だったようですね…。芍薬かと思いましたが、食虫植物か何かでしたか」

「失礼な!私、そんなに変なこと言ってます?好きな人から何かを貰ったら、誰でも喜ぶと思いません?」

 皮肉めいた言葉を紡ぎながらも、その声色には隠しきれない喜色の色が伺える。そしてそれはアイーザの表情にも滲み出し、それが笑みとなって浮かんでいた。ロイドはなぜアイーザがそんな事を言うのかが分からず、疑問符を浮かべ、首を傾げるばかりであった。そんな姿すらもアイーザは愛らしいと思い、笑みを深くする。

「はいはい、一先ず店に戻りますよ?此処では人目が多すぎますから」

 ルネの顔は笑顔だが、そこには他所でやれの文字が有り有りと浮かんで見える。

 ルネの言う通り、昼前の住宅街には当然、活発に動き出した様々な人の気配がある。そして、そんな往来で、嫌でも衆目を集める男達が騒いでいたら、自然とその場に人集りができるのも時間の問題であった。

 現に、三人を遠巻きで見つめる御婦人方の姿が見える。

「あ…」

「続きは店に戻ってからにしましょう。ロイド、荷物を…」

 しまった…という顔をするロイドと、平然としたままのアイーザはロイドの手の中にあった荷物を手に取り、三人は日の当たらぬ薄暗い路地へと足を進めた。そして、人の気配が失せた場所で、忽然と姿を消したのだった。




 裏の世界を通り、三人は店に到着した。

 相変わらず店内は真っ暗であったが、直ぐにルネが明かりを灯してくれる。昨夜にホットミルクをご馳走になったソファに腰を下ろし、ようやく彼等は一息入れることができた。

「あ!」

 ロイドが思い出したように声を発し、ルネとアイーザ見る。

「どうしました?」

「何か?」

「あの香蝋燭のことです。大丈夫なんですか?」

 このお芝居のためにわざと割ってくれんですよね?と、ロイドは心配そうな顔をしている。

「あぁ!そんなことですか」

「別に、気にするほどのことではありませんよ」

「でも…」

 ルネは本当に気にしていなかったらしく、アイーザもそのことはすっかり忘れていたほどの些事であったので、ロイドには気にしなくていいと安心させる言葉をかけたが、やはりロイドは気になってしまうらしい。

「平気ですよ。直ぐに直せますから」

 そうルネが笑って例の包みを取り出し、布を外して、割れた山梔子の花を見せる。そして、彼は自らの手の中で二つの断面を重ね合わせると、白い花がほんのりと黄色い光に包まれた。

 すると途端に割れ目が消え、あっという間に元通りの姿になっていた。

「全ての香は我々が作っていると言ったでしょう?」

「粉々になろうが、消え失せようが、素材があればいくらでも我々は作り出す事ができますので、心配は無用ですよ」

「そうだったんですね。献上の品だと言っていたので、ほっとしました」

「あぁ、あれ、嘘ですよ?」

「へ?」

「妖の言葉を無闇に信用するなと言ったでしょう」

 夜香堂が御上御用達の御香を献上していることは事実だが、この山梔子の花を模した香蝋燭はそうではないらしい。今月の分はもう納品してますからね、というルネの言葉にロイドは固まり、アイーザの言葉ではっとした。

「ですが、全てが全て嘘とは言ってませんよ」

「ロイドのせいで店が無茶苦茶になったというのも、ある意味事実ですし、ねぇ…?」

 ロイドのせいで店が無茶苦茶になったという言葉は、実際はロイドの(香りにつられてやって来た、あの巨大蜘蛛が暴れた振動のせいで)店が滅茶苦茶になったという意味らしい。

「そもそも私達は、夜遅い時間であったこと、店の鍵を閉めわすれていたこと、店が真っ暗だったこと、貴方が転んだという事実しか言ってませんよ?」

「後は全て、あの夫婦が勝手に勘違いしただけです。」

 しれっとした顔でルネとアイーザがそう告げる。ロイドは開いた口が塞がらなかったが、直ぐに声を上げて笑いだした。

「妖って、本当に捻くれているんですね」





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