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102/102

102話

 宮中で中宮の闇が動き始める一方で、三人は紅薔薇に顔を出していた。カザミジの件を無事解決してくれたらその御礼として、マシューコが食事を御馳走してくれると言っていたのを思い出し、やって来たのだった。

「はーい、今日は特別!豪華に漬け丼よ〜」

「もう!ママったら、奮発し過ぎよ!アタシのお給料、吹っ飛んじゃうじゃない!」

 そう言ってジャスコが持ってきたのは大きな瀬戸物の丼だった。中には赤身と白身のお刺身が醤油に浸けられ、赤身はより深い赤に、二種類の白身はほんのりと鼈甲に染まっている。湯引きされ、白身に残る僅かに縮まった赤に、僅かな光沢を放っている。真ん中で主張する二本の大きな海老も、琥珀色の薄化粧をしながら、艶々と存在を主張していた。

「いただきます!」

 いつものテーブル席に座るロイドの元気な声が響く。沢山のお刺身が乗った漬け丼に、ロイドは目を輝かせた。直ぐに丼に手を付けたくなるが、逸る気持ちを抑え、先ずは隣に置かれた御椀に手を伸ばした。

 隣に添えられた汁物は、あら汁だった。ジャスコ自ら捌いた魚達のあらを、丁寧に下処理して臭みを取り、具材はあらと大根、

人参、葱。それを塩味であっさりとした汁物にして出してくれた。

 それに少し息を吹きかけ冷まし、静かに汁を啜る。口の中に魚の旨味と野菜の甘みが広がる。温かな汁が胃へと落ちていく感覚に、ほっ…と、一息ついてから、ロイドは丼に手を伸ばした。

 白い艶々としたご飯と、深い赤に染まる鮪の刺身を箸に乗せ、大きく口を開け、一気に口に含む。ご飯は酢飯だったようで、酢のまろやかな酸味、米のほのかな甘み、醤油の豊かな塩味と、鮪本来の旨味が、口の中を埋め尽くす。

 ロイドの顔があまりの美味しさに緩む。言葉は無くとも、その表情だけでその丼とあら汁の美味しさが、周囲にも伝わった。

「で、我々には無いんですか?」

 カウンターに一人座るルネが頬杖をついて、漬け丼を頬張るロイドをのんびりと観察しながら、カウンターの中にいるジャスコとマシューコに尋ねた。

「アンタ達には必要無いでしょ。残りはアタシとマァちゃんの分」

「そうよ!ママが朝早くから河岸まで出向いて、自ら目利きした一級品なんだから!アンタ達の分まで買ったらアタシ、今月御飯食えないわよ!」

「え〜…」

 ルネは二人の言葉に苦笑いを浮かべた。別にルネは魚が好きとか、丼が好きというわけではない。そもそもルネは好き嫌いの概念が薄く、今日はこれが食べたいからこれが好き、これは今日食べたくないから嫌い…かもしれないという酷く曖昧なものだ。

 もっといえば、その食べ物に興味があるから一口食べてみたい、という彼の好奇心に突き動かされての一過性の衝動に過ぎないので、大抵一口食べたら飽きる。

 そして彼は飽きたと言ったら、その後一切、彼の気が変わるまで手を付けなくなるので、どれ程高価な漬け丼であろうとも、殆ど手を付けぬまま残す未来がジャスコには透けて見えていた。

「そんなアンタに、この丼は勿体無いのよ」

「酷いなぁ…。まぁ、事実ですけど」

 三人がそんな会話を繰り広げている間、ロイドの隣に座っているアイーザは、しれっとロイドの優しさにつけ込み、お強請りをしていた。

「ロイド、一口ください」

「はい、いいですよ」

 自分で食べればいいものを、態々ロイドに食べさせて貰っている姿を、三人の視線が集まる中で平然と晒している。ルネは気付いていた。この行為は、ただアイーザが甘えているわけでも、漬け丼を食べたかったわけでもない。

 ただ、己の欲求を満たせずにいるルネを嘲笑うように、わざと自分の立場を最大限利用して、見せつけているだけだと…。

「ロイドー、私も一口貰ってもいいですか?」

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 流石にアイーザと同じようにロイドが食べさせてくれることは無かったが、それでも彼は、食べ掛けですみませんと、一言謝罪を入れながら、丼を手渡してくれる。

 ルネが受け取ろうとしたその瞬間、ロイドの背後から白い手が伸びてきて、ルネが受け取る予定だった丼を掠め取っていった。

「ロイド、態々アレにまで分け与える必要はありませんよ」

「でも…」

 犯人は当然アイーザで、平然とルネをアレ呼ばわりして、ロイドの手から奪った丼を、ロイドに返している。

「あーやだやだ、大人気ないですねぇ…。見ました?酷すぎません?実の兄をアレ呼ばわり。悲しいなぁ…」

 言葉だけなら悲しげな兄の台詞に聞こえるかもしれないが、残念ながらルネの顔には悲観など微塵も無い。あるのはアイーザに対する呆れだけだ。

「確かにアーちゃんは大人気ないけど、中身の酷さならどっこいどっこいよ。ねぇ、ママ?」

「アンタ達はその顔に生まれた事を幸運に思いなさい。そうでなきゃ、確実に男の中の底辺よ」

「二人とも酷いなぁ…。泣いちゃいますよ?」

 よよよ…と、袖で目元を拭い、嘘くさい泣き真似をするルネ。そんなルネをアイーザは冷めた目で見ているだけだった。

「直ぐにやめた方が身のためですよ?気色悪い」

「ロイちゃんにあ~んして貰ってたアーちゃんの独占欲も似たようなもんよ?そういう意味では目糞鼻糞ね」

「マァちゃん、お下品よ。お食事中なんだから、汚い言葉はお止しなさいな」

 自分も同じ所に落ちたら駄目じゃない。と、ジャスコが注意する。

「あらやだ!ロイちゃん、ゴメンネ〜?」

「いえ、大丈夫です!」

 賑やかな食事の時間はあっという間に過ぎていく。結局ルネは、ロイドがアイーザを必死に説得したことにより、ロイドから一口を貰えることになった。

 しかし、漬け丼を食べて一言、彼の口から出た感想のせいで、今度はジャスコから即刻取り上げられるハメになる。

「あー…味のついた米と魚ですねぇ」

「アンタ、もう二度とママの手料理食うんじゃないわよ!」

 ルネの手からジャスコは丼を強引に奪い返し、マシューコが切れた。

「とんだ味音痴ね!この美味しさがわからないなんて!」

 鼻息荒く憤慨したマシューコがカウンターを出て、パァンッ!と渾身の張り手をルネの背中に喰らわせる。お茶を啜っていたルネは衝撃で噎せ、ごほごほと咳き込んでいた。

 それと同時に、ジャスコはカウンターの中からロイドへと丼を返す。ロイドも席から立ち上がり、それを受け取とった。その際ロイドがルネを心配をして声を掛けたが、マシューコのこの程度で死ぬなら、妖社会で生きていけないわよ!の一言と、アイーザに呼ばれたこともあり、席に戻る。そして、漸く食事を完食した。





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